静かな夜をさがして

左衛木りん

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第2章 冒険

初めての仕事

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(ここは…どこだ?)

彼は上下左右もわからない漆黒の闇の中にいた。辺りを見回しても何も見えず、まるでまぶたを固く閉じているかのように黒一色の空間だ。

(俺は、いったい…)

途方に暮れ、闇をさまようように歩き出す。だが進めど進めど周りの様相は変わらず、闇に浮いて脚だけ動かしながら彼は堂々めぐりを繰り返した。と、不意に気配を感じて彼ははっと目を上げた。

そこには彼自身が立っていた。魂が抜け落ちたような昏く虚ろな目をし、凝り固まった無表情で彼を見つめている。

右手に提げたのは、見たこともない、柄も鍔も、刃すらもどす黒く光る大きな剣…。

(あの剣は…)

それは禍々しいまでの異様な存在感を放って彼の目に迫ったが、同時に彼の胸に正体のわからない激しい愛着と憂患をも喚起させた。彼の目は黒光りするその剣身に釘づけになった。脚がひとりでに動き、取り憑かれたようにふらふらと近づいていった…そのときだった。

(!)

今度は背後に何かを感じ、振り返る。

青白く痩せた手が闇の帳からぬっと突き出してきて…。

彼はその場からもう一歩も動けなくなった。



「…ん…」

かすかに身じろぎをして、静夜はまぶたを開けた。そこは闇の中ではなく、ごく普通の宿屋の一室だった。

(…夢、か…)

悪夢とまでは言えないが、訳もなく胸騒ぎがする。行き当たりばったりの旅路と戻らない記憶に無意識に抱く不安と焦りが別の形を取って現れたのかもしれない、と静夜は考え、小さく溜め息をついた。

「あ、静夜、起きた?」

先に起床していた久遠が溜め息に気づき、シャツの前の釦を留めながらベッドに寝た彼の上に屈み込んできた。

「どうしたんだよ、ボーッとして。寝ぼけてるのか?」

「…いや」

否定しながらまだ起き上がろうとせずぼんやりと天井を見つめている静夜に、久遠はくすっと笑みを漏らした。

「一か月前のこと、思い出した。おまえが目を覚ましたときのこと」

「え?」

「たったの一か月だなんて、もっと長く一緒にいる気がするけど。いろいろあったからかな」

肘をついて見ると久遠は背中を向けて上衣の袖に腕を通していた。袖口から突き出た手は白く細く、すんなりとした指には日月が贈ってくれた白詰草の指輪が飾られていた。麗がいつまでも萎れないようにと煌気を注いだので、それは今でも元の形とみずみずしさを保っている。その様子を静夜は霞がかかったような目でしばし見つめていた。

すると久遠は視線を感じたらしく、ぱっと振り向いて子供にお説教をするときのような顔としぐさで言った。

「ほら、いつまで寝てる気だ?早く着替えて食堂に行かないと、朝食食べ損ねちゃうぞ」

「わかってる」

静夜はベッドを抜け出し身支度を始めた。



階下の食堂ではすでに何人かの人間の客が朝食を取っているところだった。久遠は静夜を伴い、各席をしらみつぶしに回って尋ねた。

「お食事中にすみません。僕とそっくりな顔した原礎の女の子の旅人、見たことありませんか?」

「え?…いや、見たことないなあ」

「じゃ、この男のこと何か知りませんか?実は記憶喪失なんです」

「記憶喪失?いや、知らないな。大変だね。力になれなくて悪いね」

「いえいえ。こちらこそ、お食事中にお邪魔しました」

出発してから今日まで静夜は片時も離れず久遠を見てきたが、旅も人間社会もほとんど初めてにもかかわらず久遠は生来の人懐こい性格が幸いしてか、見ず知らずの旅人に話しかけるのにまったく躊躇も抵抗もない。それどころかその愛想の良さと童顔のおかげでちっとも嫌な顔をされず、訊きたいことをいともたやすく聞き出してしまう。むしろ人間である静夜の方が、口が重いためやや及び腰になり緊張感を生む傾向があった。

(心配なのはふらふらとどこかに消えたり騙されて連れていかれたりすることだな…絶対に目を離さないようにしないと)

久遠の年齢がときどきわからなくなる、などと考えながら彼について食堂をひと回りしたが、今朝も収穫なしが確定すると二人は溜め息混じりで自分たちの席についた。

「そうそういきなり情報が得られるとは思ってないけど、やっぱりなかなか厳しいな…」

「毎日何百何千という旅人が行き交う街道や町で、たったひとりか二人の人物を憶えてる人と都合良く出会えるとは思えないな」

「それはそうだけど…」

難しげに眉根を寄せながらオムレツに添えられたベーコンを頬張ると久遠はたちまち満面の笑顔になった。

「ん~!おいしー、これ!…僕たちは大森林では肉とか卵ってあんまり食べないけど、この味を知っちゃったらまた食べたくなりそうだなー」

「人間界の食べ物を覚えるのはいいが、俺たちは遊びに来てるんじゃないんだ。浮ついてあまり羽目を外すなよ」

「静夜は真面目だなあ…大丈夫、わかってるよ。だってこれも勉強だろ?人間界を旅するなら、人間の暮らしに早くなじまないとな」

久遠が旅は初めてというので人間である自分がつきっきりで手取り足取り面倒を見なければならないかもしれないと想像していた静夜だったが、蓋を開けてみれば久遠の驚異的な適応能力の高さには舌を巻き、また彼のあふれる好奇心にはしばしば呆れるほどだった。海綿が水をぐんぐんと吸い込むように久遠は新しいことをどんどん吸収していくのだ。少々危なっかしい場面もあるものの、純粋な興味丸出しの瞳で物怖じせずに何でも知りたがる姿は見ていて気持ちのいいものがあった。

また静夜自身もこの一か月間人間界を歩くうちに、記憶としてではなく生まれて以来自分に染みついた人間の習慣や暮らし方に身体が自然に動いていることに気づき、ひとまず安堵を覚えていた。

「もしかして訊き方が悪いのかなあ」

「訊き方の問題じゃないだろう。人間ではなく原礎の旅人を捜して訊いた方がいいんじゃないか?」

「でも大森林を出てからまだひとりも同胞には出くわしてないよ。それに姉さんだけじゃなくておまえのことも調べないと」

「俺のことはいい。永遠さんをまず捜さなくては」

「…静夜」

仔犬のようなしおらしい上目遣いでじいっと見つめたのも束の間、パンをひと切れぱくっと口に入れるところっと表情を変えた。

「うーん、おいしい~!なんか自分で焼いてたのと全然風味が違う。小麦が違うのかな?」

(まったく…たくましいというか、図太いというか…)

