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第四章 悪役は、灼熱の国へ行く

29話 兄弟の再会?

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「クアドラド支店、だと?」

 ラムジの問いかけに、アリサは首を縦に振る。
 
「はい。是非ラブレー王国との貿易を手伝ってくれませんか?」

 ロイクは黙ったまま額に手を当てているし、オーブリーは困惑顔だ。

「今ここで、ラムジさんたちが行ったことがなぜダメなのかを説明しても、分からないと思います。でもわたしの仕事を手伝ってくれたら、ロイク様が『王国の血の流れを止めた』と仰った意味が分かります」

 ラムジが眉間に深い溝を作り、葛藤しているのを見て、アリサはさらに畳みかける。
 
「それに、あなた方には大変大きな利益がありますよ。だって身分とお給料を、ヨロズ商会が保証するんですから」

 アリサは、ラムジの背後にいる屈強な男たちに目を配る。およそ十人。ロイクが元軍人と即座に見抜いたぐらいに、所作に無駄はないし気配も鋭い。

「オレたちを雇ってどうするつもりだ」
「貿易に危険はつきもの。ラムジさんが引き受けてくれたら、こんなに強い護衛つきで取引ができます。それってすごいことです」
「サマーフが断ったらどうする」
「断らないと思いますよ。むしろ喜ぶかと。あなたを生かすためにこの場所を用意したぐらいなのですから」
「それはどうかな。オレを殺したいと思っているかもしれん」

 忌々いまいまし気な顔をしたラムジに、アリサがけろりと放つ。

「殺そうと思ったらいつでも殺せるでしょう。居場所知ってるんだもの」
「そっ……はは。そうか……言われてみればそうだな……」

 話がまとまりかけたと思ったアリサの耳に、野太い男の声が飛び込む。

「だまされるな! 結局こいつらは、サマーフの回しもんだっ」
 
 立っているラムジの横へ歩いて並んだ屈強な男は、濃い褐色肌に、綺麗に禿げた頭と黒い髭が特徴的な中年だ。ショーテルを、体の前で見せつけるように構えている。

「お頭! 俺も反対だ」

 線の細い兵士が、鞭を構えてそれに追随した。赤くて長い髪を後ろで一本に結っている、まるで少年のような若い男だ。
 
「ダイフ。ナキ。武器をしまえ」

 ラムジが命令しても、二人は武器を下ろすどころか、ますます殺気を高める。
 テーブルを挟んで対峙することになったアリサたちが、致し方なく戦闘態勢を取ろうとすると――ざわりと盗賊団の空気がどよめいた。全員、アリサたちの背後に目を向けている。
 
 何事かと、アリサたちが戸惑いつつも振り返ると、若い男性が部下と思われる人間を後ろに従え、軽やかな足取りで砂の上を歩いてくるのが見えた。
 頭にターバンを巻き、くるぶし丈の真っ白なシャツワンピースのようなものを着てサンダルを履いているその男性は、テーブルまで近づくと屈託なく声を掛ける。

「ほらな。迎えは必要だっただろう、ロイク」
「殿下ッ」

 ロイクが慌てて立礼すると、サマーフは片手を挙げるだけで応えた。
 アリサは、フォクト辺境領から先触れを出したとロイクが言っていたことを思い出す。砂漠地帯での郵便は、専用の鷹を使うので速い。迎えに来られるタイミングとしては妥当だろう。

「久しいな。待ちくたびれたと思って来てみれば、こんなところで足止めとは」
「お気遣いありがたく。しかしなぜここにいると」

 ニヤリと笑うサマーフが、背後に付き従っていた男を顎で指す。

「この者は、新しい王宮魔術師のハキーカ」

 金糸で複雑な文様が刺繍された白ローブを身にまとう、褐色肌で黒髪黒目の男が、丁寧な立礼をする。目つきが鋭く、前髪を丁寧に後ろへ撫でつけていて、魔術師というより執事のようだとアリサは思った。
 
(彼が、バジャルドの後継ということね)

「先触れが直筆だったからな。人探しの魔術を施したら、すぐ見つかったぞ」

 得意げに胸を張るサマーフの横で、ハキーカが光栄ですと言わんばかりに胸に手を当て頭を下げる。
 
「なるほど。敵いませんね」
「はっは。さて、そこの奴らは、噂の盗賊団だな。てっきりロイクが捕らえられたと思って助けに来たんだが」

 ハッと我に返ったラムジが、叫ぶ。

「サマーフ!」
「ん? ……よく見れば貴様はなんだ、俺と同じ顔だな? 気持ちが悪いぞ」
「な!」

 ラムジだけではない。アリサたちも息を呑む。

「双子の弟ではないのですか!?」

 尋ねたロイクに向かって、サマーフは首を傾げた。

「何を言っているのだ? 俺に弟はおらぬ」

 その言葉に慌てたのは、ラムジだ。

「は!? 何を言う! 前に会っただろう!」
「貴様こそ、何を言っている。初対面だ……そもそも盗賊ごときが、と言葉を交わすなど許されぬ。わきまえよ」

 サマーフの冷徹な言葉は、見た目が似ていようと関係なく、存在を受け入れないという意味だ。

「捕らえよ」

 サマーフに気を取られている間に、クアドラドの正規軍が取り囲んでいた。たちまち盗賊団員たちの両腕を拘束し、縄をかけていく。戦闘力に優れた盗賊団とはいえ、一個小隊相手では多勢に無勢だろう。抵抗虚しく、次々動きを封じられていった。残ったのは――絶句したまま棒立ちのラムジだけだ。

 ラムジは、訳が分からないという顔をした後で、激高する。

「やはり、騙したのか!」

 即座にアリサは、否定し頭を激しく横に振った。
 
「違います!」
「きさまらのせいで!」
「騒ぐな盗賊。貴様らは常にクアドラド軍の監視下にあった。泳がされていたのに気づいていなかったのか?」

 アリサはサマーフの言葉に納得する。
 例え魔術を行ったとて、砂漠での人探しは困難を極めるに違いない。盗賊団が常に見張られていたから、こうしてすぐに迎えに来られたのだろう。
 
「ちまちま金を盗む程度だから捨て置いていたが、ラブレー王国宰相補佐官誘拐の現行犯となれば見過ごせぬ。ロイクに何かあれば、国同士の戦争になるからな」
「そんな」
「連れて行け」

 怒りと戸惑いの収まらないラムジは、サマーフに今にも飛びかかりそうだ。
 
「おまちを!」
 
 ラムジがサマーフを攻撃すれば、この場で処刑となる。
 アリサはそれを防ぐため、咄嗟に叫んだ。ウィッグの中で、ディリティリオがもがいて、何かを訴えかけている。周囲の様子を見ながら、アリサは必死に耳を澄ませた――幸い、全員が何事かと動きを止めている。
 
『ぺん……だんと』
(わかった!)

「っおそれながら殿下! 商談中でしたっ!」
「は?」

 怒気をはらんだ口調と視線で、サマーフに睨まれる。無礼を咎めようとした部下たちの動きを腕一本で止め、鋭い琥珀色の目でアリサを射貫く。
 
 わざと視界の悪い眼鏡を掛けていて良かった、とアリサは内心ホッとしている。まともに見たら恐れで動けなくなっていただろう。さすが王太子の覇気だ。
 ロイクが庇うように半歩前に出て、紹介する。
 
「殿下、こちらが商会長の」
「さがれロイク」
「っ……は」

 サマーフはロイクの助けを許さず、アリサへ直々に近寄って来た。
 
「無礼者め」
「はい?」
「この王国で余に無礼を働いたものは、即刻首をねる」

 普通の人間ならば、この一言で振り上げた斧を引っ込めるだろう。
 だが、アリサは違った。

「無礼なのはそちらです。ここは王宮ではありません。せっかくの商談をぐちゃぐちゃにした人には、違約金を請求しますよ」
「な、に?」
「あと、その人。ただ捕らえるだけで良いのですか? 殿下の血縁でないのなら、別人でも全く同じ顔を作れるってことでしょう」

 ラムジが会ったと言っているサマーフはバジャルドだったに違いないと、アリサは確信している。そして、ロイクの伯父と、オーブリーそっくりに化けた元王宮魔術師は、自分の顔だけでなく他人の顔も変えられるということだ。
 
「貴様……」
「あの派手なペンダント、魔術の道具だったりして」
 
 魔術師のハキーカが、無表情で何度も頷いている。
 
「ハキーカ?」
「は。その者の推測、正しいかと。よこしまな術の力を感じます」

 サマーフに促されたハキーカが同意すると、ラムジの全身から力が抜け、両膝を砂地に突けた。
 
「んじゃオレ……いったい、誰なんだ……」
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