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第一章 天使くん、現る
6.協力者!?
しおりを挟む「あーと、天乃? なにしてんだ?」
ホームルームの始まる時間になったようで、担任の橋本先生が教室にやってきたわけだけれども、当然困惑顔だ。
「あ。先生。休んでましたけど、今日からよろしくお願いします」
「おう……え? 体は大丈夫なのか?」
「大丈夫ではないですけど、大丈夫です!」
輝くような笑顔で言い切った後で教壇からとん、と飛び降りた天乃くんは、満足げな顔で教室中を見回しながら自分の席へと向かう。
演説を終え、政策は十分言い切ったぞ民衆よ! な政治家みたいで、全然天使じゃない。半そでから覗いている腕はガリガリだけど、頬には気力が漲っている。うん、別人だ。僕らがお見舞いに行った後で、生まれ変わったに違いない。もしくは、別人の魂がスコンとあの中に入り込んだか。
「おおう?」
橋本先生は困惑しつつ天乃くんを目で追いかけた後、最後に僕を見た。
バッチリ目が合ったので、とりあえず軽く首を傾げる。何も知りません。むしろ、余計なお世話だったはずなんだけれど、訳が分かりません。言いたいけれど、我慢しておく。
「天使? あほか」
背後から不穏なつぶやきが聞こえたけれど、聞こえなかったフリをしておく。
僕はただ平和に過ごしたかっただけなのに、やっぱり何かに巻き込まれる予感しかしない。
◇
「天乃くんさ、いったい何があったのかな」
「さあな」
いつものランチタイム。アンジと一緒に体育館裏のベンチに座ってから、ようやく僕は肩の力を抜く。
あれから休み時間ごとに、周囲に「なにか困っていることはないか?」「悩みがあるなら聞くぞ」と聞いて回る天乃くんに、クラス全員ドン引きしていた。
心境変化にしても振り幅デカ過ぎるだろ!? と僕は困惑の気持ちが抑えきれず、トイレに行ったり本に集中したりして、何とか彼とは接しないようにやり過ごし、念願のお昼を迎えている。
膝の上の弁当箱の中身は、いつもとさほど変わらない。ブロッコリーとミニトマト、厚焼き玉子にから揚げかミートボールか、夕食の残りのローテーション。飽きることもない。僕はそれで満足だし、毎日作ってくれる母親に感謝している。
「なるほど、ここにいたのか! 良い場所だな!」
(げっ!)
平和なランチ場所が、天乃くんに発見されてしまった。
僕が思わず嫌な顔をしたのに、彼は胸を張る。
「来栖のお陰で、すぐに見つけた」
「……俺か?」
「おととい、夢で見た神様にそっくりだから、どうしても目が離せなくてな。すまん」
「は?」
「えぇ……」
ちょっと本当に何を言っているのか分からない。
僕とアンジが座っている真ん中に、天乃くんはその細い体をずずいっと入れて、腰かけた。
余裕のあったベンチも、男子高生が三人並んで座ると、狭い。デカいアンジと、細くて華奢な天乃くんと、ぽっちゃり気味な僕。見事に三人三様だ。
「えーっとえっと、天乃くん?」
「うん。君はなんだっけ、名前」
アンジのはすぐ覚えるのに、僕のは――こんな地味でぼんやりしてるやつなんか、当然か。
「矢坂幸成だよ」
「ユキ。プリントありがとう」
「え? ああ、うん」
(ユキ、て僕のこと?)
