転生悪役令嬢の、男装事変 〜宰相補佐官のバディは、商会長で黒魔女です〜

卯崎瑛珠

文字の大きさ
上 下
12 / 45
第二章 悪役は、ひたむきに奔走する

10話 不本意な?臨時休業

しおりを挟む


「申し訳ありません、アル様」
「ごめんなさい……」
「いいのよ! ふたりとも、怪我はない!?」
「「はい」」
「良かった……一体何が」

 学院の授業が終わり、いつも通り王都の『ヨロズ商会』へ出勤したアリサは、その惨状を見て驚いた。
 書棚や机からは、ありとあらゆる書類が引き出され、床に散乱している。
 クロゼットや鍵付きの引き出しは、無理やり開けられていた。闇魔法で封じられた隠し引き出しの中身(アリサの男装用具や、ディリティリオが持ち帰った『バニラ』)は幸い無事だったことから、とりあえずはホッと胸を撫でおろす。

「金庫から、売上金も盗られてます」

 ニコの報告を聞きながら店内を見回すアリサは、首をひねる。
 
「でも、泥棒にしては、おかしいわ」
「はい。執拗しつように何かを探していた様子」

 ニコが、腰を直角に折る勢いで頭を下げた。その腰に抱き着くようにして震えていたポーラも、手を離して同様に頭を下げる。

「大変、申し訳ございません!」
「なんで謝るの」
「こんなことになって……」
「ニコは悪くないでしょう? 犯人が悪いわ」
「ですが……」

 上の階で寝泊まりをしているニコとポーラが気づかないうちに、犯行が行われた。つまりは――
 
「眠らされたか、防音結界か」

 アリサの不穏な発言に、ニコは両目を見開く。
 
「まさか……魔法使いが絡んでいるというのですか!?」
「そうとしか考えられない。だってふたりが気づかないだなんて」
「アル様……私も、そう思います。だって私たち、どんなに小さな物音でも起きますし」

 ポーラがきゅ、と噛みしめる下唇が、痛々しい。今までの路上暮らしが垣間見えるような発言に、アリサの胸もぎゅっと引き絞られるようだった。
 
「ポーラ。無理せず横になっていていいのよ」
 
 アリサは、ソファの上に散乱している書類を雑にどかせる。
 ――と、カラロンとドアベルが鳴った。

「うわ! え、どしたの!?」
 
 オーブリーが店内を見て驚くと同時に、まだ男装をしていないアリサを見て大げさに飛び跳ね、両腕を挙げて慌て始めた。
 ぶかぶかの魔導士ローブが、背後の視界を塞いでいる。

「あーあーあー! ロイク! 大事件が起きてるー!」
「なんだと?」
「!!」

 アリサは大慌てで、自席のパーテーションの中へと逃げ込んだ。
 
「なんだこれは」

 眼光の鋭い宰相補佐官がズカズカと店内に入ってきたところを、ニコが立ちふさがるようにして遮った。
 
「まだ安全確保されていません。どうかお引き取りを」
「そんな悠長なことを言っている場合か! 即刻、王都警備隊へ連絡を入れる」
「いえ、それはやめておきましょう」
「なぜだ!?」
「確かに金庫から売上金は消えていますが……物盗りと見せかけて、例のブツを捜されたのではと」
「「!!」」

 オーブリーは両手で頭をくしゃくしゃにしながら何かを考えだし、ロイクは獰猛どうもうな野生動物のように店内をウロウロし始めた。

「どうか、落ち着いてください、ロイク様」

 男装し終えたアリサが、いつもより低い声を出しながらパーテーションから姿を現す。

「アル! 無事か!?」
「ええ。わたしも出勤したばかりでした」
「そうか」
「オーブリー。社員のふたりがこのことに気づかないのはおかしいと思う。魔法使いが関与している気がする」
「うん……僕も今、それに思い当たったところだよ……ねえロイ、仮面舞踏会マスカレードでバニラに魔力を感じたと言っていたね」
「ああ」
迂闊うかつだった……モノそのものに魔力はないけど、きっと使った時に何らかの魔法が発動するんだ……!」

 アリサの背を、雷のような衝撃が駆け抜けていく。
 オーブリーはここで、ほんのわずかだが使

「それは、十分にありえるぞ。依存性の高いものを売りつけるなら、使用者の把握は必須だろう」
「ええ、ロイク様のおっしゃる通りかと……っ」
 
 事を把握していくにつれ、アリサを恐怖が襲っていく。
 何者かが、ヨロズ商会に行き当たったことだけではない。

(店を、潰さないといけない……? ここまで、頑張ったのに……)
 
 がくがくと、膝から力が抜けていくようだ。
 ニコがさっと肩を抱き、アリサが床に崩れ落ちるのを防ぐ。ポーラが、横からぎゅっと抱き着く。

「アル様。大丈夫です。俺たちがいる限り、商会はなくならないっ!」
「そうです、アル様! また別の場所でやり直せばいいんです!」
 
 その様子を見ていたオーブリーが、泣きそうな顔をしている。アリサの背景と苦労を知っている出資者として、責任を感じているに違いない。

「ふむ……だがいずれにせよ、しばらく安全のために休業せねばなるまい」
 
 この場でひとり、ロイクだけが冷静だった。

「この場所も危ない。早急に、安全な場所へ引っ越す必要があるだろう」
「そう、ですね……」
「休業、ということはそこの三人。暇になるな」
「「「は?」」」
 
 いきなり何を、と身構えるヨロズ商会の面々を、冷たいアクアマリンの瞳が射貫く。
 
「よし。今日から宰相補佐官の事務補佐に採用する」
「「「はあああああああああ!?」」」
「あー、なるほどー。王宮内の使用人宿舎なら、ここより安全かあ。外部から人、入れないもんね」
「その通りだ、オーブリー。どうだ? そこの三人。もちろん給料も出そう」

 アリサの脳内は大パニックである。許容量を超える情報量に、ボロが出そうだと発言を躊躇ちゅうちょしていると、ディリティリオが『いちいち移動しなくて良くなるネ~』とささやいた。確かに学院寮と王宮は徒歩圏内であるし、ほぼ敷地内移動で済む。
 そろりとニコとポーラの様子をうかがうと「アル様に従います」「アル様についていきます」ときっぱりと言われた。

「ええと……商流は確立されているので、書類仕事さえさせていただければ商会の取引に支障はないのですが。いいんでしょうか、わたしたちのような庶民が王宮へ出入りして」
「この件の依頼者として、責任ぐらい取らせろ。それに、俺の裁量範囲だ。文句は言わせん」
「はあ。それならば……えーと。ちなみにお仕事内容って」
「主に書類整理だな」
 
 襲撃にビクビクおびえながらここで過ごすより、王宮という安全圏内で今後の対策をる方が、よほど健全であるのは間違いない。ニコやポーラの寝床も確保できるならば、言うことはない。

「承知いたしました。ご高配に感謝申し上げます。宜しくお願いいたします」
「ああ」
「良かったねロイ。書類溜まりすぎだもんね」

 オーブリーの発言で、アリサの脳内に宰相補佐官執務室での書類の山が思い出された。

「……」
「なんでそんな溜まってるんです?」
「どいつもこいつも、無能だからだ」

 その強い言葉に、びくりとポーラが肩を波立たせたのを、オーブリーが眉尻を下げて「大丈夫だよ~」と慰める。
 
(ロイクが、パワハラ上司じゃなきゃいいけど……)


 そうして、ヨロズ商会のしばらくの休業が、決定されたのだった。
 
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

(完結)「君を愛することはない」と言われて……

青空一夏
恋愛
ずっと憧れていた方に嫁げることになった私は、夫となった男性から「君を愛することはない」と言われてしまった。それでも、彼に尽くして温かい家庭をつくるように心がければ、きっと愛してくださるはずだろうと思っていたのよ。ところが、彼には好きな方がいて忘れることができないようだったわ。私は彼を諦めて実家に帰ったほうが良いのかしら? この物語は憧れていた男性の妻になったけれど冷たくされたお嬢様を守る戦闘侍女たちの活躍と、お嬢様の恋を描いた作品です。 主人公はお嬢様と3人の侍女かも。ヒーローの存在感増すようにがんばります! という感じで、それぞれの視点もあります。 以前書いたもののリメイク版です。多分、かなりストーリーが変わっていくと思うので、新しい作品としてお読みください。 ※カクヨム。なろうにも時差投稿します。 ※作者独自の世界です。

【完結】名前もない悪役令嬢の従姉妹は、愛されエキストラでした

犬野きらり
恋愛
アーシャ・ドミルトンは、引越してきた屋敷の中で、初めて紹介された従姉妹の言動に思わず呟く『悪役令嬢みたい』と。 思い出したこの世界は、最終回まで私自身がアシスタントの1人として仕事をしていた漫画だった。自分自身の名前には全く覚えが無い。でも悪役令嬢の周りの人間は消えていく…はず。日に日に忘れる記憶を暗記して、物語のストーリー通りに進むのかと思いきや何故かちょこちょこと私、運良く!?偶然!?現場に居合わす。 何故、私いるのかしら?従姉妹ってだけなんだけど!悪役令嬢の取り巻きには絶対になりません。出来れば関わりたくはないけど、未来を知っているとついつい手を出して、余計なお喋りもしてしまう。気づけば私の周りは、主要キャラばかりになっているかも。何か変?は、私が変えてしまったストーリーだけど…

【完結】転生したら少女漫画の悪役令嬢でした〜アホ王子との婚約フラグを壊したら義理の兄に溺愛されました〜

まほりろ
恋愛
ムーンライトノベルズで日間総合1位、週間総合2位になった作品です。 【完結】「ディアーナ・フォークト! 貴様との婚約を破棄する!!」見目麗しい第二王子にそう言い渡されたとき、ディアーナは騎士団長の子息に取り押さえられ膝をついていた。王子の側近により読み上げられるディアーナの罪状。第二王子の腕の中で幸せそうに微笑むヒロインのユリア。悪役令嬢のディアーナはユリアに斬りかかり、義理の兄で第二王子の近衛隊のフリードに斬り殺される。 三日月杏奈は漫画好きの普通の女の子、バナナの皮で滑って転んで死んだ。享年二十歳。 目を覚ました杏奈は少女漫画「クリンゲル学園の天使」悪役令嬢ディアーナ・フォークト転生していた。破滅フラグを壊す為に義理の兄と仲良くしようとしたら溺愛されました。 私の事を大切にしてくれるお義兄様と仲良く暮らします。王子殿下私のことは放っておいてください。 ムーンライトノベルズにも投稿しています。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

この野菜は悪役令嬢がつくりました!

真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。 花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。 だけどレティシアの力には秘密があって……? せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……! レティシアの力を巡って動き出す陰謀……? 色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい! 毎日2〜3回更新予定 だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!

処理中です...