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〚零〛琥珀

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 その石を手に取ったのに、深い意味はなかった。


 子供の頃のことなので記憶が曖昧だが、親の仕事の関係で遠方の地へ行った際に、立ち寄った怪しげな骨董店で見つけたものだ。

 そもそも、何故その店に足を運んだのかすら覚えていないが、仕事で忙しい両親に代わっていつも自分の世話をしてくれていた若い執事が一緒にいたことは間違いないと思う。



「おや?可愛らしいお嬢ちゃん。お目が高いね。それが気に入りましたか?」

 店主がにこやかな笑みを浮かべて、話しかけてきた。その言葉に俺は眉を顰める。何故なら、自分の性別は男だったからだ。



「……お嬢ちゃんじゃない」

 俺は頰を膨らませて、抗議した。しかし店主には俺の怒りが通じなかったのか、ニコニコと笑顔のままだ。

「そうかそうか。坊ちゃんだったか。これは失礼しました。あまりにも可愛らしいお顔なので勘違いしてしまいましたよ」

 母親譲りの色白さと華奢な体格のせいで、子供ながらに女の子に間違えられることは何度もあった。しかも名前まで女っぽい。自分に用意される衣服はかろうじて男物だが、誰の趣味なのかやたらヒラヒラしている。プラチナブロンドの髪は長く伸ばされて、後ろで結わえられている。何もかも不満だった。

 店主はそんな俺の様子など気にせず、楽しそうに話し出した。

「この石は、昔、東の大陸にいたとされる龍の瞳と言われているんです」
「へぇ……」
 気のない返事をするが、なんとなく気にかかった。

「常に自分の近くに置いておけば、健康で長生きできると言われています。嫌なことがあれば、その嫌な記憶を忘れて心身を癒してくれ、新しい人生を歩むことだって出来ます!この石を持っていれば、幸せになれます!!」
「……本当かなぁ?」

 胡散臭い話だと思いつつ、手の中で転がしてみる。小ぶりの石なのにキラキラとしていて綺麗だ。光にかざせば、宝石のように煌めいているように見えた。
 店主はまだベラベラと喋っていたのだが、半分以上聞き流していたのでよく覚えていない。別にどうでも良かった。


「これを買うぞ」

 気がつけば声が出ていて、自分の後ろに控えていた執事に視線を向ければ、腹立たしいことに、奴は笑い出しそうになるのを必死に耐えていた。


***


「店主のあの荒唐無稽な話を信じたのですか?」
 結局石を購入して店を後にしたが、執事がニヤニヤしながら聞いてきた。俺は口を尖らせてしまう。

「……別に信じてはいない」
 単純に、とても綺麗だったので欲しくなってしまったのだ。

「それに、全部嘘とは限らないだろう」
「素直で人を信じやすいところは坊ちゃまの良いところですが、私は貴方の将来が心配ですよ」

 はあと溜息混じりに言うと、執事は自分の顎を撫でた。相変わらずムカつく男である。一応、自分は主人なのだが。


「それより、帰宅したら俺は髪を切るぞ。もうこんなヒラヒラした服も着ない。剣の稽古もする」

「……おや。石に影響されて新しい人生を歩むのですか?それとも早すぎる反抗期ですか?どちらにしろ、私は可愛らしい坊ちゃまの幸せを願っておりますので、いつでもお手伝いいたしますよ」
「うるさい!俺は可愛くない!!」
 
 執事は俺の反応を見て、腹を抱えて笑った。本当に性格の悪い男である。


 失礼な執事を無視して、手に入れたばかりの琥珀石を光にかざしてみる。角度を変えればそれは俺の手の中で金色にキラキラと輝いた。本当に綺麗だ。



 どうしても手に入れたくなったのは、多分、大好きな幼馴染の瞳と同じ色だったからだ。



 
 持っていれば、幸せになれるという言葉も嘘だと思えなかった。 
 だって、自分は幼馴染のそばにいられるだけで、いつも幸せだったから。
 

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