静かな夜をさがして

左衛木りん

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第7章 成就

愛は君の腕の中(R-18)

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「今日も特に変化なかったなあ」

とっくに寝る支度を終え、デッキの端から満月の昇り始めた星空を眺めていた静夜は、久遠のつぶやきを聞いて振り返った。布団の上に座った彼は膝に乗せた虹の繭玉を優しくしきりに撫でていた。

「ほんとにいったい何なんだろう、これ?ぽかぽかあったかくてまるで生きてるみたいだけど、特に動いてるとか中から突ついてくる感じとかもないし」

「さすがに生き物ではないだろうが…」

宇内の話によると、かつて虹の繭玉から命が生まれたことはなく、ほとんどは契りの証となる揃いの装飾品やお守りだということだった。二人にとっては星に正式に認められたということにこそ意義があり、けして贈り物が欲しいわけではない。ただ、認められたからにはいつ開き、何を授かれるのか、やはり気になってしかたがない。

あれから約二日半、久遠と静夜は交替でそれを預かって可能な限り徹底的に観察してきた。しかし虹の繭玉はうんともすんとも言わず、何の兆候も見せなかった。

久遠はおどけた調子で虹の繭玉を左右に軽く揺すった。

「何が出るかな?何が出るかな?」

「落として割るなよ」

「卵じゃないってば」

「…卵みたいだと最初に言ったのは君だろう」

鼻白む静夜をよそに、今度は大事そうにそれを抱きしめる。

「ま、確かに赤ちゃんやひなが生まれるのを待つのにちょっと似てるかもしれないけど。妊婦さんなら十月十日、山羊の赤ちゃんなら五か月ってとこかな。あひるの卵だったら…」

(赤ん坊…)

その表現に心の琴線を強く弾かれて静夜は久遠にじっと視線を注いだ。知り得る限りの動物の子供やひなについて久遠はにこにこと楽しそうに語っている。まるで彼の本当の気持ちなどどこ吹く風というような、至って純粋無垢な表情で。

あの満ち潮が再び押し寄せる。静夜は途端に心臓を絞られるような痛みを覚え、恋しさが過ぎて逆に彼が憎たらしく、訳もなく腹立たしい気分になった。

気づくと彼は鋭い声音で久遠のおしゃべりを遮っていた。

「久遠、少しいいか」

「うん。何、何?」

久遠のすぐ隣に腰を下ろし、首を傾げて待っている彼の顔を覗き込む。

「もしかして、だが」

「うん」

「この繭玉が俺たちの誓いから生まれた愛の結晶だとするなら、俺たちが愛し合って本当のめおとになれば封が開いて贈り物を手にできるんじゃないだろうか」

「えっ」

ぱちっと見開かれた久遠のエメラルドの瞳と、ごまかしや茶化しを許さない鏡のような静夜の灰色の瞳が交錯する。

しかし次の瞬間、久遠は雪のように白い頬をぽっと薔薇色に染め、彼の求愛を残酷に退けた。

「な、何言ってるの?そんなの全然脈絡ないじゃん…」

「俺を刺激して誘惑するようなことを言ったのは君だ」

久遠はどきりとした。一連の自分のしぐさや発言の中に静夜を煽情するようなものがまったくなかったと、果たして断言できるだろうか。その場の話題としては自然だったとしても。

無意識のうちに彼に水を向けていた自分がいたたまれなくなって、久遠は静夜の目を遠ざける。

「僕…そんなつもりじゃ…」

ささやかな反論の台詞も今の静夜には逆効果だった。静夜は久遠の心を開かせようとその顔を懸命に追いかけ、懇願するように見つめた。

「君はそのつもりじゃなくても、俺はそうしたい…正直に言ってしまうと…今夜、君を抱きたい」

「…!」

迷いや障害がなくなったためか、普段は辛抱強く慎重なはずの静夜の方が今はよほど素直で積極的だ。その表情には久遠にしか癒せない切実な願望があふれ出すほどに満ち満ちていて、壁を崩したら最後、嵐の波濤のようにあっという間に飲み込まれてしまいそうだった。

