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第二章 悪役は、ひたむきに奔走する

10話 不本意な?臨時休業

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「申し訳ありません、アル様」
「ごめんなさい……」
「いいのよ! ふたりとも、怪我はない!?」
「「はい」」
「良かった……一体何が」

 学院の授業が終わり、いつも通り王都の『ヨロズ商会』へ出勤したアリサは、その惨状を見て驚いた。
 書棚や机からは、ありとあらゆる書類が引き出され、床に散乱している。
 クロゼットや鍵付きの引き出しは、無理やり開けられていた。闇魔法で封じられた隠し引き出しの中身(アリサの男装用具や、ディリティリオが持ち帰った『バニラ』)は幸い無事だったことから、とりあえずはホッと胸を撫でおろす。

「金庫から、売上金も盗られてます」

 ニコの報告を聞きながら店内を見回すアリサは、首をひねる。
 
「でも、泥棒にしては、おかしいわ」
「はい。執拗しつように何かを探していた様子」

 ニコが、腰を直角に折る勢いで頭を下げた。その腰に抱き着くようにして震えていたポーラも、手を離して同様に頭を下げる。

「大変、申し訳ございません!」
「なんで謝るの」
「こんなことになって……」
「ニコは悪くないでしょう? 犯人が悪いわ」
「ですが……」

 上の階で寝泊まりをしているニコとポーラが気づかないうちに、犯行が行われた。つまりは――
 
「眠らされたか、防音結界か」

 アリサの不穏な発言に、ニコは両目を見開く。
 
「まさか……魔法使いが絡んでいるというのですか!?」
「そうとしか考えられない。だってふたりが気づかないだなんて」
「アル様……私も、そう思います。だって私たち、どんなに小さな物音でも起きますし」

 ポーラがきゅ、と噛みしめる下唇が、痛々しい。今までの路上暮らしが垣間見えるような発言に、アリサの胸もぎゅっと引き絞られるようだった。
 
「ポーラ。無理せず横になっていていいのよ」
 
 アリサは、ソファの上に散乱している書類を雑にどかせる。
 ――と、カラロンとドアベルが鳴った。

「うわ! え、どしたの!?」
 
 オーブリーが店内を見て驚くと同時に、まだ男装をしていないアリサを見て大げさに飛び跳ね、両腕を挙げて慌て始めた。
 ぶかぶかの魔導士ローブが、背後の視界を塞いでいる。

「あーあーあー! ロイク! 大事件が起きてるー!」
「なんだと?」
「!!」

 アリサは大慌てで、自席のパーテーションの中へと逃げ込んだ。
 
「なんだこれは」

 眼光の鋭い宰相補佐官がズカズカと店内に入ってきたところを、ニコが立ちふさがるようにして遮った。
 
「まだ安全確保されていません。どうかお引き取りを」
「そんな悠長なことを言っている場合か! 即刻、王都警備隊へ連絡を入れる」
「いえ、それはやめておきましょう」
「なぜだ!?」
「確かに金庫から売上金は消えていますが……物盗りと見せかけて、例のブツを捜されたのではと」
「「!!」」

 オーブリーは両手で頭をくしゃくしゃにしながら何かを考えだし、ロイクは獰猛どうもうな野生動物のように店内をウロウロし始めた。

「どうか、落ち着いてください、ロイク様」

 男装し終えたアリサが、いつもより低い声を出しながらパーテーションから姿を現す。

「アル! 無事か!?」
「ええ。わたしも出勤したばかりでした」
「そうか」
「オーブリー。社員のふたりがこのことに気づかないのはおかしいと思う。魔法使いが関与している気がする」
「うん……僕も今、それに思い当たったところだよ……ねえロイ、仮面舞踏会マスカレードでバニラに魔力を感じたと言っていたね」
「ああ」
迂闊うかつだった……モノそのものに魔力はないけど、きっと使った時に何らかの魔法が発動するんだ……!」

 アリサの背を、雷のような衝撃が駆け抜けていく。
 オーブリーはここで、ほんのわずかだが使

「それは、十分にありえるぞ。依存性の高いものを売りつけるなら、使用者の把握は必須だろう」
「ええ、ロイク様のおっしゃる通りかと……っ」
 
 事を把握していくにつれ、アリサを恐怖が襲っていく。
 何者かが、ヨロズ商会に行き当たったことだけではない。

(店を、潰さないといけない……? ここまで、頑張ったのに……)
 
 がくがくと、膝から力が抜けていくようだ。
 ニコがさっと肩を抱き、アリサが床に崩れ落ちるのを防ぐ。ポーラが、横からぎゅっと抱き着く。

「アル様。大丈夫です。俺たちがいる限り、商会はなくならないっ!」
「そうです、アル様! また別の場所でやり直せばいいんです!」
 
 その様子を見ていたオーブリーが、泣きそうな顔をしている。アリサの背景と苦労を知っている出資者として、責任を感じているに違いない。

「ふむ……だがいずれにせよ、しばらく安全のために休業せねばなるまい」
 
 この場でひとり、ロイクだけが冷静だった。

「この場所も危ない。早急に、安全な場所へ引っ越す必要があるだろう」
「そう、ですね……」
「休業、ということはそこの三人。暇になるな」
「「「は?」」」
 
 いきなり何を、と身構えるヨロズ商会の面々を、冷たいアクアマリンの瞳が射貫く。
 
「よし。今日から宰相補佐官の事務補佐に採用する」
「「「はあああああああああ!?」」」
「あー、なるほどー。王宮内の使用人宿舎なら、ここより安全かあ。外部から人、入れないもんね」
「その通りだ、オーブリー。どうだ? そこの三人。もちろん給料も出そう」

 アリサの脳内は大パニックである。許容量を超える情報量に、ボロが出そうだと発言を躊躇ちゅうちょしていると、ディリティリオが『いちいち移動しなくて良くなるネ~』とささやいた。確かに学院寮と王宮は徒歩圏内であるし、ほぼ敷地内移動で済む。
 そろりとニコとポーラの様子をうかがうと「アル様に従います」「アル様についていきます」ときっぱりと言われた。

「ええと……商流は確立されているので、書類仕事さえさせていただければ商会の取引に支障はないのですが。いいんでしょうか、わたしたちのような庶民が王宮へ出入りして」
「この件の依頼者として、責任ぐらい取らせろ。それに、俺の裁量範囲だ。文句は言わせん」
「はあ。それならば……えーと。ちなみにお仕事内容って」
「主に書類整理だな」
 
 襲撃にビクビクおびえながらここで過ごすより、王宮という安全圏内で今後の対策をる方が、よほど健全であるのは間違いない。ニコやポーラの寝床も確保できるならば、言うことはない。

「承知いたしました。ご高配に感謝申し上げます。宜しくお願いいたします」
「ああ」
「良かったねロイ。書類溜まりすぎだもんね」

 オーブリーの発言で、アリサの脳内に宰相補佐官執務室での書類の山が思い出された。

「……」
「なんでそんな溜まってるんです?」
「どいつもこいつも、無能だからだ」

 その強い言葉に、びくりとポーラが肩を波立たせたのを、オーブリーが眉尻を下げて「大丈夫だよ~」と慰める。
 
(ロイクが、パワハラ上司じゃなきゃいいけど……)


 そうして、ヨロズ商会のしばらくの休業が、決定されたのだった。
 
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