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第二章 天使くん、頑張る
11.きっかけに、なる
しおりを挟む文化祭の準備で忙しい毎日が始まった。
週に一度のLHR(ロングホームルーム)の時間を使って、クラスの出し物の話し合いが行われる。
二年三組は、定番中の定番である『縁日』に決まった。他のクラスが焼きそばやフランクフルトを売るので、食事券やお菓子が賞品になったまでは良かったが、ゲームや衣装を何にするのかで揉めている。
「地味すぎんだよ、輪投げとかよぉ」
「衣装がハッピって。可愛くないよね~」
「喫茶店が良かったなぁ」
人気の出し物は、文化祭委員のくじ引きで争われ、お化け屋敷や喫茶店は他のクラスになった。
くじを引いたのは実は白崎さんだが、トワが「ボクの力及ばずで、すまなかった!」と声高らかに宣言したため、クラスのヘイトは全てトワに向かっている。
それを見た白崎さんは、罪悪感も相まって拗ねてしまい、やる気がなさそうに教壇に立っているだけだ。
「しゃーねーだろ。ハッピが嫌なら好きな格好しろよ」
「え~、きわどいのとか?」
「いやーん」
クラス委員の三ツ矢は、はっきり言ってクラスの縁日より、ステージで披露するダンスの方に気を取られている。文化祭委員の話し合いにもほぼ参加せず、体育館での練習に励む毎日だ。白崎さんに良いところを見せようと張り切っているのはいいが、今落ち込んでいる彼女をフォローせずに? と僕には彼の思考回路がまったく理解できない。
予算も時間も限られている中で、ゲームも衣装も作らないとならないとなると、無理がある。あと僕はハッピで良いと思う。縁日ぽいし、楽だし。
「クラT作ったらどうかな」
姫川さんが、妥協案を発言する。さすが委員長だ。
たちまち教室内がシンとするのを見て、綺麗な形の眉毛が少し下がる。
「……デザインするのに、店のコンセプトとか、クラスのスローガン的なのが必要だけど」
みんな文句は言うけれど、提案はしない。意見を言わないからと進めると、ケチをつける。じゃあどうしたいの? と聞くと――
「スローガンねえ」
はん、と鼻で笑う三ツ矢のように、ディスるのだ。
トワはこのクラスの冷えた雰囲気にもおかまいなしで、はいっと勢いよく手を挙げた。教壇上にいるのだから、普通に喋れば良いのに。
「それならば是非、天使モチーフで行こう! 縁日はもともと、神様と縁を結ぶためのものなんだぞ」
ここで自分を押し切るのはさすがだと思う。
「うわ」
「出たよ」
「謎の天使縛り」
方々から上がる不満にも、トワは負けない。
「ボクは羽根を背負って店番する!」
ぐっと体の前で両手を握って、気合を入れてみせる。
「だっさ」
「はずい~」
いい加減、僕はイライラしてきた。
考えないくせに否定だけするのは、とてもとても楽なことだ。あたかも自分が上の立場になったような気分になるけれど、実は何も生んでいない。ダメ出しとも違う。けなすだけ、に脳みそは使わない。ただただ悪口を言えばいいのだから。
(何がしたいとか、こうすればいいとか、言えもしないくせに)
転入してきたばかりでやりたいことを主張するトワの方が、よほどすごいし、見習わなければと思った。ましてや、病気を背負っている。
(天使くんにとっては、これが最後の文化祭かもしれないんだ)
僕の心がこんなに粟立つことなんて、滅多にない。今までは全部諦めていたから。でもそれは奴らと何が違う? ――頭の中に、過去のトラウマが鮮明に蘇る。醜い顔で僕を取り囲むかつてのクラスメイトたち。事実でも証拠でもないことを、あたかも正義であるかのように喚き散らす醜悪な面々と、今の彼らとが重なって見えた。
(僕は、違う! 奴らとは、違う!)
衝動的に、僕はガガッ! と椅子から立ち上がった。姫川さんもトワも、驚いた顔をこちらに向けている。それはそうだろう。僕はみんなの前で発言するタイプじゃない。
(ああしまった。……でももう、後には引けない)
「あのっ……しらうみ天国て、どうかな。天国みたいに、楽しく遊んでもらうのがコンセプト。クラスTシャツは、青と白とかでっデザインもさ、そ、そそ空みたいにしたら……」
僕は、一生懸命考えた。そして、意見を言った。バカにされてもいい。ものすごく怖いし落ち込むだろうけど。何も言わないよりは、ずっといい。
「なるほど! 青Tシャツの背中に白い翼モチーフで白エプロンって可愛いかも。女子は白いフリフリとか」
姫川さんが、乗ってくれた。それに大きく頷いたトワが同調する。
「うん、いいね! 女子は青いTシャツに白エプロン。男子は白いTシャツに青エプロンって分けるのも良くないか!? それなら予算もそれほどかからないだろう」
白崎さんがみるみる明るい顔になって、言った。
「うんうん! エプロンに自分の名前とか刺繍するのも可愛いかも! ワッペンでも、レースでも、自分流カスタマイズで個性出せるし」
すると、他の女子たちも火がついたようで、様々な意見が出た。お揃いのヘッドドレスを作ってはどうか、とか。羽根を背負う人の役目を決めたらどうか、とか。
男子も、青エプロンなら抵抗ないし、『祭』の文字をデカデカ入れてもいいかも、とか。
活発な意見交換がされて、非常に前に進んだLHRになった。僕の意見がきっかけでこんな風になるだなんて、初めてだ。
僕は方々から飛び出す色々な意見の波に呑まれて、へろへろと椅子に座り直す。
姫川さんが、眉毛を八の字にして僕を見つめている。多大なるご心配をおかけして申し訳ございませんの気持ちだ。
――やっぱり、向いていない。
◇
なぜか僕は言い出しっぺ扱いで、教室とTシャツのデザインを請け負うことになってしまった。もちろんそんなスキルはないので、影のデザイナーは姫川さんである。
ハイスペックのパソコンなら家にあるぞ、というトワの家に放課後集合して、三人プラスワンでワイワイ考えたのは内緒。
プラスワン、というのはアンジだ。
クラスTシャツはネット注文できるけれど、縁日のゲームやら設置の台やらは少し遠いホームセンターまで買いに行かなければならない。買出しにバイクがあれば便利だと、アンジにも声を掛けたけれど――最近のアンジは寝てばかりで、理由を聞いても「そういう時期だから」という訳の分からない返事が来た。何か家庭の事情でもあるのだろうか、と深くは聞かないことにしている。昨日も、トワの家のテーブルで話し合いをしている三人の背後で、ごろりと横になっているだけだった。
朝の教室でも、早速机に突っ伏して寝ているアンジを心配しつつ、僕は自分の席で資料の確認をする。
今日から二週間は、学校全体が文化祭の準備期間に入るため、朝のHRでデザインと作業配分の発表がされるからだ。
トワがパソコンで資料をまとめて、学校のプリンターを借りてコピー済のそれを、僕がホチキスで製本しただけだけれど、いざとなると緊張する。
「いいじゃん」
白崎さんが、僕の後ろから覗きこんで言ってくれた。
「ありがと!」
僕が今見ていたのは、昨日できあがったTシャツのデザインだ。
男子は白地、女子は青地のTシャツは、どちらも白地には青の線、青地には白の線で背中に大きく天使のような羽根が描かれている。コンセプトはGo to HeavenならぬPlay to Heavenで、左胸にロゴで入れた。
女子のエプロンは白地のフリフリでメイドみたいなもの。男子はデニムエプロンの腰巻タイプで、ひとり三千円までという予算カツカツになったため、カスタマイズは自費でご自由にどうぞだ。
「天使て。あいつまじでそう思ってんなら、やべえよな」
白崎さんの横から茶々を入れてくるのは、いつもの三ツ矢だ。今のところ、文句しか言っていない。
「いいじゃん。まじで天使みたいだもん、見た目」
「あ?」
白崎さんは、頼むから火に油を注がない、もとい、ゴリラにバナナを与えないでいただきたい。
でも、僕は知っている。白崎さんの推しも、中性的で華奢で可愛い感じだ。文化祭委員の話し合いの時、白崎さんはトワの顔面に見惚れていて、トワは全然気づいていないのがまた面白い。
天使に対抗する不憫なゴリラの構図を想像して、僕は吹き出しそうになるのを必死で我慢した。
「おい。なんだその顔」
べし、と三ツ矢はまた僕の後頭部を叩く。結構痛くて「うぶっ」と声が出た。吹くのを我慢していたから変な声になったんだけど、白崎さんがキャハハと楽しそうに笑ったから、まあいいか。
三ツ矢のヘイトがごりごりと溜まっていっているけれど、僕にはどうしようもなかった。
――どうにかすれば、良かった。
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