「これまではずっと我慢してた…やっと皆に認めてもらえたのに、まだ駄目なのか…?」

長い指が顎にかかり、つうっとその線を伝う。

「駄目っていうか…だから、昨日まではしょうがなかったんだって…」

二人がまだ最後の一線を守っているのも無理はなかった。二日半前、誓いの繭から出た後琥珀の館ではかつてないほど盛大なお披露目の宴が催され、二人はその中心に据えられて身動きが取れず、夜通し飲めや歌えの大騒ぎで、気づけば朝だったのだ。その後も各所から何かと引っ張りだこの二人は、昼間は常に周りに誰かがいて、夜になりやっと帰宅できたと思えば疲労困憊で倒れるように眠ってしまい、とても水入らずのいい雰囲気になるどころではなかった。そして今日一日をなんとか乗り切り、やっとこの穏やかなひとときを迎えたのだった。

二人の胸に、今夜こそ、という期待が芽生えないはずはなかった。

身体の奥深くにうずくものを感じながら久遠は思った。

(僕だっておまえに抱かれたい…だけど、初めてのときくらい思いっきり恥ずかしがらせて、焦らさせてよ…こっちはほんとに恥ずかしいんだから…!)

「昨日までは…確かに。でももう邪魔は入らない。…何より俺自身がこれ以上待てない」

静夜は久遠の手からそっと虹の繭玉を取り上げると、空いている自分の枕に置いた。ぼうっとして動けない久遠の首筋に大きな手が添えられ、誓いを刻んだ唇が唇を塞いだ。始めは小さな隆起をついばむように戯れ、やがて徐々に深く、強く、熱烈に絡み合う。それは毎日の挨拶や気軽な愛情表現ではなく、その先の超えるべき境界線へと二人を導く口づけだ。

(こんなキスされたら何も考えられなくなる…僕、今夜きっと静夜にどこかへ連れてかれちゃうんだ…どこにもない、どこでもないところへ…)

そこには何が待っているのだろう?うっとりと空想するうちに、ほぐれた唇の隙間を探り、割って、弾力のある濡れた塊が侵入した。粘膜をことさらゆっくりと這い回る感触が少しくすぐったくてぞくぞくする。久遠はすっかり力が抜け、自分から甘えるように静夜の首に腕を投げかけた。密着が強まり、口づけもいっそう熱を帯びた。

「静夜…静夜っ…んんっ」

漏れ出す声に触発されるように静夜の手が乱れた寝衣の裾から忍び込んできて腰の後ろから肩甲骨までをゆるりと撫で上げた。誰も、自分さえもそのような意図で触ったことはない箇所だ。初めて素肌に触れる静夜の指先が驚くほど巧みに感じる部分を見つけていくので、久遠の肌はその動きを先読みして否が応にも敏感になった。

「あ…ん…んっ、や、ひゃあっ…!」

脇腹から胸にかけての皮膚の薄い一帯に指先が移ってきたとき、あらぬ悲鳴を上げてしまって慌てて唇を閉じる。

「どうかしたか?」

「こ、声が…」

静夜に抱きついたまま久遠は赤面した。地上から隔絶した古い巨樹のてっぺんと言っても、寝所のデッキは頭上の緑葉の天蓋を除けば屋根も壁もなく、大声を出せば森の上空にも足許にも筒抜けと思われる。隠れ処風の住み慣れた自室に落ち着かなさを感じるのは初めてのことだった。

「そんなに気にしなくても、この辺りに住んでるのは俺たちだけだろう」

「でももし前の悪ガキどもみたいに興味本位で覗き見しに来てる奴がいたら…」

「いや…皆、新婚家庭に配慮してくれてるらしい。誰の、何の気配もない。夜行性の小動物くらいだ」

静夜の猟犬並みの探知能力は全幅の信頼に足るものだ。だが、依然久遠の表情は硬い。それを見て静夜は言葉を重ねた。

「どうしても気になるなら、なるべく早く壁と屋根を設置しよう。日向の巣の家作りに携わった樹生の腕のいい職人を知ってるから…」

「そんなの頼んだらバレバレでもっと恥ずかしいじゃないか…!もう…なんでこんな話…」

照れ隠しで回り道をしてしまうおしゃべりな唇を、静夜の大人びた真っ直ぐな目つきが止めて黙らせた。

「気にするということは、大声で叫ぶ前提なんだな」

「だったらどうなの…」

「…嬉しいよ」

静夜はいよいよ何も言えなくなった久遠の寝衣の胸の釦をするすると外し、久遠も静夜の着衣に手をかけた。急かすように繰り返す口づけの下ですべて脱ぎ去り、そのまま二人、一糸まとわぬ姿で褥に倒れ込んだ。覆い被さってきた静夜の身体越し、緑の覆いの隙間に星々が輝いていた。

「とにかく、今夜は大丈夫だから…」

煌気のランプの薄明かりに縁取られた静夜の微笑は、蜜が滴るように甘く、頭の芯が痺れるほど色っぽい。その上長く同じ家に暮らし、初めて目撃するわけでもないのに、今夜の彼の裸身はとりわけ素晴らしく魅力的に久遠の目に迫った。鍛え上げられた筋肉は平和になっても一片の緩みもなく見事に引き締まり、同じ男から見ても惚れ惚れとするほど均整が取れていて美しい。だが久遠の関心の真の対象は別にある。恋しい静夜の隠し持つ陽物を思い描いてみるだけで彼は熱く悶々としてしまい、同時に寂しく渇いた気持ちにもなってしまうのだ。喉から手が出るほど欲しいそれが目の前にあるのに、願望とは裏腹な羞恥心が邪魔をして直視できない。

「久遠…」

熱っぽいその瞳と唇がそっと降りてくると同時に上背も厚みもある身体がのしかかってきて久遠は完全に逃げ道を失った。

「…ああっ…!」

熱くなった二人のその部分も触れ合いそうになってとっさに身体をぎゅっと縮める。だが静夜は焦らず無理強いもせず、久遠を不安と緊張から解放しようとするように彼に優しい口づけと愛撫を施した。掌と唇のたどった部分が体温と吐息で炎を灯されたように温かくなり、低いささやきに耳はとろける。胸の小さな尖りを口に含まれたときなどは快感のあまり反射的にのけぞってしまうほどだった。そうして丹念に責められ愛された久遠の身体は心地良くくったりとほどけ、自然と開いていき、静夜の意のままにその掌中に堕ちていった。

「君は綺麗だ、久遠…君のような人が夫だなんて…」

少し息を切らしながらしげしげと見つめられ、真っ赤になった顔をそらした。

「そんなに見ないでよ…僕、昔からちびで痩せっぽちって言われてずっと気にしてるのに…恥ずかしいよ…」

「何を言われても、君は君だ。気にする必要はない。…第一、君は初めて出会った頃よりずっと背が伸びたし、筋肉もしっかりついてたくましくなった。それは君が努力を続け、成長し続けてるからだ」

「でも…」

「何回でも言う。君は本当に綺麗だ」

静夜は軽い口づけで久遠の後ろ向きな言葉を奪い去り、真剣な顔で言った。

「…初めて君を見たとき、なんて美しい人だろう、きっと天使か、少年の姿をした神に違いないと思った…君がそうじゃないことがわかって、好きになっても、汚すのが怖くて触れられなかった…この感情は醜いから」

彼が上体を起こすと、割れた腹筋の下にひとつの陽物がたくましく屹立して完全な輪郭をくっきりと現しているのがわかり、久遠はたちまち釘づけになった。露出した頂部は赤黒くはち切れそうに膨らみきり、反り返った軸部が時折引き攣れるように持ち上がっている。欲しい、感じたい、結ばれたいという執着がむくむくと首をもたげて久遠は生唾をごくりと飲み込んだ。

「…綺麗なままでも寂しいのは嫌だ…」

互いに苦しい声を絞り出す。

「もう寂しくなんかさせないから…」

膝の裏をすくい上げられ、太腿をぐいと大きく割られた。すべてが剥き出しにされ、暖かい夜気と彼の視線をその部分にまともに感じた。

「やあっ…や、やだあ…!」

屈折した悦びが突き上げ、嬉々として身をよじる。ふさふさと柔らかく淡い茂りをまとった久遠の陽物も静夜と張り合うようにすでに健康な熱をたぎらせている。興奮している状態を誰かに見られるのは無論初めてだが、それが愛する静夜ならいくら見られてもいいと思えた。

