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第三章 悪役は、華麗に抵抗する
24話 卒業パーティ
しおりを挟む(うわー……)
ヴァラン公爵家タウンハウスの、客間。
姿見の前でメイドに着付けをされながら、アリサは自分の姿に戸惑っている。
ロイクから贈られたプロムで着用するドレスが、豪華すぎるからだ。
淡い水色をベースとしたブイカットビスチェで、レースが二の腕を覆っており、胸から腹部にかけてはキラキラ輝く銀糸と黒レースで凝った花柄刺繍がしてある。
下側部分は、アシンメトリーのフリルが何重にも重なるデザインで、ふちに黒レースをふんだんに使って甘さを抑えたデザインだ。腰にはフリルを留めているかのように、中央に大粒アクアマリンの乗った銀色コサージュが付けられている。しかも、手袋は珍しい黒サテン。
(マダムったら、わたくしとロイク様の色をとことん掛け合わせてらっしゃる! はっずかしいいぃぃ)
ヴァラン公爵家御用達のドレスメーカーのマダムは、号泣しながらたった二十日間でこの卒業パーティ用のドレスを仕上げた。
十人以上の職人総動員で、ほぼ寝ず、というのだから申し訳ない気持ちでいっぱいである。
「ううう。夢が、夢が叶いました……!」
寝不足で情緒不安定なのも相まって、仮縫いでも最終調整でも泣かれるものだから、とても「条件つき白い結婚です」とは言い出せず。
あいまいに笑ってなんとかやり過ごしたその時間は、アルの姿で愚痴を聞き続けた時より何倍も苦痛だったのは、内緒である。
「アリサ様は御髪が非常にお美しくてらっしゃるので、あえて結い上げなくてもよろしいでしょうか」
癖のないさらさらストレートは、この世界では確かに珍しい。
「おまかせするわ」
「はい!」
嬉々としてメイドは両サイドの毛束を少し取って、細い銀色と水色リボンの二本を共に編み込みながらのハーフアップスタイルに仕上げた。
手鏡で背後を確認される。
「うわぁ」
リボンの先は背後に髪の毛と一緒に流され、ブラックオニキスの埋め込まれた銀色バレッタで留められている。イヤリングもネックレスも、シルバーとブラックオニキス、それからダイヤで統一されていた。
「とことん……」
「お気に召しませんでしたでしょうか」
「え! いいえ! 大丈夫よ、ありがとう」
この姿を見たロイクの反応が、怖い。
大きく吐きそうなため息をぐっと呑み込み、下腹部に力を入れた。
◇
「美しい!」
「うぐ……ありがたく存じます」
いざ馬車の前でロイクに会うと、あんまり素直に褒めるものだから、アリサはどう振る舞えばよいのかわからなかった。
そういうロイクは、中に黒いベストを着たスリーピースのスタンダードなタキシード姿で、首元はシルバーのアスコットタイに、ブラックオニキスのタイリングをしている。
堂々とした立ち姿に、そういえば騎士になりたかった、とホルガーから聞いたな? と思考が飛んでしまう。
そしてさすがヴァラン公爵家の保有する馬車は、内装も豪華で、ベルベット素材で覆われたソファは非常に座り心地が良かった。
エスコートを受けて乗り込み、向かい合わせに座る。会場は王宮内のバンケットルームで、あっという間に到着する距離ではあるが、高位貴族は馬車で入場する慣例があった。
いつもよりゆっくり走る車輪の音に、アリサは耳を傾けている。その不安げな様子に気づいたロイクは、声を掛けた。
「どうした?」
「ああいえその……学院では、わたくしのことを悪し様に貶す者がほとんどでございます。ロイク様も」
「気にならん」
「そう、ですか」
「むしろ、事実確認もせず噂だけで生きている奴らのことは、心底軽蔑している。便宜も図ってやらん。内緒だけどな」
にやっと笑う公爵令息の腹黒さに、アリサは思わず爆笑した。
「ぶふ! やっぱり、いじめっ子ですね」
「おい、だからいじめっ子って……」
ロイクの息が止まる。
その会話に、確かに覚えがある。
だが、相手はアリサではなかった。
「? ロイク様?」
「ああいや。……そういえば、提案がある」
「なんでしょう」
「ホルガー殿に聞いたのだが、彼の研究室に移動の魔法陣を作ったらしいな?」
「げげ」
なんて口の軽い! とアリサの目が言っているのは、無視をする。
「移動できるのは、アリサ嬢だけか?」
「はい。わたくしだけですわ」
「なら、俺のタウンハウスと、宰相補佐官執務室の控室にも作ればいい。距離に問題なければ、トリベールからもすぐ移動できるだろう」
「え!」
「便利だろう?」
「そうですが! 闇魔法ですよ!?」
「移動できるだけだろう? 他に何の問題がある」
「えーとそのー、ほら、見た人になんといわれるか」
「じゃあ鍵付きにしよう」
「えぇ~」
「それでも気になるなら、条件を付ける」
「はい」
「俺が呼んだら、すぐに来い」
びし、とアリサの背が伸びる。
ちょうど、会場に着いたようだ。動きが止まり、馬が盛大にブルルルと鼻息を出している。
「俺のためだ。いいな」
「……強引」
「いじめっ子だからな」
馬車を降りながらにやりと笑うロイクの手を、アリサは素直に取った。
◇
「まさか、ロイク様が黒魔女を選ぶだなんて!」
「呪われるわっ」
「この王国を、どうなさるおつもりか……」
最後から二番目に会場入りを果たしたロイクとアリサの耳に届くそんな声に、ロイクは眉一つ動かさなかった。
代わりにどんどん猫背になっていくアリサを心配し、「こんな声に、ひとりで耐えていたのか?」と優しく声を掛ける。
「ええと、まあ、ただの言葉ですから」
「言葉は、武器だ。時に、人を殺す」
ぎらり、と周囲の射貫くアクアマリン色の瞳に、全員が口をつぐんだ。
声量を抑えないバリトンボイスは、よく通ってしまう。
「まあ、事実もろくに判断できない脳みそじゃあ、そのうち滅びるだろう。気にするな」
(ひい~! 毒舌! それに頷く勇気は、ないですってば!)
