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第4章 群像
虚しき笞刑
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煌気の消耗と疲労の蓄積で倒れた永遠は“妖精の臥所”と呼ばれる治療院に担ぎ込まれ、しばらく入院して治療を受けることになった。
ここには傷病者や著しく煌気を消耗した者、それに長旅の疲れを癒したい者などが常時収容されている。治療と養護に当たるのは主に咲野、穂波、果菜の族の治療師と薬師たちだ。他に瑞葉や静流の族もいる。彼らは戦闘を不得手とする代わりに癒しや見守りの技に長けている者たちだった。
患者は通常その症状の種類や程度に応じて数人の相部屋か個室に振り分けられるが、永遠の場合はその特異な立場と経緯から、すぐに最上等の特別室が用意された。そこには内輪で込み入った話をするのに都合がいいという理由の一方で、永遠の病室に見舞いの者たちが殺到しないようにという配慮もあった。
面会制限を免除されている数少ないひとりである久遠は、毎日決まった時間に姉の部屋を訪れていた。特別室は敷地の中でも奥まった閑静な区域に位置し、白い木材と鮮やかな緑の植栽に囲まれ、優しく降り注ぐ陽光と小鳥のさえずりに彩られている。今日も晴れて暖かく、永遠の顔色も入院当初に比べると少し良くなっていた。
「今日も来てくれたんだな、久遠」
「当たり前だよ。だって姉さんのことが心配だもん」
久遠は紅茶を淹れ、四つ葉の学び舎の子供たちと手作りした素朴なマフィンを添えて出した。故郷に戻った久遠は以前と同じ保育の仕事を再開していた。
「だがおまえも仕事があるし、調べ物もして、何かと忙しいだろう。無理しなくていいのに」
「大丈夫。僕は仕事の後に少し手伝うくらいだから。基本は宇内様と彼兄が仕事の合間に調べてくれてる。界もなんだかやる気満々みたいで、今は旅を休んで手伝ってくれてるよ」
「静夜は?彼も調べてくれてるんだろう?」
静夜の名前が出ると久遠の表情が曇った。
「ああ…うん。静夜も、多分頑張ってくれてると思う」
永遠は意外そうに眉をぱっと跳ね上げた。
「思う…って、おまえたちいつも一緒なんじゃないのか?雲上の宮に来たときすでに親密そうに見えたから、てっきりここでもずっと一緒にいると思ってたんだが…そうだ、静夜はここに来てからどこで寝起きしてる?翡翠の屋根の私たちの家か?」
「ううん…彼兄が客人用の宿舎に部屋を用意してくれて、そこに泊まってるけど…姉さん、聞いてないの?」
「ああ。…静夜は自分のことはあまり話さないから」
「…ふうん」
本来大森林に縁も居場所もない人間の静夜は当面身を寄せる場所として翡翠の屋根のあの樹上の家に再び招かれるのを当てにしていたようだが、家主の久遠が我関せずとだんまりを決め込んだので、結局静夜の宙ぶらりんな立場を見かねた彼方が部屋を手配したのだ。
久遠が記憶喪失だった静夜を喜んで家に住まわせ世話したことを聞いて知っている永遠には、弟のその変わりようが腑に落ちず、不思議でしかたなかった。
「まあおまえは仕事で不在がちだし、静夜も今は記憶が戻ってしっかりしてるからそれでもいいだろう。でも私は二人には支え合って仲良くしてもらいたいんだ。なぜか、そうなることがすべてにとって良いことのような気がしてね」
「何、それ…意味わかんないよ」
私も自分でもよくわからない、と永遠は肩をすくめて苦笑した。
「ともあれ、翡翠の屋根に一番住みたいと思ってるのはこの私だ。早く自分の家に戻りたいし、久しぶりにおまえの作る料理も食べたい。何より早く退院して皆と一緒に仕事をしたい…自分が提案したのに何もできず寝てるだけというのはあまりに不甲斐ないよ」
(姉さんは十分すぎるほどよく働いてる。それに比べて僕は…)
情けなさと劣等感が胸に重くのしかかる。仮に手がかりが見つかって道が開けても、その先に自分にできることは何もないのだ。永遠はもちろん、界も彼方も優秀で、自分がその間に割って入って演じられる役割も見つかりそうにない。静夜は記憶と迦楼羅を取り戻し、今は新しく進むべき道の先を永遠と見つめている。静夜にとっても、もう自分の存在は必要ないだろう。つまり自分はすでにお払い箱というわけだ。
二人が一緒にいる理由は、もうなくなったのだ…。
震え出しそうになる唇をぎゅっと締め、久遠は空元気の顔を上げて精一杯明るい声を出した。
「そろそろちびっ子たちがお昼寝から覚めるから、僕もう戻らなきゃ。また明日来るね。姉さんは何も心配しないで、ちゃんと休んでてよ」
「ああ」
久遠はいつもどおりの笑顔で退室していった。永遠も笑って弟を見送ったが、扉が閉まってひとりになると、ふとかすかに眉をひそめた。
その後、夕方が近づく頃、今度は静夜が見舞いにやってきた。彼も入室が許されているひとりで、毎日この時間帯に訪問していた。
従って永遠の病室で久遠と静夜が顔を合わせることはなかった。
「何か進展はあったか?」
「いや…迦楼羅に関する記述は見つからないし、彼方さんが俄様に迦楼羅の破砕や溶解ができないか相談しようとしてくれたが、同胞を死なせた魔剣など見たくもないと拒絶されてしまった、と」
俄とは珠鉄の族の礎主であり、当代で一、二を争う剣術の技量と豪放磊落な性格で知られる珠鉄・レンウィック・俄のことだ。永遠は沈んだ表情で首を振る静夜の手に手を重ねた。
「焦らなくていい。ここの蔵書数は膨大だし、俄様の気持ちを解きほぐすのにも時間がかかるのは当然だ。私は当分ここを出られないが、ここに書物を持ってきてくれたら少し手助けができる」
「でも君はまだ体調が…」
「本を読むくらい訳ない。何もせずじっと寝てるのもつらいものだよ。暇潰しの読書だと思えば…ああ、牢にいたときと同じことを言ってるな。…ふふっ」
思わず小さく吹き出すその愉快げな表情に、静夜もつい頬を緩めた。
「…やっと笑ってくれたな」
「…」
「君とこんなふうに穏やかに話せる日が来るとは、あの頃なら想像もつかなかった。本当によかった」
