18 / 32
第三章 天使くん、事件で踊る
17.あやしいギャル
しおりを挟む修学旅行が近づいてきている二年三組は、全体が浮足立っている。
他のクラスもそうだろうが、授業よりも旅行のことで頭がいっぱいだ。
僕の学校は定期テストが終わると席替えがあるので、十月の中間テストを終えた後の僕は、三ツ矢の前という危険な席からは解放されていた。
窓際一番後ろという一番良い席をくじで当てた僕に、先生が「ちょっと配慮しよう」と前にトワを置いた他、右隣は偶然にも姫川さん。さらにその隣はアンジ、という不思議な席割りになった。
唯一離れた白崎さんは、またも三ツ矢の近く(もしかしたら、誰かが無理やり席を交換させられた可能性大)で、ずっと不機嫌だ。
「リンちゃん、かわいそう」
三ツ矢が白崎さんへしつこく絡むといういつもの光景を見た姫川さんが、ぽつりと呟いた。文化祭の後夜祭でダンスを披露し、体育祭でもリレーで活躍した三ツ矢は、何も知らない後輩たちから爆モテしている。
にも関わらず、相変わらず白崎さんにアプローチを続けているのだ。
「あれだけ脈がないのに、懲りないのすごいね。よっぽど好きなんだね」
せめて三ツ矢の気持ちには敬意を払おうと思った僕の言葉で、姫川さんは余計に顔を曇らせた。
「……リンちゃんのお兄さん、この辺に顔が利くじゃない? リンちゃんが可愛いのもあるけど、それで狙われてるんだって愚痴ってた」
「あー……」
白崎さんのお兄さんは、高校生の時このあたりでも有名なヤンキーだったらしい。確かにバイクを見てもらう時、気合が入っている人だなあとは思っていた。
だから白崎さんが強く当たっても、三ツ矢はめげないのかと腑に落ちる。でもそれってどうなんだと僕は思うし、本当に本人のことが好きなのだろうか? と疑問だ。
「あーちゃんがリンさんと仲良くなるなんて、意外だったな」
話題を変えようとした僕は、素直な感想を言ってみた。
「え? リンちゃん、いい子だもん。裏表ないし、嘘つかないし」
姫川さんの言葉に棘があるのは、周囲への牽制かもしれない。AI疑惑の時、嫌と言うほど感じた、女子同士の軋轢。
社会は厳しいヒエラルキーで成り立っているから、教室の中ですらも見えない何かがしのぎを削っている。僕には無縁な世界だけれど。
「……そだね」
「だからちょっと心配」
「ん?」
「多分なんか、悩んでる」
「え」
「気のせいだったら、いいけど」
もっと深く聞くには、教室と言う場所は悪すぎる。
女子はいつだって聞き耳を立ててゴシップを求めているし、ニュースの伝播速度といったら光をも凌駕するのが田舎ネットワークだ。Mbpsじゃ測れない。
それからはふたりとも口を閉じて、次の授業の準備をした。
◇
修学旅行の話し合いが続いている週一のLHRで、白崎さんの様子がおかしいのはなんとなくみんな気づいていた。
班ごとに集まり机を寄せて打合せをしている時、あれほど渋谷! 原宿! と楽しみにしていたのに、全然発言がないのだ。
僕はその様子を見ながらも、リーダーらしく班で決めなければならないことを決めて、プリントに書き入れていく。
「……というわけで、班別自由行動は明治神宮から竹下通り、時間があればラフォーレ原宿、で行きたいと思います。集合場所の東京駅へは、表参道駅から二十分程度なので、それを目安に」
「電車の時間だけ考慮すると、痛い目を見るぞ。地下鉄なら丸の内側に出るから大丈夫とは思うが、構内もかなり歩くと想定して最低でも四十分前には出たいところだ。赤レンガも見たいだろう?」
「えっと全然わかりませんけど、言う通りにします、天使さん!」
みんなの顔を見ながら言ってから、僕は一班の自由行動欄に、『明治神宮・竹下通り』と書いた。
姫川さんは結局「美術館はひとりでじっくり見たいし、私も食べ歩きしたい」となって、白崎さんの希望メインで行くことになった。
僕も、珍しい原宿フードを食べられたら嬉しい。
喜んでくれるはずの白崎さんは――上の空だ。
「リンさん?」
「ん?」
「大丈夫?」
「……うん」
シンとなる空気の中で、トワが日程表プリントの裏にメモをし始めた。
「問題は、お小遣いだな」
びくん、と白崎さんの肩が揺れるのを横目で見ながら、僕はトワに尋ねた。
「お小遣い?」
