上 下
20 / 32
第三章 天使くん、事件で踊る

19.ギリギリセーフな強面(コワモテ)

しおりを挟む


「待って、天使くん! リンちゃんがいないっ」
 と姫川さんが振り返りながら焦っている。都会の電車は、ドアが閉まるのも速い。既に車体が動き始めていた。
「くっそ! ……渋谷か!」

 駅のホームで、トワが大きな声を出す。
 平日の昼間でも人が多いので、僕たちは急いで端に寄った。三ツ矢たちのグループは駅を出ようとする人波に押されて、出口へと流されていっているのが都合よい。
 トワが、即座に決断を下した。

「ここから一駅だ。次の電車で追おう」
「うんっ」

 僕が時刻表を探そうとすると、トワは苦笑した。
 
「安心しろ、分刻みで来る」
「うえ!?」

 驚いた矢先、次の電車がホームに入って来た。

「うわあ、都会だあ」
「ユキのお陰で、冷静になれるな。さあ乗るぞ」
「えっ、天使くんっ!?」

 顔面蒼白の姫川さんに、アンジがスマホ画面を差し出しながら一言告げる。

「大丈夫だ。道に迷っている」
「え!」

 白崎さんのSNS画面では、泣き顔マーク入りで駅の案内板がアップされていた。

「あ! まだホームにいる!?」
 と僕が希望に顔を輝かせると、トワが逆に暗くなった。
「ちっ、危機管理能力低すぎだろう。特定されたら逆にヤバイ。……ほら早速」
「げ」
 
 そわそわと電車に乗る僕らは、気が気ではなかった。
 タイムリーに『A8へ』とコメントがされたのを、見てしまったから――

 ◇

 渋谷駅で電車から降りたトワが、頭を高速回転させながら早歩きをする。
 
「半蔵門線は、地下だ。地上へ出るためには上がらなければならないことまでは分かるかもしれないが、出口記号を追うなんてこと、白崎はなかなかできないだろう。そのタイムロスに間に合えば良いが」
「出口記号?」
 
 僕はふと顔を上げる。階段の手前に、アルファベットと数字の組み合わせが表示されている。『A0ーA12→』とあるが、まるで意味が分からない。白崎さんもきっとそうだろう。

「そうだ。ハチ公広場はA8。コメントの意味はそれだろう。田舎娘と待ち合わせるなら、誰でもそこを指定する」
「田舎娘……」

 トワのあまりにもレトロな物言いに、僕はどう反応して良いか分からない。
 
「これぐらいの人混みなら、すぐ見つかるかもね?」

 姫川さんが自分を言い聞かせるように言うが、トワは残酷にもそれを否定した。早歩きのせいか、もう息切れがしている。

「いや。はっは。ハチ公前はいつだって混雑している。はっは。人探しは難しい。はっは」
「っ」
「ハチ公自体は、はっは。思っているよりも、かなり、小さい。はっは。白崎さんは、そう簡単に見つけられ、ないはずだ。はっは」

(見つける? 見つける!)

 トワの言葉で、地上の広場へ出た僕は、アンジを見上げた。
 
「そうだ! アンジ! リボン!」
「そうだった。白いやつ……うちの制服……あれかっ」

 僕たちが、トワを信じて一丸となって動いたのが功を奏した。目を凝らすアンジが、視界の先で何かを捉えた様子だ。
 
「見つけたぞ。俺を追え」

 身長百八十センチが、いきなり全力で走り出す。
 その動きは、都会の人混みの中でも、十分に目立った。

「来栖くん!?」

 僕は、目をまん丸くしている姫川さんを振り返る。
 
「あーちゃん! 天使くんとあとからゆっくり来てっ」
「分かったわ」

 すかさずトワが、僕に電話を掛ける。
 
「ユキッ! ボクと繋いでおけ」
「おけ!」

 言いながら、必死でアンジの後を追いかける。ぽっちゃり体形の僕は、言わずもがな走るのは苦手だし遅いし、スタミナもない。
 こんなことなら、普段から走っておけばよかった。

「離せ」

 目線の先で、アンジが男性を呼び止めている。低い声がかろうじて僕の耳まで届いた。
 トラブルの予感からか、周りの人たちが避けて通っているので、良いのか悪いのか、余計に姿が目立っている。

「あ?」

 振り返る男は、白崎さんの手首を掴んでいる。その白崎さんは、驚いたのと恐らく恐怖で、見開いた目に涙をたっぷり溜めているのが分かった。

「なんだてめえ」
「離せ。俺たちのツレだ」
「うぜえ。こいつが誘ってきたんだぞ」

 パパ活のお誘いなら中年男性だろう、という僕らの予想に反して、相手は若いし金髪だしで、オシャレにも気を遣っている様子だ。もしかしたら、動画を撮って流す系のもっとヤバイ奴なのかもしれない。