静夜はすぐにまた笑みを消し、うつむいてしまう。
「俺はよかったなんて言えない…俺は煌気を奪うだけで治療できないし、男だから身の回りの世話はさせられないと治療師に言われた。俺のせいで君にこんな思いをさせているのに何もできなくて、本当にすまない…」
「君が殺伐としたあの日々と場所から解放されて今安らかに守られてるというだけで私は十分だ。私のことは治療師たちに任せて、君は調べ物に専念してくれ。ただし、あまり根を詰めないようにな」
永遠はそう言ってくれても静夜の心中はとても安らかではなかった。大森林に戻ったあの日以来ずっと久遠との間がぎくしゃくしていて、彼とろくに話せていないからだ。書庫でばったり出くわしたり彼方や界を交えて話したりする際にも、目も合わせようとしない。理由は、彼が何も話さないのではっきりしないが、確実に自分の原礎殺しの重罪のせいだと静夜は考えていた。
(避けられて当然だ…俺は久遠の信頼を裏切った上、彼の大切なお姉さんを虐げてたんだから…)
『嘘だ…僕を何度も助けて守ってくれた、おまえのあの強さ…あれが、そんなふうに身につけたものだなんて…絶対嘘だ…!!』
心が粉々に砕けるかのような久遠の叫びがまた耳の奥で谺し、とっさに静夜はまぶたをぐっと塞いでその残響を押し殺した。
(…俺には久遠に会いたいと思う資格すらない…)
静夜の様子がおかしいことを見て取った永遠は伏し目がちな彼の顔を気遣わしげに覗き込んだ。
「…君はやはりまだ過去の影から抜け出せないか?…もしかして、つらかった記憶を思い出さないままでいた方がよかっただろうか」
投げかけられる質問とけして口にすることのできない本心がめちゃくちゃに入り乱れ、とてもすぐには答えられず、静夜は黙って首だけ振った。それを強がりの裏返しと受け止めた永遠は辛抱強く、優しく言葉をかけた。
「でも君は何度も私を庇ってくれて、今こうして故郷に…弟のところに帰してくれた。そう考えることが君の慰めにはならないかな」
永遠は絶対に自分を責めたり難じたりしない。なんとか自分の心が晴れるように、救われるようにと、あくまで優しく寄り添ってくれる。
「もし君が私のことを思うなら、私だけでなく久遠のことも気にかけてやってくれないか?お節介で、その上無責任なお願いかもしれないが、私は昔から久遠にはずいぶん心配と世話をかけてきたんだ。その久遠に、どうやら大切な友人ができたらしい…君のことだよ」
「…俺が?」
静夜は疑わしそうな瞳をのろのろと上げた。
「うん。どうか私の大切な弟を、私の代わりに守ってやって欲しい…君にしか頼めないことだ」
「…」
一拍を置いて静夜はやっと答えた。
「…努力はする…君がそこまで言うなら…」
「…ありがとう」
渋々でも一度口に出した言葉は力を持ち、言った者の意識と行動の土台になることをよく知っている永遠は、静夜の重たげな口振りにも、嬉しそうに微笑んだ。
やがて日没が迫ると面会時間も終了が近づき、静夜は宿舎に帰ることにした。
「静夜、ちょっと待ってくれ」
「何だ?」
「うん。…実は、界がどうも君に何か後ろめたい感情を抱えて悩んでるようなんだ。…多分君に対するこれまでの言動を気にして悔やんでるんだろうと思うんだが」
「…ああ」
静夜も思い当たることはあったが、彼自身はまったく気にしていなかった。自分はそれだけのことをしたからだ。
「界くんの発言は完全に正当だ。なのになぜ…」
「自分では何も言わないが、君の過去について知る前と知った後で、印象ががらりと変わったのかもしれない。彼は普段少し高飛車で自信家に見えるが、根は礼儀正しく、感情面で繊細で敏感な子なんだ。ただ自分から素直に非を認めるのには慣れてないようだから、君に直接謝罪するのは難しいんじゃないかと思う」
「…それがいったいどうしたんだ?」
「つまりだ…君を理解してくれる者はたくさんいる。宇内様も、彼方さんや麗さんも…だから望みを捨てないで、心を強く持っていて欲しい」
永遠の優しい言葉は胸に開いた隙間を素通りしていくようだった。たとえ千人の人が理解し同情を寄せてくれても、大切な人がたったひとりいる心強さには到底及ばない。しかし静夜には永遠が精一杯自分を思いやってくれていることも身に沁みて感じられていたので、彼は形ばかりの笑みを浮かべてうなずいた。
永遠と静夜がそうして話しているのを久遠は扉の横の壁にもたれかかって聞いていた。子供たちが摘みたての花で可愛らしいお見舞いの花束を作ってくれたので、新鮮なうちに姉に渡そうと思って来たのだ。ところが間の悪いことに静夜が来ていて中から話し声がし、その声がいかにも情感こまやかで仲睦まじそうなので、とても割って入れる雰囲気ではないと感じて帰るかどうか迷いながら外で待っていたのだった。
(…やっぱり二人の結びつきは特別なんだな)
不安を吐露し、優しく励ますその様子は、扉と壁越しに聞いていても明らかに普通ではない。その意味はひとつだということは経験が少ない久遠にも簡単に想像できた。
(静夜は姉さんが…いや、静夜は姉さんと、もう…)
普通なら喜ばしいことであるはずなのに、心は少しも昂揚しない。それどころか暗い深みにどこまでも引きずり込まれていくかのようだ。そんなふうに感じる自分が生まれて初めてで久遠はひどく戸惑っていた。
(どっちでもいいじゃないか、そんなこと…僕には関係ないんだから…)
捉えどころのわからない気持ちを頭を振って遠くに押しやり、久遠は身体を起こすとそこを離れた。持参した花束は後で渡してもらうよう担当の治療師に預けて翡翠の屋根に帰った。
翌日も久遠は四つ葉の学び舎で子供たちに囲まれていた。
「ねえ久ぅ兄、きのうのおはな、永遠おねえちゃんにわたしてくれた?」
膝の上に転がってじゃれていた周がふとそう尋ねてきた。
「うん、渡したよ」
「永遠おねえちゃん、げんきだった?」
「うん」
「あたち、永遠おねえちゃんにあいたい!つぎはおはなとおかちもって、久ぅ兄といっちょにおままいいく!」
「…千里」
