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第四章 悪役は、灼熱の国へ行く
31話 素顔と嫉妬
しおりを挟む「……護衛? オレがか?」
手に縄をかけられたまま檻から出されたラムジを、アリサたちは王宮の離れに用意された客室で出迎えた。ロイクとオーブリーは王宮晩餐会に呼ばれており、今はアリサとニコ、ポーラそれから魔術師のハキーカだけだ。
ラムジのぽかんとしている顔が未だサマーフと同じなので、なんだかおかしい、とアリサは思わずフフッと鼻息を漏らす。それに対して、ラムジは戸惑ったままだ。
「いや、どう考えてもいらんだろ。そこの奴、オレよりはるかに強い。魔法使いもいたし」
そこの奴、と言われたニコは黙って肩をすくめる。
アリサは、説得を試みることにした。バジャルドの件を伏せて、なんとか商会に入ってもらわなければ事が前に進まない。
「ラムジさんは、必要ですよ。クアドラドの地理に詳しくて強い。適任です」
「それは嬉しいけどな……」
「自分が何者か、知りたいんでしょう?」
「っ! 手がかりが、あるのか!?」
「もしかしたら、ですけれど。もしそうなら、相当辛いことになると思います」
ラムジは縄を掛けられたままの拳をぶるぶると震わせ、絞り出すように言葉を放った。
「そんなのよぉ……これまでも、ずっと辛かったんだ。もっと辛くなっても、大して変わんねーよ。オレは、オレが何で何のために生まれたのかを、知りたいんだ」
きゅ、とアリサの胸が痛む。
自分が何のために生まれたのか――黒魔女は、愛と太陽の女神テラの憎しみを受け止めるために生まれた。それを知っている分だけ、マシなのかもしれない。
「なら、約束してください」
「なにをだ」
ば、と顔を上げたラムジの目は澄んでいて、迷いがない。
そのことに、アリサは安堵した。
「絶対に逃げないこと。逃げたら盗賊団ガジの皆さんは処刑されます」
「当然だ」
「何を知っても、わたしたち以外に口外しないこと」
「秘密は守る」
「命を大事にすること。何があっても絶対に、死なないこと」
「っ……」
真実を知っても死なせないように、とアリサは考えた。
ニコとポーラはそれを聞いて、黙って微笑んでいる。
「わかった……」
「では、商談成立ですね」
にこりとアルが微笑むと、ハキーカが前に進みラムジの腕の縄をほどきながら椅子に座るように促した。そして淡々とした口調で続ける。
「さて。ならばもう殿下の顔は解きましょうか」
「えっ!? ちょっ」
戸惑うラムジに対し、アリサはすぐに同意を返した。
「そうですね、落ち着かないし。……腹立つし」
ハキーカが眉尻を下げながら、
「殿下は良くも悪くも素直なお方ですからねえ」
と遠慮なくラムジの胸のペンダントに手をかける。当然、ラムジは慌てた。
「わ、わ、え!? なになになんだよ!?」
「あなたのその顔、魔術で作られたものですから。解きます」
「えっ、そっ、ええ!? いきなりかよ!?」
「呪いのようなものですから、早く取るに越したことはないんですよ」
「のろいぃ!?」
声が裏返ったラムジは、たちまち顔面を蒼白にする。
一方アリサたちは、いったいどんな素顔なのだろうと言いたげなワクワク顔を隠さず、ラムジは他人事だからと言って楽しむなよ! と逆切れした。
「これはこれは……なかなか強固でしたので、ペンダントにかけられた術を少し変質させて誤魔化すことにしました」
ふう、とやり切った感を出しつつ身を起こしたハキーカの表情は、大変に充実している。
「目の色を変える術に変えてみました。どうです?」
「どうって言われても」
戸惑うラムジの顔を覗きこむアリサ、ニコ、ポーラがそれぞれキラキラした笑顔なことに、ラムジは余計困惑する。
「うわぁ、すっごいイケメンだ……やば」
「綺麗です~!」
「こっちの顔の方がいいすね」
しかもそれぞれが勝手なことを言うものだから、ラムジはどう返せば良いのか分からない。
「ええ? と……」
サマーフは金髪で琥珀色の瞳の、いかにも王子というような、線の細い綺麗めな見た目である。
「鏡どうぞ」
ハキーカに差し出された手鏡を恐る恐る覗きこんだラムジは、絶句した。そこには――
「これが、オレ?」
真っ黒で太い眉、くっきりした二重で凛々しい目元、高い鼻梁に黒い顎髭をたくわえた男が写っていた。
「ええ。目の色以外はね」
茶目っ気たっぷりに言うハキーカが差す目の色は、深いグリーンだ。
「……なあ。イケメンてなんだ?」
「あ。えっと、すんごいカッコイイってことです」
「カッコイイ? はは。そっか。イケメンか?」
「めちゃくちゃイケメンです! エキゾチックでセクシーです!」
「? 意味がわからないが、褒めてるんだな?」
「当然ものすごく褒めてます! うわ~ラムジさん、ほんとカッコイイ~」
「照れる」
「ほわー。照れてもカッコイイ~」
興奮していたアリサは、アラブ系映画スターのような顔面になったラムジをひたすら褒めていて――晩餐会を抜け出して様子を見に来たロイクとオーブリーが背後にいることに気づいていなかった。
「ああああ、アルさま~、その~、あ~」
ニコが焦るが、アリサはまるで気づいていない。ラムジとの会話に夢中だ。
「眼福です!」
「がんぷく?」
「目の保養!」
「ほよう?」
「もー。でも困った顔もいい~。ずっと見ていられる~」
「ははは! おもしろい奴だな。いくらでも見ればいいけどよ……ん? あ、ええと。改めてラムジだ。よろしく」
アリサの背後まで迫って来ていたロイクとオーブリーに気づいたラムジが立ち上がり握手を求めると、ロイクはそれを無表情で握り返した。
「ラブレー王国宰相補佐官、ヴァラン公爵が長男、ロイクだ。トリベール侯爵次期当主でもある」
「ええ!? そんなに一気に覚えらんねぇよ。とにかく偉いんだな! って痛いし熱いしイダダダ」
握手した手を涙目で見つめたラムジに、ロイクはフンと鼻を鳴らした。
「護衛なのだろう。このぐらい軽くいなせ」
「えぇ!? いきなり腕試しかよ、性格わりぃな」
「なんとでもいえ」
「ロイク様!?」
珍しく感情的になるロイクに戸惑うアリサに向かって、オーブリーとニコが「相変わらず無自覚」「無自覚容赦ない」と放ち、アリサはますます困惑する。
ハキーカは淡泊そうに見えて場の状況を面白がっていて、ポーラだけが「アル様だけですよね、気づいてないの」と優しく微笑んでいた。
「なんなんだよ~ったくよ」
「雇うにあたって技量を判断するのは、当たり前のことだろう」
「にしてもやり方ってもんが」
険悪な雰囲気を見かねたニコが、進み出る。
「まあ、まあ。腕試しならほら、自分が対応しますから。ね?」
途端に手を離し腕を組んだロイクが、やってみろと促すと――ニコはあっという間に無言でくるりと体全体を回転させ、ラムジに裏拳を放った。
「うおっ」
パシン! と即座にニコの拳を手のひらで受け止めたラムジは、拳を握り込んだまま態勢を低くし軸足の踝の辺りを蹴るが、ニコはひらりと飛んでかわすついでにラムジの手も放させた。
「ふむ。止めるだけでなく反撃するとは、なかなか」
「避けといてよく言うぜ」
「ロイク様。技量に問題はなさそうですよ」
ハアと大きな息を吐き出してから、ロイクはラムジに向かって厳しい言葉を放った。
「さっきから舐めた態度を取っているがな。貴様の両肩に、盗賊団全員の命が乗っている。期待以上に働かねば、貴様も含めて未来はないと思え。良いな」
黙って様子を窺っていたハキーカが、ロイクへ向かって敬意を表すとばかりにゆっくりと頭を下げた。
それを見たラムジも、ようやく自分の立場を顧みることができたようだ。表情を引き締め拳を握りしめてから、ロイクに深々と頭を下げる。
「……わか、りました。仲間を取り戻すため、全力で働きます」
「うむ」
アリサは、ロイクの言葉をまるで自分に向けられたかのように受け止め、落ち込んだ。
(私が甘かった……浮かれてしまうだなんて、情けない……商会長失格だわ……)
いたたまれなくなってロイクの顔を見られなくなり――そのまま皆と別れた。
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