静かな夜をさがして

左衛木りん

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第7章 成就

決着のとき、そして

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久遠と黄泉の一騎討ちが始まると、静夜たちは隠れていた岩場を出て眼下の煌炉へと続く細い山道を、大急ぎで、だが慎重に下り始めた。目指すは二人が戦う空き地から煌炉を挟んだ向かい側、陽当たりのいい南に面した斜面だ。この山地全体が南から北へと尾根を連ねながら少しずつ標高を上げているのだった。

静夜の合図を受け、離れた場所で様子を窺っていた別の小隊も足並みを揃えるように少しずつ距離を詰めて集まってくる。久遠と黄泉の繰り広げる白熱した死闘にすっかり気を取られ、煌狩りの兵士たちは彼らの動きに誰ひとり気づいていないようだ。

今静夜たちは全員煌狩りの兵士と同じ黒衣に身を包み、フードで顔を隠して、北側の斜面を削って造成された資材置き場に紛れ込もうとしていた。ここまで来るとあえて警戒せず、作業や見回りの兵士を装った何食わぬ態度でさっさと通り抜けていく。苗木を植えるのに狙いをつけた地点はもう目の前だった。

「おい、おまえら!ちょっと待て」

突然横合いから呼び止められて一行はぎくりとし、立ち止まった。監督か現場の責任者と思しき男がひとり、近づいてくる。

「…見ない雰囲気だな。どこの所属だ?名前は?」

「…」

嘘を並べ立ててのんびり応対している暇はない。ここは黙って鳩尾に一発くれてやろうかと静夜がとっさに拳を固めたとき、男は千尋が抱えている黒い布を被せた苗木のバスケットに目をつけた。

「女、それは何だ。見せてみろ」

「…」

「どうした?見せられないような代物なのか?」

「…」

千尋がまったくの無反応なので、男は露骨に苛立っていきなり千尋に手を伸ばした。

「こいつ…ええい、見せろ!!…!?」

バキバキバキッ!!

バスケットを隠す布を摑もうとしたその手が、寸前のところで突然氷に覆われる。

「汚い手で触らないでもらえる?」

フードの内側で界の青い瞳が輝きを放つとたちまち地面から男の両足へと氷がこびりつくように這い上がってきて、彼は身動きが取れなくなった。

「な、何だこれは…!おい、誰か!!侵入者だ!!早く、こ、こいつらを捕まえろ!!」

気の狂ったような絶叫に資材置き場は騒然とした。忙しく立ち働いていた黒衣の作業員たちが一斉に彼らに注目し、まだ戸惑った様子ながら、剣を取ってばらばらと向かってくる。界が大真面目な顔で言った。

「すみません千尋様、我慢できませんでした」

「構いません。もう潮時ですから。ここからは問答無用の実力行使で参りましょう」

「私が道を開きます」

「ボクは殿後を守ります」

彼らはフードを払って正体を現した。グラムニールを抜いた暁良が静夜を先導し、それに千尋と女性術師と界が順に続いて足早に資材置き場を駆け抜けた。対岸で行われている果たし合いとの脈絡も、何が起こっているのかさえもわからないままとりあえず駆けつけた兵士たちは、当たるを幸い猛然と薙ぎ倒す暁良と界にまったく歯が立たず、ひとり残らず容赦なく排除されていった。そこに別動の小隊が次々と合流して侵入者の一団はみるみるうちに膨れ上がり、怒濤の勢いで目標地点へと突き進んだ。

静夜は護身用のレーヴンホルトから迦楼羅に持ち替えた。彼は今万感胸に迫り、不思議な因縁に強く心を動かされていた。原礎たちを傷つけ怒りと憎しみを呼び起こした自分が、その元凶となった迦楼羅の力を使い、その彼らとともに今まさにひとつの大きな役割を果たそうとしている。脳裏を駆けめぐるのは自身の生きてきた道のりの光景ーー心身におぼろげに残る、初めて迦楼羅を握った感触から始まり、一歩ごとに背後に剥がれ落ちて連綿と降り積もり続ける数々の記憶だった。そしてその道の先、いや、もう目の前には久遠との別れのときが待っていた。自分がここで為し得た事績は、運命が次の旅路に出る自分に贈るはなむけとなるに違いなかった。

同胞たちの鉄壁の防御に守られながら最後のわずかばかりの傾斜を上ってついにその場所に至ると、千尋はバスケットから封印樹の苗木を取り出した。

「とうとうたどり着きました、永遠。ここがあなたの旅の終着点…そして新しい始まりの地ですよ」

暁良たちが追手の撃退に奮闘する輪の中心で、女性術師が乾いた土を少し掘り、千尋が苗木をそっと置いて手ずから丁寧に土を被せた。すかさず土門と静流の術師たちがそこを囲み、樹生の二人と力を合わせて封印樹の生長を促す祝福と恩寵の歌を歌い始めた。激しい怒号と鍔迫り合いの狂騒に朗々とした荘厳な斉唱が重なって混じり合い、辺り一面を神々しく荒々しい空気が支配したとき、封印樹の苗木に驚くべき変化が生じた。

歌と煌気を浴びた苗木は通常では考えられない速度で生長を始めた。愛する同胞の歌に喜んで唱和するかの如く、煌気のきらめきを振り撒きながら背丈と太さと葉数を増し、苗木から若木、若木から成木、そして見事な大木へと、数十年分の生育をわずか数呼吸ほどの短時間のうちに彼らに目撃させた。それと同時にその根は目に見えない土の中で四方八方へ放射状にどんどん深く貫入し、固くしっかりと食い込んだ。煌狩りの兵士たちは攻撃の手を止めておろおろし、何事かと尻込みする。幹に手を置いて永遠の準備が整ったことを確かめた千尋が静夜に呼びかけた。

「封印樹が大地に定着しました。今です!」

静夜は力強くうなずき、まだ若い封印樹の根元に立った。多くの人々から託された思いを胸に、迦楼羅を抜き放ち、逆手に大きく振りかぶる。

「久遠が預けてくれたこの力、全部持っていけ、永遠…君の願い、今この手で叶える…!!」

そして天地神煌を限界まで満たした迦楼羅を、渾身の力でその根元に突き刺した。

その瞬間、大地と大気がドクンと大きく一度脈打った。

解放された天地神煌はすぐさま迦楼羅から封印樹へ注ぎ込まれ、七色の光輝を発しながら封印樹の内部を隅々まで活液の如く駆けめぐった。ミシミシ、ピキピキと表面できしむ音の裏側、いや、樹肌よりもずっとずっと奥深くから振動か轟音のような響きが迫るように伝わってきて、そこに居合わせた者たちは全員ぞくっとした。生き物としての単純な本能から何かとてつもない事象が起きると直感したのだ。煌狩りの兵士と魔狼は慌てふためいて逃げ惑ったが、永遠の友人たちは彼女を信じて恐れずにその場に踏み止まっていた。

静夜は光に包まれ、天地神煌を吐き出す迦楼羅を支え続けた。煌気の命を吹き込まれた封印樹は生長に弾みをつけ、幹の芯から年輪を何重にも膨らませ、背丈と胴回りを比例させてぐんぐんと高く、太く伸長する。その末端のすべてでは枝と梢が爆発的に分岐し、みずみずしい緑の葉がその末端にみっしりと芽吹き、日光を遮り生え育つもののなかったこの山間に初めて広大な木陰と葉擦れの音色を生み出した。もし遠くからこの現象を目にした者がいたら、彼らはきっと謎の緑の巨人が頭をもたげゆっくりと立ち上がろうとしていると勘違いして仰天しただろう。永遠の思念の中で久遠と静夜が彼女の描く予想図を見たときと同じように。

目に見える地上での変化の一方で、封印樹の根は下へ横へ網の目のようにたくましく複雑に張り詰めた。抱えきれないほど太い無数の根は煌炉の竪坑の内壁を突き破って飛び出してきて、煌気の溜め池に次々と突っ込んだ。まさにそこへ小さな城のような巨大さに生長した封印樹本体が煌炉の縁の斜面を破壊して岩盤や作業場を崩落させながら煌炉を埋め尽くさんと猛烈な勢いでせり出した。逃げ遅れた煌狩りの兵士や魔狼は足を踏み外し哀れな悲鳴を残してばらばらと煌炉に転落していった。永久煌炉は崩壊へと進み始め、木の股や幹の窪みにつかまった仲間たちが対岸で奮闘する久遠に声援を送る。黄泉を封印する最初で最後の好機は目前に迫っていた。

(もうすぐだ…もうすぐすべてが終わる…久遠とのことも何もかも…)

きらきらと渦を巻く光の中で静夜は歯を食いしばった。知らず知らずのうちに目に熱いものが込み上げていた。

ーー嫌だ…離れたくない…本当は久遠の側にいたい…!!

みっともないほど執拗で単純で、この上なく悩ましく素直な恋心の氾濫に、冷たく頑迷な理性が立ち塞がる。

ーー駄目だ、危険と死を呼び寄せるおまえに久遠は守れない…きっとまた傷つけ、奪われてしまう…あの兎の仔のように…本当に彼が大切なら、一緒にいては駄目だ…!!

ーー…本当に大切なら?こんなにも愛しているのに、どうして一緒にいてはいけないんだ?おまえを愛する者から隔て、引き離すものは何だ?

対立する二つの意識が激しく葛藤し衝突した。迷いと動揺を生じさせた主の手の中で、迦楼羅の天地神煌が弱まり始め、順調だった封印樹の生長も急速に鈍化する。千尋たちはすぐに静夜の異変に気づいて必死に叱咤激励の声を浴びせたが、彼の感覚は雑音を受けつけなくなっていた。



ーーこの星の上でおまえ自身の幸福より優先されるものとはいったい何だ?答えろ、静夜!!



そのとき、時間が、空間が、そして意識が白く弾けた。

記憶の中の緑野で、白いワンピース姿のか細い少女が優しく微笑んでいた。



『頼んだよ。私の大切な弟たち』



それはもうひとつの永遠の願いだった。彼にとって永遠はいついかなるときも道しるべの星だった。永遠の願いと自分の願いが重なった。自分は守られていて、希望はまだ残されている。その瞬間、目の曇りが晴れ、耳の詰まりが落ち、色彩と喧騒が彼の足許から世界へと一気に広がった。



ーー未来はまだ何も決まってはいない。おまえはまだ若く、可能性に満ち、何より自由だ!

ーー本当に久遠を守りたいなら、おまえが今よりもっと強くなれ!!そして、何があってもその手を離すな!!



鼓動が走り出すのに呼応して彼の胸の中の煌源が小さな星のように輝き出した。森羅聖煌の五色の煌が封印樹をも覆い尽くすほど高く、広く立ち昇り、同時に天地神煌も息を吹き返して残された力をすべて解き放った。神聖煌気による決定的なひと押しで封印樹はついに完成しようとしていた。

静夜は迦楼羅から離した両手を青空へと差し伸べた。目線は、顔は、自然と上を向いた。



ーー相容れないなら二つの手に二つとも摑み取れ!欲張りでいい、無謀でいい、挑戦する前から諦めるな!今こそ運命の壁を、自分の殻を破るときだ!!



「ーー久遠!!!!」

静夜は呼んだ。心の壁の向こう側に置き去りにしてきた愛する人の名前を。



「し…静夜…!!」

久遠は戦慄していた。煌気の池の真ん中から現れたその者の整った精悍な顔立ちは紛れもなく静夜だった。だがそれは静夜であって静夜ではない、人間でも原礎でもない魔性の生き物だった。その顔も、解けた長い髪も、露わな裸体も、すべてが頭の先から際限なく流れ落ちる金色の流動体にどろどろと覆われ、煌気の水面とそこから出ている腰の部分は境界がなく一体化している。まるで煌気そのものから誕生したようで、事実そうだったが、久遠はかねてから抱き続けてきた愛する静夜が離れていく喪失感と無力感から、彼が任務に失敗してすでに捕まり、煌炉に投げ込まれて生贄にされてしまったのだと錯覚させられていた。

「そんな…そんな…嘘だ…!!」

気づけば煌炉の真上に浮かぶ彼らの周囲は赫く妖しい靄に包まれている。炎叢のまやかしの秘術、“炎夢えんむ”だ。これは相手の弱みや不安につけ込む幻を見せ、精神を破壊し支配する恐ろしい禁術である。彼がこの術で堕落させ隷従させた者は数知れない。さらにこの術にはもうひとつ別の悪趣味な楽しみがあった。その者がひた隠しにする本心や願望を暴き出し鑑賞することができるという極上の余興がついてくるのだ。

それは天地神煌を宿す久遠にも逃れられない非情さで静かに牙を剥いた。

〈…すけて…〉

思わず空中で硬直する久遠の耳に、弱々しく、おぞましいほど切なげな訴えの声が届いた。

〈…さびしい…こわい…おれを…ひとりにしないで…〉

静夜の幻は久遠を見つけると、貌を恍惚とした甘美な表情に融解させ、液体金属の滴る長い腕を彼の方へゆらりと伸ばしてきた。

〈…たすけて、くおん…おねがいだから…そばにいて…〉

「あ…あ…あ…」

久遠は微動だにせず凝視しながら顎をかたかた震わせる。膝に力が入らず、掌には冷たい汗がじっとりとにじんでいる。その久遠の肩の後ろから黄泉がぬっと現れて彼の横顔を覗き込んだ。

「静夜に会えて驚いたか?死んだはずなのに生きていたのかと?それとも生きていたはずなのに死んでしまったのかと?どちらでもいい…いずれにしろ静夜は二度と大森林には戻らない」

久遠は心臓まで冷たくなった。それは彼が最も恐れていることなのだ。

「静夜は孤独だ…そしておまえを求めている。いつまでも一緒にいてやるがいい…ここに…私と三人で」

シュルシュルと回転する赤索がすでに久遠の全身を取り巻いて締まり始めていた。赫い靄に閉じ込められて現実と虚構の区別がつかなくなり、久遠は虚であやふやな心持ちに漂流した。姉の願いも希望も、とっくに潰えてしまっていたのだ。麻痺し停止した久遠の思考はもう自分にできることは何もないという絶望に蝕まれようとしていた。



「ーー久遠!!!!」



突然、靄を切り裂くひと筋の陽光のように鋭く明瞭な声が聞こえた。

久遠は静夜に呼ばれたような気がして自己を取り戻した。

(そうだ…僕を遠ざけてまで守ろうとしてくれた静夜が僕を破滅に導くわけがない!勇気を出して幻を打ち破るんだ!…静夜はきっと僕を守ってくれる…静夜を、自分の力を信じろ!!)

「おまえは静夜じゃない!!哀れな幻は虚無に帰れ!!」

そう叫んだ瞬間、静夜の幻はドプン、と重たげな音を立てて溶け落ち、煌気の海に消え失せた。赫い炎夢の靄は久遠の気魄と翠緑の瞳の輝きに引きちぎられるように払いのけられ、浄化された。黄泉はさっと顔色を変えた。炎夢の幻を自力で破られたのは初めてだったからだ。しかし黄泉が本当に驚愕したのはこの直後だった。

靄の向こうに突然山のような謎の巨樹が出現し、自分と久遠のいる煌炉に蓋をせんと迫り来ていた。策士策に溺れるーー炎夢にかかりきりになっているうちに大森林側の謀りにまんまとはめられたことを彼は悟った。そして怒りと苛立ちを爆発させた。

「…ちっ…!小賢しい原礎ども…なぜいつも、いつもいつも私の邪魔をする…私からどれだけ奪い取れば気が済むというのだ…!!」

久遠の胸には再び希望の光が灯ったが、残された時間はあとわずかだった。

(もう後悔はしたくない…籠の中におとなしく収まって命じられたようにしか生きられず、したいことや欲しいものを諦めなければならないのは絶対に嫌だ!!)

久遠が自分で自分を縛るがんじがらめの鎖を断ち切ると、赤索も脆く吹き飛んだ。術を解いてとっさに黄泉が構えた煉牙に久遠の煌剣が襲来する。原礎と人間の命運を決する最後の死闘が始まった。

「おまえが静夜を求めながら失おうとしていることはもう知れている。代わりに今日から私が彼を庇護しよう。おまえと静夜と私の三人で、私たちを捨てた原礎への復讐を果たそう!!」

しかし七色の煌の尾を引く金色の煌剣は煉牙を圧倒的に凌駕し、主にかすらせもせず、鬼神の如き猛攻で黄泉を追いつめた。

「僕と静夜の間には誰も立てない!誰もいらない!もしいるとすればそれは姉さんだけだ!!」

久遠はありったけの力を込めて黄泉の胸に煌剣を突き立て、いよいよ狭まりゆく煌気の海の中心へ、的に串刺しにするように彼を射落とした。黄泉の黒い影が金色の流動体に吸い込まれて消える。と見る間もなく封印樹の巨大な幹と根が煌炉を覆い尽くして完全に塞ぎきり、永遠がその懐に深々と抱きしめた。一部始終を見届けた俄たちが、千尋たちが、彼の友人たちが一斉に勝鬨と歓声を上げた。

沈みゆく煌気の海の中で、黄泉はある幻を見ていた。

それは彼がまだ若く、人礎に登用されたばかりの頃のことだ。

『…黄泉?お帰りなさい』

家に戻ってきた彼が沈んだ表情でうなだれていると、気づいた遥が歩み寄って声をかけた。

『どうしたの?…泣いているの?』

優しい声に胸が詰まり、黙って顔をそらした。

『…その様子だと、またみんなと議論になって手ひどく言い負かされたのね』

彼が原礎の使命をめぐって同胞たちと衝突するのは珍しくないことなので、遥はとっくにお見通しだった。

ーー私は…心から人間のためを思って…

自分の存在理由さえ否定されたような気持ちになってそれきり口をつぐむと、遥は白く華奢な手で涙が乾いたばかりの彼の頬をそっと包み込んだ。

『心は最も孤独な場所…だから心に触れられると涙が出るの…疲れたのよね?私と一緒に、静かに休みましょう…』

(ああ…遥…おまえと、一緒…に…)

遥の手に手を委ね、金色の光の先へ堕ちていく。黄泉は満足して瞑目し、意地と意識を捨てた。

炎叢の礎はその盲目の奴隷となった男の胸に美しい思い出を蘇らせてから、金色の海についに崩れ去った。

黄泉の姿が煌炉の底、封印樹の根の下に消えたのを空中で確かめた久遠の胸に安堵がどっと押し寄せた。

「やったよ、姉さん、母さん…役立たずって言われ続けてきた僕が、他の誰にもできない役割を果たしたんだ…!」

吹っ切れた喜びの中、久遠は若い雲雀のように思いきり無邪気に空を舞い踊りながら心の赴くまま飛び続けた。まるで子供に戻ってしまったようにうずうずと落ち着かず、身体の奥底から四肢や髪の先にまで気力と勇気が漲ってくるのを我慢できなかった。そのエメラルドの瞳は陽光を受けてきらきらと輝いていた。

(今日僕は人生で一番わがままになる。賭け、ううん、本当の冒険をする。たとえどんなに危険でも、誰に何を言われても、静夜と一緒に生きるんだ!!)