まだ舌っ足らずでうまく話せない千里が、自分がいかに永遠が好きか、永遠が以前どんなふうに遊んでくれたかといった話を一生懸命に延々と繰り広げてくれるので、久遠は辟易しつつも嬉しくて苦笑いしどおしだった。
すると今度は日月が絡んできて、久遠にこう尋ねた。
「ねえ久ぅ兄、静兄は?日月、静兄とまたあそびたい…」
途端に久遠はどきりとした。
「…静夜は今ちょっと忙しいんだ。時間ができたらまた連れてくるから…ごめんな」
「…ん…」
日月は見るからにしょんぼりとする。ほんの短い時間だったが、日月は静夜に一番懐いていたようだった。チーズとパンを交換し、肩車をしてもらったことをよく憶えているのだろう。二人にお揃いの白詰草の指輪を作ってくれたのも日月だ。
本当は自分が彼を誘わないからというだけの理由なのに、子供たちに嘘をついていることが久遠は心苦しくてしかたなかった。
「ほらみんな、お昼ごはんの時間ですよ。あっちに行って座りましょうね」
未来が空気を察したらしく、さっと割り込んで子供たちを促し、食卓に連れていく。気を遣わせて申し訳ないなと思いながら久遠も立ち上がると、四季が近づいて話しかけてきた。
「久遠くん、大丈夫?静夜くんと何かあったの?」
「…いいえ。何も」
「でも…」
「僕は大丈夫ですから。さあ、お昼、お昼っと」
笑顔を張りつけて食卓に向かう久遠の後ろ姿を四季は心配そうに見つめていた。
数日後、ひとりで書庫にいた静夜のところに大急ぎで彼方がやってきて、青ざめた顔で彼にこう告げた。
「静夜くん、まずいことになった」
「どうしたんですか?」
彼方は周囲に視線を走らせて誰もいないことを確かめると、少し距離を縮めてささやいた。
「例の話が漏れていたらしい。昨日あたりから噂が一気に広まって、同胞たちから君を罰しろとの声が上がり、君を連行して処罰しなければならないことになった」
「…そうですか」
静夜は顔色も変えず、ぽつりとそうつぶやき、それから少し考え込んだ。彼方は、いつも冷静で落ち着いた彼にしては珍しく切羽詰まった調子で捲し立てた。
「あの場にいた七人と十二礎主が他言するとは考えにくい。あくまで憶測だが、礎主たちがひそかに話しているのを盗み聞きした者がいると思われる。もともと人間が大森林で暮らすことを面白くないと思っている者もいる上に、永遠の入院や私たちの動きが関心をかき立てたのかもしれない。…誓って言うが、私は断じて口外していない。どうかそれだけは信じてくれ…」
「もちろんです」
煌狩りの罪科と黄泉の陰謀、そして静夜の素性と迦楼羅のことはすべて宇内の命によって十九人の間で固く口止めされていた。だがどこからか嗅ぎつけてくる者は必ずいるということだ。
「今では大森林中の同胞たちが君の過去を知っていて、そのうちのほとんどが君に不信感と敵愾心を抱いている。宇内様も十二礎主たちに同胞たちをなだめさせようと力を尽くされたが、皆の怒りは収まらなかった…一度火のついた怒りを鎮めるには、はけ口を用意するしかない…」
「俺は逃げも隠れもしません。それで、罰の内容は」
「笞刑…つまり鞭打ちだ。ただし普通の鞭ではない。長老と礎主だけが振るうことを許された、煌気を込めた裁鞭という秘伝の鞭だ。過去にこれで打たれて生き延びられた者はほとんどおらず、まして人間の肉体が耐えられる保証はまったくない。私などにはとても止められなくて、申し訳ない…」
「俺は平気です。罰や折檻なら幼い頃から何百回と受けてきましたから。むしろそれが当然で、これまで猶予をいただいたことの方が異例だと思います」
「礎主たちは宇内様のご意思と君の情状を受け入れて手心を加える意向だが、同胞たちの眼前であからさまな手加減はできないし、礎主たち自身の中にも君に少なからず憎悪や敵意を秘めている者はいるだろう。これが何を意味するかというと、君は…君の命はないものと思った方がいいということだ…」
「元より覚悟の上です。手加減はなしで構いません。俺が死ねば迦楼羅を抜ける者は永久にこの世からいなくなります。その方が迦楼羅を破壊するよりきっと簡単だし、それで皆さんの気が晴れるなら」
「静夜くん…」
大森林に戻ってからのこの数週間、なかなか解決策を見出せない日々の中でずっと考え続けていたのだろう。静夜は何のわだかまりも思い残しもなく、何物をも恐れない毅然とした顔つきで見つめてくる。彼の身を案じる気持ちと職責の板挟みになった彼方はもはやかける言葉もなく、ただ自らの無力を痛感し顔を歪めた。
「…彼方さん、もしひとつだけわがままを聞いてもらえるなら、最後に俺にほんの少しだけ時間をもらえませんか。どうしても行きたいところがあるんです」
「ああ…もちろん。いったいどこへ?」
答えを聞いた彼方は書庫を出て歩き出す静夜についていった。
久遠がいつもと同じように永遠の病室を訪れると、彼女は陽光の射すテラスにじっとたたずんでいた。
「姉さん?」
「…久遠」
振り向いた姉の顔つきに普通ではない気配を感じた久遠は差し入れを卓に置くと心配そうに歩み寄った。
「姉さん、どうしたの?何かあった?」
「久遠、静夜を知らないか?」
「静夜?」
昨日から顔を合わせていないので、久遠は答えられない。
「さっきまで薬で眠ってたんだが、目が覚めたらそこに迦楼羅が置かれてたんだ。寝てる間に静夜が来てたらしい」
永遠が指差したベッドの足許を見ると確かに迦楼羅とレーヴンホルト、それに珠鉄のナイフが揃えて置かれていた。だがそれらよりも久遠の目を奪ったのは、それらを指す姉の指にはめられた白詰草の指輪だった。
久遠は全身の血がさあっと逆流する音を聞いた。
(あれは二人の旅立ちの思い出の指輪…あれを贈ったということは…)
それが意味するのは、二人の旅の終わり、そして自分の命以外には何も持たない彼から永遠への誓いの印としか思えなかった。
「姉さん、その指輪…」
「ああ、目覚めたらつけてたんだ。これは確か、おまえたち二人がお揃いでつけてたものだよな。静夜がつけていったのか…でも、いったいなぜ私にこれを…」
(え?…どういうこと?)