静夜は溜め息をついただけで黙って食事を続ける。久遠がにこにこと上機嫌で大絶賛していると、給仕係の中年女性がやってきて話しかけてくれた。

「さっきから見てたらずいぶんおいしそうに食べてくれてますね。お口に合いました?」

「はい。卵もベーコンも本当においしいです。特にこのパンは絶品ですね!ここの窯で焼いてるんですか?」

「いいえ、料理はもちろん全部うちで作ってますけど、パンだけは斜向かいのパン屋で焼かれたものを毎朝仕入れてるんです。おいしいって評判のお店なんですよ」

「えっ?お店で売ってるんですか?」

「ええ、買えますよ」

途端に久遠は目をきらきらと輝かせた。

「なあ、聞いただろ静夜、このパン買えるんだって!後で昼ごはん用に買ってから出発しよう。ハムや葉野菜を挟んで外で食べたらきっと最高だぞ。な?いいよな?」

「…好きにしろ」

食欲と元気があるから良しとするかーー静夜は前向きに捉えることにして淡々と答えた。



その後、教えられたパン屋を意気揚々と訪れた二人だったが…。

「…ないの?」

店内の商品棚や平台はすっかり空だった。店主の男性が申し訳なさそうに頭をかきながら釈明した。

「すみません、もう売り切れちゃって…今仕込んでるのも全部宿や食堂に卸すやつなんです」

「残念…」

「きっと人気店なんだ。しかたない」

「いや、人気店というか…実は最近小麦粉の仕入れが激減してて、店頭に出す分まで十分に回らないんですよ。この辺りで有名な小麦の産地で生産が進んでないらしくて」

久遠と静夜はきょとんとした。

「どういうことですか?」

「さあ、詳しくは…あの、そちらの金髪の方は原礎でしょう?急ぐ旅でないなら、行って話を聞いて、できるなら問題を解決してくれませんか?小麦粉が手に入りにくくなって皆本当に困ってるんです」

二人は顔を見合わせた。もし小麦の生育環境に問題があるとすれば、それこそまさに原礎の本領発揮、腕の見せどころだ。しかも久遠にとっては生まれて初めてのお役目となる。久遠は心が奮い立つのを抑えられず、胸を張るように大きく息をして唇をきゅっと噛みしめた。

「わかりました。行ってみます」

店主にそう請け負い、それから静夜を見上げた。

「静夜、ちょっと寄り道していい?」

「もちろん」

「ありがと」

店主からその村の名前と方角を教えてもらった二人は店を後にした。話しながら歩く際にも久遠は時折真剣な顔で何か考え込んでいるようだった。

(…これが持って生まれた使命感というものかな)

心なしか早足で歩いていく久遠に静夜は何も訊かずただついていった。



昼前、件の小麦の産地の村ーーエヴェリーネにたどり着くなり二人は村人にぐるりと取り囲まれた。皆久遠の金髪と宝石のような瞳を見て原礎が来たと気づいたのである。

「原礎だ!原礎がいらっしゃったぞ!!」

「やっと声が届いたわ…!みんな待ってたんですよ!」

「これで小麦が挽けるぞ!よかったよかった!」

「ちょっと待ってください、僕はたまたまこの村で小麦の生産が遅れてるって聞いて来ただけなんです。いったい何がどうなってるんですか?」

未だ事情が飲み込めない久遠が慌てて制止すると、今度は村人たちが怪訝そうに首を傾げたり隣の者と顔を見合わせたりする。その中から農夫らしき初老の男性が前に出てきて切羽詰まった調子で説明し始めた。

「遅れてるも何も、今はもう止まっちまってるんだよ。畑に赤さびが出て収穫量が減ってたところに、今度は里山で落石があって川が堰き止められて水車が回せなくなり、小麦が挽けなくなっちまったんだ。挽いてあったものはどんどん出ていくのに新しいのは挽けずに貯まる一方だし、その上次の収穫は病気のせいで見込めない。だから何とかしてくれってもうずいぶん前から穂波や石動の族に呼びかけてたんだけど、なぜか誰も駆けつけてくれなくてほとほと困り果ててたところにやっとあんたが来てくれたってわけさ」

「…」

一気に捲し立てられた久遠は最初は呆気に取られて聞いていたが、最後にはまた先ほどのようにじっと考え込んでいる。

「…久遠。何か気になるのか?」

「…うん」

久遠はそのことについてすでに確信を抱いていたが、村人たちを不安にさせないよう秘しておくことにし、顔を上げてきっぱりと言った。

「そういうことなら、僕がなんとかします」

期待と希望の歓声がわっと湧いたが、中には久遠の瞳や顔つきを見て心配そうに尋ねてくる者もいた。

「でもあんた瑞葉だろう?見たところかなり若そうだし、ひとりで穂波や石動の代わりができるのかい?」

「確かにそうですけど…でも、とにかくやってみます」

(それだけじゃなくて、実はこれが初仕事の駆け出しなんだけど…さすがにそれは言えない…!!)

盛り上がる村人たちの輪の真ん中で固まっている久遠の心中を的確に読み取った静夜は背を屈めて彼の耳にささやいた。

「安請け合いして大丈夫なのか?原礎じゃない俺は一切手助けできないぞ」

「わかってる。でも僕だって原礎のはしくれなんだ。やれるだけやってみるさ」

実際にこの目で目撃した不思議な力と、旅立ちの前日に必死に勉強していた久遠の姿を思い出し、静夜は優しくうなずく。彼としても、久遠の煌気の真価を目にするのが待ち遠しかった。



川に水の流れが戻るまでの所要時間を考慮して、二人は小麦畑より先に里山の落石現場に向かっていた。

そこはエヴェリーネの村から林道を歩いて三十分ほどとのことだったが、聞いていたとおり斜面の至るところに崩落や落石の痕跡が見られ、そこそこの悪路となっていた。

「…原礎たちは皆こんなふうに厳しくて危険な自然の中を歩き続けてるんだな」

「そうだよ。姉さんもこんなふうに旅してたはず。これが普通なんだ。僕はぬるま湯に少し長く浸かりすぎてた…だから頑張らなくちゃ」

「頑張ろうとする姿勢は立派だと思うが…久遠、さっきから何を考えてるんだ?そろそろ話してくれないか」

笑顔を消しずっと真顔で歩き続けていた久遠はさらに険しく眉をひそめて答えた。

「農夫のおじさんが言ってただろ、もうずいぶん前から穂波や石動の族に呼びかけてるのに誰も助けに来てくれないって。妙なんだ…原礎は常に星の上を行き来して人間や動物たちからの呼びかけに耳を澄ましてるから、それほど悲痛な声に誰も気づかないなんてありえないんだ。考えられる原因は原礎の旅人の絶対的人数が極端に少ないこと」

「それだけ行方不明者が相次いでるということか。そう言えば彼方さんが言ってたな。臨機応変な対応を要請してはいるが追いついていないと」

「大森林を出てからまだひとりも同胞に出くわしてないって話したこと、憶えてるか?最初はたまたま行き違いで遭遇しなかっただけだと思ってたけど、少なくなった人数で引く手数多だから、そりゃ出会えないはずだよ。その同胞たちももしかしたら今頃星のどこかで危険にさらされてるのかもしれないと思うと…とてものんびりなんてしてられない」

(久遠のように心配しながら待つことしかできない者が増えることにもつながるしな…)

徐々に息を上げながらもペースを落とすことなく緩やかな登り道をひたすら歩いていく久遠の背後で、静夜は腰に帯びたレーヴンホルトの柄にそっと指を添えた。

「…どうやら俺たちの方にも危険が近づいてきたようだ」

静夜がささやくや否や、前方の林の奥から低いうなり声が聞こえ出した。それもひとつや二つではない。三頭、四頭…もはや何頭いるのか数える暇もない!

「…!?」

「気をつけろ、久遠!」

グルルルル…ガウガウガウッ!!

静夜が叫ぶのと相手が飛び出してくるのがまったく同時だった。先を歩いていた久遠目がけて巨大な体躯の魔狼の群れが一斉に襲いかかる。一瞬立ちすくんだ久遠の脇を疾風のように静夜が駆け抜け、鞘から抜かれたレーヴンホルトが銀色のきらめきを放って襲撃者を迎え撃った。魔狼の巨体と比べると小さく見える静夜の身体だが、彼の灰色の瞳には曇りも恐れもなく、踊るように肉薄しての最初の太刀で腱を裂き、返す刃で急所を突いて次々と仕留めていく。だが魔狼の群れは数にものを言わせて雪崩の如く押し寄せ、静夜は次第に防戦一方となる。

(これじゃきりがない…今久遠に余分な煌気を使わせるわけにはいかないのに…!)

ここまでの旅路では久遠が煌気を使うほどの窮地は一度もなく、静夜の剣だけで事足りたのだ。だが久遠も力を出し惜しんでぼやぼやしてはいなかった。彼は静夜と敵との間合いを測り好機を窺っていた。辺りの木々はすでにザワザワと震えて葉擦れを起こしている。そして魔狼たちが静夜を狙い固まって殺到したときついにその力を解放した。

