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終章 悪役は、幸せになる

33話 呪い、再び

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「あー、アル様。もう少し離れて」

 ニコがポーラを安全な距離まで離しつつ、アリサに苦言を呈する。
 
「そう?」
「相手は武器持ってるんですよ」
「でも、敵意はない」

 はあ、とニコがあからさまに呆れた態度で額に手を当てた。
 三人の男たちも、アリサのあっけらかんとした態度に戸惑っている。

「あの。おびき出してすみません。ラムジさんの出自を確かめたくて」

 アリサが問いかけるや、男たちはずりずりと後ずさりを始めた。
 
「お願いだから逃げないで。捕まえる気はありません。知りたいだけなんです」

 だが三人のうち二人は、バッと背を向けて裏口へ走って逃げてしまった。
 ニコが追おうとするのをアリサが手で止めたのを見て、一人は場に残る決意をしたのだろう、アリサへと対峙する。それから、躊躇ためらいがちに口を開いた。

「……おまえ、闇魔法使いだろ?」

 この場にロイクがいなくてよかった、とアリサが思っている内に男は顔を覆っていたターバンをゆっくりとほどいていく。やがて赤い長髪を後ろで一つに結んだ、少年のような見た目の男性が現れる。
 アリサはその顔に見覚えがあった。
 
 途端にラムジが、
「ナキッ!?」
 と叫ぶようにその名を呼ぶ。

「!? おまえ、誰だ」
「オレはラムジだ! 軍に捕まったんじゃなかったのか!」

 すっかり警戒心をなくしたラムジに向かって、ナキはシャムシールの剣先を突きつけた。

「お頭だと!? 嘘つくな、顔が全然違う」
「嘘じゃない。あれは、呪いだったらしい。そうか、ナキ……よかった。おまえ、すばしこかったもんな!」

 まだ疑っているナキに向かって、ラムジは自分しか知らないはずのエピソードを語る。

「あーあー……あ! ほら、酒を賭けて砂ネズミを誰が一番速く捕まえるか勝負した時、おまえが勝ってさ。酒場で一口飲んだ瞬間ぶっ倒れて! 初めての酒だったもんな。それでオレがおぶって運んでやったら、背中で吐かれてさ~。これ、おまえが恥ずかしいから秘密にしろって言ったやつ。誰にも言ってねーぞ」
「な、な」
 
 みるみる真っ赤になるナキが、アリサには不憫ふびんで仕方がない。
 
「っなんでお頭が、闇魔法使いと一緒にいるんだ! マグリブを滅ぼした元凶だろう!」

 本当にラムジしか知らなかった恥をバラされて、信じたようだ。

「え? マグリブを滅ぼしたって……どういうことだ」
「お頭は、最後の生き残りだ。闇魔法使いが、マグリブ族を根絶やしにしたんだよ。だからオイラたちは」
「おいまて。ってことは盗賊団ガジは、オレを守るために?」

 ナキはぎゅ、と口を結んでから、もう一度開いた。

「ダイフさんからは、そう聞いてる。だからオイラ、志願して軍を辞めたんだ」

(私が滅ぼした!? いやいや、マグリブ族のことなんて、知らなかったけど!)

 アリサは、バジャルド率いる魔術師団が、黒魔女の身柄を要求していたことは知っていた。だがそれはあくまでも、毒物を精製した罪を着せるためだと思っていた。
『僕と一緒に、これからも人を呪っていこう』と誘われたのを覚えている。
 思考を整理する間、目の前のナキがどんどん困惑していく。

「闇魔法は、黒魔女しか使えないはずなのに、もう一人いただなんて」

 そうしてやがて剣先と殺意を、アリサへと向けた。

「マグリブを守るため。闇魔法使いは、始末しないと」
「うーん。色々誤解があるみたいですね」

 ところがアリサは、ナキの脅迫に負ける気がしない。じっと目を見返して、静かに告げる。

「誤解ってどういうことだ!?」
「ちゃんと考えてください。マグリブ族を根絶やしにしたかったら、わざわざラムジさん、雇わないです」
「っ罠って言ってただろ!」
「だから最初に言ったでしょう。ラムジさんの出自を知りたくておびきだしたと。マグリブ族は、月の女神を信仰している民族ですから、『ナルの印』を置けばいい。このあたりは砂が多いですから、あちこちに描くのは簡単でした」

 正確には、少々踏まれても消えないようディリティリオの魔力を込めて描いておいた。だから闇魔法使いがいると知られたのだろう。
 
「あなた方に害を及ぼす気はありません。ただわたしは知りたいのです」
「知りたいって何をだよ!?」
「真実を」

 アリサはナキへ近づいていき、その剣先に自分の喉元を当てる。あまりの無謀さに、ニコが殺気をほとばしらせ、ナキを牽制する。
 
「あなた方への害意はない。もちろん、マグリブ族にも」
「……」
「ただ、元王宮魔術師バジャルドには、個人的な恨みがありますけどね」
 
 ナキの肩がびくりと揺れ、剣先も揺れる。喉の皮膚が切れていなければ良いけれど、とアリサはどこかのんびりと思うが、ラムジとニコは慌てている。
 
「ナキッ! ひとまず落ち着いて話を聞いてみないか。オレはこいつらと行動を共にしてきた。大丈夫だ。それに、護衛という任務をこなす必要がある。でないと仲間たちは処刑される。牢獄に入れられているのは知っているだろ?」
「知って……る……あ……?」

 ぐりん、と突然白目をいたナキが、膝から崩れ落ちたのを、ラムジが咄嗟に走って抱きとめる。
 金属音を鳴らして床に落ちるシャムシールを、ニコが足で遠くへ蹴り飛ばすと同時に、アリサが叫ぶ。

「呪いだ! ディリティリオ!」
『うわ~、えっとえっと、魔力足りるかな~?』
 
 アリサが必死にターバンを解き、中から長い黒髪がふぁさりと肩に落ちると同時に、赤目の黒蛇がニョロニョロと立ち上がる。

「ニコ!」

 主人の怒声に従って、ニコが心底嫌そうな顔をしながらナイフを差し出すと、アリサは躊躇いなく髪をひと房切り落とした。
 むしゃむしゃ食べるディリティリオが、甲高い声で 
『イヒヒ~!』
 と叫ぶと同時に、ナキを抱き留め床に膝を突くラムジごと、黒い煙に包まれていく。
 
「な、な、なんだよこれ」
「呪いには、呪いを……ナキを呪う者を呪え……カース!」

 アリサが強い口調で唱えるのは、かつてバジャルドと対峙した時に唱えた、呪いの言葉だ。言葉は黒い縄のようになり、ナキの全身をぐるぐると絞めつけるように這っていく。
 
「が、ハッ」

 やがて顔が赤から土気色へ変化していたナキが、大きく血反吐を吐き出した。

「はっはっ、はっはっ」

 それから苦しそうに短い呼吸をはじめたのを見て、ようやくアリサは肩から力を抜き、代わりに拳を握りしめる。ふつふつと湧き上がる怒りで、目の前が赤くなる。

「性懲りもなくっ……バジャルドめ……」

 呪われてしまえば、聖女でないと回復させることはできない。実際、元伯爵令嬢コラリー・ジョクスは、聖女であるエリーヌの祝福を受けるまで、昏睡状態に陥っていた。
 
「おい! ナキ!? 大丈夫かっ」
「がふっ、はい、だい、じょぶ……ゴホッゴホッ」
「なんだ! なにが起きた!?」

 ふうと大きく息を吐いてから、アリサはラムジへ残酷な事実を告げる。

「呪い方に見覚えがあったから、なんとか完全に呪われる前に助けられた。これは、バジャルドの仕業。さっき逃げた仲間が、ナキが残ったことを伝えたんじゃないかな。つまりは、口止めでしょう」
「元王宮魔術師てやつか。なんてことを……」
 
 ラムジは、ナキを抱きとめたまま、呟く。

「まるで、マグリブを滅したいのは、バジャルドの方みたいだな……」
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