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第四章 悪役は、灼熱の国へ行く

26話 盗賊団との邂逅

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 砂漠を走るために交配されたというデザートホースは、足が太く強靭きょうじんで、気性も荒い。
 一日六時間、並足で不安定な砂地を歩き続けることができるタフさで、非常に高価である。さすがヴァラン公爵家の財力、だ。
 
 砂漠は朝晩冷え込む代わりに、昼は非常に暑い。
 居るだけで体力が削られるため、砂漠用マントのフードを深く被り、頻繁に水分を取りながら行く。行商ルートには白い石が敷き詰められているので道案内は不要らしいが、オアシスに寄りつつ首都ワーリーへ向かうとなると、小国とはいえ国境から三日かかるそうだ。

 雲一つなく濃い青だけが広がる空の下、サウナのような熱波を浴びながら、砂にほぼ埋まっているような石の道を行く。一日目のオアシスでは平和に泊まることができ、水浴びが気持ちよかった。
 サボテンの中身を使った炒め物も、ヤシの実ジュースも、全てが目新しい。アリサはこの厳しい旅を、楽しんでいる。海外事業部の営業担当として、東南アジアを飛び回っていたのを思い出しながら。

 二日目の太陽が頭上にある時刻でも、周囲に人影は見当たらない。すれ違うキャラバンもない、と少し疑問に思いつつ、一行は太く頑丈な蹄が石を蹴る音を聞きながら、ひたすら進む。
 そうして馬足が落ち着いた頃、マントのフードを深くかぶったロイクが、ゆるく手綱を操りながらアリサの背後で愚痴り始める。

「実は、フォクトからサマーフ殿下へ先触れを送ってもらっていたのだが。一個小隊で迎えに来ると言われて、断ったのだ」
「いっこしょうたい!?」
 
 五十名はくだらない屈強な兵士たちに囲まれながら旅するのを想像し、アリサは顔色を悪くする。
 
「目立ちすぎます!」
「だろう。クアドラド王太子のやることは、さっぱりわからん」
「ですね……」

 アリサは、王太子サマーフの面貌を思い出す。
 魔術師バジャルドの手がかりを話すため謁見した際、褐色肌に金髪の派手な見た目だけでなく、自信家で強引な性格も苦手だと感じていた。婚約を迫られたのも、有無を言わさない言動も、前世のパワハラを彷彿とさせるからだ。アルの姿ならば大丈夫だろうと思いつつ、ロイクに「サマーフ殿下とは、親しいのですか?」と知らないフリで聞いてみた。

「親しくはない」
(即答っ!)
「さ、左様ですか」
「俺の婚約者に求婚するような無礼者だ。何度も燃やしてやろうかと思った」
「うわぁ……それこそ戦争になっちゃいますよ」
「だから我慢している」

 王太子対宰相補佐官兼公爵令息兼トリベール侯爵次期当主。
 相手には王族ブランドがあるが、こちらも肩書の強さでは負けていない。物騒な状況に恐れおののいたアリサは、ロイクをなだめるように話題をそらす。
 
「そういえば、首都ワーリーっておいしい食べ物ありますかね?」
「ん? 辛いものが多いそうだ」
「おぉ~!」
「……好きなのか?」
「辛すぎるのは得意ではないですが。ロイク様は甘党だから食べられないですかね?」
「わからん」
「楽しみですね~! 香辛料、商売になるかも」
「はは。ヨロズ商会で扱えればよいな」
「はい!」
 
 と、突然鋭い声が背後から発せられた。

「ロイク様ッ!」

 ニコが切羽詰まった声で叫んでいる。
 
「囲まれてます!」
「なんだと!?」

 ロイクの警戒を合図にしたかのように、両脇からラクダに乗った人間たちが姿を現した。頭から全身をすっぽり覆うような砂色のマントに身を包んだ彼らは、砂に紛れていて、何人いるかも分からない。それぞれが両手に小ぶりなショーテル――両刃の剣で、刀身が半円を描くように大きく湾曲している――を持っている。斬るだけでなく投てきとしても使える、殺傷能力の高い武器だ。

「ち、盗賊団かっ」
(やっぱりフラグだった……!)
 