「…風に歌う青葉よ、我が意に応えて嵐となれ…!!ーー〈青嵐せいらん〉!!」

久遠の瞳に煌気が燃え立つと突風が発生して木の葉を巻き上げ、緑の竜巻と化して魔狼の群れを強襲した。回転する烈風に絡め取られた魔狼の巨体は激しく切り刻まれながら一頭残らず宙に吹き上げられ、次の瞬間にはひとたまりもなく地面や樹木に叩きつけられて息絶えた。

その場に踏ん張って一部始終を見守っていた静夜は、風が収まると思わず呆然とつぶやいた。

「…すごい技だな…」

「僕は体力はないし重い武器も使えないけど…これくらいなら」

二人は累々と積み重なった魔狼の死骸を見つめた。

「…人の出入りする里山にこんな凶暴な魔狼が出没するなんて」

「山の奥の方の環境が悪化して食べ物が減ってるのかもしれない。行けるなら僕が行って確かめたいけど…今はそれどころじゃないな」

そのとき、話をしている二人の頭上の斜面の縁に一体の巨大な影が姿を現す。二人は群れに気を取られ、頂点に首領がいることを忘れていた。真っ赤な眼が縦に光り、獰猛なうなり声とハアハアという不気味なあえぎが風に乗って流れた。

「…静夜、上っ!!」

「…!!」

グルアアアアアアッ!!!!

とっさに頭上を仰いだ静夜に、とてつもなく肥大化した一頭の首領の巨躯が飛びかかってくる!

再び久遠の瞳が輝いた。振り上げた十指に待機していたナイフのような十本の線形葉が刹那、ギラリと閃く。

「翠の刃で貫け!!…〈翠刃すいじん〉!!」

十の葉刃が風よりも速く、導かれるように飛来して獣の急所の各部に深く突き刺さった。魔狼の首領は断末魔の息を漏らしてズシンと頽れ、それきり動かなくなった。

「…助かった。ありがとう、久遠」

久遠はうなずくと魔狼の死骸を見下ろした。

「狼たちだって生きてくのに必死だろうに…本当は討伐なんてしたくないけど、これ以上悪さをしたらもっと被害が増えちゃうから。…しかたない」

「意外と現実的思考なんだな」

「情に縛られて行動できなくなるよりは精神衛生上ましだよ。さあ、現場はもうすぐそこだ。早く向かうぞ」

「ああ」

静夜は剣に付着した血を魔狼の毛皮で拭い取って久遠とともに歩き始めた。



「ここだな…落石現場って」

到着した場所では、山から流れ下る清流がいくつもの岩塊で塞がれ、堰き止められた水が流れの筋を変えてしまっていた。

「これじゃいつまで経っても水が来なくて粉が挽けない…よし、早速かかろう」

久遠が岩塊に両手をかざして集中し始めたので静夜は邪魔をしないように数歩下がって待つ。

「僕は専門じゃないけど…じっくりと着実にやれば…」

自分で自分にそうささやいた久遠の手の中に淡い金色の光が生じ、直後、岩塊の輪郭も光り始める。ズズズズッ…ガガガッ…ゴゴゴゴッ!!わずかな鳴動は徐々に荒々しい振動に変わり、積み上がっていた岩や石塊がひとつずつ浮かび出す。久遠が意識を向けた方向にそれらはすーっと移動し、何も支障のない場所に順に下ろされて落ち着いた。岩石が取り除かれるにつれ川は元どおりの里山の麓の方に流れようと土の面を這い始めたが、土手が崩れて変形してしまっているため水が両岸を超えて広がってしまうので、仕上げに地ならしと土手の修復をして久遠の前半の仕事は完了した。二人の目の前では蘇った川筋が麓の村へと再び勢いよく流れ始めていた。

「ふう…できた…!」

初めて目にする原礎の仕事にずっと見入っていた静夜は我に返って思わず拍手をした。

「見事だ。まずはお疲れ様、だな」

しかし久遠はわずかに照れ笑いを浮かべただけで首を横に振った。

「ありがと。でも、まだ気は抜けない。次は小麦畑だ」

「そうだな」

用心のために静夜が先導して下山する。帰り道の間久遠は色白な顔をいっそう白くししきりに肩を上下させていた。
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