37 / 45
終章 悪役は、幸せになる
33話 呪い、再び
しおりを挟む「あー、アル様。もう少し離れて」
ニコがポーラを安全な距離まで離しつつ、アリサに苦言を呈する。
「そう?」
「相手は武器持ってるんですよ」
「でも、敵意はない」
はあ、とニコがあからさまに呆れた態度で額に手を当てた。
三人の男たちも、アリサのあっけらかんとした態度に戸惑っている。
「あの。おびき出してすみません。ラムジさんの出自を確かめたくて」
アリサが問いかけるや、男たちはずりずりと後ずさりを始めた。
「お願いだから逃げないで。捕まえる気はありません。知りたいだけなんです」
だが三人のうち二人は、バッと背を向けて裏口へ走って逃げてしまった。
ニコが追おうとするのをアリサが手で止めたのを見て、一人は場に残る決意をしたのだろう、アリサへと対峙する。それから、躊躇いがちに口を開いた。
「……おまえ、闇魔法使いだろ?」
この場にロイクがいなくてよかった、とアリサが思っている内に男は顔を覆っていたターバンをゆっくりとほどいていく。やがて赤い長髪を後ろで一つに結んだ、少年のような見た目の男性が現れる。
アリサはその顔に見覚えがあった。
途端にラムジが、
「ナキッ!?」
と叫ぶようにその名を呼ぶ。
「!? おまえ、誰だ」
「オレはラムジだ! 軍に捕まったんじゃなかったのか!」
すっかり警戒心をなくしたラムジに向かって、ナキはシャムシールの剣先を突きつけた。
「お頭だと!? 嘘つくな、顔が全然違う」
「嘘じゃない。あれは、呪いだったらしい。そうか、ナキ……よかった。おまえ、すばしこかったもんな!」
まだ疑っているナキに向かって、ラムジは自分しか知らないはずのエピソードを語る。
「あーあー……あ! ほら、酒を賭けて砂ネズミを誰が一番速く捕まえるか勝負した時、おまえが勝ってさ。酒場で一口飲んだ瞬間ぶっ倒れて! 初めての酒だったもんな。それでオレがおぶって運んでやったら、背中で吐かれてさ~。これ、おまえが恥ずかしいから秘密にしろって言ったやつ。誰にも言ってねーぞ」
「な、な」
みるみる真っ赤になるナキが、アリサには不憫で仕方がない。
「っなんでお頭が、闇魔法使いと一緒にいるんだ! マグリブを滅ぼした元凶だろう!」
本当にラムジしか知らなかった恥をバラされて、信じたようだ。
「え? マグリブを滅ぼしたって……どういうことだ」
「お頭は、最後の生き残りだ。闇魔法使いが、マグリブ族を根絶やしにしたんだよ。だからオイラたちは」
「おいまて。ってことは盗賊団ガジは、オレを守るために?」
ナキはぎゅ、と口を結んでから、もう一度開いた。
「ダイフさんからは、そう聞いてる。だからオイラ、志願して軍を辞めたんだ」
(私が滅ぼした!? いやいや、マグリブ族のことなんて、知らなかったけど!)