「ああ。三日目はご存じの通り有名テーマパークだ。あそこの食事やグッズはものすごく高額だと覚悟してくれ。つまり、できれば二、三万円は現金で持っているべきだ。カード決済はできるが、電子マネー非対応だからな」
「ひええ」
「結構いるのね!」
僕と姫川さんが同時に悲鳴を上げる。お年玉貯金で足りるだろうか。エリコ、出してくれるかな。
「さらに竹下通りで食べ歩きするなら、五千円から一万円は持っておきたい。親と話し合ってくれ。それから決定するのでも遅くはないと思うが、どうだ」
「いやあほんとだね! さすが元東京人。物価って高いんだね~!」
トワのアドバイスに僕が感心してみせると、姫川さんとアンジは眉尻を下げた。
「私は大丈夫だと思う。巫女バイト代、手をつけてないから」
「俺も問題ない」
それを見たトワも、当然頷く。
「うん。ボクも大丈夫だ」
僕もたぶん大丈夫だろうけれど、白崎さんの様子を見て、大丈夫と言うのはやめた。
「うひい! 家帰ったら、母さんに拝み倒してみるよ。リンさんも、がんばろうね!」
「う、うん……」
「ダメだったら、ごめんね!」
みんなに、ぱん! と手を合わせる。
白崎さんがどこか諦めたようなホッとしたような顔をしたのが気になって、姫川さんへ目配せをした。姫川さんは、わずかに頷いた後で優しい声を出す。
「リンちゃん、何か困ったことがあったら、言ってね?」
「え。うん、大丈夫」
ぎゅ、とスカートの上で両拳を握りしめている白崎さんの姿は、全然大丈夫じゃない。けれども僕らはそれ以上深く踏み込むのを、思いとどまった。追い詰めても良くないから。
◇
白崎さんは、目に見えて教室内でスマホを触っていることが増えた。
基本的に休み時間は使ってもいいが、それ以外はロッカーにしまうのが校則なのだが、明らかにスカートのポケットに入れっぱなし。
気になるけれど画面を覗くのはマナー違反であるし、どうしたものかと思っていたら、アンジがしれっとやってくれた。
ランチタイムにいつものベンチで三人だけになったのを見計らって、スマホを取り出してその画面を見せてくる。
「白崎の。多分これで合ってる」
さすが百八十センチ。百五十センチぐらいの白崎さんの背後を取るのは、容易だったらしい。
「ちょ、アンジ!?」
「無断で悪いと思ったが、様子がおかしかったんでな」
「そりゃそうだけっ……!」
眼前に示された女子高生の写真が並んだSNSの投稿は、ありきたりだ。かろうじて目や制服の細部だけはスタンプで隠してあるけれど、見る人が見れば白崎さんだと分かるが、問題はそこではない。
とにかく、コメントがやばすぎた。
リン>>『せっかく東京に修旅行くのにお金なくてムリ。さぼっちゃおかな #憂鬱#お金ない#悲しい#JK』
誰か>>『DMしちゃうね』
誰か>>『メッセージ読んで~』
誰か>>『DM検討よろしく♪』
最悪な予想をしてしまうのは、当然だろう。
「アンジ! これってまさか」
「ああ……危険だと思った。迷っているように見えたしな」
話を聞いていたトワは、眉をひそめて腕組みをしながら、苦しげな声を吐き出した。
「だが、本人に相談されない限り、ボクらは動けない。DMを見ない限り、断定もできない」
僕は、頭を抱えたくなった。こんなのは僕らの領域じゃないけれど、旅行中に何かが起きたら、僕らの問題だ。ならばせめて、何かが起こる前に止めるしかない。
「……会うとしたら、都内のはず。幸い同じ班だし、目を離さないようにしよう!」
僕の提案に、トワとアンジは深く頷いた。
29
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
絢と僕の留メ具の掛け違い・・
すんのはじめ
青春
幼馴染のありふれた物語ですが、真っ直ぐな恋です
絢とは小学校3年からの同級生で、席が隣同士が多い。だけど、5年生になると、成績順に席が決まって、彼女とはその時には離れる。頭が悪いわけではないんだが・・。ある日、なんでもっと頑張らないんだと聞いたら、勉強には興味ないって返ってきた。僕は、一緒に勉強するかと言ってしまった。 …
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる