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第四章 天使くん、別れを告げる
23.既読スルー
しおりを挟む二学期の期末テストが終わって冬休みに入ると、僕はいつも通りのダラダラゲーム生活に突入した。
テストの結果は、前回と同じくど真ん中。若干上がって九十三位だけれど、あの辺りは一点違いで団子状態の、誤差でしかない。
母のエリコは、僕への信頼が厚すぎるのか、あきらめているのか、勉強しろとか進路がどうとかを全然言わない。
でもさすがに家のポストに入ったビラを見て「冬期講習どうする? 行く?」と聞かれたので、一応行くと答えた。塾に行っているだけで勉強している気分になって、罪悪感が薄れるのがその理由だ。
今からでも何かをしようと思ったところで、進路のことなんて、今まで何も考えていなかった。ぼんやりと、父みたいに役所勤めかなあと思っていた。そもそも僕はそんな風な怠惰な人間だ。
そんな僕が急に変われるのかって言われたら、変われない。劇的な何かが起こらない限り――でもそれって、間に合うのだろうか? 何かが起こる前に、行動を起こさないといけなかった。
僕は……遅すぎたのかもしれない。
◇
年明けの、一月三日。
家での行事や、参拝の人混みが落ち着いたころを見計らって、姫川神社へ初詣に来たアンジと僕、それから白崎さんの三人。さあ賽銭箱にお金を入れようと、振りかぶったトワがいきなり倒れた。紅潮した頬と、荒い呼吸――発作だと僕の直感が告げていた。
「天使くんっ!」
白崎さんが、叫んでいる。
ミニスカートの彼女が、砂利の散った石段に両膝を突いたその姿を見て、僕は頭の片隅で「痛そうだな」と思いつつ、目の前の光景を受け入れられないでいた。
「きゅ、きゅ、救急車は119」
ガタガタ震える手で電話を掛けようとする僕は、はたと思いつく。
「アンジ! トワの財布から診察券!」
「お、おう」
遠慮なくトワのカバンをまさぐったアンジは、すぐに財布を見つけた。中に差し込んであった診察券に書いてある、市立病院の代表番号に電話を掛ける。
その間、授与所から走り出て来た巫女姿の姫川さんに、救急へ掛けるよう頼むと、泣きそうになりながら頷いた。
スマホを耳に当てながら、アンジがトワを担ごうとしたのを止め、近くの石畳に横たえるように指示をする。白崎さんは、我に返るとすぐに、トワの耳元で声を掛けながら心臓マッサージを始めた。
騒然とした神社の境内で僕らは必死に動き、救急隊員に搬送されていくトワを見送った。
主治医の先生が病院で待っているからと連携もスムーズで、救急車が到着してすぐに出発できたのは、僕が事前に病院へ連絡を入れていたからだ。
「すごいね、ユキくん」
涙を浮かべた姫川さんが、僕を振り返る。白衣に緋袴がとても似合っているなと現実逃避してしまうのは、僕の悪い癖だ。
「ううん。前に同じことがあったのを、思い出したんだ。すごいのは、白崎さんだよ」
ずっと前。縁側でトワを見つけた時、僕はひとりで、救急に電話を掛けることすらアンジに頼ったぐらいだった。あの時の救急隊員さんが、縁側の上で横にして呼吸を見て……とやっていたのを思い出しただけ。
白崎さんは、トワの病気を知ってから心臓マッサージを勉強したらしい。「役に立ってよかった」と僕の隣で力なく笑っている。
僕にはそんなこと、思いつきもしなかった。
「ユキくん……?」
褒めないでよ、姫川さん。
僕は、何もしていないじゃないか。
――トワに、何もしてあげられていない。
◇
その日の夜。
夕食後、自分の部屋の机に向かっていた僕は、スマホの通知に気づいた。
机の上に広げていた塾の課題は、手付かずのまま。
ぼんやりと座っているだけだった僕は、枕の上に放り投げていたスマホへ手を伸ばして拾い上げる。画面を見ると、トワからだった。
ロックを解除して、アプリをタップすると、そこにはトワらしい簡素なメッセージがある。
トワ>>『入院することになった』
ユキ>>『そっか。どのぐらい?』
いつもは、既読になるとすぐに返事が来る。
なのに、来ない。
ユキ>>『分かったら、教えてね』
まだ、来ない。
既読スルーだなんて珍しいな、と首を傾げた矢先、ぽんと返事が来た。
トワ>>『たぶん』
たちまちぞわり、と寒気が全身を駆け抜ける。
トワ>>『もう』
やめて。やめて。
トワ>>『でられない』
今度は僕が――既読スルーした。
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