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第四章 悪役は、灼熱の国へ行く
27話 運命の出会い
しおりを挟むアリサは、目の前に現れた盗賊のリーダーがサマーフと瓜二つなのを見て、心底驚いていた。
その男はポーラを片腕で羽交い絞めに、もう片方の手でショーテルを構えたまま、苦々しげに放つ。
「オレは蛮族でも、サマーフでもない!」
「じゃあ、どなたなんです?」
「……」
「あ、わたしはラブレー王国でヨロズ商会を取り仕切っています、商会長のアルといいます」
アリサは馬から降り、両手を挙げて武器がないことを訴えながら、極めて冷静に名乗った。
盗賊団の殺意が少しトーンダウンしたのを見計らって、ポーラと目を合わせてから、遠慮なく続ける。いざとなれば、ディリティリオを出すしかないと思いながら。
「ロイク様が喧嘩を売ってしまって、すみません」
「おい、アル」
背後から降ってくる抗議には、無視を決め込む。
リーダーの背後では全員武器を構えているし、オーブリーは杖を、ニコもナイフを構えたままである。
(こんなに物騒な商談は、前世も含めて初めてね)
オーブリーの魔法と、ニコがリーダーの攻撃を受け止めたことが抑止力となって、お互い迂闊に動けない緊張が続いているのを見て取ったアリサは、さらに言葉を続けることに決めた。
「ただの盗賊団ではないとお見受けしました。仲間を返していただくには、どうしたら?」
会話を続けつつ、できるだけ状況を把握するように努めるアリサは、今までのことも含めて考えてみた。
統率の取れた盗賊団。指定された砂上の街道。行商ルートだと聞いていたにも関わらず、人影ひとつすれ違わない行程。
「もしかして、国境の町と共謀しての誘い込みでしたかね?」
リーダーが静かに瞠目するのを見たロイクが、アリサの背後で息を呑む。肯定と受け取っても良いであろう態度だ。腹芸は苦手なタイプなのかもしれない。
「ひとり銀貨五枚取られました。そして今、わたしの可愛い助手まで人質に取られている」
「なんだと!?」
リーダーが、明らかに動揺し始めた。
「はい。五人なので二十五枚もですよ。あなた方の懐には、いくら入りますか?」
「……」
「サマーフ様のそっくりさん。ちゃんとお話しませんか?」
「オレは! ラムジだ!」
やはり気が短い、とアリサは予測が当たったことにホッとする。
「ラムジ様。あなた様がどれほどサマーフ様を恨んでいるのかは知りません。でもポーラはわたしの大切な助手なのです。いくらでもお支払いします。どうか、返していただけませんか」
すると、今まで恐怖で固まっていたポーラが、みるみる両目に涙を浮かべて――
「殺してくださいっ」
と訴えた。
いつもほんわかした態度で、笑顔を絶やさない彼女の突然の言葉に、アリサは当然動揺する。
「ポーラ!」
「私は、スラムの人間です。価値なんてないですよ!」
「違う! あなたはわたしの大切な」
「アルさまのご迷惑になんかっ」
これはいよいよディリティリオを出すべきか、とアリサが迷っていると、ラムジが唸った。
「スラムの者を、雇っているのか」
即座にアリサは大きく頷いてみせる。
「出身など、どうでもいい! 大切な助手なのです!」
「そこの雇い主はどうだ」
ラムジが、ロイクに目を向ける。もちろん、ナイフを構えているニコへの牽制は忘れていない。
戦闘力の高さがうかがえるな、とアリサはひそかに溜息を吐く。
「俺はただの協力者に過ぎない。が、大事な助手というのには同意だ。なにせ気が利くし、うまい茶を淹れるからな」
ついにポーラの両目からあふれた涙が、ラムジの腕を濡らした。
「いくらでも払おう。無傷で返していただきたい」
「……いくら払う」
「とりあえず、金貨一枚。手持ちがそれしかない」
即答したロイクを、ポーラもラムジも驚愕の目で見つめる。
「なっ!! スラム民なのだろう!」
「身分など些細なことだ。優秀な者には価値がある」
それを聞いたニコまでもが、目を見開いている。
「さて。商談は、成立か?」
ロイクの問いかけに、ラムジは口角を上げた。
「……不成立だ」
「貴様!」
「勘違いするな。罪のない民から搾取する気はない。おまえ、降りろ」
するりと腕をほどかれたポーラが、呆気に取られている。
下馬したニコと連れ立ったアリサが、ラクダの足元へポーラを迎えに行くと、ようやく身体を震わせながらふたりの手を取り、砂地へ足を着けた。すぐさまニコが怪我の有無を確認し、オーブリーも下馬して回復魔法を施す。
それらの様子を見守った後で、ラムジは眉尻を下げた。
「国境の町へは、苦情を入れておく。罪人かどうかちゃんと精査しろ、金を取り過ぎるな、とな」
聞き捨てならない様子で、馬上のロイクが問いを投げかける。
「罪人とはどういう意味だ」
「……この道を行かせるかどうかの判断は、罪を犯しているかどうかによる」
「なんの罪だ」
「このままではサマーフは、この国を潰す。それに加担する者どもは、許さん」
アリサは、その言葉に大きな疑問を抱いた。
薬物を蔓延させ、王国民に危険をもたらしたからとバジャルドを激しく憎み、新たな貿易で国益をと使命に燃える王太子が、国では逆のことを言っている? そんなことをするか? と。
それをそのまま、問うてみる。
「わたしたちは、サマーフ殿下との商談に向かう途中だったのです。王国のために、利益をもたらしたいと」
「ハンッ。嘘ばかりだ」
サマーフのような顔で、サマーフを否定する。
アリサはラムジのことが気になって仕方がないし、他のメンバーも同様だろう。
ロイクが、馬で数歩前に進み出た。
「詳しくお聞かせ願えないだろうか。なにせ、こちらはラブレー王国代表として商談に来ているのだからな。不利益は御免だ」
ロイクがあえてサマーフと距離があるような言い方をしたことで、ようやくラムジは再び拳を掲げ、部下の武器を収めさせる。
「サマーフの仲間というわけではなさそうだな」
「ただの貿易相手だ」
「……なら、ついてこい」
ざわ、と盗賊団が動揺する。
お頭!? 本気ですか! と声が聞こえる。
「金銭を奪っても、何の解決にもならんことは、おまえらも分かってるだろ。俺はこれを、運命の出会いと見た」
――ラムジの言葉は、途端にアリサの胸をざわつかせる。
(運命の出会いを、女神テラに仕組まれたのかもしれないわね)
ウィッグの中で落ち着きなくそわそわしているディリティリオを撫でられないことに、アリサは不安を覚えた。
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