好奇心旺盛だが注意深い静夜の指はその付け根の下側の敏感な膨らみをふわっと撫でた後、そのさらに後ろへと続く細い溝に忍び込む。久遠は再び少しの緊張を覚えたが、恥ずかしさを堪えて少し腰を持ち上げそろりと股を開くと彼の指はたやすくそれを探り当てた。

「…んんっ…!」

小さいがはっきりとした反応に静夜は思わず目を見張る。だがそれは彼の方が夢にまで見た憧れの場所だ。当然抑えられるはずもなく、彼は自分の欲求に素直に従い久遠の表情や声の調子を窺いながら、傷だけはつけないようにそっと指先をあてがった。そこは極めて過敏で、わずかなしぐさにも身体ごと感じるように久遠は震えた。

「ああ…静夜…!お願いだから優しくして…でなきゃ、僕っ…!」

愛玩を始めようとしていた指の動きがぴたりと止まる。

(…?)

高まる期待にとろんとした目で見つめると、静夜は困惑の色をありありと顔に浮かべていた。

「久遠…君は、初めてじゃなかったのか?」

「えっ…?」

「もう開いて、中から濡れてきてる」

静夜の目の前では、さっきまできゅっと窄まっていた真新しい芽がもうふっくらと口を広げ、内側に温かな露を溜めて彼を歓迎していたのだった。

「あ…!」

「…」

静夜はもちろんわかっている。だが久遠の方は、露骨に物言いたげな、わざとらしく意地悪に追及するような目つきで見下ろされて慌てふためいた。

「ほ、ほんとに初めてだってば…!…だけど、おまえのことがあんまり好きだから、おまえのこと想像しただけでなんでかわかんないけどこんなふうになっちゃうんだ…!嘘じゃない!!」

股を広げてすべてを露出したあられもない態勢で喚くと、静夜の表情の奥を一瞬の衝撃と動揺が駆け抜けた。

「君は…可愛すぎて困る…」

つぶやくのが精一杯という低いひと言の直後、一度離れていた指先の感触が戻ってくる。くぷっ、と潜り込んできた初めての刺激が久遠を甘く犯した。自然に分泌されるとろりとした水気で静夜の長く太い指は苦もなく奥へ引き入れられ、みるみる深く沈んだ。久遠の秘めた肉筒の形状やぬくもり、そしてしなやかで丈夫なその質感が伝わる。それらを夢中で探り回ると、その内壁は彼を離すまいとしてまるでそれ自体が生き物のように彼を締めつけた。久遠は今にも溶け落ちそうな極上の表情で悦に入っている。

「やぁ…ん…んんぅっ…」

すっかり開ききった彼の秘孔は静夜の指を楽々と飲み込んで、さらに奥へ引きずり込もうと元気良く蠢いている。その様は待ちわびたものを恋しそうにしゃぶっているようで静夜はくらりと眩暈を覚えた。

「静夜っ…ひっ、そこ、あ、あっやあぁ…!!」

格別に感度が良さそうだと思ったところを強く擦ると久遠の嬌声は大胆に跳ね上がり、静夜の忍耐の糸はとうとうぷつりと切れた。

「久遠…本当にもう…我慢できない…」

かつてこれほど衝動的になったことがあっただろうか。久遠の悩ましい姿に魅了されて焦燥に駆られた静夜は切羽詰まって久遠の腰を力強く持ち上げ、自らの下半身はしっかりとそこに据えた。ついにそのときが来たと確信し、久遠の胸は激しく高鳴った。芽生えたばかりでもう夜露にぐっしょりと濡れてしまった若い新芽に、成熟してずっしりと重たげな陽物がぐいと食い込む。そのままもう何も躊躇わず、離れていた生身をきつく結ぶ瞬間、二人を形作るすべての面のすべての感覚器官が一斉に開花して、強烈な快楽が二人の全身を突き抜けた。

「ん…あ、あ、あああぁ…!!」

「…う…くうっ…!!」

誰もいない夜の森に絶叫と呻き声が響いた。肉厚な久遠の内腔は静夜の輪郭に意思を持ってぴたりと添うように絡みつき、一方敏感な静夜の皮膚は目に見えない内襞のざらつきや奥へ向かって絶妙に変化する角度を余すところなく捉えた。二人の交接器はあつらえられた一対の剣と鞘のように隙間なく埋まったが、久遠の最奥からたっぷりとにじみ出してくる濃い露だけはまんべんなく行き渡って初めての挿入を助けていた。

「はあ…はあ…し、静夜…ぎゅってして…」

「…久遠…」

久遠が息を荒らげて腕を伸ばすと静夜は深く背を屈めて腕いっぱいに彼を抱きしめた。態勢が変わると結合部がずるりと動いてそれだけでも異様なほど気持ち良く、二人は何度も口づけをしながら裸体を揺すって具合を確かめ、もうとても抗えずにそこから一気に駆け出した。静夜が本格的な律動を始めると小さな熱狂が二人の腰の奥に燃え盛り、匂うように淫靡な空気が褥の上にむっと立ち込めた。

互いに恋い慕う想いを抑制してきた二人はその心に取りつけていた枷や鎖や鍵をことごとく壊し尽くそうとするように情熱的に交わった。静夜の筋肉は精力が漲ってますます硬く厚く張り、猛り勃った彼の陽物はひと突きごとに心臓までせり上がってくるかというほどの重みで久遠を貫いた。かき抱いた静夜の身体の火照りに一途な熱意を感じると、生まれて初めての驚きと少しの痛みさえもすぐに愛おしい想い出に変わっていくのだと思えた。

「…好き…大好き、愛してる、静夜…ねえ、約束して…ずっとずっと愛してるって…」

「ああ…愛してる、久遠…ずっとずっと、君だけを…」

「嬉しい…幸せ…!あ、や…あっ…ん、んんんっ…!」

手が届きそうで届かない、摑めそうだと思うと指の間をすり抜けて逃げてしまうもどかしい快楽に追いすがる。

静夜は鼻先や顎から汗を滴らせながら、愛して欲しい部分にそれを引き寄せたくて溺れかけの人のように身悶えする久遠の顔を覗き込んだ。

「可愛い…そんなに気持ちいい?」

瞳と瞳をも結びつけられ、その奥に揺れる自然な色香が胸を焦がす。睦み合うその一点から肌の裏側がざわざわと騒ぎ、四肢の指先、髪の一本一本の先までぞくぞくと震え、久遠はたまらなくなって甘えた涙声をほとばしらせた。

「気持ちいい…気持ち良すぎて、僕、自分がどうなっちゃうかわかんない…!!」

「大丈夫、我慢しないで…どんな君も受け止めるから…」

静夜は久遠が指で弄られて泣き叫ぶほどよがったあの一点を狙って責め立てた。指でさえ感じてしまったところを限界まで膨張した陽物で激しく抉られると久遠の理性はひとたまりもなく陥落した。下腹深くで痙攣に似た異変が起こり、今まで味わったことのないその不思議な感覚の渦に彼は喜んで飲み込まれた。

「きてる、きてる…!あ、あ、もう…いくっ…!!」

ついに迎えた最上のとき、久遠は叫びながら静夜の背中に爪を立てて激しくしがみつき、涙と愛と精液をあふれさせた。同時に久遠の内腔には射出の反射で猛烈な圧がかかり、久遠の反応の急変に心を奪われていた静夜を強制的に道連れにした。まとわりついて離れない強靭な蛇のように絞め上げられて静夜も絶頂に達した。

「久遠…!!…うっ…!!」

長らく抑えつけられていた純粋な劣情が引き締まった白い腹の最奥に根こそぎ注がれた。射精の快感と腰の震えを止められず、久遠の細身を折れよとばかりに強く抱きしめると、うっすらと割れた彼の腹筋はどろりとした濃い白濁ですでに汚れていた。二人はじっとりと汗ばむ熱い身体をつなげたまま、荒い息遣い以外には無言で恍惚の余韻に浸っていた。やがて静夜は時とともに綻んでいく結び目を解いて久遠を優しく解放し、気遣わしげに見つめた。

「ごめん…少し乱暴だった…」

久遠は軽く頭を振り、涙に濡れた目を嬉しそうに細めた。

「まだちょっと恥ずかしいけど…今、すごく幸せ…」

それを見て静夜も安堵の微笑みを浮かべた。

「…俺も…」

それから二人は小鳥がじゃれ合うような無邪気な口づけを重ねながらゆったりと寄り添って褥に横になったが、少し身体を休めるだけのつもりが二人とも極度の疲労から睡魔に襲われ、目覚めて気づいたのは満月が中天高くにかかる頃合いだった。

「…んう…」

久遠は間の抜けた声を漏らすと、続いて目をぱちくりとさせた。静夜の裸体にすっぽりと抱かれていることがわかったからだ。

「…おはよう…というのも変だが…とにかく、少し眠ってたらしい」

「少し…って、どれくらい…?」

「そんなには。軽くうたた寝をした程度だろう」

「…そ、そっか…」

なぜ眠ってしまったのか、久遠はその原因の一部始終を思い出して唐突に真っ赤になった。二人はようやく身も心も愛し合って本当に結ばれたのだ。嬉し恥ずかしというように唇をもぞもぞさせていると静夜はそっと髪を撫でて額に口づけを落としてくれた。

「愛してる…一生、大切にするから…」

「僕も、静夜のこと、一生大切にする…」

「…うん」

そして布団の中で愛情たっぷりに抱きしめてくれるので、久遠はますます胸をときめかせていそいそと裸身をすり寄せた。

と、そのとき、あることに気づく。

(…ん?)

二人は今久遠の布団で一緒に寝ていたが、静夜の背後に敷かれている彼の布団の辺りが何やら白い光に包まれているのだ。

「…何か光ってる」

「え?」

二人が身体を離して起き上がりその方を見ると、静夜の枕の上に置かれた虹の繭玉が七色のきらめきを放ちながらまぶしい純白に光り輝いていた。

「…虹の繭玉が…!」

二人は初めての愛の営みに夢中になるあまり、その発端となった存在のことをすっかり忘れていた。そして二人が本当に結ばれた今、静夜が予言めいて推測したとおり、それまで何の兆候もなかった繭玉に突然変化が生じていた。静夜と驚きの顔を見合わせると、久遠はまだ全裸であることも気にせず寝床から抜け出して繭玉を膝に乗せ、そのときを待ち構えた。静夜も移ってきて側に寄り添い、二人真剣な面持ちで今か今かと見守った。久遠の両手に抱かれると繭玉はますます強く輝き、夜の森の闇を払って小さな太陽のように辺りを照らし出し、ついには目も開けていられなくなった。

「…!!」

「まぶし…っ!」

思わずまぶたを閉じ、その向こう側で光が鎮まったのを感じておそるおそる再び開く。

『…!』

二人はさらなる驚きに襲われ、呆気に取られたまんまるな目でを凝視した。

繭玉は影も形もなく消え失せ、その代わりに久遠の腕の中にあったのはーーいや、のは、新雪よりも白く、綿毛よりもふわふわの被毛を持つ獣の子供だった。

静夜が呆然として声をこぼした。

「まさか本当に生き物だとは思わなかった…これは…狐の仔のようだが…」

「うん…いや、待って。この仔狐は…まさか…!?」

腕の中に丸まっておとなしくしているその仔狐の小さな身体を優しく触りながらじっくりと観察した久遠はだんだんと顔色を変えた。

「…やっぱりそうだ」

「どうしたんだ?」

「この仔は水晶狐すいしょうぎつねだよ。ほら見てここ、おでこに生まれながらに神気しんきの源泉である水晶を持ってる」

久遠の指差したところ、額の白い毛並みの真ん中には確かに透き通る小さな水晶がひとつ埋まっている。

「水晶狐…とは、言い伝えに出てくる四大守護獣の一種族か?だが、あれはあくまで伝説では…」

「伝説じゃない、守護獣は実在するよ。星養いの旅の途中で目撃した、遭遇したっていう同胞たちの記録はたくさんある。ただ絶対的に個体数が少なくて、運良く出会えてもすぐに姿を消しちゃうから、幻か伝説みたいな存在として語られがちなんだ」

「…そうだったのか」

星の上を旅して回る原礎たちでもほとんど出会うことのない守護獣を、知識も浅く短命な人間たちが想像上の生き物と位置づけて神格化しているのもしかたのないことかもしれなかった。