そんな風に誰かに呼ばれたのはものすごく久しぶりで、少し嬉しい。
おまけに天乃くんがあまりにも変わりすぎなので、むしろ吹っ切れた。僕も遠慮なくで良いはずだ。
「なにがあったの? あんなに邪険にしてたくせに」
「うん。悪かった」
毒気が抜かれるって、こういうことを言うのか。勉強になったと思いつつ、僕はペットボトルのお茶を飲む。
ごくん、ごくん。言いたいことを全部飲み込む勢いで、喉仏を上下させた。
「ボクは、肥大型心筋症を患っていてな。あーっと、心臓が四つの部屋に分かれているのは知ってるか?」
前を向いたまま急に語り始める天乃くんの横顔を、僕は横目で見る。真っ白で、華奢で、まばたきする度にまつ毛がバサバサ羽ばたいていた。毛先が眼鏡のレンズにくっつきそう。
「その部屋を隔てる筋肉の壁が、分厚く硬くなる病気だ。ボクのは生まれた時からの厄介なやつで、治療の甲斐なく治らなかった。そのうち死ぬ」
「え、と。ほら、その、心臓移植とかは……」
「順番回ってこない」
「あとなんだっけ。なんか機械とか」
「適応基準外」
あまりにもさらりと言うので、へえとしか言葉が出てこなかった。だって、くじに外れたぐらいのニュアンスだ。
僕が二の句を告げずにいると、天乃くんが自嘲気味に笑う。
「なにがあったの、と聞かれたから答えるが。自分でもバカだとは思う」
「うん?」
彼なりに覚悟がいることみたいなので、弁当箱とペットボトルの蓋をしっかりと閉めた。
「……おととい、来栖とユキが帰った後、夢に神様が出てきたんだ」
危うくずっこけるところだった。蓋は閉めておいて正解だ。
「その夢の中で、ある約束をした。ボクが目標達成できれば、死んだ後は天使になれる」
にこ! と僕を振り向く天乃くんは、確かに白くて華奢で天使みたいだけれど、ちょっと何を言っているか分からない。
「神様との約束だから、内容は言えない」
「へ、へえ」
「だから、来栖。ユキ。ボクがこれからやることに協力してくれ!」
(ん?)
「おい。なぜ俺たちがお前に協力しなければならないんだ」
「来栖が言うことも、ごもっとも。でも、先生に頼まれたってだけでわざわざ病院まで来る、善良でお人よしだから、頼みたい」
(んん?)
「俺たちに何の利益もないんだが」
「ボクが無事天使になったら、君たちが天国へ行けるよう全力でサポートを」
「そんなの誰が保証するんだ」
(んんん?)
「あ、のね、天乃くん」
「天使と呼んでくれってば」
ふん、と鼻息荒く、天乃くんは腕と足を組む。
本人は威厳を出そうと思っているかもしれないけれど、華奢で童顔だから、なんだか可愛く見えるのが残念だ。
「天使くん……言いづらいんだけど、ほんと、勘弁して。僕は平和に過ごしたいんだよ」
「うん。ならますます、ボクに協力すべきだな」
「意味わかんないって。アンジも困ってるでしょ」
「来栖の下の名前はアンジっていうのか。いい名前だな。天使の日本語版みたいだ」
いきなり矛先を向けられたアンジは、クリームパンをかじりながら眉間にしわを寄せる。
食べ物と表情が、まるで合っていない。
「おい、なんでそうなるんだ」
「スペルがAngeだ。フランス語で天……」
「それだとアンジュだろ」
「アンジとも読めるってば」
「こじつけんな」
むすりとアンジが抗議をするけれど、問題点がどんどんズレていっている。
「いやえっとね」
「とにかく。ユキとアンジはボクの協力者だから。じゃ!」
トワはそう言うとばっと立ち上がって、スタスタと行ってしまった。
もちろん、残された僕たちはポカンだ。
「協力者って、いったい何なんだろう?」
すがるようにアンジを見てみたら、クリームパンのラスト一欠片を口内に放り入れているところだった。
「深く考えたら負けだ。とりあえず弁当食え。昼休み終わるぞ」
「ふぁい」
今日のお弁当のメインおかずは、野菜炒め。昨夜の残りだ。温かいうちは良かったけれど、冷めた今は、ピーマンがいつもより苦く感じた。
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