29 / 45
第四章 悪役は、灼熱の国へ行く
26話 盗賊団との邂逅
しおりを挟む砂漠を走るために交配されたというデザートホースは、足が太く強靭で、気性も荒い。
一日六時間、並足で不安定な砂地を歩き続けることができるタフさで、非常に高価である。さすがヴァラン公爵家の財力、だ。
砂漠は朝晩冷え込む代わりに、昼は非常に暑い。
居るだけで体力が削られるため、砂漠用マントのフードを深く被り、頻繁に水分を取りながら行く。行商ルートには白い石が敷き詰められているので道案内は不要らしいが、オアシスに寄りつつ首都ワーリーへ向かうとなると、小国とはいえ国境から三日かかるそうだ。
雲一つなく濃い青だけが広がる空の下、サウナのような熱波を浴びながら、砂にほぼ埋まっているような石の道を行く。一日目のオアシスでは平和に泊まることができ、水浴びが気持ちよかった。
サボテンの中身を使った炒め物も、ヤシの実ジュースも、全てが目新しい。アリサはこの厳しい旅を、楽しんでいる。海外事業部の営業担当として、東南アジアを飛び回っていたのを思い出しながら。
二日目の太陽が頭上にある時刻でも、周囲に人影は見当たらない。すれ違うキャラバンもない、と少し疑問に思いつつ、一行は太く頑丈な蹄が石を蹴る音を聞きながら、ひたすら進む。
そうして馬足が落ち着いた頃、マントのフードを深くかぶったロイクが、ゆるく手綱を操りながらアリサの背後で愚痴り始める。
「実は、フォクトからサマーフ殿下へ先触れを送ってもらっていたのだが。一個小隊で迎えに来ると言われて、断ったのだ」
「いっこしょうたい!?」
五十名はくだらない屈強な兵士たちに囲まれながら旅するのを想像し、アリサは顔色を悪くする。
「目立ちすぎます!」
「だろう。クアドラド王太子のやることは、さっぱりわからん」
「ですね……」
アリサは、王太子サマーフの面貌を思い出す。
魔術師バジャルドの手がかりを話すため謁見した際、褐色肌に金髪の派手な見た目だけでなく、自信家で強引な性格も苦手だと感じていた。婚約を迫られたのも、有無を言わさない言動も、前世のパワハラを彷彿とさせるからだ。アルの姿ならば大丈夫だろうと思いつつ、ロイクに「サマーフ殿下とは、親しいのですか?」と知らないフリで聞いてみた。
「親しくはない」
(即答っ!)
「さ、左様ですか」
「俺の婚約者に求婚するような無礼者だ。何度も燃やしてやろうかと思った」
「うわぁ……それこそ戦争になっちゃいますよ」
「だから我慢している」
王太子対宰相補佐官兼公爵令息兼トリベール侯爵次期当主。
相手には王族ブランドがあるが、こちらも肩書の強さでは負けていない。物騒な状況に恐れおののいたアリサは、ロイクをなだめるように話題をそらす。
「そういえば、首都ワーリーっておいしい食べ物ありますかね?」
「ん? 辛いものが多いそうだ」
「おぉ~!」
「……好きなのか?」
「辛すぎるのは得意ではないですが。ロイク様は甘党だから食べられないですかね?」
「わからん」
「楽しみですね~! 香辛料、商売になるかも」
「はは。ヨロズ商会で扱えればよいな」
「はい!」
と、突然鋭い声が背後から発せられた。
「ロイク様ッ!」
ニコが切羽詰まった声で叫んでいる。
「囲まれてます!」
「なんだと!?」
ロイクの警戒を合図にしたかのように、両脇からラクダに乗った人間たちが姿を現した。頭から全身をすっぽり覆うような砂色のマントに身を包んだ彼らは、砂に紛れていて、何人いるかも分からない。それぞれが両手に小ぶりなショーテル――両刃の剣で、刀身が半円を描くように大きく湾曲している――を持っている。斬るだけでなく投てきとしても使える、殺傷能力の高い武器だ。
「ち、盗賊団かっ」
(やっぱりフラグだった……!)
ロイクがいつでも火魔法を唱えられるように身構え、オーブリーも馬首を並べ杖を構える。
ニコは護身用の大型ナイフを抜き、ポーラを左腕の中に庇うようにして見せつけた。牽制だろう。
ひと際大きなラクダに跨った男が、前に進み出て声を張った。
「われらは、ガジ!」
ガジというのが、盗賊団の名前だろう。
リーダーとおぼしき男が、さらに声を張り上げる。マントでどのような見た目なのかは分からないが、褐色肌の腕は筋肉が盛り上がっている。
「命を助けて欲しければ、金目の物を置いていけ!」
「ほう? 金を渡せば命は取らないのか」
アリサの頭上で、ロイクの冷たい声がする。氷の棘をそのまま発しているかのような鋭さを感じたアリサは、小さく身震いをした。
「取らないぞ。馬を見ればわかる。おまえらは大金を持っているはずだ」
「なるほどな。武器を向けられては、信じられんがな」
「……」
男がすっと拳を宙に掲げると同時に、盗賊団は黙って武器を収めた。
しっかり統率が取れていることにアリサが心の中で感心していると、ロイクが全く同じことを口に出して尋ねる。
「ずいぶん教育が行き届いているな? 元クアドラド軍か」
「っ! おまえには関係ない」
相手の態度からして、ロイクの推測は図星だったらしい。
背後の人間たちが、息を呑んだのが分かった。
「そういうおまえたち、ただの旅人ではないな!?」
「ああ。俺たちは、サマーフ殿下の客人だ」
「なんだと!」
途端に、彼らから尋常でない殺気があふれ出す。
「ならば金はいらん! 命を寄越せッ!」
リーダーの声が、空気を震わせると同時に、再び盗賊団は武器を構え直した。
「サマーフの、犬どもめ!」
「ったく、あいつ一体何をした!?」
瞬間で苛立つロイクの横へカコ、と馬首を前へ進めたオーブリーが並び、忌々しそうに吐き出す。
「いきなり襲ってくるとか。ほんとこの国の人、嫌い」
魔術師バジャルドのせいで、クアドラド嫌いになったオーブリーが構えた黒い杖の先からは、キラキラと光る水の粒が生まれ出す。それらは宙に浮き、十人ほどの盗賊団の頭上に散らばっていく。
水の粒が弾丸のように襲い掛かる魔法、『ウォータースプラッシュ』をするのではないか、と懸念したアリサが、慌ててオーブリーを止める。
「オーブリー! 先に手を出してはダメ!」
「っ……フォグ」
オーブリーはアリサの忠告を素直に聞き、以前図書室で披露した白い霧の魔法に変えてくれたようだ。指先ほどの小さな水の玉が、次々弾けて白い煙のようになって周辺を覆う。
魔法への対処方法を知らない盗賊団は、みるみる視界を塞がれ、動揺が広がっていくのが分かる。
「オーブリー……」
「アル、止めてくれてありがと。危うくキレるとこだった」
ふにゃりと口元を緩めて見せたのは、いつも通りの温和な彼だ。
安心したのも束の間、白い霧と舞い上がった砂で視界が悪い中、
「かえせ!」
というニコの叫びと、ガキン! という金属同士がぶつかる鈍い音が鳴り響く。
「ニコッ!」
「ブロウ!」
アリサとオーブリーが叫ぶのが同時だった。
オーブリーが唱えた風魔法で、霧と砂がさっと晴れると――ショーテルと大型ナイフをぎりぎりと交差させる盗賊リーダーとニコが見えてきた。
いつの間にか、ポーラはリーダーの腕の中に捕らえられている。
視界が戻ると、ふたりはお互いの武器を弾き、距離を取った。ニコは馬を巧みに操り、ラクダの逃げ道を塞ぐ。一方の相手は、馬に煽られ興奮したラクダを抑えるように、しきりに「ハー、ハー」と声を掛けている。
「くそ、一番弱者を狙うとはな……」
アリサの背後でギリギリと歯ぎしりをするロイクが、アリサの肩越しに前へ手を伸ばし、手のひらに炎を生み出そうとしている。
「待って! ロイク様!」
盗賊リーダーは、分が悪いとみてポーラを人質に取ったに違いない。
これ以上刺激をすれば、ポーラの命が危ない。アリサは懸命に考える。
どちらも感情的に行動してしまっている。今冷静なのは、自分だけだ。ならばと、アリサは下腹部に力を入れて叫ぶ。
「サマーフ殿下の名で逆上したということは、要求があるんだろう!」
ロイクの元クアドラド軍、という推測が当たっているのなら、彼らのプライドに働きかければあるいはと、賭けに出る。
「蛮族ではないのならば! 話を!」
すると、リーダーのマントが風で舞い上がり、その勢いでフードが背後に落ちた。
目の前に、褐色肌で堀の深い顔立ちの、金髪の美丈夫が現れる。その顔に、アリサは見覚えがあった。
「えっ!? サマーフ、殿下……?」
22
お気に入りに追加
280
あなたにおすすめの小説
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2023年01月15日、連載完結しました。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました!
* 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ふしだらな悪役令嬢として公開処刑される直前に聖女覚醒、婚約破棄の破棄?ご冗談でしょ(笑)
青の雀
恋愛
病弱な公爵令嬢ビクトリアは、卒業式の日にロバート王太子殿下から婚約破棄されてしまう。病弱なためあまり学園に行っていなかったことを男と浮気していたせいだ。おまけに王太子の浮気相手の令嬢を虐めていたとさえも、と勝手に冤罪を吹っかけられ、断罪されてしまいます。
父のストロベリー公爵は、王家に冤罪だと掛け合うものの、公開処刑の日時が決まる。
断頭台に引きずり出されたビクトリアは、最後に神に祈りを捧げます。
ビクトリアの身体から突然、黄金色の光が放たれ、苛立っていた観衆は穏やかな気持ちに変わっていく。
慌てた王家は、処刑を取りやめにするが……という話にする予定です。
お気づきになられている方もいらっしゃるかと存じますが
この小説は、同じ世界観で
1.みなしごだからと婚約破棄された聖女は実は女神の化身だった件について
2.婚約破棄された悪役令嬢は女神様!? 開国の祖を追放した国は滅びの道まっしぐら
3.転生者のヒロインを虐めた悪役令嬢は聖女様!? 国外追放の罪を許してやるからと言っても後の祭りです。
全部、話として続いています。ひとつずつ読んでいただいても、わかるようにはしています。
続編というのか?スピンオフというのかは、わかりません。
本来は、章として区切るべきだったとは、思います。
コンテンツを分けずに章として連載することにしました。
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる