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第三章 天使くん、事件で踊る

19.ギリギリセーフな強面(コワモテ)

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「待って、天使くん! リンちゃんがいないっ」
 と姫川さんが振り返りながら焦っている。都会の電車は、ドアが閉まるのも速い。既に車体が動き始めていた。
「くっそ! ……渋谷か!」

 駅のホームで、トワが大きな声を出す。
 平日の昼間でも人が多いので、僕たちは急いで端に寄った。三ツ矢たちのグループは駅を出ようとする人波に押されて、出口へと流されていっているのが都合よい。
 トワが、即座に決断を下した。

「ここから一駅だ。次の電車で追おう」
「うんっ」

 僕が時刻表を探そうとすると、トワは苦笑した。
 
「安心しろ、分刻みで来る」
「うえ!?」

 驚いた矢先、次の電車がホームに入って来た。

「うわあ、都会だあ」
「ユキのお陰で、冷静になれるな。さあ乗るぞ」
「えっ、天使くんっ!?」

 顔面蒼白の姫川さんに、アンジがスマホ画面を差し出しながら一言告げる。

「大丈夫だ。道に迷っている」
「え!」

 白崎さんのSNS画面では、泣き顔マーク入りで駅の案内板がアップされていた。

「あ! まだホームにいる!?」
 と僕が希望に顔を輝かせると、トワが逆に暗くなった。
「ちっ、危機管理能力低すぎだろう。特定されたら逆にヤバイ。……ほら早速」
「げ」
 
 そわそわと電車に乗る僕らは、気が気ではなかった。
 タイムリーに『A8へ』とコメントがされたのを、見てしまったから――

 ◇

 渋谷駅で電車から降りたトワが、頭を高速回転させながら早歩きをする。
 
「半蔵門線は、地下だ。地上へ出るためには上がらなければならないことまでは分かるかもしれないが、出口記号を追うなんてこと、白崎はなかなかできないだろう。そのタイムロスに間に合えば良いが」
「出口記号?」
 
 僕はふと顔を上げる。階段の手前に、アルファベットと数字の組み合わせが表示されている。『A0ーA12→』とあるが、まるで意味が分からない。白崎さんもきっとそうだろう。

「そうだ。ハチ公広場はA8。コメントの意味はそれだろう。田舎娘と待ち合わせるなら、誰でもそこを指定する」
「田舎娘……」

 トワのあまりにもレトロな物言いに、僕はどう反応して良いか分からない。
 
「これぐらいの人混みなら、すぐ見つかるかもね?」

 姫川さんが自分を言い聞かせるように言うが、トワは残酷にもそれを否定した。早歩きのせいか、もう息切れがしている。

「いや。はっは。ハチ公前はいつだって混雑している。はっは。人探しは難しい。はっは」
「っ」
「ハチ公自体は、はっは。思っているよりも、かなり、小さい。はっは。白崎さんは、そう簡単に見つけられ、ないはずだ。はっは」

(見つける? 見つける!)

 トワの言葉で、地上の広場へ出た僕は、アンジを見上げた。
 
「そうだ! アンジ! リボン!」
「そうだった。白いやつ……うちの制服……あれかっ」

 僕たちが、トワを信じて一丸となって動いたのが功を奏した。目を凝らすアンジが、視界の先で何かを捉えた様子だ。
 
「見つけたぞ。俺を追え」

 身長百八十センチが、いきなり全力で走り出す。
 その動きは、都会の人混みの中でも、十分に目立った。

「来栖くん!?」

 僕は、目をまん丸くしている姫川さんを振り返る。
 
「あーちゃん! 天使くんとあとからゆっくり来てっ」
「分かったわ」

 すかさずトワが、僕に電話を掛ける。
 
「ユキッ! ボクと繋いでおけ」
「おけ!」

 言いながら、必死でアンジの後を追いかける。ぽっちゃり体形の僕は、言わずもがな走るのは苦手だし遅いし、スタミナもない。
 こんなことなら、普段から走っておけばよかった。

「離せ」

 目線の先で、アンジが男性を呼び止めている。低い声がかろうじて僕の耳まで届いた。
 トラブルの予感からか、周りの人たちが避けて通っているので、良いのか悪いのか、余計に姿が目立っている。

「あ?」

 振り返る男は、白崎さんの手首を掴んでいる。その白崎さんは、驚いたのと恐らく恐怖で、見開いた目に涙をたっぷり溜めているのが分かった。

「なんだてめえ」
「離せ。俺たちのツレだ」
「うぜえ。こいつが誘ってきたんだぞ」

 パパ活のお誘いなら中年男性だろう、という僕らの予想に反して、相手は若いし金髪だしで、オシャレにも気を遣っている様子だ。もしかしたら、動画を撮って流す系のもっとヤバイ奴なのかもしれない。

