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第三章 天使くん、事件で踊る

18.挙動不審からの確信

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 天気予報では、晴れマークがずらりと並ぶ四日間。
 修学旅行一日目は、予報通りのさわやかな秋の空気の中、片道三時間ほど新幹線に乗って都会へ向かう。

 僕の母親であるエリコは、お小遣いの金額に難色を示すどころか「トワくんは大丈夫なの!?」と財布を握りしめてにじり寄って来た。
 実の息子より手厚いサポートに、乾いた笑いが漏れる。大丈夫大丈夫、と軽く言ったけれど、多めに持たせてもらう。リアル友達がほとんどいない僕にはそんなに必要ないけれど、何かあった時のためにありがたく受け取っておいた。

「おーもーいー!」

 スポーツブランドの大きなボストンバッグに、四日分(三泊と予備)の着替えを詰め込んだ僕は、駅のプラットフォームでその重さに負けそうになっていた。さっきから、「重い」しか言葉が出てこない。
 アンジは似たようなボストンを軽そうに持っているが、トワは大きなリュックサックに押しつぶされそうだ。

「うん。重い……」

 歩くだけで息が切れているトワに向かって、アンジが手を差し出す。
 
「トワ、それ持ってやる。代わりにこっち背負え」
「助かる、アンジ」

 無駄にガタイの良いアンジがトワのメインバッグを引き受け、自分のサブを渡す。必要なものだけ入れたと思われるリュックサックで、トワのサブであるショルダーと一緒に持ってもそれほど重くはないだろう。

 女子たちは相当荷物が多いのか、車輪のついたキャリーケースを使う人がほとんどだ。移動の度に、盛大にゴロゴロという音がする。三泊ともホテルが変わるのが面倒だけれど、幸いずっと三人部屋なのが気楽だ。
 
 新幹線も三人席で、トワを真ん中にして座ればガタイの良いアンジもぽっちゃりの僕も、余裕で座ることができる。
 僕らの横の二人席に、姫川さんと白崎さんがやってきて座った。二人ともキャリーケースを足元に置いて、楽し気に会話をしている。

 ――僕は迷った末に、姫川さんに白崎さんのことを打ち明けることにした。偶然白崎さんのSNSアカウントを見つけたけれど、まずいかもしれないということを。

 ユキ>>『なんかあきらかにパパ活のお誘いみたいな気がしたんだ。気のせいならいいけど』
 アヤメ>>『やっぱり……誰にも言わないで欲しいんだけど』
 ユキ>>『天使くんやアンジにも?』
 アヤメ>>『うん』
 ユキ>>『わかった』
 アヤメ>>『リンちゃんとこ、シンママ家庭で。ママが、体調崩して入院したんだって。お兄さんとこ、赤ちゃん生まれたばかりらしくて』
 アヤメ>>『旅行自体は積み立ててたから行けるけど、他は全然余裕ないって言ってた』
 ユキ>>『なるほど』
 アヤメ>>『どうしよう』
 ユキ>>『とにかく、目を離さないでいよう』
 アヤメ>>『わかった』

 でもだいたい、嫌な予感っていうのは、当たるんだよね。――
 
 ◇

「天使くん、隈やばい」
「そういうユキもな」

 ビジネスホテルでの三人部屋は、トランドル(予備)ベッドに誰が寝るか? で熾烈なじゃんけん大会が行われ、無事に僕が負けた。
 ツインルームのベッドとベッドの間にマットレスが差し込まれていて、ベッドだけど雑魚寝みたいでテンションが上がってしまったのは仕方ないと思う。
 家では絶対できない、『ベッドの上でお菓子を食べる』という罪を犯してしまった僕は、起きた時に口の端に食べかすがついていてさすがに呆れられた。

「おはよ」

 ホテルのロビーで、姫川さんが手を振っている。急いでパッキングした荷物を引きずるようにして、姫川さんのところで集合した。姫川さんたちも眠そうな顔をしていたので、夜更かししたのかもしれない。
 荷物は観光バスに積んでおけば良いので、早く身軽な体になりたい。
 
「おはよう!」
「おはよー」
「ッス」
 
 白崎さんは、と僕が顔を向けると、びっくりするぐらいの明るい笑顔を向けられた。

「もーにん、ユッキー!」
「もーにん?」

 いつもみたいな、ハイテンション。
 もしかして、姫川さんと色々話して悩みは解消されたのだろうか? とちらりと姫川さんの顔を見るとかすかに首を横に振っている。

(作り笑い?)

