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第四章 悪役は、灼熱の国へ行く
30話 事情聴取
しおりを挟むアリサたち一行は、首都ワーリーに来ていた。王宮にある一室へ呼び出され、商談の裏付けとして聴取を受けている。
盗賊団ガジは収監されているものの、アリサたちの「誘拐ではなく商談である」の主張でもって刑の執行を保留されている。ちなみに盗みに関しても、助けられた町から助命嘆願書が届いているらしい。
サマーフいわく、金銭を奪われた商人たちも、財産が戻れば良いとの考えを示しているとのことだった。むしろ盗賊団ガジの存在で、他の残虐な強盗たちの動きが抑制されていたと証言し、頭を抱えている、と。
「ロイク……奴らは義賊、ということか」
長テーブルの対面に座るシルバーブロンドで水色の目を持つ宰相補佐官を、褐色肌の王太子が恨めしげに見る。
ニコとポーラは同席を許されず、本来はアリサもだが商談の主導者という立場で尋問を受けるためここに居る。今はひたすら末席で、オーブリーと共に縮こまっていた。
「はい、ですから商会長は護衛に雇おうと依頼しているところでした」
「……」
琥珀色の瞳でギッと睨まれて、アリサの肩はびくりと波打つ。
それを見たロイクが、あまりいじめてくれるなと言わんばかりに大きく息を吐いた。
「殿下。彼らにはバジャルドの策略を感じます。しかしながら頭領であるラムジは、バジャルドのことを知らない。殿下の援助だと信じきっていました。そして『王太子の弟』という矜恃でもって、彼なりに民を救おうと動いていた。元軍人たちをまとめあげる技量もある」
「素養は認めるが、王国として盗賊団を無罪放免にするわけには行かぬ」
それはそうだろう、とアリサは思う。
ならば前世でいう、超法規的措置を発動させれば良い。
問題は、自分に発言権がないことだ。
すると、サマーフの斜め後ろに直立不動で控えていた王宮魔術師ハキーカが、アリサに目線を寄越した。
(なんだろう?)
「殿下。あの者と話をしたいのですが」
アリサへ目を留めたまま口だけで上奏するハキーカに、サマーフは苦々し気に返事をする。
「わかった、わかった。ここでせよ」
「ありがたく。……アルとやら」
「はい」
「なぜあのペンダントに気づいたのか」
(魔術の件か!)
「……わたしは商会長として、様々なものを取り扱っております。当然宝飾品も」
「ふむ」
「ルビーやガーネットにしては、オレンジがかっていて輝きがないから違う。けれども何かしらの価値を感じました」
「なるほど、目利きの観点ならば納得がいきます。あれは、レッドカーネリアン。別名、先導者の石」
(パワーストーンの一種ということか)
さすがにアリサの前世の知識をもってしても専門外だが、概念は分かる。
「魔術をこめられる石のうちの一つですが、産地は非常に少ない。そしてあの男の足首には、特徴的な文様が彫られていました」
「特徴的な文様、ですか」
「はい。マグリブ族の男子にのみ許されるものです」
「まぐりぶ?」
「ご存じない。ふむ……」
しばらく考え込むハキーカに、オーブリーが口を開いた。
「あの。僕、知っています。知識だけですが」
「? ああそうか。あなたは確か、ラブレー王国筆頭魔導士ホルガー殿の一番弟子でしたね」
「はい。今その部族の名前が出たということは……やはりバジャルドは」
「ええ。でなければ、アクセサリーごときであれほどの術は施せません」
魔法使い同士にしか分からない会話に、サマーフが徐々に苛立ってきている。
アリサの頭の中を、かつて対峙したバジャルドの姿が駆け巡った。オーブリーのフリをしていた彼は、首元にたくさんのアクセサリーをじゃらじゃらと着けていた。それこそ、飛び跳ねると音が鳴るぐらいに。あれらが魔術を込めたパワーストーンならば、今回のラムジのペンダントも同じ類のものだろう。
アリサが、思いついたことを忘れないうちにと、早口でまくし立てる。
「マグリブ族は、パワーストーンで魔術を施す部族なのですね? ラムジさんが無意識にでも顔を変えられるぐらいにその魔術が身に馴染んだということは、バジャルドと同じ部族。ってだけじゃない……もしかして」
「さすが商会長。洞察力が素晴らしいですね。私は、血縁関係があるのではないかと疑っております」
「なんだと!」
ガタン! とサマーフが立ち上がったと同時に、アリサも立ち上がった。
血縁であれば、絆が深い。かつてアリサが『施した呪い』は強く、そうそう引きはがせるものではない。ラムジから辿れば、居場所を追えるかもしれない。
「ハキーカさん!」
「はい。なので是非、あなたにご助力を請いたいと思った次第です。アル殿」
涼やかな目を細められた。
(げげげ。まさか、ばばばばばれて)
アリサの懸念を肯定するかのように、ウィッグの中でディリティリオが小刻みに震えている。
「おいハキーカ、どういう」
「殿下。この者の審美眼は確かでございます。魔道具の選定助手として、私につけていただけないでしょうか」
「……貴様がそう言うということは、奴の尻尾を掴みかけている。そうだな?」
「左様でございます」
傲岸不遜にアリサを睨みつける砂漠の王太子は、盛大に息を吐いてから言った。
「そこの眼鏡」
「はい」
「ハキーカの助手として尽力せよ」
(私はあなたの国の人間でも、部下でもない! っていうかいい加減名前覚えろ!)
いちいちカチンとくる王子だな、とアリサの鼻息は荒くなる。
「……お受けするならば、条件があります」
怒りは商談パワーに変換する。それもまた、前世で培ってきたビジネススキルだ、とアリサは懸命に思考を前へ進める。
「なんだ。ラムジの身の安全を保障しろ、とでも言うつもりか? バジャルドと繋がりがあるならば、事が解決するまで殺すことはせん。安心しろ」
「いいえ。その件とは関係ありません。わたしはあくまでも、織物貿易の商談をするためにここに来ました。ラムジさんはわたしが護衛として雇います。その実績でもって、我が商会のクアドラド支店を彼に任せることを、了承いただきたいです」
「重罪人バジャルド……我が国で大きな罪を犯した男の関係者をか?」
ハン、と鼻で笑う王太子を、できれば叩きたいのを必死に我慢する。
「同族だからといって他人に罪をかぶせる意味が、分かりません。罪は罪。人は人でしょう」
ロイクならば、絶対このような言い方はしない。冷静に危険と未来を予測し、最大限リスクに対して予防線を張った上で提案してくれるはずだ。
権力に任せて感情論で強制するようなことは、絶対にしない。
「殿下。私の部下が、大変な失礼を申し上げました」
その証拠に、こうして自ら頭を下げることで、アリサに冷静になれと促す。
ハッと我に返ったアリサは、サマーフの顔色が真っ赤なのを見て深く頭を下げた。侮辱罪で首を刎ねられてもおかしくはない。
「っ申し訳ございません」
オーブリーもそれに合わせて、無言で下げる。
「面を上げるがよい……ひとつ、聞かせろ」
サマーフはサマーフで、葛藤している様子だ。
察するに、この国では誰も彼に逆らわないのだろう。傲慢な王太子の振る舞いに苦言を呈する者がいないのならば、こうして意見されることにも慣れていないのは納得だ。ヴァラン公爵家のタウンハウスでの初対面でもそうだった、とアリサは思い返す。見舞いの主役は誰だ、と叱ったアリサに感激して、求婚したぐらいなのだから。
問題が大きい時に、傲慢さは弊害でしかない。肌感覚では気付いているのかもしれないな、とアリサは見て取った。
「そこまでラムジを買う理由はなんだ」
「いくら王太子殿下の弟と信じ込まされていたからと言って、民のためにと義賊になるなどと奮起するでしょうか。正義感に溢れ、荒くれ者たちを統率できる技量も人望もある。他国の商人と対話を試みる度量もある。何より戦闘力もある。これ以上の適任はいないと考えました」
サマーフは眉間に深い皺を寄せ、両腕を組んでから言い放った。
「ラムジを逃したら、貴様の首を刎ねる。良いな」
「盗賊団を見捨てる人ではありません。それに、わたしは貴様じゃありません。アルです」
「っいちいち口ごたえを」
「そんな必死に威厳を保とうとしなくたって。王太子として認められたければ、淡々と実績を積めば良いのでは。実際ロイク様はそうされていて、多方から大変に信頼を置かれていますよ」
サマーフが琥珀色の目を見開いた。
横でロイクが額に手を当てる気配がする。
「驚いたな……前に似たようなことを言われたぞ」
やがて頬を紅潮させたサマーフが、満面の笑みを見せた。
「え」
「はっは。名前も似ているな、アル!」
「えっと?」
「気に入った! 余に対して自由に発言することを許してやる」
「えぇ? 別にいらないです。ハキーカさんに報告しますから」
「そう言うな。便宜を図ってやるぞ?」
「いりません」
「断られると、燃える」
「迷惑です」
ふたりのやり取りを横目に、これ以上ないぐらいにがっくりと首を垂れたロイクが、唸るように言葉を絞り出した。
「あー。殿下。それはそれとして、今後の動きを打合せしたく……」
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