「はあ、はあ」

 僕は何かを言いたいけれど、息が上がって全く役に立たない。そこへ、トワが電話越しに何かを叫んでいる。とにかく、スピーカーにしてみた。

『刑法第二百二十四条 未成年者を略取し、又は誘拐した者は、三か月以上七年以下の懲役に処する!』
「あ?」

 やっぱり、そんな長い呪文は、悪者には効かないみたいだ。
 
『通報済だ! 渋谷駅前交番!』
「ちっ」
 
 男はようやく、白崎さんから手を離した。

「いいかおまえら。その女の写真、撮ってあっからな。余計な事すんなよ。分かったか。ああ?」
「わか、りま、した!」
『こちらも! 望遠でお前の顔を撮ってある!』
「ち!」

 トワのスマホ越しの言葉で、男は忌々いまいまし気にきびすを返し、立ち去っていく。
 あっさり諦めてくれてよかったと白崎さんを見ると、絶望的な顔をしている。

「はあ、はあ。さ、行こう?」
「うぅ」
 
 有名なスクランブル交差点の手前で、女子高生が泣き始める。
 なんだなんだ、と周りがこちらを見るから、僕はわざと大きな声で「迷っちゃうよね~!」「広すぎるよ~」と言いながら白崎さんの手を引く。高校生にもなって迷子でも、別にいいよね。

 都会の人々は冷たいけれど、見ないふりもしてくれる。
 僕にはその距離感が、逆に心地よかった。

 ◇

「ごめ、なさい」

 しくしくと泣き続ける白崎さんの手を繋いで引く姫川さんが、予定通り原宿に行こうと誘った。
 渋谷にいても良いが、またあの男や仲間たちに見つかるのも嫌だし、と半ば強引に駅へと戻る。
 
「せっかくだから、山手線で行かないか」
 とトワが申し出てくれ、早速ホームに向かう。
「いいね! 僕、実は乗ってみたかったんだよ。これがグルグル回ってるの?」

 駅のホームに滑り込んできた銀色と黄緑色の電車に乗り込むと、トワが笑顔で言う。
 
「そうだ。ほんの一駅だけれど、初山手線。おめでとう」
「ありがとー! って一瞬だー!」
「もう、ユキくんたら」

 白崎さんは、ずっと俯いたままだ。

「リンちゃん。お茶しながら、お話しよう? ね?」

 姫川さんの提案にも、反応がない。
 ならば、物欲に訴えるしかないと僕はガサゴソと『竹下通りマップ』を広げる。
 一駅だけ乗った電車からホームへ降り立つと、ガラス張りのホームドアが設置されていて、田舎者でも安全だ。

「ほら! ポムポムプ〇ンカフェ行きたいって言ってたじゃん。そこにしようよ」
「……ずびぐしゅ」
 
 原宿駅の竹下口へ出てから振り返ると、レトロな駅舎が可愛くて、念のためにスマホで写真を撮っておいた。
 
 下を向いたままの白崎さんに、あとで共有してあげようと、色々風景を撮る。予想よりずっと道幅が狭くて、店もギチギチにひしめき合っているし、平日だというのに人も多い。
 
 ゆっくりと歩きながら左右にどんな店があるのかを頭に入れつつ、でも五分ほどで目的地に着いた。ビルの三階に上ると、幸い時間が中途半端なせいか、すぐに五人でも座ることができた――しかも壁際の隣り合った二テーブルの、ポムポ〇プリンソファ席。ソファにどかりと座ったアンジの向かいに、トワ。その隣のソファに姫川さんと白崎さんが並んで座って、その向かいの椅子に僕が座る。
 
 深刻な白崎さんの様子とは裏腹に、突如として可愛いファンタジー空間に放り込まれた僕らは、戸惑ってしまう。
 
 ところがアンジがメニューを見て
「……キラキラシャイニーパフェ?」
 と呟いたのが決定打になって――
 
「うぶっふ」
「こら、ユキ、吹くな。くくく」
「えー? そういう天使くんだってさあ」
「あは、あははは。ごめん、私ももうダメ。来栖くんとプリン、やばすぎ」

 ついに姫川さんまで笑い始めたのにアンジは、我関せずのマイペースだ。
 まるでポムポ〇プリン城の主みたいに、堂々とソファに座っている。
 
「ふむ……にがあまカフェモカでちゅう、と迷うな」
「やめろってー!」
「うぶふ、くくくく。腹が、痛いっ!」
「んもー、来栖くん、わざと!?」
「いや、真剣だが」

 真顔のアンジに、トワが思わずツッコミを入れる。
 
「なお悪いわっ」
 
 白崎さんが、ついに泣き笑いみたいな顔になった。

「み、んな、ごめんね」

 アンジがきっかけで、心がほどけたみたいだ。

「あたし、どしても、……おかね、ほしかったっ……」
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