久遠が混乱に襲われたとき、扉の外から大声と慌ただしい足音が聞こえてきた。静謐な治療院には場違いな騒音に、二人は眉をひそめる。
「何か騒がしいな」
「どうしたんだろう」
上衣を羽織って扉に向かう永遠を久遠が支え、二人が外に出ると、廊下の奥が騒然としていた。
「どいて!!どいてください!!」
どうやら特別治療室に誰かが運ばれてくるらしい。健康で身体の強い原礎たちばかりのこの平和な大森林では、深刻な急病や大怪我で搬送される者はめったにいない。やがてまもなく患者当人が運ばれてくると見え、喧騒がますます高まった。二人は始め野次馬が興味本位で群がって見物しているだけだと思っていたが、彼らは興味というひと言では済まないほどのひどい興奮と怒りに猛り狂っていた。
「なんでそんな奴治療するんだよ!!時間と手間の無駄だろ!!」
「大門の外に放り出して鴉の餌にしちまえ!!」
「馬鹿言わないでください!今にも死にそうな人を助けないで、何が治療院ですか!」
「これは宇内様のご命令です!わかったら早く道を開けてください!」
「宇内様の…?」
二人はただならぬ空気を察知し、急いで人だかりに近づいていった。
「ねえ、誰か怪我したの?」
「いったい何があった?なぜ皆こんなに怒り狂ってる?」
「…と、永遠…久遠…!」
二人に気づいた者たちの顔に動揺が走ったちょうどそのとき患者が担ぎ込まれてきて、群衆の興奮がさらに高まる。
「おまえなんか死ね!!死んじまえ!!」
「返してよ!私の同胞を!あんたが死なせた私の友達、返しなさいよ…!!」
「…待って、その人はけして悪人じゃ…ほ、本当の悪の首謀者は我々の同胞だと…」
「いいや、自分の犯した罪は自分の命で償わせろ!!」
「みんなお願い、早く通して…!早くしないと手遅れになっちゃうわ!」
まさか、と二人が青ざめると同時に、凄まじい罵声と怒号の中によく知った声を聞き分け、永遠と久遠は思い切って人垣に身体を割り込ませていった。そして想像が現実であることを知った。
麗と誰かもうひとりが仮ごしらえの担架を大急ぎで運んでくる。患者の全身をすっぽりと覆う布が真っ赤に染まり、その片端から結んだ黒髪の房が力なく垂れ下がっていた。今この大森林の中で黒髪の持ち主は彼ひとりしかいない。
「静夜…!!」
永遠の瞳がぎらぎらと燃え上がり、久遠はぞっと肌を粟立たせた。
「どういうこと…?静夜、何をされたの…?」
「おい、いったい誰が彼にあんな仕打ちをした!?まさか宇内様のご命令じゃないだろうな!?」
永遠がたまたま隣にいた者たちに問い詰めると彼らは少し気圧されながらも、憤りと憎しみの露わな表情で口々に答えた。
「裁鞭による笞刑だよ。宇内様が十二礎主に許可をお与えになったんだ」
「同胞たちをあれだけ殺したんだ。当然の報いだよ!」
「…あれを人間に振るったのか…!!」
衝撃と戦慄が永遠の表情にざわりと満ちた。裁鞭は、一回で皮膚が裂け、二回で気絶し、三回で死に至ると言われる恐るべき制裁道具だ。原礎でも耐え難い苦痛を与えるもので、脆弱な身の人間に用いることは想定されていない。久遠も背筋が凍る思いで細かく震えている。
「なぜ大森林で要らぬ血を流す!?彼は贖罪の意思を示してるし、彼の処分は宇内様によって保留されてたはずだ。これは本当に正式な審判、宇内様のご判断なのか!?」
火を噴くように猛烈な永遠の激昂に原礎たちは萎縮したりおろおろしたりして、二人の周りだけが冷水を浴びたように少し静かになる。静夜と二人の親しい間柄は周知の事実だからだ。
「けどあの静夜って奴、十六回の裁鞭を受けても死ななかったんだな…不死身の化け物か?」
「前に曜を負かして、その前はまやかしの障壁を通り抜けたんだろ?いったい何者なんだ、あいつ…」
担架がようやく特別治療室に運び込まれ扉が閉められたとき、彼方が彼の脚で可能な限り急いで駆けつけてきた。
「彼方さん!」
「久遠…永遠…」
「彼兄!…いったい何があったの?なんで静夜があんな目に…」
ようやく二人の前に歩いてきた彼方は悲痛な面持ちをし、疲れ切ったような声をこぼした。
「…どうやらどこからか例の話が漏れたらしい。方々から静夜くんを厳罰に処するべしとの声が一気に上がり、宇内様にも抑えることができなかった…宇内様も心苦しかったとおっしゃっている」
彼方は先刻彼が見たことを二人に話した。
身体の前で両手を縛られた静夜が宇内と十二礎主が待つ制裁の場に連行されてくると、詰めかけた群衆の熱狂が最高潮に達した。
『殺せ!殺せ!煌喰いの悪魔を殺せ!!』
『原礎殺し!背信の徒!星を蝕む害悪!』
静夜はややうなだれながらも、真一文字に固く唇を結び、まったくの無表情で歩いてきて、執行人と群衆の中央についに両膝をついた。そして彼は十一人の執行人から一回ずつ笞刑を受けた。十一回鞭打たれても彼は死なず、意識を保ち、ずたずたにされた血まみれの背中をまだ伸ばしていた。最後の一回の鞭を握った珠鉄の礎主の俄は冷たい赤銅色の瞳で彼を見下ろして言った。
『…人間にしては恐ろしくしぶとい奴…だがこれで終わりだ。俺が引導を渡してやる!!』
しかし、それまでで最も強烈な一撃を俄がくれても静夜は斃れず、さすがに聳動し立ちすくむ俄に朦朧としながらこう請い願った。
『…あと四回、打ってください』
『永遠とご両親…それから久遠の分も、あと四回…お願いします』
俄は怒りなのか憐れみなのかもわからない激情に駆られ、さらに四回静夜を打った。そして彼はとうとう意識を失った。しかし命は落とさず、宇内の命によって治療院に送られたのだった。
「こんなことになって本当にすまない…私も執行を保留あるいはせめて減免するよう嘆願したのだが、力及ばず…皆不安と恐怖に怯えていたようで、誰かを犠牲に差し出さなければとても収まりそうになかった…」
「彼方さんに責任はありません。これが人の心理…見たこともない諸悪の根源より、今目の前にいる罪人に怒りをぶつけた方が手っ取り早く憂さ晴らしができるのです。目で見て心を慰めてくれるものを求めるのです…でも」
永遠は白い顔に苦渋を強くにじませた。
「こんな蛮行、審判でも何でもない…ただの拷問だ。それもその場限りの見世物…あまりにも虚しすぎる…」
「姉さん、静夜は…静夜は大丈夫だよね…?」
「わからない…今は治療師たちの腕と静夜の生命力に賭けるしかない…」
(静夜…お願いだから…生きて…!)
やり場のない怒りに震える永遠を支えながら、久遠は閉ざされた扉をただ懸命に見つめた。
ここには傷病者や著しく煌気を消耗した者、それに長旅の疲れを癒したい者などが常時収容されている。治療と養護に当たるのは主に咲野、穂波、果菜の族の治療師と薬師たちだ。他に瑞葉や静流の族もいる。彼らは戦闘を不得手とする代わりに癒しや見守りの技に長けている者たちだった。
患者は通常その症状の種類や程度に応じて数人の相部屋か個室に振り分けられるが、永遠の場合はその特異な立場と経緯から、すぐに最上等の特別室が用意された。そこには内輪で込み入った話をするのに都合がいいという理由の一方で、永遠の病室に見舞いの者たちが殺到しないようにという配慮もあった。
面会制限を免除されている数少ないひとりである久遠は、毎日決まった時間に姉の部屋を訪れていた。特別室は敷地の中でも奥まった閑静な区域に位置し、白い木材と鮮やかな緑の植栽に囲まれ、優しく降り注ぐ陽光と小鳥のさえずりに彩られている。今日も晴れて暖かく、永遠の顔色も入院当初に比べると少し良くなっていた。
「今日も来てくれたんだな、久遠」
「当たり前だよ。だって姉さんのことが心配だもん」
久遠は紅茶を淹れ、四つ葉の学び舎の子供たちと手作りした素朴なマフィンを添えて出した。故郷に戻った久遠は以前と同じ保育の仕事を再開していた。
「だがおまえも仕事があるし、調べ物もして、何かと忙しいだろう。無理しなくていいのに」
「大丈夫。僕は仕事の後に少し手伝うくらいだから。基本は宇内様と彼兄が仕事の合間に調べてくれてる。界もなんだかやる気満々みたいで、今は旅を休んで手伝ってくれてるよ」
「静夜は?彼も調べてくれてるんだろう?」
静夜の名前が出ると久遠の表情が曇った。
「ああ…うん。静夜も、多分頑張ってくれてると思う」
永遠は意外そうに眉をぱっと跳ね上げた。
「思う…って、おまえたちいつも一緒なんじゃないのか?雲上の宮に来たときすでに親密そうに見えたから、てっきりここでもずっと一緒にいると思ってたんだが…そうだ、静夜はここに来てからどこで寝起きしてる?翡翠の屋根の私たちの家か?」
「ううん…彼兄が客人用の宿舎に部屋を用意してくれて、そこに泊まってるけど…姉さん、聞いてないの?」
「ああ。…静夜は自分のことはあまり話さないから」
「…ふうん」
本来大森林に縁も居場所もない人間の静夜は当面身を寄せる場所として翡翠の屋根のあの樹上の家に再び招かれるのを当てにしていたようだが、家主の久遠が我関せずとだんまりを決め込んだので、結局静夜の宙ぶらりんな立場を見かねた彼方が部屋を手配したのだ。
久遠が記憶喪失だった静夜を喜んで家に住まわせ世話したことを聞いて知っている永遠には、弟のその変わりようが腑に落ちず、不思議でしかたなかった。
「まあおまえは仕事で不在がちだし、静夜も今は記憶が戻ってしっかりしてるからそれでもいいだろう。でも私は二人には支え合って仲良くしてもらいたいんだ。なぜか、そうなることがすべてにとって良いことのような気がしてね」
「何、それ…意味わかんないよ」
私も自分でもよくわからない、と永遠は肩をすくめて苦笑した。
「ともあれ、翡翠の屋根に一番住みたいと思ってるのはこの私だ。早く自分の家に戻りたいし、久しぶりにおまえの作る料理も食べたい。何より早く退院して皆と一緒に仕事をしたい…自分が提案したのに何もできず寝てるだけというのはあまりに不甲斐ないよ」
(姉さんは十分すぎるほどよく働いてる。それに比べて僕は…)
情けなさと劣等感が胸に重くのしかかる。仮に手がかりが見つかって道が開けても、その先に自分にできることは何もないのだ。永遠はもちろん、界も彼方も優秀で、自分がその間に割って入って演じられる役割も見つかりそうにない。静夜は記憶と迦楼羅を取り戻し、今は新しく進むべき道の先を永遠と見つめている。静夜にとっても、もう自分の存在は必要ないだろう。つまり自分はすでにお払い箱というわけだ。
二人が一緒にいる理由は、もうなくなったのだ…。
震え出しそうになる唇をぎゅっと締め、久遠は空元気の顔を上げて精一杯明るい声を出した。
「そろそろちびっ子たちがお昼寝から覚めるから、僕もう戻らなきゃ。また明日来るね。姉さんは何も心配しないで、ちゃんと休んでてよ」
「ああ」
久遠はいつもどおりの笑顔で退室していった。永遠も笑って弟を見送ったが、扉が閉まってひとりになると、ふとかすかに眉をひそめた。
その後、夕方が近づく頃、今度は静夜が見舞いにやってきた。彼も入室が許されているひとりで、毎日この時間帯に訪問していた。
従って永遠の病室で久遠と静夜が顔を合わせることはなかった。
「何か進展はあったか?」
「いや…迦楼羅に関する記述は見つからないし、彼方さんが俄様に迦楼羅の破砕や溶解ができないか相談しようとしてくれたが、同胞を死なせた魔剣など見たくもないと拒絶されてしまった、と」
俄とは珠鉄の族の礎主であり、当代で一、二を争う剣術の技量と豪放磊落な性格で知られる珠鉄・レンウィック・俄のことだ。永遠は沈んだ表情で首を振る静夜の手に手を重ねた。
「焦らなくていい。ここの蔵書数は膨大だし、俄様の気持ちを解きほぐすのにも時間がかかるのは当然だ。私は当分ここを出られないが、ここに書物を持ってきてくれたら少し手助けができる」
「でも君はまだ体調が…」
「本を読むくらい訳ない。何もせずじっと寝てるのもつらいものだよ。暇潰しの読書だと思えば…ああ、牢にいたときと同じことを言ってるな。…ふふっ」
思わず小さく吹き出すその愉快げな表情に、静夜もつい頬を緩めた。
「…やっと笑ってくれたな」
「…」
「君とこんなふうに穏やかに話せる日が来るとは、あの頃なら想像もつかなかった。本当によかった」
静夜はすぐにまた笑みを消し、うつむいてしまう。
「俺はよかったなんて言えない…俺は煌気を奪うだけで治療できないし、男だから身の回りの世話はさせられないと治療師に言われた。俺のせいで君にこんな思いをさせているのに何もできなくて、本当にすまない…」
「君が殺伐としたあの日々と場所から解放されて今安らかに守られてるというだけで私は十分だ。私のことは治療師たちに任せて、君は調べ物に専念してくれ。ただし、あまり根を詰めないようにな」
永遠はそう言ってくれても静夜の心中はとても安らかではなかった。大森林に戻ったあの日以来ずっと久遠との間がぎくしゃくしていて、彼とろくに話せていないからだ。書庫でばったり出くわしたり彼方や界を交えて話したりする際にも、目も合わせようとしない。理由は、彼が何も話さないのではっきりしないが、確実に自分の原礎殺しの重罪のせいだと静夜は考えていた。
(避けられて当然だ…俺は久遠の信頼を裏切った上、彼の大切なお姉さんを虐げてたんだから…)
『嘘だ…僕を何度も助けて守ってくれた、おまえのあの強さ…あれが、そんなふうに身につけたものだなんて…絶対嘘だ…!!』
心が粉々に砕けるかのような久遠の叫びがまた耳の奥で谺し、とっさに静夜はまぶたをぐっと塞いでその残響を押し殺した。
(…俺には久遠に会いたいと思う資格すらない…)
静夜の様子がおかしいことを見て取った永遠は伏し目がちな彼の顔を気遣わしげに覗き込んだ。
「…君はやはりまだ過去の影から抜け出せないか?…もしかして、つらかった記憶を思い出さないままでいた方がよかっただろうか」
投げかけられる質問とけして口にすることのできない本心がめちゃくちゃに入り乱れ、とてもすぐには答えられず、静夜は黙って首だけ振った。それを強がりの裏返しと受け止めた永遠は辛抱強く、優しく言葉をかけた。
「でも君は何度も私を庇ってくれて、今こうして故郷に…弟のところに帰してくれた。そう考えることが君の慰めにはならないかな」
永遠は絶対に自分を責めたり難じたりしない。なんとか自分の心が晴れるように、救われるようにと、あくまで優しく寄り添ってくれる。
「もし君が私のことを思うなら、私だけでなく久遠のことも気にかけてやってくれないか?お節介で、その上無責任なお願いかもしれないが、私は昔から久遠にはずいぶん心配と世話をかけてきたんだ。その久遠に、どうやら大切な友人ができたらしい…君のことだよ」
「…俺が?」
静夜は疑わしそうな瞳をのろのろと上げた。
「うん。どうか私の大切な弟を、私の代わりに守ってやって欲しい…君にしか頼めないことだ」
「…」
一拍を置いて静夜はやっと答えた。
「…努力はする…君がそこまで言うなら…」
「…ありがとう」
渋々でも一度口に出した言葉は力を持ち、言った者の意識と行動の土台になることをよく知っている永遠は、静夜の重たげな口振りにも、嬉しそうに微笑んだ。
やがて日没が迫ると面会時間も終了が近づき、静夜は宿舎に帰ることにした。
「静夜、ちょっと待ってくれ」
「何だ?」
「うん。…実は、界がどうも君に何か後ろめたい感情を抱えて悩んでるようなんだ。…多分君に対するこれまでの言動を気にして悔やんでるんだろうと思うんだが」
「…ああ」
静夜も思い当たることはあったが、彼自身はまったく気にしていなかった。自分はそれだけのことをしたからだ。
「界くんの発言は完全に正当だ。なのになぜ…」
「自分では何も言わないが、君の過去について知る前と知った後で、印象ががらりと変わったのかもしれない。彼は普段少し高飛車で自信家に見えるが、根は礼儀正しく、感情面で繊細で敏感な子なんだ。ただ自分から素直に非を認めるのには慣れてないようだから、君に直接謝罪するのは難しいんじゃないかと思う」
「…それがいったいどうしたんだ?」
「つまりだ…君を理解してくれる者はたくさんいる。宇内様も、彼方さんや麗さんも…だから望みを捨てないで、心を強く持っていて欲しい」
永遠の優しい言葉は胸に開いた隙間を素通りしていくようだった。たとえ千人の人が理解し同情を寄せてくれても、大切な人がたったひとりいる心強さには到底及ばない。しかし静夜には永遠が精一杯自分を思いやってくれていることも身に沁みて感じられていたので、彼は形ばかりの笑みを浮かべてうなずいた。
永遠と静夜がそうして話しているのを久遠は扉の横の壁にもたれかかって聞いていた。子供たちが摘みたての花で可愛らしいお見舞いの花束を作ってくれたので、新鮮なうちに姉に渡そうと思って来たのだ。ところが間の悪いことに静夜が来ていて中から話し声がし、その声がいかにも情感こまやかで仲睦まじそうなので、とても割って入れる雰囲気ではないと感じて帰るかどうか迷いながら外で待っていたのだった。
(…やっぱり二人の結びつきは特別なんだな)
不安を吐露し、優しく励ますその様子は、扉と壁越しに聞いていても明らかに普通ではない。その意味はひとつだということは経験が少ない久遠にも簡単に想像できた。
(静夜は姉さんが…いや、静夜は姉さんと、もう…)
普通なら喜ばしいことであるはずなのに、心は少しも昂揚しない。それどころか暗い深みにどこまでも引きずり込まれていくかのようだ。そんなふうに感じる自分が生まれて初めてで久遠はひどく戸惑っていた。
(どっちでもいいじゃないか、そんなこと…僕には関係ないんだから…)
捉えどころのわからない気持ちを頭を振って遠くに押しやり、久遠は身体を起こすとそこを離れた。持参した花束は後で渡してもらうよう担当の治療師に預けて翡翠の屋根に帰った。
翌日も久遠は四つ葉の学び舎で子供たちに囲まれていた。
「ねえ久ぅ兄、きのうのおはな、永遠おねえちゃんにわたしてくれた?」
膝の上に転がってじゃれていた周がふとそう尋ねてきた。
「うん、渡したよ」
「永遠おねえちゃん、げんきだった?」
「うん」
「あたち、永遠おねえちゃんにあいたい!つぎはおはなとおかちもって、久ぅ兄といっちょにおままいいく!」
「…千里」
まだ舌っ足らずでうまく話せない千里が、自分がいかに永遠が好きか、永遠が以前どんなふうに遊んでくれたかといった話を一生懸命に延々と繰り広げてくれるので、久遠は辟易しつつも嬉しくて苦笑いしどおしだった。
すると今度は日月が絡んできて、久遠にこう尋ねた。
「ねえ久ぅ兄、静兄は?日月、静兄とまたあそびたい…」
途端に久遠はどきりとした。
「…静夜は今ちょっと忙しいんだ。時間ができたらまた連れてくるから…ごめんな」
「…ん…」
日月は見るからにしょんぼりとする。ほんの短い時間だったが、日月は静夜に一番懐いていたようだった。チーズとパンを交換し、肩車をしてもらったことをよく憶えているのだろう。二人にお揃いの白詰草の指輪を作ってくれたのも日月だ。
本当は自分が彼を誘わないからというだけの理由なのに、子供たちに嘘をついていることが久遠は心苦しくてしかたなかった。
「ほらみんな、お昼ごはんの時間ですよ。あっちに行って座りましょうね」
未来が空気を察したらしく、さっと割り込んで子供たちを促し、食卓に連れていく。気を遣わせて申し訳ないなと思いながら久遠も立ち上がると、四季が近づいて話しかけてきた。
「久遠くん、大丈夫?静夜くんと何かあったの?」
「…いいえ。何も」
「でも…」
「僕は大丈夫ですから。さあ、お昼、お昼っと」
笑顔を張りつけて食卓に向かう久遠の後ろ姿を四季は心配そうに見つめていた。
数日後、ひとりで書庫にいた静夜のところに大急ぎで彼方がやってきて、青ざめた顔で彼にこう告げた。
「静夜くん、まずいことになった」
「どうしたんですか?」
彼方は周囲に視線を走らせて誰もいないことを確かめると、少し距離を縮めてささやいた。
「例の話が漏れていたらしい。昨日あたりから噂が一気に広まって、同胞たちから君を罰しろとの声が上がり、君を連行して処罰しなければならないことになった」
「…そうですか」
静夜は顔色も変えず、ぽつりとそうつぶやき、それから少し考え込んだ。彼方は、いつも冷静で落ち着いた彼にしては珍しく切羽詰まった調子で捲し立てた。
「あの場にいた七人と十二礎主が他言するとは考えにくい。あくまで憶測だが、礎主たちがひそかに話しているのを盗み聞きした者がいると思われる。もともと人間が大森林で暮らすことを面白くないと思っている者もいる上に、永遠の入院や私たちの動きが関心をかき立てたのかもしれない。…誓って言うが、私は断じて口外していない。どうかそれだけは信じてくれ…」
「もちろんです」
煌狩りの罪科と黄泉の陰謀、そして静夜の素性と迦楼羅のことはすべて宇内の命によって十九人の間で固く口止めされていた。だがどこからか嗅ぎつけてくる者は必ずいるということだ。
「今では大森林中の同胞たちが君の過去を知っていて、そのうちのほとんどが君に不信感と敵愾心を抱いている。宇内様も十二礎主たちに同胞たちをなだめさせようと力を尽くされたが、皆の怒りは収まらなかった…一度火のついた怒りを鎮めるには、はけ口を用意するしかない…」
「俺は逃げも隠れもしません。それで、罰の内容は」
「笞刑…つまり鞭打ちだ。ただし普通の鞭ではない。長老と礎主だけが振るうことを許された、煌気を込めた裁鞭という秘伝の鞭だ。過去にこれで打たれて生き延びられた者はほとんどおらず、まして人間の肉体が耐えられる保証はまったくない。私などにはとても止められなくて、申し訳ない…」
「俺は平気です。罰や折檻なら幼い頃から何百回と受けてきましたから。むしろそれが当然で、これまで猶予をいただいたことの方が異例だと思います」
「礎主たちは宇内様のご意思と君の情状を受け入れて手心を加える意向だが、同胞たちの眼前であからさまな手加減はできないし、礎主たち自身の中にも君に少なからず憎悪や敵意を秘めている者はいるだろう。これが何を意味するかというと、君は…君の命はないものと思った方がいいということだ…」
「元より覚悟の上です。手加減はなしで構いません。俺が死ねば迦楼羅を抜ける者は永久にこの世からいなくなります。その方が迦楼羅を破壊するよりきっと簡単だし、それで皆さんの気が晴れるなら」
「静夜くん…」
大森林に戻ってからのこの数週間、なかなか解決策を見出せない日々の中でずっと考え続けていたのだろう。静夜は何のわだかまりも思い残しもなく、何物をも恐れない毅然とした顔つきで見つめてくる。彼の身を案じる気持ちと職責の板挟みになった彼方はもはやかける言葉もなく、ただ自らの無力を痛感し顔を歪めた。
「…彼方さん、もしひとつだけわがままを聞いてもらえるなら、最後に俺にほんの少しだけ時間をもらえませんか。どうしても行きたいところがあるんです」
「ああ…もちろん。いったいどこへ?」
答えを聞いた彼方は書庫を出て歩き出す静夜についていった。
久遠がいつもと同じように永遠の病室を訪れると、彼女は陽光の射すテラスにじっとたたずんでいた。
「姉さん?」
「…久遠」
振り向いた姉の顔つきに普通ではない気配を感じた久遠は差し入れを卓に置くと心配そうに歩み寄った。
「姉さん、どうしたの?何かあった?」
「久遠、静夜を知らないか?」
「静夜?」
昨日から顔を合わせていないので、久遠は答えられない。
「さっきまで薬で眠ってたんだが、目が覚めたらそこに迦楼羅が置かれてたんだ。寝てる間に静夜が来てたらしい」
永遠が指差したベッドの足許を見ると確かに迦楼羅とレーヴンホルト、それに珠鉄のナイフが揃えて置かれていた。だがそれらよりも久遠の目を奪ったのは、それらを指す姉の指にはめられた白詰草の指輪だった。
久遠は全身の血がさあっと逆流する音を聞いた。
(あれは二人の旅立ちの思い出の指輪…あれを贈ったということは…)
それが意味するのは、二人の旅の終わり、そして自分の命以外には何も持たない彼から永遠への誓いの印としか思えなかった。
「姉さん、その指輪…」
「ああ、目覚めたらつけてたんだ。これは確か、おまえたち二人がお揃いでつけてたものだよな。静夜がつけていったのか…でも、いったいなぜ私にこれを…」
(え?…どういうこと?)
久遠が混乱に襲われたとき、扉の外から大声と慌ただしい足音が聞こえてきた。静謐な治療院には場違いな騒音に、二人は眉をひそめる。
「何か騒がしいな」
「どうしたんだろう」
上衣を羽織って扉に向かう永遠を久遠が支え、二人が外に出ると、廊下の奥が騒然としていた。
「どいて!!どいてください!!」
どうやら特別治療室に誰かが運ばれてくるらしい。健康で身体の強い原礎たちばかりのこの平和な大森林では、深刻な急病や大怪我で搬送される者はめったにいない。やがてまもなく患者当人が運ばれてくると見え、喧騒がますます高まった。二人は始め野次馬が興味本位で群がって見物しているだけだと思っていたが、彼らは興味というひと言では済まないほどのひどい興奮と怒りに猛り狂っていた。
「なんでそんな奴治療するんだよ!!時間と手間の無駄だろ!!」
「大門の外に放り出して鴉の餌にしちまえ!!」
「馬鹿言わないでください!今にも死にそうな人を助けないで、何が治療院ですか!」
「これは宇内様のご命令です!わかったら早く道を開けてください!」
「宇内様の…?」
二人はただならぬ空気を察知し、急いで人だかりに近づいていった。
「ねえ、誰か怪我したの?」
「いったい何があった?なぜ皆こんなに怒り狂ってる?」
「…と、永遠…久遠…!」
二人に気づいた者たちの顔に動揺が走ったちょうどそのとき患者が担ぎ込まれてきて、群衆の興奮がさらに高まる。
「おまえなんか死ね!!死んじまえ!!」
「返してよ!私の同胞を!あんたが死なせた私の友達、返しなさいよ…!!」
「…待って、その人はけして悪人じゃ…ほ、本当の悪の首謀者は我々の同胞だと…」
「いいや、自分の犯した罪は自分の命で償わせろ!!」
「みんなお願い、早く通して…!早くしないと手遅れになっちゃうわ!」
まさか、と二人が青ざめると同時に、凄まじい罵声と怒号の中によく知った声を聞き分け、永遠と久遠は思い切って人垣に身体を割り込ませていった。そして想像が現実であることを知った。
麗と誰かもうひとりが仮ごしらえの担架を大急ぎで運んでくる。患者の全身をすっぽりと覆う布が真っ赤に染まり、その片端から結んだ黒髪の房が力なく垂れ下がっていた。今この大森林の中で黒髪の持ち主は彼ひとりしかいない。
「静夜…!!」
永遠の瞳がぎらぎらと燃え上がり、久遠はぞっと肌を粟立たせた。
「どういうこと…?静夜、何をされたの…?」
「おい、いったい誰が彼にあんな仕打ちをした!?まさか宇内様のご命令じゃないだろうな!?」
永遠がたまたま隣にいた者たちに問い詰めると彼らは少し気圧されながらも、憤りと憎しみの露わな表情で口々に答えた。
「裁鞭による笞刑だよ。宇内様が十二礎主に許可をお与えになったんだ」
「同胞たちをあれだけ殺したんだ。当然の報いだよ!」
「…あれを人間に振るったのか…!!」
衝撃と戦慄が永遠の表情にざわりと満ちた。裁鞭は、一回で皮膚が裂け、二回で気絶し、三回で死に至ると言われる恐るべき制裁道具だ。原礎でも耐え難い苦痛を与えるもので、脆弱な身の人間に用いることは想定されていない。久遠も背筋が凍る思いで細かく震えている。
「なぜ大森林で要らぬ血を流す!?彼は贖罪の意思を示してるし、彼の処分は宇内様によって保留されてたはずだ。これは本当に正式な審判、宇内様のご判断なのか!?」
火を噴くように猛烈な永遠の激昂に原礎たちは萎縮したりおろおろしたりして、二人の周りだけが冷水を浴びたように少し静かになる。静夜と二人の親しい間柄は周知の事実だからだ。
「けどあの静夜って奴、十六回の裁鞭を受けても死ななかったんだな…不死身の化け物か?」
「前に曜を負かして、その前はまやかしの障壁を通り抜けたんだろ?いったい何者なんだ、あいつ…」
担架がようやく特別治療室に運び込まれ扉が閉められたとき、彼方が彼の脚で可能な限り急いで駆けつけてきた。
「彼方さん!」
「久遠…永遠…」
「彼兄!…いったい何があったの?なんで静夜があんな目に…」
ようやく二人の前に歩いてきた彼方は悲痛な面持ちをし、疲れ切ったような声をこぼした。
「…どうやらどこからか例の話が漏れたらしい。方々から静夜くんを厳罰に処するべしとの声が一気に上がり、宇内様にも抑えることができなかった…宇内様も心苦しかったとおっしゃっている」
彼方は先刻彼が見たことを二人に話した。
身体の前で両手を縛られた静夜が宇内と十二礎主が待つ制裁の場に連行されてくると、詰めかけた群衆の熱狂が最高潮に達した。
『殺せ!殺せ!煌喰いの悪魔を殺せ!!』
『原礎殺し!背信の徒!星を蝕む害悪!』
静夜はややうなだれながらも、真一文字に固く唇を結び、まったくの無表情で歩いてきて、執行人と群衆の中央についに両膝をついた。そして彼は十一人の執行人から一回ずつ笞刑を受けた。十一回鞭打たれても彼は死なず、意識を保ち、ずたずたにされた血まみれの背中をまだ伸ばしていた。最後の一回の鞭を握った珠鉄の礎主の俄は冷たい赤銅色の瞳で彼を見下ろして言った。
『…人間にしては恐ろしくしぶとい奴…だがこれで終わりだ。俺が引導を渡してやる!!』
しかし、それまでで最も強烈な一撃を俄がくれても静夜は斃れず、さすがに聳動し立ちすくむ俄に朦朧としながらこう請い願った。
『…あと四回、打ってください』
『永遠とご両親…それから久遠の分も、あと四回…お願いします』
俄は怒りなのか憐れみなのかもわからない激情に駆られ、さらに四回静夜を打った。そして彼はとうとう意識を失った。しかし命は落とさず、宇内の命によって治療院に送られたのだった。
「こんなことになって本当にすまない…私も執行を保留あるいはせめて減免するよう嘆願したのだが、力及ばず…皆不安と恐怖に怯えていたようで、誰かを犠牲に差し出さなければとても収まりそうになかった…」
「彼方さんに責任はありません。これが人の心理…見たこともない諸悪の根源より、今目の前にいる罪人に怒りをぶつけた方が手っ取り早く憂さ晴らしができるのです。目で見て心を慰めてくれるものを求めるのです…でも」
永遠は白い顔に苦渋を強くにじませた。
「こんな蛮行、審判でも何でもない…ただの拷問だ。それもその場限りの見世物…あまりにも虚しすぎる…」
「姉さん、静夜は…静夜は大丈夫だよね…?」
「わからない…今は治療師たちの腕と静夜の生命力に賭けるしかない…」
(静夜…お願いだから…生きて…!)
やり場のない怒りに震える永遠を支えながら、久遠は閉ざされた扉をただ懸命に見つめた。
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