「くく。黒魔女すら脅えさせている、この俺こそが諸悪の根源だな」
「この状況、楽しみます!?」
「楽しいぞ。余計な奴らが寄って来んからな」
「あ~。いつも大変そうですものね」
「ん?」
「女性に群がられて」
「お? 嫉妬か?」
「ちがいますー。大変だな~ってだけです~」
「大変だぞ。香水臭いし」
「扇バッサバサだし?」
「ふはは。ああ」
――その会話も、アリサ嬢としたわけではないのだがな、とロイクは眉尻を下げるが表には出さない。
アリサが、面白そうに手元の扇を広げ始めたからだ。
「おい、まさか」
「おほほほほ」
口元を隠したり、扇いだり。遊び始めるアリサに、ロイクは盛大に眉を顰める。
「やめろ」
「んふふふふふ」
「俺への嫌がらせを楽しむな」
「楽しい!」
「はは」
次第にロイクも、笑い始めた。
「うわ~すんごい! イチャイチャしてるね!」
「ああ。あの堅物ロイクが、すごいことだな」
「!」
振り返れば、見知った顔が並んでいる。
「オーブリー、バルナバス」
「ごきげんよう」
「おう」
「やあ!」
バルナバスは正式な騎士服姿で、幼少時からの婚約者をエスコートしている。
一方で、オーブリーのパートナーを見て、アリサの目は飛び出るかと思った。
「ポーラ!?」
「ひゃう~」
「かんわいいいいいいい!」
そして、抱き着いた。
「あのあの、オーブリー様が誘ってくださって……庶民でも、いるだけでいいからって……」
「えへへへ。魔法狂いの僕だって、ひとりで出るのは寂しいな~って思ってたから」
レモンイエロー色のドレスと金髪が、とてもよく似合っていた。
ポーラには、貴族のパーティへも潜入任務があるかもしれない、とアリサ自ら一通りのマナーは教えてある。
ダンスさえ避ければ、所作には何の懸念もないはずだ。
「オーブリー! わたくしからも、ありがとう!」
「へへ」
「でもその髪型は! 絶対に! いただけないわ!」
「え!?」
タキシード姿であるものの、いつも通りのモサモサ頭に、アリサは閉口する。
「頭の上に少しだけミスト。出して」
「ははははいっ」
言われるがままに魔法で水の霧を出させるアリサを、周囲はただただ見守るしかできない。
しっとりと濡れたオーブリーの頭髪に向かって、アリサは手を掲げ、闇魔法を唱える。
「ウィーブ」
本来は自身の力を宿す『人形』を作っていく魔法であるが、今日はオーブリーの髪の毛にパーマをかけるつもりでやってみる。
センター分けにして、ふわふわの癖を生かして、脇はツーブロックに見えるように細かく後ろへと編み込む。
やがて、大きな青い目がぱっちりと見えた。
「これでよし」
「「「「おおお」」」」
途端に美少年になったオーブリーを、全員が覗きこむのを見て、アリサは気分が良かった。
「は、は、恥ずかしいよー!」
手で目を隠そうとするのを、アリサは一喝した。
「ダメ」
「えぇ」
「今日だけ。がんばって。ポーラのためよ?」
「わかったよぉ~~~~」
それから、最後に登場したセルジュとエリーヌが婚約を発表し、卒業パーティは盛大なお祝いムードで幕を閉じた。
「アリサ嬢。今まで……ひとりでよくがんばったな」
「ロイク様」
「これからは、俺がいる」
アリサの胸が、ドキンと高鳴る。
(ビジネスパートナーだし! 勝負だし!)
「ありがたく存じます。……負けませんことよ」
「はは! 受けて立とう!」
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