 ロイクがいつでも火魔法を唱えられるように身構え、オーブリーも馬首を並べ杖を構える。
 ニコは護身用の大型ナイフを抜き、ポーラを左腕の中に庇うようにして見せつけた。牽制だろう。
 
 ひと際大きなラクダに跨った男が、前に進み出て声を張った。
 
「われらは、ガジ!」

 ガジというのが、盗賊団の名前だろう。
 リーダーとおぼしき男が、さらに声を張り上げる。マントでどのような見た目なのかは分からないが、褐色肌の腕は筋肉が盛り上がっている。

「命を助けて欲しければ、金目の物を置いていけ!」
「ほう? 金を渡せば命は取らないのか」

 アリサの頭上で、ロイクの冷たい声がする。氷の棘をそのまま発しているかのような鋭さを感じたアリサは、小さく身震いをした。
 
「取らないぞ。馬を見ればわかる。おまえらは大金を持っているはずだ」
「なるほどな。武器を向けられては、信じられんがな」
「……」

 男がすっと拳を宙に掲げると同時に、盗賊団は黙って武器を収めた。
 しっかり統率が取れていることにアリサが心の中で感心していると、ロイクが全く同じことを口に出して尋ねる。

「ずいぶん教育が行き届いているな? 元クアドラド軍か」
「っ! おまえには関係ない」

 相手の態度からして、ロイクの推測は図星だったらしい。
 背後の人間たちが、息を呑んだのが分かった。
 
「そういうおまえたち、ただの旅人ではないな!?」
「ああ。俺たちは、サマーフ殿下の客人だ」
「なんだと!」

 途端に、彼らから尋常でない殺気があふれ出す。

「ならば金はいらん! 命を寄越せッ!」

 リーダーの声が、空気を震わせると同時に、再び盗賊団は武器を構え直した。
 
「サマーフの、犬どもめ!」
「ったく、あいつ一体何をした!?」

 瞬間で苛立つロイクの横へカコ、と馬首を前へ進めたオーブリーが並び、忌々しそうに吐き出す。
 
「いきなり襲ってくるとか。ほんとこの国の人、嫌い」

 魔術師バジャルドのせいで、クアドラド嫌いになったオーブリーが構えた黒い杖の先からは、キラキラと光る水の粒が生まれ出す。それらは宙に浮き、十人ほどの盗賊団の頭上に散らばっていく。
 水の粒が弾丸のように襲い掛かる魔法、『ウォータースプラッシュ』をするのではないか、と懸念したアリサが、慌ててオーブリーを止める。

「オーブリー! 先に手を出してはダメ!」 
「っ……フォグ」

 オーブリーはアリサの忠告を素直に聞き、以前図書室で披露した白い霧の魔法に変えてくれたようだ。指先ほどの小さな水の玉が、次々弾けて白い煙のようになって周辺を覆う。
 魔法への対処方法を知らない盗賊団は、みるみる視界を塞がれ、動揺が広がっていくのが分かる。

「オーブリー……」
「アル、止めてくれてありがと。危うくキレるとこだった」

 ふにゃりと口元を緩めて見せたのは、いつも通りの温和な彼だ。
 
 安心したのも束の間、白い霧と舞い上がった砂で視界が悪い中、
「かえせ!」
 というニコの叫びと、ガキン! という金属同士がぶつかる鈍い音が鳴り響く。

「ニコッ!」
「ブロウ!」

 アリサとオーブリーが叫ぶのが同時だった。
 オーブリーが唱えた風魔法で、霧と砂がさっと晴れると――ショーテルと大型ナイフをぎりぎりと交差させる盗賊リーダーとニコが見えてきた。
 いつの間にか、ポーラはリーダーの腕の中に捕らえられている。
 
 視界が戻ると、ふたりはお互いの武器を弾き、距離を取った。ニコは馬を巧みに操り、ラクダの逃げ道を塞ぐ。一方の相手は、馬に煽られ興奮したラクダを抑えるように、しきりに「ハー、ハー」と声を掛けている。

「くそ、一番弱者を狙うとはな……」

 アリサの背後でギリギリと歯ぎしりをするロイクが、アリサの肩越しに前へ手を伸ばし、手のひらに炎を生み出そうとしている。

「待って! ロイク様!」
 
 盗賊リーダーは、分が悪いとみてポーラを人質に取ったに違いない。
 これ以上刺激をすれば、ポーラの命が危ない。アリサは懸命に考える。
 どちらも感情的に行動してしまっている。今冷静なのは、自分だけだ。ならばと、アリサは下腹部に力を入れて叫ぶ。

「サマーフ殿下の名で逆上したということは、要求があるんだろう!」

 ロイクの元クアドラド軍、という推測が当たっているのなら、彼らのプライドに働きかければあるいはと、賭けに出る。
 
「蛮族ではないのならば! 話を!」

 すると、リーダーのマントが風で舞い上がり、その勢いでフードが背後に落ちた。
 目の前に、褐色肌で堀の深い顔立ちの、金髪の美丈夫が現れる。その顔に、アリサは見覚えがあった。
 
「えっ!? サマーフ、殿下……?」
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