 僕が戸惑っている内に、トワが白崎さんを見て眉尻を下げた。
 
「テンション高いな。そりゃそうか。白崎さん念願の原宿だもんな」
「そだよ天使くん! へこたれないで、ついてきてよねっ」
「はは、お手柔らかに頼む」
 
 午前中は浅草とスカイツリー、午後からは自由班行動。
 行動を起こすならきっと、自由時間だ。

「アンジ」
「あのリボン、覚えとく」
 
 ぼそりと僕の頭上で呟くアンジの言葉で、僕は白崎さんの頭をまじまじと見つめた。頭のてっぺんで髪の毛の一部を結んであって、そこに白いレースのリボンが付いている。人混みに紛れても背の高いアンジなら、目で追いかけられるかもしれない。

「……うん」

 そんなことにならないのが一番良いけど、と思いつつ点呼してバスに乗り、浅草寺を詣でてからスカイツリーに移動する。
 
 仲見世通りは思った以上に狭くて、人通りも多く、行き交うのも店を見るのも大変だった。外国人観光客向けの和風なお土産って、どこかあざとい日本を感じるのは僕だけだろうか。普通の下駄とかの方がよほど魅力的で、でも高すぎて買えなかった。

 ワクワクして上ったスカイツリーのエレベーターは、想像よりずっと速くて、次々変わる階数表示はバグかっていうぐらい。それから、展望台の床の一部で地上が見えるようになっているガラスの場所は、びっくりするほど高くて心臓がひゅんってなった。

「天使くん! 絶対乗らない方がいいよ!」
 と焦る僕に、トワはものすごい笑顔で
「何を言う。天使は空を飛ぶものだろう!」
 だって。

 ほんと勘弁して欲しかったし、慌てふためく僕を姫川さんが動画で撮っていたのを後から知って、めちゃくちゃ鬱になった(シェアしてくれないし)。
 ものすごい高い場所から眺める東京は、アニメの中の世界みたいで現実味が薄い。秋晴れの下、澄んだ空気に浮かぶ富士山の頭部分も、グラフィックかなと思ったぐらいだ。
 
 スカイツリーから下りてソラマチへと続くデッキ上で、班別自由行動になった。リーダーは担任の先生の携帯番号を登録済で、何かの時は連絡することになっている。

「半蔵門線が楽だな」

 トワがスマホで検索した経路案内をいくつか見比べてから、顔を上げた。

「予定通り、地下鉄で行こう」

 制服姿の僕らは、いかにも修学旅行生である。
 だから目立つし、三ツ矢のグループが勝手についてきているのも、当然すぐに気づく。
 駅まではよくても、流石に電車の車両まで同じだと、戸惑うしかない。

「あんだよ、その顔。偶然同じ方向なだけだろ」
 三ツ矢がそう姫川さんに絡んでいるけれど、
「何も言ってないけど」
 と冷たく返している。

 頻繁ひんぱんにスマホを触っている白崎さんは、いよいよ機嫌が悪くなってきた。
「まじ、しつこい。やめろし」
 と、ガルガル唸っている。

 ハイテンションの後ヒステリック。僕がエリコから学んだことによると、こういう場合、割とメンタルの黄色信号だ。
 もしも白崎さんがこの辺で何かを企んでいるのなら――そしてそれで緊張しているのなら、と僕の嫌な予感が止まらない。
 
「リンさんっ。最初さ、どのお店行く?」

 気をそらすため、僕は家でプリントアウトしてきた『竹下通りマップ』をがさごそ開いた。
 すると狙い通りに、白崎さんは目を輝かせる。

「え。ユッキーこれ持ってきてくれたの?」
「うん。スマホって画面小さいでしょ」
「優しいね……」

 褒められると照れる、と思っていたら三ツ矢に足を踏まれた。

「イッ!」
「あーわりわり。……調子乗んなよ」
 
 三ツ矢は、全然謝っていない。でもいい。人間の度量の大きさ、見せてやるんだ! と内心で強がっておく。
 姫川さんが僕を「大丈夫?」と気遣いつつ、別の質問を投げる。
 
「今どの辺かな?」

 足が痛くて答えられない僕の代わりに、トワが車内表示を確かめつつ答えた。
 
「青山一丁目。次で降りるぞ」

 予定では、表参道駅で降りて明治神宮まで表参道を歩いて北上する。参拝したら、今度は竹下通りを南下する。
 
 ――白崎さんは、電車を降りなかった。
 
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