上 下
19 / 32
第三章 天使くん、事件で踊る

18.挙動不審からの確信

しおりを挟む


 天気予報では、晴れマークがずらりと並ぶ四日間。
 修学旅行一日目は、予報通りのさわやかな秋の空気の中、片道三時間ほど新幹線に乗って都会へ向かう。

 僕の母親であるエリコは、お小遣いの金額に難色を示すどころか「トワくんは大丈夫なの!?」と財布を握りしめてにじり寄って来た。
 実の息子より手厚いサポートに、乾いた笑いが漏れる。大丈夫大丈夫、と軽く言ったけれど、多めに持たせてもらう。リアル友達がほとんどいない僕にはそんなに必要ないけれど、何かあった時のためにありがたく受け取っておいた。

「おーもーいー!」

 スポーツブランドの大きなボストンバッグに、四日分(三泊と予備)の着替えを詰め込んだ僕は、駅のプラットフォームでその重さに負けそうになっていた。さっきから、「重い」しか言葉が出てこない。
 アンジは似たようなボストンを軽そうに持っているが、トワは大きなリュックサックに押しつぶされそうだ。

「うん。重い……」

 歩くだけで息が切れているトワに向かって、アンジが手を差し出す。
 
「トワ、それ持ってやる。代わりにこっち背負え」
「助かる、アンジ」

 無駄にガタイの良いアンジがトワのメインバッグを引き受け、自分のサブを渡す。必要なものだけ入れたと思われるリュックサックで、トワのサブであるショルダーと一緒に持ってもそれほど重くはないだろう。

 女子たちは相当荷物が多いのか、車輪のついたキャリーケースを使う人がほとんどだ。移動の度に、盛大にゴロゴロという音がする。三泊ともホテルが変わるのが面倒だけれど、幸いずっと三人部屋なのが気楽だ。
 
 新幹線も三人席で、トワを真ん中にして座ればガタイの良いアンジもぽっちゃりの僕も、余裕で座ることができる。
 僕らの横の二人席に、姫川さんと白崎さんがやってきて座った。二人ともキャリーケースを足元に置いて、楽し気に会話をしている。

 ――僕は迷った末に、姫川さんに白崎さんのことを打ち明けることにした。偶然白崎さんのSNSアカウントを見つけたけれど、まずいかもしれないということを。

 ユキ>>『なんかあきらかにパパ活のお誘いみたいな気がしたんだ。気のせいならいいけど』
 アヤメ>>『やっぱり……誰にも言わないで欲しいんだけど』
 ユキ>>『天使くんやアンジにも?』
 アヤメ>>『うん』
 ユキ>>『わかった』
 アヤメ>>『リンちゃんとこ、シンママ家庭で。ママが、体調崩して入院したんだって。お兄さんとこ、赤ちゃん生まれたばかりらしくて』
 アヤメ>>『旅行自体は積み立ててたから行けるけど、他は全然余裕ないって言ってた』
 ユキ>>『なるほど』
 アヤメ>>『どうしよう』
 ユキ>>『とにかく、目を離さないでいよう』
 アヤメ>>『わかった』

 でもだいたい、嫌な予感っていうのは、当たるんだよね。――
 
 ◇

「天使くん、隈やばい」
「そういうユキもな」

 ビジネスホテルでの三人部屋は、トランドル(予備)ベッドに誰が寝るか? で熾烈なじゃんけん大会が行われ、無事に僕が負けた。
 ツインルームのベッドとベッドの間にマットレスが差し込まれていて、ベッドだけど雑魚寝みたいでテンションが上がってしまったのは仕方ないと思う。
 家では絶対できない、『ベッドの上でお菓子を食べる』という罪を犯してしまった僕は、起きた時に口の端に食べかすがついていてさすがに呆れられた。

「おはよ」

 ホテルのロビーで、姫川さんが手を振っている。急いでパッキングした荷物を引きずるようにして、姫川さんのところで集合した。姫川さんたちも眠そうな顔をしていたので、夜更かししたのかもしれない。
 荷物は観光バスに積んでおけば良いので、早く身軽な体になりたい。
 
「おはよう!」
「おはよー」
「ッス」
 
 白崎さんは、と僕が顔を向けると、びっくりするぐらいの明るい笑顔を向けられた。

「もーにん、ユッキー!」
「もーにん?」

 いつもみたいな、ハイテンション。
 もしかして、姫川さんと色々話して悩みは解消されたのだろうか? とちらりと姫川さんの顔を見るとかすかに首を横に振っている。

(作り笑い?)

 僕が戸惑っている内に、トワが白崎さんを見て眉尻を下げた。
 
「テンション高いな。そりゃそうか。白崎さん念願の原宿だもんな」
「そだよ天使くん! へこたれないで、ついてきてよねっ」
「はは、お手柔らかに頼む」
 
 午前中は浅草とスカイツリー、午後からは自由班行動。
 行動を起こすならきっと、自由時間だ。

「アンジ」
「あのリボン、覚えとく」
 
 ぼそりと僕の頭上で呟くアンジの言葉で、僕は白崎さんの頭をまじまじと見つめた。頭のてっぺんで髪の毛の一部を結んであって、そこに白いレースのリボンが付いている。人混みに紛れても背の高いアンジなら、目で追いかけられるかもしれない。

「……うん」

 そんなことにならないのが一番良いけど、と思いつつ点呼してバスに乗り、浅草寺を詣でてからスカイツリーに移動する。
 
 仲見世通りは思った以上に狭くて、人通りも多く、行き交うのも店を見るのも大変だった。外国人観光客向けの和風なお土産って、どこかあざとい日本を感じるのは僕だけだろうか。普通の下駄とかの方がよほど魅力的で、でも高すぎて買えなかった。

 ワクワクして上ったスカイツリーのエレベーターは、想像よりずっと速くて、次々変わる階数表示はバグかっていうぐらい。それから、展望台の床の一部で地上が見えるようになっているガラスの場所は、びっくりするほど高くて心臓がひゅんってなった。

「天使くん! 絶対乗らない方がいいよ!」
 と焦る僕に、トワはものすごい笑顔で
「何を言う。天使は空を飛ぶものだろう!」
 だって。

 ほんと勘弁して欲しかったし、慌てふためく僕を姫川さんが動画で撮っていたのを後から知って、めちゃくちゃ鬱になった(シェアしてくれないし)。
 ものすごい高い場所から眺める東京は、アニメの中の世界みたいで現実味が薄い。秋晴れの下、澄んだ空気に浮かぶ富士山の頭部分も、グラフィックかなと思ったぐらいだ。
 
 スカイツリーから下りてソラマチへと続くデッキ上で、班別自由行動になった。リーダーは担任の先生の携帯番号を登録済で、何かの時は連絡することになっている。

「半蔵門線が楽だな」

 トワがスマホで検索した経路案内をいくつか見比べてから、顔を上げた。

「予定通り、地下鉄で行こう」

 制服姿の僕らは、いかにも修学旅行生である。
 だから目立つし、三ツ矢のグループが勝手についてきているのも、当然すぐに気づく。
 駅まではよくても、流石に電車の車両まで同じだと、戸惑うしかない。

「あんだよ、その顔。偶然同じ方向なだけだろ」
 三ツ矢がそう姫川さんに絡んでいるけれど、
「何も言ってないけど」
 と冷たく返している。

 頻繁ひんぱんにスマホを触っている白崎さんは、いよいよ機嫌が悪くなってきた。
「まじ、しつこい。やめろし」
 と、ガルガル唸っている。

 ハイテンションの後ヒステリック。僕がエリコから学んだことによると、こういう場合、割とメンタルの黄色信号だ。
 もしも白崎さんがこの辺で何かを企んでいるのなら――そしてそれで緊張しているのなら、と僕の嫌な予感が止まらない。
 
「リンさんっ。最初さ、どのお店行く?」

 気をそらすため、僕は家でプリントアウトしてきた『竹下通りマップ』をがさごそ開いた。
 すると狙い通りに、白崎さんは目を輝かせる。

「え。ユッキーこれ持ってきてくれたの?」
「うん。スマホって画面小さいでしょ」
「優しいね……」

 褒められると照れる、と思っていたら三ツ矢に足を踏まれた。

「イッ!」
「あーわりわり。……調子乗んなよ」
 
 三ツ矢は、全然謝っていない。でもいい。人間の度量の大きさ、見せてやるんだ! と内心で強がっておく。
 姫川さんが僕を「大丈夫?」と気遣いつつ、別の質問を投げる。
 
「今どの辺かな?」

 足が痛くて答えられない僕の代わりに、トワが車内表示を確かめつつ答えた。
 
「青山一丁目。次で降りるぞ」

 予定では、表参道駅で降りて明治神宮まで表参道を歩いて北上する。参拝したら、今度は竹下通りを南下する。
 
 ――白崎さんは、電車を降りなかった。
 
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...