「はあ、はあ」

 僕は何かを言いたいけれど、息が上がって全く役に立たない。そこへ、トワが電話越しに何かを叫んでいる。とにかく、スピーカーにしてみた。

『刑法第二百二十四条 未成年者を略取し、又は誘拐した者は、三か月以上七年以下の懲役に処する!』
「あ?」

 やっぱり、そんな長い呪文は、悪者には効かないみたいだ。
 
『通報済だ! 渋谷駅前交番!』
「ちっ」
 
 男はようやく、白崎さんから手を離した。

「いいかおまえら。その女の写真、撮ってあっからな。余計な事すんなよ。分かったか。ああ?」
「わか、りま、した!」
『こちらも! 望遠でお前の顔を撮ってある!』
「ち!」

 トワのスマホ越しの言葉で、男は忌々いまいまし気にきびすを返し、立ち去っていく。
 あっさり諦めてくれてよかったと白崎さんを見ると、絶望的な顔をしている。

「はあ、はあ。さ、行こう?」
「うぅ」
 
 有名なスクランブル交差点の手前で、女子高生が泣き始める。
 なんだなんだ、と周りがこちらを見るから、僕はわざと大きな声で「迷っちゃうよね~!」「広すぎるよ~」と言いながら白崎さんの手を引く。高校生にもなって迷子でも、別にいいよね。

 都会の人々は冷たいけれど、見ないふりもしてくれる。
 僕にはその距離感が、逆に心地よかった。

 ◇

「ごめ、なさい」

 しくしくと泣き続ける白崎さんの手を繋いで引く姫川さんが、予定通り原宿に行こうと誘った。
 渋谷にいても良いが、またあの男や仲間たちに見つかるのも嫌だし、と半ば強引に駅へと戻る。
 
「せっかくだから、山手線で行かないか」
 とトワが申し出てくれ、早速ホームに向かう。
「いいね! 僕、実は乗ってみたかったんだよ。これがグルグル回ってるの?」

 駅のホームに滑り込んできた銀色と黄緑色の電車に乗り込むと、トワが笑顔で言う。
 
「そうだ。ほんの一駅だけれど、初山手線。おめでとう」
「ありがとー! って一瞬だー!」
「もう、ユキくんたら」

 白崎さんは、ずっと俯いたままだ。

「リンちゃん。お茶しながら、お話しよう? ね?」

 姫川さんの提案にも、反応がない。
 ならば、物欲に訴えるしかないと僕はガサゴソと『竹下通りマップ』を広げる。
 一駅だけ乗った電車からホームへ降り立つと、ガラス張りのホームドアが設置されていて、田舎者でも安全だ。

「ほら! ポムポムプ〇ンカフェ行きたいって言ってたじゃん。そこにしようよ」
「……ずびぐしゅ」
 
 原宿駅の竹下口へ出てから振り返ると、レトロな駅舎が可愛くて、念のためにスマホで写真を撮っておいた。
 
 下を向いたままの白崎さんに、あとで共有してあげようと、色々風景を撮る。予想よりずっと道幅が狭くて、店もギチギチにひしめき合っているし、平日だというのに人も多い。
 
 ゆっくりと歩きながら左右にどんな店があるのかを頭に入れつつ、でも五分ほどで目的地に着いた。ビルの三階に上ると、幸い時間が中途半端なせいか、すぐに五人でも座ることができた――しかも壁際の隣り合った二テーブルの、ポムポ〇プリンソファ席。ソファにどかりと座ったアンジの向かいに、トワ。その隣のソファに姫川さんと白崎さんが並んで座って、その向かいの椅子に僕が座る。
 
 深刻な白崎さんの様子とは裏腹に、突如として可愛いファンタジー空間に放り込まれた僕らは、戸惑ってしまう。
 
 ところがアンジがメニューを見て
「……キラキラシャイニーパフェ?」
 と呟いたのが決定打になって――
 
「うぶっふ」
「こら、ユキ、吹くな。くくく」
「えー? そういう天使くんだってさあ」
「あは、あははは。ごめん、私ももうダメ。来栖くんとプリン、やばすぎ」

 ついに姫川さんまで笑い始めたのにアンジは、我関せずのマイペースだ。
 まるでポムポ〇プリン城の主みたいに、堂々とソファに座っている。
 
「ふむ……にがあまカフェモカでちゅう、と迷うな」
「やめろってー!」
「うぶふ、くくくく。腹が、痛いっ!」
「んもー、来栖くん、わざと!?」
「いや、真剣だが」

 真顔のアンジに、トワが思わずツッコミを入れる。
 
「なお悪いわっ」
 
 白崎さんが、ついに泣き笑いみたいな顔になった。

「み、んな、ごめんね」

 アンジがきっかけで、心がほどけたみたいだ。

「あたし、どしても、……おかね、ほしかったっ……」
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

絢と僕の留メ具の掛け違い・・

すんのはじめ
青春
幼馴染のありふれた物語ですが、真っ直ぐな恋です  絢とは小学校3年からの同級生で、席が隣同士が多い。だけど、5年生になると、成績順に席が決まって、彼女とはその時には離れる。頭が悪いわけではないんだが・・。ある日、なんでもっと頑張らないんだと聞いたら、勉強には興味ないって返ってきた。僕は、一緒に勉強するかと言ってしまった。  …

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...