「この星の東西南北四つの大陸にはそれぞれを守り象徴する守護獣がいる。西の真珠狼しんじゅおおかみ、南の金剛鳥こんごうちょう、東の珊瑚竜さんごりゅう、そして北の水晶狐。どの種族も原礎より遥かに長い命を持ち、それぞれがその大陸の人跡未踏の秘境でひそかに暮らしてると言われてる。水晶狐は氷竜の背骨よりもさらに北、“極光のきざはし”と呼ばれる氷に覆われた極寒の地域をも越えた、何処とも知れない最果ての地に棲んでるらしいけど…信じられないな。四大守護獣の子供を授かるなんて」

久遠は不思議な縁に心を深く動かされ、満月の明かりの中に仔狐を高く差し掲げた。

「僕と静夜が誓いを交わして、愛し合って生まれた命…間違いない。おまえは正真正銘僕たちの子供だ!」

久遠の手の中で仔狐はそのとおり、と言わんばかりにくーっと目を細めた。

「静夜、おまえも抱っこして。ほら、もうひとりのお父さんですよー」

突然生まれたての動物の仔を押しつけられて静夜は緊張したが、こわごわと抱き取った彼のたくましい腕と胸板に仔狐は居心地良さそうに収まった。

「柔らかくて温かい…まさか自分が父親になるなんて、思いもしなかったが…」

仔狐は静夜が遊ばせるように指を鼻先に近づけるとくんくん鼻を動かしてじゃれついた。二人にすっかり懐いたようだ。しかし静夜はそのときふと表情を曇らせた。

「…久遠、俺たちはもうすぐ旅に出るというのに、いきなり子供を授かってしまって…もしかして、危険の多い旅にこの子を一緒に連れていくことはできないんじゃないか?これほど珍しくて人目を引く獣を…」

しかし久遠は確信を込めてきっぱりとこう答えた。

「いや、むしろ連れていった方がいい。目立つからこそ逆に注目されて抑止力になるし、守護獣には生来の警戒心と魔獣や邪悪な意思を持つものを遠ざける守護の神気が備わってるから、きっと僕たちを守ってくれるはずだ。煌狩りや悪党に狙われる可能性のある、僕たちの旅の助けになってくれるよ」

「なるほど…だから星はこの子を俺たちへの贈り物に選んだのか」

「二人の守りになるように、ってね。星も粋なことしてくれるよな」

星の意思に理解が及ぶと静夜も安心し、二人は心の底から笑顔になった。

「さて、子供ができたら名前をつけないとな」

仔狐を抱いてゆったりとあやしながら久遠は盛んに何度も何度も首をひねる。

「静夜、何か候補というか、名案はない?」

「俺にはそういう方面の感性はないから、全面的に君に任せる」

「ほんと?…じゃあ…」

久遠は夜空を仰いでうーん、とうなり声を発すると、やがてぱっと顔を輝かせた。

「決めた。おまえの名前はましろだ」

「皓?それはどういう…」

「全身綿毛みたいに真っ白だし、ほら、白い満月の輝く夜に生まれたから、皓」

久遠がにこにこして指差した天上を静夜も仰ぎ見て即座に納得した。

「うん、いい名だ」

「だって。な、それでいいよな?」

両手に抱き上げられた仔狐はふさふさの太い尻尾を揺らしながらまるでうなずくかのようにぴょこっと少し頭を下げたのだった。

「よし、決まり。おまえは皓だ。これからは家族三人、助け合って仲良くやってこうな」

「ああ。改めて、よろしく」

皓を挟んで、久遠と静夜は少し頬を染めて見つめ合う。

(見つけた…これが僕たちの…)

(これが俺たちの…幸せのかたち…)

それぞれに異なる経緯で三人の家族を失った久遠と、運命に翻弄されて当たり前の家族にさえ恵まれなかった静夜。その二人の間に血縁ではなく星の導きで結ばれた皓という子供が加わって、翡翠の屋根の樹上の家に今、一風変わった、だが幸せな家族のぬくもりが戻ってきていた。

旅の空に場所を移しても、三人が揃っていればそこは翡翠の屋根の我が家と同じだろう。それは自らの意思で苦難の道を選び取った二人にとって何よりの支えとなるものだった。
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