眼下の封印樹の巨大な根元では、駆けつけてきた仲間たちが思い思いに抱き合ったり肩を組んだりして永遠の願いの成就を祝っている。その輪の中に静夜の姿を見つけると久遠の心はたちまち喜び一色に染め上げられた。身体も、もうとてもそれ以上離れたままではいられず、彼は宙で姿勢を立て直し、狙いを定め、まっしぐらに翔んだ。そして、墜ちて、墜ちて、ただ墜ちた。

「静夜ーーーーっ!!!!」

頭上から突き刺さってくる叫び声と風切り音に気づくと、地上にいた者たちははっとして空を振り仰いだ。

満面の笑顔で白い流れ星のように天から降ってくる久遠を見つけ、静夜は反射的に両腕を広げた。彼以外は全員ぎょっとして避難するように空間を空けた。

どすんっ!!

「うっ…!!」

想像以上の衝撃に一瞬呼吸を詰まらせながらも、静夜はよろめくことなくしっかりと久遠を受け止めた。

固くぎゅっと抱き合ってから静夜は久遠を慎重に抱き下ろした。だが彼が解こうとした腕を久遠は逃すまいというようにきつく摑んで彼に詰め寄った。

「静夜、僕…僕、もう決めた!!」

「え?」

「おまえが駄目だって言っても僕はおまえについてく!鞄に潜り込んででも、脚にしがみついてでも、何が何でも絶対一緒に行くから!」

静夜は明らかに困ったように顔を曇らせた。

「鞄に潜り込まれたら重くて持ち上げられないし、脚にしがみつかれたらそもそも歩けない」

「わかってるよ、それくらい!」

友人や先輩の目の前であることも一切気にせずに正直な自分の気持ちを盛大にぶちまけた。

「離れていても心はいつも側にいるとか、愛し合ってれば距離なんて関係ないとかみんなよく言うけど、そんなのは綺麗事だ!僕は…僕はおまえと離れたくない…二人で一緒に旅して、戦って、向かい合ってごはん食べて、くっついて寝て、抱き合って、キスして…もっともっといろんなこと、おまえと一緒にしたいんだ!!」

「うん、わかってる。俺も同じ気持ちだから」

「…ほんと?」

「ああ」

拍子抜けするほどあっさりとした反応におそるおそる顔を上げ、ぽかんとして見つめる久遠に、静夜は最高の笑顔で答えた。

「ずっと一緒にいよう。同じ道を二人で歩いていこう」

四つ葉の指輪をした手が、白詰草の指輪をした手を優しく握る。一輪に合わさった花をまじまじと眺め、その相変わらず少なめな言葉の中に誠実な愛が息づいているのを見て取ると、久遠の白い顔が幸せに色づくように紅潮した。

「…!!うん!!」

二人はまた抱き合い、久しぶりに感じる互いの抱き心地とぬくもりをうっとりと噛みしめた。そこに居合わせる誰もが戦いの終結と二人の誓いを心から喜び、隣にいる者と笑顔を交わしている。物言わぬ大樹になった永遠までもが、葉の生い茂る枝々を盛んに風に揺らして二人を祝福しているようだった。

緊張から解放されて元気に騒いでいる若者たちを少し離れたところから見つめていた瞬が、並んで立つ俄にささやきかける。

「見たかい、俄。静夜くんは森羅聖煌を操っていた。永遠の煌源を継承したとは言え、彼は人間なのに…それに彼はこんなにも僕たちの心を捉えている…」

「…ああ」

俄はうなずき、どこかまぶしそうに目を細める。

「彼は人礎でも煌人でもない…星の上でたったひとりの…そう…黒髪の原礎、だな」

幸せそうに笑っている久遠の顔を眺め、僕の負けだ、と言うように苦笑しながら肩をすくめる瞬だった。
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