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第三章 悪役は、華麗に抵抗する
16話 御前会議 前(ロイクside)
しおりを挟む御前会議とは、国王陛下が議長を務めるばかりか、国王陛下によって指名された高位貴族が招集される会議のことだ。
定例会議とは異なり、国王自ら主導するという特徴がある。そのため会議の場も会議室ではなく、より豪華な調度品の並ぶ謁見室が使われる。
今回の議題は、セルジュの婚約者選定、並びに隣国クアドラドからの要求について話し合うという事前通達がされていた。
集められた出席者は、宰相や四大臣(外務・財務・法務・行政)の他、儀典官、太陽神教会最高司祭である。
ここに第一王子であるセルジュと自分が加わることは、当日朝の決定となった。
「殿下もご同席されるとは。いやはや」
真っ白なテーブルクロスの掛けられた長テーブルの末席に着いた瞬間、飛んでくるのは宰相からの嫌味だ。
「なにが言いたい、ハルトムート」
「陛下からは聞いておりませんでしたのでね」
私語が許されるのは、議長たる国王陛下が入室するまで。
予想通りの牽制だな、と俺は溜息を飲み込み、膝の上に置いた自分の拳を見つめる。その拳の中には、アルが命がけで伝えた『情報』が、握り込まれていた。
「儂も同席するぞ~」
ばん、と無遠慮にずかずかと入室したのは、筆頭魔導士のホルガー・フレンツェン。いつもの黒ローブ姿だがフードは後ろに下げ顔を晒している。御前会議でぐらい身綺麗にすればよいのに、無精ひげはそのままだ。
ホルガーには椅子の空きがないので、窓際に並べられている予備椅子にどかりと腰かけた。
ハルトムートはそれを一瞥し「ふん」と鼻白み、口を噤んだ。普段から仲が悪いが、今日は一層剣呑な雰囲気である。
「陛下、ご来臨です」
儀典官が扉口で凛々しく声を発し、全員で立ち上がって出迎えた。
国王陛下は、セルジュとよく似た面立ちの、プラチナブロンドに碧眼。頭上にはサークレットが乗っており、分厚い紺のマントを身に着けている。
威風堂々とした態度で席に着くと、全員に座るよう手で促した。
「やれやれ。二の鐘を聞いたというのに、まだ寒い。もうすっかり、冬だな」
そんな時候の挨拶から、会議は始まった――
◇
「事前に通達してある通り、今日はセルジュの婚約者の選定と、隣国クアドラドから届いた要求事項にどう対応するかを話し合うこととする。ハルトムート」
国王陛下が厳かな声で会議を始めると、俺の隣で、セルジュがごくりと喉仏を上下させた。陛下の意向はジョクス伯爵家のコラリー嬢、と事前に伝えておいただけに、緊張感が伝わってくる。
もったいぶった様子で宰相閣下が立ち上がり、国王陛下に目礼をすると、手の中の書類を宙に掲げながら口を開く。
「は。こちらに、クアドラドより届いた書状があります。これによれば『ラブレーへ無断で持ち込まれた、希少なスコーピオ類の素材をもとにした毒を探し中和するため、魔術師団の入国を許可せよ。さもなくば手遅れになる』だそうだ。しかもこの毒物については、黒魔女の関与を主張している。魔術師団に即時身柄の引き渡しを」
「黒魔女だと?」
横やりを入れたのは、筆頭魔導士のホルガーだ。
「ばかばかしい。学院に通う、十八の小娘だぞ?」
「毒物だ。黒魔女の闇魔法によって生成されたものである」
「証拠は?」
「司祭殿!」
宰相閣下の呼びかけに気圧されるようにして、太陽神教会の最高司祭は「はい、毒は闇魔法でのみ作ることができます」と答えた。
「モノを見て言ってるのか?」
黒ローブの中で腕を組みながら、ホルガーが鼻息荒く問うが「そもそも貴殿は、発言を許可されていない。控えよ」と宰相閣下に一蹴されてしまう。それから宰相閣下は出席者を見渡すと、続けて発言した。
「外務大臣、行政大臣。クアドラドの魔術師団を迎え入れることに異議はあるか」
「異議ございません」
「……なし」
満足げに頷き、国王陛下を見やる。
「陛下、裁可を」
「うむ……」
「異議あり!」
俺が声を張り上げて手を挙げると、国王陛下は目を丸くして動きを止めた。一方宰相閣下は、怒りでこめかみに青筋を浮かべている。
「不敬である! 控えよ!」
「国王陛下。セルジュ殿下の側近として、発言をご許可いただきたい」
セルジュが俺を後押しするように身を乗り出し、無言で許可を訴える。
「陛下、どうか」
「……許そう」
「陛下! 御前会議ですぞ!」
「ハルトムート。御前会議だからこそ、余が良いと言えば良いのであるぞ」
「うぐ」
「ロイク。聞こう」
「は。ありがたく」
俺は大きく息を吸い込み、それから腹に力を入れた。
「クアドラドでは現在、王太子サマーフ殿下と王宮魔術師バジャルドの二大勢力に分かれ、王位継承争いが起こっていることはご存じでしょうか」
謁見室が、どよめいた。
「それは、真実か?」
「ええ。フォクトの早馬が情報を届けてくれました。陛下のお耳に入らないようにしていたのは誰か、などというのはこの際置いておきましょう。私が言いたいのは、クアドラドの魔術師団を我が王国へ迎え入れるということは、自ら火種を呼び込むことに他ならないということです」
「ロイク! そのような不確かなことで、この場を煩わせるな」
「宰相閣下の仰る通り、例え不確かだとしても。陛下、どうかご想像ください。魔術師団に、闇魔法の使い手である黒魔女を引き渡す。……王太子サマーフ殿下の婚約者に聖女を、という意図がバジャルド側に漏れているからでしょう。聖魔法には、闇魔法で対抗をする。希少な魔法使いをふたりとも献上することになりますが。良いのですか?」
静寂が訪れる中、ホルガーがのほほんと呟いた。
「あーあ。抑止力がなくなるなぁ。あ、これは、儂の独り言ですぞ~」
「ええ。太陽神教会の掲げる唯一絶対の聖女、そしてそれに対抗しうる闇魔法の使い手、黒魔女。この存在を脅威に感じ、両方とも手に入れようと画策されたのではないでしょうか。あ、これは私の勝手な想像です」
テーブルの上に置いた国王陛下の拳が、ぶるぶると震えだすのを目の端に捕らえつつ、宰相であるハルトムート・グライスナーを見つめながら、俺は続ける。
「想像など、無意味!」
「そうでもないですよ、閣下。私は魔導士団の協力のもと、高位貴族の間に蔓延している『依存性の高い、非常に高価な毒』について、調査していました」
「それがなんだ!」
「私の親友が、優秀な魔法使いなのは有名ですね。彼が解析をしてくれました。闇魔法などではない。あの毒は『調合されたもの』だっ!」
部屋にいる誰もが動揺する中、宰相閣下だけが怒りに包まれているのは、滑稽に見えた。
国王陛下が、動揺を隠さず尋ねる。
「ロイクよ……毒であるのに、闇魔法では……ないのか……?」
「ええ陛下。知識と材料さえあれば、誰にでも作れるそうですよ。物自体は、証拠として魔術師団に保管いただいています」
バン! とテーブルの天板を叩きながら宰相閣下が立ち上がる。
「そのような報告は一切受けていない! でたらめだ!」
「私はね、閣下。報告がもみ消されるのを恐れて、御前会議を待っていたのですよ。……私の大事な事務補佐のアルも、閣下にお貸ししたら処刑されてしまいました」
「知らん!」
これには、セルジュが黙っていなかった。
「なんだと! ロイクっ! それは本当か!? エリーヌが慕っていた、彼を!?」
「はい、殿下。私に何の断りもなく、即時極刑となったそうです。貴重な人材を……」
「そんな……陛下、いつから我が王国は、いたずらに民の命を奪うようになったのですか……?」
目を見開く国王陛下の肩は、ワナワナと震えている。
「だが……魔術師団の受け入れや、黒魔女の引き渡しを……拒否したら、我が国はどうなる……」
すると今度は、非常に苦しい表情を作った宰相閣下が答えた。
「ジョクス領を、クアドラドへ併合するでしょうな」
「そ、んなことは! フォクト辺境伯が黙っていないだろう!」
「陛下。トリベールもジョクスへ取り込まれておるのですぞ。挟撃となればいかに勇猛であるフォクトであっても……ですが聖女さえ差し出せば」
国王陛下もセルジュも、顔を歪める。特にセルジュは、叫び出したいのをギリギリで耐えている様子だ。
俺は、アルから受け取った情報が全て当てはまっていくこの状況に、心中で何度も礼を言っていた。幸い武器はまだ、残っている。
「なるほど。セルジュ殿下の婚約者を、コラリー・ジョクス嬢にすることで事態の収束を図る。宰相閣下ご提案の『落としどころ』はそこですか」
「ふん。ジョクスを王族へ引き入れる。それしかないだろう」
「しかしジョクス伯爵家には、以前から黒い噂が多々あります」
部屋を見渡すと、これにはさすがの四大臣も、かすかに頷いている。
「そんなもの、噂に過ぎんだろうが!」
「数年前から、戦略的にトリベール侯爵家を潰そうとしている罪はどうなさる」
「だから、ただの噂だ! 貴族同士の揉め事は知らぬ!」
「確かに。家同士の揉め事は不可侵ですね」
「分かったなら、いい加減引っ込め! 貴様には何の権限もない!」
だが俺は、立ち上がる。腹に力を込め、全身で発言する。怒りを抑え込みすぎて、頭から煙が出そうだ。
「ですがそれが、国益に関わることならばどうですっ!」
「なんだと?」
「閣下。トリベール侯爵家の主産業は、ご存じですか」
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