上 下
12 / 32
第二章 天使くん、頑張る

11.きっかけに、なる

しおりを挟む


 文化祭の準備で忙しい毎日が始まった。
 週に一度のLHR(ロングホームルーム)の時間を使って、クラスの出し物の話し合いが行われる。
 二年三組は、定番中の定番である『縁日』に決まった。他のクラスが焼きそばやフランクフルトを売るので、食事券やお菓子が賞品になったまでは良かったが、ゲームや衣装を何にするのかで揉めている。

「地味すぎんだよ、輪投げとかよぉ」
「衣装がハッピって。可愛くないよね~」
「喫茶店が良かったなぁ」

 人気の出し物は、文化祭委員のくじ引きで争われ、お化け屋敷や喫茶店は他のクラスになった。
 くじを引いたのは実は白崎さんだが、トワが「ボクの力及ばずで、すまなかった!」と声高らかに宣言したため、クラスのヘイトは全てトワに向かっている。
 それを見た白崎さんは、罪悪感も相まってねてしまい、やる気がなさそうに教壇に立っているだけだ。
 
「しゃーねーだろ。ハッピが嫌なら好きな格好しろよ」
「え~、きわどいのとか?」
「いやーん」

 クラス委員の三ツ矢は、はっきり言ってクラスの縁日より、ステージで披露するダンスの方に気を取られている。文化祭委員の話し合いにもほぼ参加せず、体育館での練習に励む毎日だ。白崎さんに良いところを見せようと張り切っているのはいいが、今落ち込んでいる彼女をフォローせずに? と僕には彼の思考回路がまったく理解できない。
 予算も時間も限られている中で、ゲームも衣装も作らないとならないとなると、無理がある。あと僕はハッピで良いと思う。縁日ぽいし、楽だし。

「クラT作ったらどうかな」
 
 姫川さんが、妥協案を発言する。さすが委員長だ。
 たちまち教室内がシンとするのを見て、綺麗な形の眉毛が少し下がる。

「……デザインするのに、店のコンセプトとか、クラスのスローガン的なのが必要だけど」
 
 みんな文句は言うけれど、提案はしない。意見を言わないからと進めると、ケチをつける。じゃあどうしたいの? と聞くと――

「スローガンねえ」

 はん、と鼻で笑う三ツ矢のように、ディスるのだ。
 トワはこのクラスの冷えた雰囲気にもおかまいなしで、はいっと勢いよく手を挙げた。教壇上にいるのだから、普通に喋れば良いのに。

「それならば是非、天使モチーフで行こう! 縁日はもともと、神様と縁を結ぶためのものなんだぞ」

 ここで自分を押し切るのはさすがだと思う。
 
「うわ」
「出たよ」
「謎の天使縛り」

 方々から上がる不満にも、トワは負けない。
 
「ボクは羽根を背負って店番する!」

 ぐっと体の前で両手を握って、気合を入れてみせる。
 
「だっさ」
「はずい~」

 いい加減、僕はイライラしてきた。
 
 考えないくせに否定だけするのは、とてもとても楽なことだ。あたかも自分が上の立場になったような気分になるけれど、実は何も生んでいない。ダメ出しとも違う。けなすだけ、に脳みそは使わない。ただただ悪口を言えばいいのだから。
 
(何がしたいとか、こうすればいいとか、言えもしないくせに)
 
 転入してきたばかりでやりたいことを主張するトワの方が、よほどすごいし、見習わなければと思った。ましてや、病気を背負っている。

(天使くんにとっては、これが最後の文化祭かもしれないんだ)
 
 僕の心がこんなに粟立あわだつことなんて、滅多にない。今までは全部諦めていたから。でもそれはと何が違う? ――頭の中に、過去のトラウマが鮮明に蘇る。醜い顔で僕を取り囲むかつてのクラスメイトたち。事実でも証拠でもないことを、あたかも正義であるかのようにわめき散らす醜悪な面々と、今の彼らとが重なって見えた。

(僕は、違う! 奴らとは、違う!)
 
 衝動的に、僕はガガッ! と椅子から立ち上がった。姫川さんもトワも、驚いた顔をこちらに向けている。それはそうだろう。僕はみんなの前で発言するタイプじゃない。

(ああしまった。……でももう、後には引けない)

「あのっ……しらうみ天国て、どうかな。天国みたいに、楽しく遊んでもらうのがコンセプト。クラスTシャツは、青と白とかでっデザインもさ、そ、そそ空みたいにしたら……」

 僕は、一生懸命考えた。そして、意見を言った。バカにされてもいい。ものすごく怖いし落ち込むだろうけど。何も言わないよりは、ずっといい。
 
「なるほど! 青Tシャツの背中に白い翼モチーフで白エプロンって可愛いかも。女子は白いフリフリとか」

 姫川さんが、乗ってくれた。それに大きく頷いたトワが同調する。

「うん、いいね! 女子は青いTシャツに白エプロン。男子は白いTシャツに青エプロンって分けるのも良くないか!? それなら予算もそれほどかからないだろう」

 白崎さんがみるみる明るい顔になって、言った。
 
「うんうん! エプロンに自分の名前とか刺繍するのも可愛いかも! ワッペンでも、レースでも、自分流カスタマイズで個性出せるし」

 すると、他の女子たちも火がついたようで、様々な意見が出た。お揃いのヘッドドレスを作ってはどうか、とか。羽根を背負う人の役目を決めたらどうか、とか。
 男子も、青エプロンなら抵抗ないし、『祭』の文字をデカデカ入れてもいいかも、とか。
 活発な意見交換がされて、非常に前に進んだLHRになった。僕の意見がきっかけでこんな風になるだなんて、初めてだ。

 僕は方々から飛び出す色々な意見の波に呑まれて、へろへろと椅子に座り直す。
 姫川さんが、眉毛を八の字にして僕を見つめている。多大なるご心配をおかけして申し訳ございませんの気持ちだ。
 
 ――やっぱり、向いていない。

 ◇

 なぜか僕は言い出しっぺ扱いで、教室とTシャツのデザインを請け負うことになってしまった。もちろんそんなスキルはないので、影のデザイナーは姫川さんである。
 ハイスペックのパソコンなら家にあるぞ、というトワの家に放課後集合して、三人プラスワンでワイワイ考えたのは内緒。
 
 プラスワン、というのはアンジだ。
 
 クラスTシャツはネット注文できるけれど、縁日のゲームやら設置の台やらは少し遠いホームセンターまで買いに行かなければならない。買出しにバイクがあれば便利だと、アンジにも声を掛けたけれど――最近のアンジは寝てばかりで、理由を聞いても「そういう時期だから」という訳の分からない返事が来た。何か家庭の事情でもあるのだろうか、と深くは聞かないことにしている。昨日も、トワの家のテーブルで話し合いをしている三人の背後で、ごろりと横になっているだけだった。
 
 朝の教室でも、早速机に突っ伏して寝ているアンジを心配しつつ、僕は自分の席で資料の確認をする。
 今日から二週間は、学校全体が文化祭の準備期間に入るため、朝のHRでデザインと作業配分の発表がされるからだ。
 トワがパソコンで資料をまとめて、学校のプリンターを借りてコピー済のそれを、僕がホチキスで製本しただけだけれど、いざとなると緊張する。
 
「いいじゃん」

 白崎さんが、僕の後ろから覗きこんで言ってくれた。

「ありがと!」

 僕が今見ていたのは、昨日できあがったTシャツのデザインだ。
 男子は白地、女子は青地のTシャツは、どちらも白地には青の線、青地には白の線で背中に大きく天使のような羽根が描かれている。コンセプトはGo to HeavenならぬPlay to Heavenで、左胸にロゴで入れた。
 女子のエプロンは白地のフリフリでメイドみたいなもの。男子はデニムエプロンの腰巻タイプで、ひとり三千円までという予算カツカツになったため、カスタマイズは自費でご自由にどうぞだ。
 
「天使て。あいつまじでそう思ってんなら、やべえよな」

 白崎さんの横から茶々を入れてくるのは、いつもの三ツ矢だ。今のところ、文句しか言っていない。
 
「いいじゃん。まじで天使みたいだもん、見た目」
「あ?」

 白崎さんは、頼むから火に油を注がない、もとい、ゴリラにバナナを与えないでいただきたい。
 
 でも、僕は知っている。白崎さんの推しも、中性的で華奢で可愛い感じだ。文化祭委員の話し合いの時、白崎さんはトワの顔面に見惚れていて、トワは全然気づいていないのがまた面白い。
 天使に対抗する不憫なゴリラの構図を想像して、僕は吹き出しそうになるのを必死で我慢した。
 
「おい。なんだその顔」

 べし、と三ツ矢はまた僕の後頭部を叩く。結構痛くて「うぶっ」と声が出た。吹くのを我慢していたから変な声になったんだけど、白崎さんがキャハハと楽しそうに笑ったから、まあいいか。
 三ツ矢のヘイトがごりごりと溜まっていっているけれど、僕にはどうしようもなかった。
 
 ――どうにかすれば、良かった。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

絢と僕の留メ具の掛け違い・・

すんのはじめ
青春
幼馴染のありふれた物語ですが、真っ直ぐな恋です  絢とは小学校3年からの同級生で、席が隣同士が多い。だけど、5年生になると、成績順に席が決まって、彼女とはその時には離れる。頭が悪いわけではないんだが・・。ある日、なんでもっと頑張らないんだと聞いたら、勉強には興味ないって返ってきた。僕は、一緒に勉強するかと言ってしまった。  …

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...