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第三章 天使くん、事件で踊る

17.あやしいギャル

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 修学旅行が近づいてきている二年三組は、全体が浮足立っている。
 他のクラスもそうだろうが、授業よりも旅行のことで頭がいっぱいだ。

 僕の学校は定期テストが終わると席替えがあるので、十月の中間テストを終えた後の僕は、三ツ矢の前という危険な席からは解放されていた。
 窓際一番後ろという一番良い席をくじで当てた僕に、先生が「ちょっと配慮しよう」と前にトワを置いた他、右隣は偶然にも姫川さん。さらにその隣はアンジ、という不思議な席割りになった。
 唯一離れた白崎さんは、またも三ツ矢の近く(もしかしたら、誰かが無理やり席を交換させられた可能性大)で、ずっと不機嫌だ。

「リンちゃん、かわいそう」

 三ツ矢が白崎さんへしつこく絡むといういつもの光景を見た姫川さんが、ぽつりと呟いた。文化祭の後夜祭でダンスを披露し、体育祭でもリレーで活躍した三ツ矢は、何も知らない後輩たちから爆モテしている。

 にも関わらず、相変わらず白崎さんにアプローチを続けているのだ。
 
「あれだけ脈がないのに、懲りないのすごいね。よっぽど好きなんだね」

 せめて三ツ矢の気持ちには敬意を払おうと思った僕の言葉で、姫川さんは余計に顔を曇らせた。
 
「……リンちゃんのお兄さん、この辺に顔が利くじゃない? リンちゃんが可愛いのもあるけど、それで狙われてるんだって愚痴ってた」
「あー……」

 白崎さんのお兄さんは、高校生の時このあたりでも有名なヤンキーだったらしい。確かにバイクを見てもらう時、気合が入っている人だなあとは思っていた。
 だから白崎さんが強く当たっても、三ツ矢はめげないのかと腑に落ちる。でもそれってどうなんだと僕は思うし、本当に本人のことが好きなのだろうか? と疑問だ。
 
「あーちゃんがリンさんと仲良くなるなんて、意外だったな」
 
 話題を変えようとした僕は、素直な感想を言ってみた。

「え? リンちゃん、いい子だもん。裏表ないし、嘘つかないし」

 姫川さんの言葉に棘があるのは、周囲への牽制かもしれない。AI疑惑の時、嫌と言うほど感じた、女子同士の軋轢あつれき
 社会は厳しいヒエラルキーで成り立っているから、教室の中ですらも見えない何かがしのぎを削っている。僕には無縁な世界だけれど。
 
「……そだね」
「だからちょっと心配」
「ん?」
「多分なんか、悩んでる」
「え」
「気のせいだったら、いいけど」

 もっと深く聞くには、教室と言う場所は悪すぎる。
 女子はいつだって聞き耳を立ててゴシップを求めているし、ニュースの伝播でんぱ速度といったら光をも凌駕りょうがするのが田舎ネットワークだ。Mbpsじゃ測れない。

 それからはふたりとも口を閉じて、次の授業の準備をした。
 
 ◇

 修学旅行の話し合いが続いている週一のLHRで、白崎さんの様子がおかしいのはなんとなくみんな気づいていた。
 班ごとに集まり机を寄せて打合せをしている時、あれほど渋谷! 原宿! と楽しみにしていたのに、全然発言がないのだ。
 僕はその様子を見ながらも、リーダーらしく班で決めなければならないことを決めて、プリントに書き入れていく。
 
「……というわけで、班別自由行動は明治神宮から竹下通り、時間があればラフォーレ原宿、で行きたいと思います。集合場所の東京駅へは、表参道駅から二十分程度なので、それを目安に」
 
「電車の時間だけ考慮すると、痛い目を見るぞ。地下鉄なら丸の内側に出るから大丈夫とは思うが、構内もかなり歩くと想定して最低でも四十分前には出たいところだ。赤レンガも見たいだろう?」
 
「えっと全然わかりませんけど、言う通りにします、天使さん!」
 
 みんなの顔を見ながら言ってから、僕は一班の自由行動欄に、『明治神宮・竹下通り』と書いた。
 姫川さんは結局「美術館はひとりでじっくり見たいし、私も食べ歩きしたい」となって、白崎さんの希望メインで行くことになった。
 僕も、珍しい原宿フードを食べられたら嬉しい。
 喜んでくれるはずの白崎さんは――上の空だ。
 
