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第三章 天使くん、事件で踊る
21.余波
しおりを挟む僕らのギャラという軍資金を得た白崎さんは、心から楽しそうにテーマパークを歩いていた。
パーク入り口で売っていたモコモコの帽子をさっそくお揃いで買おう! となった時、値札を見た僕の目玉が飛び出たのは内緒。トワがいて本当に良かったと心から思う。
ポップコーンも飲み物も、信じられないぐらい高価で、本当に夢の国なのかな? と思ったぐらいだ。
三ツ矢は結局虎スカジャンを橋本先生に脱がされ、パークの中で海賊を模した別のスカジャンを買ったらしい。いやどんだけスカジャン好きなの? と思ったけれど、彼なりのこだわりなのかなと見なかったことにしておいた。もちろん、三ツ矢グループには絡まれないように、距離を置きまくった上で。
幸い僕はジェットコースターが苦手なので、トワと一緒に待っているよと言うと、アンジも苦手だったらしい。激しいアトラクションに乗りたい時は、男子と女子で別れて楽しむ時間にしたのが逆に良かった。乗るより食べる! という僕と、トワの休憩、アンジのおやつタイムが合致して、遠慮なくカフェでダラダラできたから。
たくさんのアトラクションやショーを楽しんで、他愛のないおしゃべりをして、可愛い食べ物やグッズを買って。
夜のパレードを見たら、パークを出ようかという時。
「はあ。楽しい……」
ホットココアを飲みながら道端のベンチで休んでいた僕は、白崎さんの独り言を聞いて、嬉しかった。
同時に、経済事情が人のメンタルを壊すこともあるのだな、と怖い気持ちにもなった。役所勤めで収入が安定している父のことを、改めて感謝しなければと気づけたのは良かったけれど、お土産は何にしたらいいだろうか。お風呂上がりのビール用に、グラスでも買おうか、と考え事をしていたら、少し離れた場所でアンジとトワがスマホを見ながらしかめっ面をしている。
「どしたー?」
「うん、まずいことになった」
僕が声を掛けると、トワがしかめっ面のままベンチに近づいてきた。
「……白崎さん」
「え?」
「今すぐ削除を」
「っ!」
僕は、一瞬で全身に鳥肌が立った。悪い予感が駆け抜けたからだ。
あの男は、白崎さんの写真を撮った、と言っていたのを、思い出す。
「無断で申し訳ないが、アンジに白崎さんのSNSを見てもらっていたんだ。そうしたら、誹謗中傷コメントが」
ばっとみんなでアンジの持っている画面をのぞき込むと、白崎さんのアカウントに嫌がらせコメントが続々ついている。
内容は、パパ活希望JKとか、ヤリ〇ンとか、見るに堪えない罵詈雑言ばかりだ。
「幸い、今はまだコメントだけだ」
「アカ、消す」
「待て。スクリーンショットを」
「なんでよ!」
衝動的に消しそうになったのを、姫川さんがそっと止めた。
「……落ち着いて、リンちゃん。きっと何かの時のための、証拠がいるんだよ」
「その通り、さすが姫川さんだ。アンジ、すまないがアカウント名が分かるように画面を撮って僕に送ってくれないか」
「わかった」
トワが、眉根を寄せて白崎さんに言いながら、右手を差し出す。
「僕が、投稿しても良いか? 警告を発する」
「え、うん」
白崎さんが素直にスマホを渡すと、トワがものすごい勢いで書き込みを始めた。誹謗中傷コメントを続けるのであれば、情報開示請求うんぬん、というやつだ。
「……よし。これでいい。とりあえずアカウントは消さず、投稿を消してくれ」
スマホを返され、受け取った白崎さんの手が、震えている。
「うん……でも」
「大丈夫。今はネット犯罪に強い弁護士も次々出てきている。ただの腹いせだろう、すぐ収まるさ」
トワの言う通り、ただの嫌がらせをしたかったようで、警告後は大人しくなった。
炎上前のボヤで消し止められた、と言ってもいいだろう。ところが――
◇
「おいリンカ。お前。パパ活してたんか」
パークから出て、ホテルのロビーで点呼の後解散し、部屋へ戻ろうかという時、三ツ矢が白崎さんへ迫った。
「は?」
「SNSであきらかにリンカなの、見つけた。お前、おっさんに股開くくせに俺には、って金だったのか。きったねえ女」
「ちがう! そんなこと、してない!」
「してないやつが、こんなこと書かれっかよ。おまえんち貧乏なのになんだよその土産の数。どうせそれも、おっさんにもらった金で」
「ちがうっ!!」
三ツ矢が持っているスマホの画面には、削除前のコメントが載っている。
本人は信じずに、無責任に拡散された情報を信じる三ツ矢の感覚が、僕には全く理解ができない。
スマホは嘘をつかない、なんて思っているのだろうか。むしろ嘘ばっかりなのに。そうか、ファクトチェックだなんて単語すら、ゴリラは知らないか。
「白崎さんは、一班の僕たちとずっと行動を共にしていた。そのコメントの時刻を見てみろ、嘘だとすぐにわかる」
トワが冷静な反論をするが、ロビーでは同級生たちに囲まれていて、皆が皆無責任に「うわー」「見たまんまじゃん」「俺もお金出したらいい?」と発言しはじめ、収拾がつかなくなってきた。
「こんな嘘つき、庇うんじゃねえよ」
三ツ矢には、フラれ続けていた鬱憤が溜まっていたのかもしれない。それをぶつけたい気持ちも分かる。
けれど今やっているのは――
「うるさい!」
僕は、たまらず叫んだ。
もう、我慢がならない。
なんでそんないい加減に、人を傷つけることができるんだ。いつもいつも。いつもいつも!
「……は?」
「男らしくないんだよ! こんなの、フラれた腹いせだろ!」
「てんめえっ」
ぼこ。
頬が熱くて、いつの間にか背中が床に突いている。腰が痛い。お尻も痛い。
なんでだろう?
(……あ、殴られたのか。)
「きゃあああああっ!」
チェックインに手間取っていた教師たちが、女子生徒の悲鳴で今頃慌てて駆け寄ってきた。
「白崎さんは! なにもやってない!」
僕は、床に倒れたまま必死で叫ぶ。
「何も知らないくせに! いい加減なこと言うなよ! 噓つきは、お前の方だろ!」
「ああ!?」
尚も殴りかかろうとする三ツ矢を、アンジが後ろから羽交い絞めにして止めた。
白崎さんが、号泣している。
姫川さんが寄り添って、目に涙を浮かべながら、三ツ矢を睨みつけている。
僕は、溢れる感情を抑えきれない。僕にも鬱憤が溜まっていたんだと、今ようやく気付いた。
「お前は! 最低野郎だっ!! 人を傷つけるな! 好きなら! 守れよっ!!」
「ふっざけんなよ!」
アンジを振りほどくことができず、目の前で暴れまくる三ツ矢は、狂犬みたいだった。
ホテルのロビーは阿鼻叫喚に陥り、先生たちが場の収拾に焦り始めたころ――僕は気を失った。
◇
「うわ、腫れてる」
僕の顔を見た姫川さんが、ドン引きしている。
翌日は、お台場を散策してから新幹線に乗って帰ることになっていて、僕たちは今、ゆりかもめに乗っていた。
こんな電車が自動運転で永遠に走っているだなんて、東京は未来都市だよね。目線の先には、銀色の宇宙船みたいな球体展望台があるし。
「あは。名誉の負傷」
「うーーー、ごめんねええええ」
「なんでリンさんが泣くの。だいじょうぶだよ」
あのあと、三ツ矢は先に自宅へ強制送還された。橋本先生がとにかくめちゃくちゃ怒りながらそれに付き添っていて、ずっと不動明王みたいな顔をしていたのが意外で、皆それを見たら大人しくなったのがまた面白い。
白崎さんのことを説明したトワが、非常に理路整然と、『あくまでオフ会』として説明してくれたおかげで、白崎さん自身は恐らく少しの出席停止と反省文(未遂とはいえ修学旅行中、安易に外部とのやり取りをしたから)ぐらいで済むだろうということだった。
三ツ矢は、旅行中に暴行事件を起こしたという罪は大きい。停学は間違いないだろう。
少しでも僕の気持ちが届いていたらいいなと願うばかりだ。
「ふふ。ユキくんが怒ったの、初めてみたな」
姫川さんが、いたずらっ子を咎めるような目で僕を見ているのが、くすぐったい。
「そう?」
「三歳から一緒にいるのに。ユキくんも怒るんだね」
「うーんそうだなあ」
確かに、あまり人に対して怒ったことはないかもしれない。でもそれは、それほど深く関わってこなかったという意味でもある。
なんで怒ったのだろうと自分でも不思議だったけれど、ぽんと理由に思い至った。
「そっか。リンさんが、大切な友達だからだ」
ぽろりと本音をこぼしたら、また白崎さんが号泣してしまった。
「んもー、ユッキーのせいで、写真撮れないじゃーん!」
涙でぐずぐずなリンさんと、ほっぺたが名誉の負傷で腫れたままの僕。
それはそれで、良い思い出だなと思えた。
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