25 / 45
第三章 悪役は、華麗に抵抗する
23話 婚約の条件
しおりを挟むアリサの証言で、バジャルドの身体的特徴を含めた手配書がラブレー王国と、クアドラド王国の両方に配られることになった。
「まさか、素顔を見ていたとはな……!」
お陰でクアドラド王太子サマーフが、アリサを国へ連れ帰ると言って聞かず、ロイクと軽く争いが勃発しかけた。
呆れたアリサは、キッパリと断る。
「この国を離れる気は、ございません」
「欲しいものはなんでも与える! 地位も、財産も!」
「いりません」
「そこをなんとか」
「しつこい」
じわじわ足元から黒い霧を出してみるも、サマーフがそれにすら感動してしまったので、移動魔法で消えることにした。行き先はもちろん――
「うお?」
「ホルガー様。また匿ってください」
「いいけどよぉ」
決まって、ホルガーの研究室だ。移動の魔法陣を敷かせてもらったのである。
「その代わり、ディリティリオに聞きてぇことがある」
『はいはーい』
「アリサ嬢の魔力でなくとも、補充できんのか?」
『うーんと、美味しかったらネ?』
「美味しいの基準は、なんだ?」
『ほるがーのは、クセ強いからヤダ』
「あんだよ!!」
『イヒヒ~』
「はああ。それはそうとアリサ嬢、そろそろロイクに耳貸してやれ」
「わたくしの意思も確認せず、外堀を埋めるような人に貸す耳はないですわよ。まさか、仲裁を頼まれたんですの?」
「頼まれてねえよ!」
ジト目で見つめると、ホルガーはバツが悪そうに後ろ頭をがりがり掻く。
「ただの、儂のお節介だ」
「どんなお節介ですの?」
「ただのジジイの独り言と思え」
「はい」
「自分で言うのもなんだが、儂は膨大な魔力量と知識を持っててな。しかもメシ食うのも忘れるぐらい魔法研究に没頭する」
「はい」
「だから、こう見えて二百歳だ」
「え!」
目をまん丸くするアリサに、ホルガーはハハッと無精髭を撫でながら笑う。
「森の中でひとりでいたなら、気楽だったんだけどよ。色々見てきて、人間はひとりで居たらダメなんだと分かった。誰かと記憶や知識や価値観を共有してから死んでいかないと、悪いものになって巡る」
「悪い、もの?」
「ディリティリオみたいな奴さ」
「ええっ!」
『オイラ~?』
「テラのことをどう思う」
「っ、正直、愛の女神ってことには疑問を感じます」
「だろうな。だが愛と憎悪は背中合わせ。だろ? とことん愛して憎んだから、黒魔女を手元に置いておきたいんだろうよ」
ホルガーの瞳が、黒く光った気がする。
「なんとなく、分かるような……?」
「おう。んで、黒魔女は必ず孤独になる」
悲しそうな顔で笑うホルガーは、アリサを通してはるか過去を見つめている。
「ロイクは、良い奴だ。だからあいつが黒魔女と添い遂げる覚悟をしたんなら、応援してやりたい。それだけだ……すまんな、勝手に」
ぎゅ、とアリサの胸が痛んだ。
ホルガーの気持ちが、嬉しい。
必ず孤独になるという未来が、怖い。
「お前さんから見たロイクはどうだ? 商会長として、深く接してきただろう。せめてそれで判断してやれ」
「良い、方だと……思いますわ。でも、あえてわたくしのような……その、茨の道を選ばずとも……」
モゴモゴ話すアリサを見たホルガーは、なあんだ、と大きく息を吐いた。
「なら、お得意の商談にすりゃあいい」
「あっ」
「どの道、ヴァラン公爵家から逃げんのは無理だ。なら、条件とかつけて話進めりゃ良いだろ。そういうの得意だろ?」
「そうします!」
ようやく明るい顔になったアリサに、ホルガーは「儂の弟子になる話も、考えておけよ」と笑った。
◇
「条件?」
春になり学院が再開した頃、アリサはようやく意を決して、王宮にある宰相補佐官執務室を訪れていた。
卒業パーティであるプロムまであと三十日ほど。卒業予定者が学院へ通うことはもうほとんどなく、いるとすれば補講を受ける者や退寮準備をする者、友人たちとの気軽な会話を楽しむ者、などだけだ。
アリサは当然、ヴァラン公爵家のタウンハウスから、学院寮へ戻っていた。つまり退寮手続きをしなければならない。
切羽詰まってきたので。致し方なく。背水の陣……と心の中で様々な言い訳を展開している。
そんなアリサを、相変わらずの冷たいアクアマリンの瞳で迎えるロイクはロイクで、非常に忙しい日々を送っていた。
投獄されたハルトムートに代わって、法務大臣が宰相を兼務することになった。引き継ぎもままならないため、ほぼロイクが行う羽目になっている。
ジョクス伯爵家廃爵のための根回しや手続き。トリベール侯爵家への打診。
それと並行してクアドラド協定のサポートや、フォクト辺境伯への礼、バルナバスと共同での騎士団の再配備案策定。
まともに寝ておらず、あまりにも忙しすぎてアルが無事であったことを知っても会いに行く余裕すらなく、手紙のやり取りだけ。『ヨロズ商会』のことはオーブリーに任せっきりになっている。
「はい。勝手ながら、ロイク様との婚約を承諾するにあたり、わたくしの提示する条件にご同意いただきたいのです」
応接テーブルに、書いてきたであろう書類を広げるアリサの仕草に、ロイクは既視感を覚えた。
「っ? ああ。とりあえず聞こう」
「ありがたく存じます。まず、ひとつめは――白い結婚を望みます。もし後継が欲しければ、第二夫人を娶ってくださいませ」
「は?」
ロイクは眉間に皺を寄せ、思わず額に手を当てた。
「次に、トリベール侯爵家の復興については、わたくしの意見も取り入れていただきたいですわ」
「ご令嬢……夫人が意見するなど聞いたことがない」
「ええ。表向きはロイク様ということで構いません」
「っ」
「みっつめ。別居婚願います」
「別居婚、とは?」
「ロイク様は、こちらのタウンハウスにお住いを。わたくしは、トリベールの実家に住みます」
ロイクの頭痛が酷くなる。
「よっつめ」
「……まだあるのか」
「これで最後です。トリベール侯爵家並びにジョクス領が問題なく再興した暁には……」
「暁には?」
「……離縁いただきたいです」
ついにロイクは、机に両肘を突いて頭を抱える。
「あの、ロイク様に不利益は生じさせておりません」
「不利益などはどうでも良い。これらの条件を提示した、その理由をお聞かせ願いたい」
アリサは、下唇をギュッと噛み締めた。
「あなた様は、将来宰相になるべき、大変優秀なお方です。しかも王族の血を引く、由緒正しいヴァラン公爵家の」
「長い。簡潔に言え」
「……巻き込みたくないです」
「巻き込む、とは」
「わたくしは、黒魔女です」
「ご自身をそのように卑下するような」
「事実です!」
ロイクは、ハッと息を止める。
目の前のアリサが、魔力を高めてディリティリオを起こしたからだ。
「サマーフ殿下には申し上げておりませんが。わたくしはバジャルドにある種の呪いを施しました」
「!!」
「あやつがわたくしに近づくと、そこに居るということが分かります……わたくしは、バジャルドを許す気はございません。黒魔女と魔術師の戦いに、由緒正しいヴァラン公爵家を巻き込むわけには」
「俺は、トリベール侯爵家に入るのだ。ヴァランとしてではなく」
「そんなの、ただの手続きに過ぎませんわ」
アリサは、悲しそうな顔をする。
それを見たロイクの胸は、逆に高なった。ふ、と頬の力が緩む。普通はどうでも良い存在に対して、ここまで心を割いたりしない。ロイク個人へというより、知人のためぐらいのものではあっても、アリサの愛情の深さを感じることはできた。
「やれやれ、頑固だな」
今はそれでよしとしよう、とロイクは眉間に力を入れる。
「一方的な要望ではつまらん。俺からも条件を付けたい」
「なんでしょうか」
「住む場所については、却下。お互いの状況把握に支障が出ると、貴族同士の交流もままならん。政治的理由だ。代わりに離れを用意する」
「……はい」
「それから、この協定に無効要件を付けよう」
「え?」
「トリベール並びにジョクスの再興、もしくは、バジャルドの確保。どちらが早いか勝負だ。再興が早かったら、契約は破棄」
「は?」
にやりとロイクは笑う。
「非常に困難なことだからな。褒美は欲しい。だろう?」
「ほ、うび?」
「気にするな。そうだな……俺との勝負と思ってくれたら、それで良い」
「勝負?」
「うむ。燃えるな」
「! わたくしが、先にバジャルドを捕まえたら!」
前のめりになったアリサに、ロイクはしてやったりとばかりに微笑んだ。
「お望み通り、離縁しよう」
21
お気に入りに追加
279
あなたにおすすめの小説
【完結】目覚めたらギロチンで処刑された悪役令嬢の中にいました
桃月とと
恋愛
娼婦のミケーラは流行り病で死んでしまう。
(あーあ。贅沢な生活してみたかったな……)
そんな最期の想いが何をどうして伝わったのか、暗闇の中に現れたのは、王都で話題になっていた悪女レティシア。
そこで提案されたのは、レティシアとして贅沢な生活が送れる代わりに、彼女を陥れた王太子ライルと聖女パミラへの復讐することだった。
「復讐って、どうやって?」
「やり方は任せるわ」
「丸投げ!?」
「代わりにもう一度生き返って贅沢な暮らしが出来るわよ?」
と言うわけで、ミケーラは死んだはずのレティシアとして生き直すことになった。
しかし復讐と言われても、ミケーラに作戦など何もない。
流されるままレティシアとして生活を送るが、周りが勝手に大騒ぎをしてどんどん復讐は進んでいく。
「そりゃあ落ちた首がくっついたら皆ビックリするわよね」
これはミケーラがただレティシアとして生きただけで勝手に復讐が完了した話。
転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています
平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。
生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。
絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。
しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?
異世界で王城生活~陛下の隣で~
遥
恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。
グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます!
※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。
※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!
美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』
そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。
目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。
なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。
元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。
ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。
いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。
なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。
このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。
悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。
ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――
平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜
本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」
王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。
偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。
……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。
それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。
いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。
チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。
……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。
3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
婚約破棄寸前の悪役令嬢に転生したはずなのに!?
もふきゅな
恋愛
現代日本の普通一般人だった主人公は、突然異世界の豪華なベッドで目を覚ます。鏡に映るのは見たこともない美しい少女、アリシア・フォン・ルーベンス。悪役令嬢として知られるアリシアは、王子レオンハルトとの婚約破棄寸前にあるという。彼女は、王子の恋人に嫌がらせをしたとされていた。
王子との初対面で冷たく婚約破棄を告げられるが、美咲はアリシアとして無実を訴える。彼女の誠実な態度に次第に心を開くレオンハルト
悪役令嬢としてのレッテルを払拭し、彼と共に幸せな日々を歩もうと試みるアリシア。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる