死神と呼ばれた俺は聖母と呼ばれた彼女に恋をした。

～始まりの異変～

ー何かー

　以来、よくマリアを見るようになった。
　食材を買いに行った先。窓から外を覗いた時。そしてスケール報告会議。
　この辺りに引っ越してきたのか。
　はたまたこの間の続きをするためにつけられているのか。
　……まあ二つ目はないな。

　すると、俺の家の扉が叩かれた。
　報告会議、では無いな。まだなはずだ。
「誰だ。」
「スケールから緊急召集です。」
　と、少し息切れたような声が扉の向こうから聞こえた。
「緊急だと？」
　俺は扉を正面に床に座ったまま会話を続ける。
　これが、いつもよ会話方法だ。
　緊急召集など、責任者が突然死んで後継者の選抜を急ぐ時ぐらい。
　つまり
「誰か死んだのか？」
「間違いはありません。ですが死んだのは4586番。先日の解放者でっ！」
　ドアを壊す勢いで開けた俺に、そのスケールの役員は驚いた顔をした。
　一体どう言うことだ。
　確かに死んだのだろう。しかし、何故死んだ事が確認できる。
　解放門より外に行く事は俺が解放を命ずる以外誰もしない。残留害物質で死にたくなければ当たり前だ。
　なら……。
「なんだ？4586番は門の前で死んだのか？」
　役員は首を振ると、顔を青くして。
「いえ、〈何か〉に殺されて。」
　なんて事だ。
　このシェルターには人間、豚、牛、鶏しか動物はいない。
　つまりは人が人を殺したということだ。
「目撃情報は？」
「ありません。いえそれ以前に殺した〈何か〉は、このシェルター内の生物では無い可能性があります！」
　なに！？
「とにかく今は現場を見たい！話は歩きながら聞く！」



　俺と役員はこのシェルターで1番多くの人が行き交う中央通りを人の間を縫いながら解放門に向かっていた。
「つまり人間の胴体を皮一枚にできる爪を持った生物がいるってことか！？」
「そうとしか……切断面を見る限りでは一撃。人間の力では到底不可能。いえ、例えスケールの管理をかいかいくぐって電力を盗めたとしても、一撃で人を切り裂く道具も、それを作る素材もありません。」
　結果〈外〉の生物だと判断せざるを得ないと。
「それも含めてスケールの方々に判断をと…。」
「それはいいが、現場をみなければ会議も何もできない。」
　角を曲がると解放門が見えた。
　しかし、小さな出口に安い鉄格子を付けただけのようないつもの姿では無い。
　その周りではスケールの役員が調査をしていた。
「どうやったら、こうなる。」
「ですから、外の生物だと判断せざるを得ないと。」
　となりの役員が唾を飲む音が聞こえた。
「違う。」
　そんな事はすぐにわかる。
「今はその次の問題だ。」
　例え致死量の残留害物質の中で生きていける生物がいたとして。
　それが外から出口を見つけてそこに入る。
　そこで4586番と鉢合わせになり、4586番はここまで逃げて来る、そして殺された。
「外の生物やらを見た奴は？」
「いません。殺されたのは消灯後でしたし。何より解放門には誰も近づきません。」
　当たり前か。

　俺はもう一度解放門に目をやる。
「もう一度聞く。」
　鉄格子は、まるで紙のようにグシャグシャと曲がり、斬られ、吹き飛ばされ。
「もう、これをやったのは外内関係なく生物だろう。」
　解放門の周りの壁は、何かをあり得ない力で叩きつけたような跡を残して崩れていた。
「だとしても。どれだけの力があれば…。」
　そして、4586番だけでは足りない量の血が
「こうなる……。」
　その全てを染めていた。