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第四章 悪役は、灼熱の国へ行く
28話 クアドラドの現状
しおりを挟む盗賊団ガジの隠れ家は、岩山に隠れた小さなオアシスにあった。
ラクダ隊に囲まれながら馬を進めたものの、どこをどうやって来たのかは分からない。
「砂地だけでよく道が分かるものだな」
ロイクが言うと、ラムジが
「道案内は、そこかしこに居る」
青空を悠然と飛ぶ鷲を、軽く人差し指で差された。
「うわあ、カッコイイですね」
アリサが素直に感心すると、ラムジは笑った。
「賢くて度胸がある奴かと思えば、無邪気でもある。変な奴」
「うっ」
「降りろ。ここからは徒歩だ」
下馬して手綱を引きつつ、岩壁に挟まれた狭い道を歩いていくと、青々とした小さなオアシスが見えてくる。青々とした池のような水辺には、ヤシやオリーブの木がある。白いテントがいくつも建てられ、石の円の中で木材を三角形に組まれた焚火場所や、大きなラグの上に置かれたテーブルなどがあった。
「素敵!」
アリサの感嘆の声に、またラムジが「警戒心はないのか」と笑う。
「あ、すみません。つい」
「いや。素直すぎて毒気を抜かれる」
「そうでしょうか。わあ、その胸のペンダントすごく綺麗ですね! 何の石ですか?」
ラムジがマントをゆるめたことであらわになった、大きなトップが目立つペンダントは、太陽のような形をした金色のシンボルの真ん中に真っ赤な石が埋まっている。
盛り上がる褐色肌の胸筋がちらりと見える胸元に非常に映えていて、アリサの視線も釘付けになった。
「わからん。育ての母の形見だ。肌身離さず身に着けるように言われて、そうしている」
「そうでしたか……失礼しました」
「いい。さあ、こっちだ」
褒められたのが嬉しかったのか、ラムジが上機嫌になりアリサの腰を支えるようにエスコートすると、逆にロイクの機嫌はどんどん悪くなっていく。
「あーあ。僕しーらない」
「はあ。相変わらず無自覚……」
「さすがアル様です」
オーブリーとニコがこの先のゴタゴタを予想してウンザリする一方で、ポーラは目を輝かせている。
「ポーラ、大丈夫?」
オーブリーが気遣って声をかけると、ポーラはいつもの柔らかな笑顔で首を縦に振った。
「はい。あんなのは、日常茶飯事でしたもの」
「っ」
「平和すぎて、忘れていました。ご心配なくです」
「ポーラ……」
心の距離を取られてしまったことを悟ったオーブリーの肩を、ニコがぽんぽん叩く。
「お貴族様と俺らじゃ、育ちも環境も違う。それだけです」
「ニコ」
「ヨロズ商会にいると、そういうの忘れちゃいますね」
「……ん」
複雑な顔のままオーブリーが頷くと、ニコは眉尻を下げた。
「それよか、警戒続けてください。殺気が消えないやつが何人かいるんで」
「! わかった」
無謀にも盗賊団の懐に飛び込んだのだ。警戒しすぎることはないだろう。
ラムジは、長テーブルへ案内すると座るように促し、自分も対面へ腰かける。
アリサはロイクのすぐ左隣に腰かけ、オーブリーは、そのアリサの左へ腰かけた。ニコとポーラは、三人の背後に立つ。
「せっかくだ、茶を振る舞おう」
ラムジの部下のひとりが、陶器のカップをガチャガチャとテーブルに並べ、中へ手で千切った緑の葉を放り込む。
その上からティーポットに入った熱いお茶を注ぐと、さわやかな香りが立った。
アリサの顔が、ぱあっと輝く。
「ミントティーですね!」
「ああ。砂漠では育たないが、もう少し西へ行った場所で栽培している」
一方のロイクは、男が手で千切った葉が入ったお茶を飲むことに、躊躇している。名門公爵家ではありえないだろう、と内心アリサは面白くてたまらない。
「いただきます!」
「おい、アル」
「わ、おいし」
こくりと飲んだアリサを見たロイクは、口元を歪めている。
「……おいしい、か?」
「はい! ロイク様も飲んでみては」
「うぐ」
「クハハハ、無理するなロイクとやら。アルが飲んだなら十分だ」
「どういう意味だ?」
ラムジの意味深な言葉に、ロイクは片眉を上げた。
「オレらとまともに話をする気があるかどうか、試しただけだ」
「話すために、わざわざここまで来た。サマーフが国を潰そうとしているという意味を聞きたい」
「まあそう事を急ぐな」
テーブルに両肘を突き手の甲の上に顎を乗せるようにすると、ラムジは語り出した。
「砂漠という厳しい環境で生きるには、自己を強く保たねばならない。だが人は砂嵐の前では無力だ。だからうまくいかないのは、自分ではない何かのせいだと考える者が多い」
「なるほど、そういう性質の人々が一つの国としてやっていくのは、なかなか難しいものがあるな」
「さすが理解が早いなロイク」
公爵令息が、盗賊団リーダーに褒められている。
この光景をラブレー王太子のセルジュが見たらどういう反応をするだろうか? とアリサは想像して笑いそうになる。
「さて。信じるか信じないかは任せるが、オレはサマーフの双子の弟だ」
「……その顔を見れば一目瞭然だな。なぜ王族が盗賊団に」
「この国の王家では、双子は忌み子とされている。『太陽は二ついらない』のだそうだ。オレは死んだことになっている」
「な!」
「不憫に思った侍女が引き取り育ててくれた。しばらくはオレもただの庶民だと思っていたんだが」
ラムジは一呼吸置いてから、腕をテーブルから下ろし姿勢を正した。
「クアドラドが貧困に陥り始め、生活が苦しくなった侍女が、オレを見て恨むように言ったのだ。庶民の気持ちの分かるオレが、王ならばと」
「信じたのか?」
「まさか。だから俺は顔を隠して、五年前に首都で執り行われた、王太子即位式を見に行った」
「……サマーフを見たのか」
「ああ。自分と同じ顔の男が、豪華な服を着ていた。今思い出しても笑える」
首都ワーリーに足を踏み入れたのがまずかった、とラムジは大きく息を吐く。
「生きていることがバレた。さすがに式典の間は、あらゆる場所に間諜が配備されていたらしい。オレはなんとか逃げたが、侍女は始末された」
「っ貴様も命を狙われているのか」
「当然だろう。だがサマーフは弟に会いたいと言ってきた」
「会ったのか」
「ああ。会った。会って、ここを提供された」
ラムジはゆっくりと首を巡らせて、この場所を一周眺める。きっとその時のことを思いだしているのだろう。
「殺されたくなければ、生きる価値を身につけよ、と様々な教育を受けさせられた。こいつらは、護衛も兼ねてオレと共にいてくれる」
実力で黙らせてみろということか、アリサはサマーフの心情を推測する。
「武術を学んだのはありがたかった……今この国は、貧困にあえいでいる。銀貨二十五枚は、あの町にとって奇跡の命綱になっただろう」
「まさか! 貴様が盗賊団として金銭を奪っているのは」
「そうさ。裕福な者から奪って、死にそうな町に配り歩いている」
(だから命は取らないと断言したのね)
「動機と目的は分かった。だがやり方を間違えているぞ」
ロイクが、冷たい声を発した。水色の目が、刺すようにラムジを見据えている。
「なんだと」
「一時しのぎにしても、最悪だ」
「貴様」
「俺たちは、誰ともすれ違わなかった」
「それがなんだ!」
「貴様らの策略でもって誘い込まれた場所だったのかもしれないが、それにしても町と町の間を行きかう商人すら見当たらんのはおかしいと思っていた。なるほど、襲われると分かっていて動くやつはいない。貴様らの行動の結果、どうなっているか、分かっているか?」
「どうなっているかだと? みな、助かったと言って」
「金で買える物がある内はな。襲撃を恐れて商人が来なくなったどうなった? 金があっても物がなくなったらどうなる。銀貨でも食うのか」
「!!」
途端に、話に耳を傾けていた盗賊団員たちも、ざわめきはじめた。
「目先の利しか見えない貴様たちが、この国の血の流れを止めたに等しい。なるほど、忌み子だな」
「貴様ぁ!」
テーブルに拳を叩きつけながら立ち上がったラムジを見上げて、ロイクはさらに言葉を投げる。
「サマーフがこの国を潰すと言ったのは、なぜだ」
「っ大金をかけて、外から織物を買うと聞いた! そんなもの、何の腹の足しにもならない! そんな大金があるなら、王国民に配るべきだ!」
ロイクがまだ何か言おうと口を開いたのを、アリサは腕を水平に右へ出して止めた。
「なるほど。ラムジさん」
「なんだ」
「あなたが王国を想い、正義感で動いていること、よく分かりました。でも、盗賊は犯罪です」
「……裕福なやつらから奪って、何が悪い」
「その人たちにも、家族がいますよ。奪われたことで、子どもが飢えて泣いているかもしれない。金銭を奪っても、何の解決にもならない。あなたもそう思っているから、わたしたちをここへ招いたのでしょう?」
「っ」
しばらく、ぎりぎりと握りしめるラムジの拳の音だけが聞こえていた。
アリサは、ラムジと目線を合わせるために立ち上がる。サマーフと同じ琥珀色の瞳をじっと見つめ、そして口を開く。
「わたしから、ラムジさんに提案があります」
「おい、アル。嫌な予感がするぞ」
「僕も~」
ロイクとオーブリーの言葉を無視して、アリサは告げた。
「盗賊はやめて、わが商会のクアドラド支店。やってみませんか?」
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