「リンさん?」
「ん?」
「大丈夫?」
「……うん」
 
 シンとなる空気の中で、トワが日程表プリントの裏にメモをし始めた。
 
「問題は、お小遣いだな」

 びくん、と白崎さんの肩が揺れるのを横目で見ながら、僕はトワに尋ねた。

「お小遣い?」
「ああ。三日目はご存じの通り有名テーマパークだ。あそこの食事やグッズはものすごく高額だと覚悟してくれ。つまり、できれば二、三万円は現金で持っているべきだ。カード決済はできるが、電子マネー非対応だからな」
「ひええ」
「結構いるのね!」

 僕と姫川さんが同時に悲鳴を上げる。お年玉貯金で足りるだろうか。エリコ、出してくれるかな。

「さらに竹下通りで食べ歩きするなら、五千円から一万円は持っておきたい。親と話し合ってくれ。それから決定するのでも遅くはないと思うが、どうだ」
「いやあほんとだね! さすが元東京人。物価って高いんだね~!」

 トワのアドバイスに僕が感心してみせると、姫川さんとアンジは眉尻を下げた。
 
「私は大丈夫だと思う。巫女バイト代、手をつけてないから」
「俺も問題ない」

 それを見たトワも、当然頷く。
 
「うん。ボクも大丈夫だ」

 僕もたぶん大丈夫だろうけれど、白崎さんの様子を見て、大丈夫と言うのはやめた。

「うひい! 家帰ったら、母さんに拝み倒してみるよ。リンさんも、がんばろうね!」
「う、うん……」
「ダメだったら、ごめんね!」

 みんなに、ぱん! と手を合わせる。
 白崎さんがどこか諦めたようなホッとしたような顔をしたのが気になって、姫川さんへ目配せをした。姫川さんは、わずかに頷いた後で優しい声を出す。

「リンちゃん、何か困ったことがあったら、言ってね?」
「え。うん、大丈夫」

 ぎゅ、とスカートの上で両拳を握りしめている白崎さんの姿は、全然大丈夫じゃない。けれども僕らはそれ以上深く踏み込むのを、思いとどまった。追い詰めても良くないから。

 ◇

 白崎さんは、目に見えて教室内でスマホを触っていることが増えた。
 基本的に休み時間は使ってもいいが、それ以外はロッカーにしまうのが校則なのだが、明らかにスカートのポケットに入れっぱなし。
 
 気になるけれど画面を覗くのはマナー違反であるし、どうしたものかと思っていたら、アンジがしれっとやってくれた。
 ランチタイムにいつものベンチで三人だけになったのを見計らって、スマホを取り出してその画面を見せてくる。
 
「白崎の。多分これで合ってる」

 さすが百八十センチ。百五十センチぐらいの白崎さんの背後を取るのは、容易だったらしい。
 
「ちょ、アンジ!?」
「無断で悪いと思ったが、様子がおかしかったんでな」
「そりゃそうだけっ……!」

 眼前に示された女子高生の写真が並んだSNSの投稿は、ありきたりだ。かろうじて目や制服の細部だけはスタンプで隠してあるけれど、見る人が見れば白崎さんだと分かるが、問題はそこではない。
 とにかく、コメントがやばすぎた。

 リン>>『せっかく東京に修旅行くのにお金なくてムリ。さぼっちゃおかな #憂鬱#お金ない#悲しい#JK』
 誰か>>『DMしちゃうね』
 誰か>>『メッセージ読んで~』
 誰か>>『DM検討よろしく♪』

 最悪な予想をしてしまうのは、当然だろう。

「アンジ! これってまさか」
「ああ……危険だと思った。迷っているように見えたしな」

 話を聞いていたトワは、眉をひそめて腕組みをしながら、苦しげな声を吐き出した。
 
「だが、本人に相談されない限り、ボクらは動けない。DMを見ない限り、断定もできない」

 僕は、頭を抱えたくなった。こんなのは僕らの領域じゃないけれど、旅行中に何かが起きたら、僕らの問題だ。ならばせめて、何かが起こる前に止めるしかない。
 
「……会うとしたら、都内のはず。幸い同じ班だし、目を離さないようにしよう!」

 僕の提案に、トワとアンジは深く頷いた。
 
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