アリサは、バジャルド率いる魔術師団が、黒魔女の身柄を要求していたことは知っていた。だがそれはあくまでも、毒物を精製した罪を着せるためだと思っていた。
『僕と一緒に、これからも人を呪っていこう』と誘われたのを覚えている。
思考を整理する間、目の前のナキがどんどん困惑していく。
「闇魔法は、黒魔女しか使えないはずなのに、もう一人いただなんて」
そうしてやがて剣先と殺意を、アリサへと向けた。
「マグリブを守るため。闇魔法使いは、始末しないと」
「うーん。色々誤解があるみたいですね」
ところがアリサは、ナキの脅迫に負ける気がしない。じっと目を見返して、静かに告げる。
「誤解ってどういうことだ!?」
「ちゃんと考えてください。マグリブ族を根絶やしにしたかったら、わざわざラムジさん、雇わないです」
「っ罠って言ってただろ!」
「だから最初に言ったでしょう。ラムジさんの出自を知りたくて誘きだしたと。マグリブ族は、月の女神を信仰している民族ですから、『ナルの印』を置けばいい。このあたりは砂が多いですから、あちこちに描くのは簡単でした」
正確には、少々踏まれても消えないようディリティリオの魔力を込めて描いておいた。だから闇魔法使いがいると知られたのだろう。
「あなた方に害を及ぼす気はありません。ただわたしは知りたいのです」
「知りたいって何をだよ!?」
「真実を」
アリサはナキへ近づいていき、その剣先に自分の喉元を当てる。あまりの無謀さに、ニコが殺気を迸らせ、ナキを牽制する。
「あなた方への害意はない。もちろん、マグリブ族にも」
「……」
「ただ、元王宮魔術師バジャルドには、個人的な恨みがありますけどね」
ナキの肩がびくりと揺れ、剣先も揺れる。喉の皮膚が切れていなければ良いけれど、とアリサはどこかのんびりと思うが、ラムジとニコは慌てている。
「ナキッ! ひとまず落ち着いて話を聞いてみないか。オレはこいつらと行動を共にしてきた。大丈夫だ。それに、護衛という任務をこなす必要がある。でないと仲間たちは処刑される。牢獄に入れられているのは知っているだろ?」
「知って……る……あ……?」
ぐりん、と突然白目を剥いたナキが、膝から崩れ落ちたのを、ラムジが咄嗟に走って抱きとめる。
金属音を鳴らして床に落ちるシャムシールを、ニコが足で遠くへ蹴り飛ばすと同時に、アリサが叫ぶ。
「呪いだ! ディリティリオ!」
『うわ~、えっとえっと、魔力足りるかな~?』
アリサが必死にターバンを解き、中から長い黒髪がふぁさりと肩に落ちると同時に、赤目の黒蛇がニョロニョロと立ち上がる。
「ニコ!」
主人の怒声に従って、ニコが心底嫌そうな顔をしながらナイフを差し出すと、アリサは躊躇いなく髪をひと房切り落とした。
むしゃむしゃ食べるディリティリオが、甲高い声で
『イヒヒ~!』
と叫ぶと同時に、ナキを抱き留め床に膝を突くラムジごと、黒い煙に包まれていく。
「な、な、なんだよこれ」
「呪いには、呪いを……ナキを呪う者を呪え……カース!」
アリサが強い口調で唱えるのは、かつてバジャルドと対峙した時に唱えた、呪いの言葉だ。言葉は黒い縄のようになり、ナキの全身をぐるぐると絞めつけるように這っていく。
「が、ハッ」
やがて顔が赤から土気色へ変化していたナキが、大きく血反吐を吐き出した。
「はっはっ、はっはっ」
それから苦しそうに短い呼吸をはじめたのを見て、ようやくアリサは肩から力を抜き、代わりに拳を握りしめる。ふつふつと湧き上がる怒りで、目の前が赤くなる。
「性懲りもなくっ……バジャルドめ……」
呪われてしまえば、聖女でないと回復させることはできない。実際、元伯爵令嬢コラリー・ジョクスは、聖女であるエリーヌの祝福を受けるまで、昏睡状態に陥っていた。
「おい! ナキ!? 大丈夫かっ」
「がふっ、はい、だい、じょぶ……ゴホッゴホッ」
「なんだ! なにが起きた!?」
ふうと大きく息を吐いてから、アリサはラムジへ残酷な事実を告げる。
「呪い方に見覚えがあったから、なんとか完全に呪われる前に助けられた。これは、バジャルドの仕業。さっき逃げた仲間が、ナキが残ったことを伝えたんじゃないかな。つまりは、口止めでしょう」
「元王宮魔術師てやつか。なんてことを……」
ラムジは、ナキを抱きとめたまま、呟く。
「まるで、マグリブを滅したいのは、バジャルドの方みたいだな……」
23
お気に入りに追加
280
あなたにおすすめの小説
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
モブですら無いと落胆したら悪役令嬢だった~前世コミュ障引きこもりだった私は今世は素敵な恋がしたい~
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
前世コミュ障で話し下手な私はゲームの世界に転生できた。しかし、ヒロインにしてほしいと神様に祈ったのに、なんとモブにすらなれなかった。こうなったら仕方がない。せめてゲームの世界が見れるように一生懸命勉強して私は最難関の王立学園に入学した。ヒロインの聖女と王太子、多くのイケメンが出てくるけれど、所詮モブにもなれない私はお呼びではない。コミュ障は相変わらずだし、でも、折角神様がくれたチャンスだ。今世は絶対に恋に生きるのだ。でも色々やろうとするんだけれど、全てから回り、全然うまくいかない。挙句の果てに私が悪役令嬢だと判ってしまった。
でも、聖女は虐めていないわよ。えええ?、反逆者に私の命が狙われるている?ちょっと、それは断罪されてた後じゃないの? そこに剣構えた人が待ち構えているんだけど・・・・まだ死にたくないわよ・・・・。
果たして主人公は生き残れるのか? 恋はかなえられるのか?
ハッピーエンド目指して頑張ります。
小説家になろう、カクヨムでも掲載中です。
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
【コミカライズ決定】婚約破棄され辺境伯との婚姻を命じられましたが、私の初恋の人はその義父です
灰銀猫
恋愛
両親と妹にはいない者として扱われながらも、王子の婚約者の肩書のお陰で何とか暮らしていたアレクシア。
顔だけの婚約者を実妹に奪われ、顔も性格も醜いと噂の辺境伯との結婚を命じられる。
辺境に追いやられ、婚約者からは白い結婚を打診されるも、婚約も結婚もこりごりと思っていたアレクシアには好都合で、しかも婚約者の義父は初恋の相手だった。
王都にいた時よりも好待遇で意外にも快適な日々を送る事に…でも、厄介事は向こうからやってきて…
婚約破棄物を書いてみたくなったので、書いてみました。
ありがちな内容ですが、よろしくお願いします。
設定は緩いしご都合主義です。難しく考えずにお読みいただけると嬉しいです。
他サイトでも掲載しています。
コミカライズ決定しました。申し訳ございませんが配信開始後は削除いたします。
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
選ばれたのは私以外でした 白い結婚、上等です!
凛蓮月
恋愛
【第16回恋愛小説大賞特別賞を頂き、書籍化されました。
紙、電子にて好評発売中です。よろしくお願いします(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾】
婚約者だった王太子は、聖女を選んだ。
王命で結婚した相手には、愛する人がいた。
お飾りの妻としている間に出会った人は、そもそも女を否定した。
──私は選ばれない。
って思っていたら。
「改めてきみに求婚するよ」
そう言ってきたのは騎士団長。
きみの力が必要だ? 王都が不穏だから守らせてくれ?
でもしばらくは白い結婚?
……分かりました、白い結婚、上等です!
【恋愛大賞(最終日確認)大賞pt別二位で終了できました。投票頂いた皆様、ありがとうございます(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾応援ありがとうございました!
ホトラン入り、エール、投票もありがとうございました!】
※なんてあらすじですが、作者の脳内の魔法のある異世界のお話です。
※ヒーローとの本格的な恋愛は、中盤くらいからです。
※恋愛大賞参加作品なので、感想欄を開きます。
よろしければお寄せ下さい。当作品への感想は全て承認します。
※登場人物への口撃は可ですが、他の読者様への口撃は作者からの吹き矢が飛んできます。ご注意下さい。
※鋭い感想ありがとうございます。返信はネタバレしないよう気を付けます。すぐネタバレペロリーナが発動しそうになります(汗)
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2023年01月15日、連載完結しました。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました!
* 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる