上 下
6 / 32
第一章 天使くん、現る

6.協力者!?

しおりを挟む


「あーと、天乃あまの? なにしてんだ?」

 ホームルームの始まる時間になったようで、担任の橋本先生が教室にやってきたわけだけれども、当然困惑顔だ。

「あ。先生。休んでましたけど、今日からよろしくお願いします」
「おう……え? 体は大丈夫なのか?」
「大丈夫ではないですけど、大丈夫です!」

 輝くような笑顔で言い切った後で教壇からとん、と飛び降りた天乃くんは、満足げな顔で教室中を見回しながら自分の席へと向かう。
 演説を終え、政策は十分言い切ったぞ民衆よ! な政治家みたいで、全然天使じゃない。半そでから覗いている腕はガリガリだけど、頬には気力がみなぎっている。うん、別人だ。僕らがお見舞いに行った後で、生まれ変わったに違いない。もしくは、別人の魂がスコンとあの中に入り込んだか。

「おおう?」
 
 橋本先生は困惑しつつ天乃くんを目で追いかけた後、最後に僕を見た。
 バッチリ目が合ったので、とりあえず軽く首を傾げる。何も知りません。むしろ、余計なお世話だったはずなんだけれど、訳が分かりません。言いたいけれど、我慢しておく。
 
「天使? あほか」

 背後から不穏なつぶやきが聞こえたけれど、聞こえなかったフリをしておく。
 僕はただ平和に過ごしたかっただけなのに、やっぱり何かに巻き込まれる予感しかしない。

 ◇

「天乃くんさ、いったい何があったのかな」
「さあな」

 いつものランチタイム。アンジと一緒に体育館裏のベンチに座ってから、ようやく僕は肩の力を抜く。
 
 あれから休み時間ごとに、周囲に「なにか困っていることはないか?」「悩みがあるなら聞くぞ」と聞いて回る天乃くんに、クラス全員ドン引きしていた。
 心境変化にしても振り幅デカ過ぎるだろ!? と僕は困惑の気持ちが抑えきれず、トイレに行ったり本に集中したりして、何とか彼とは接しないようにやり過ごし、念願のお昼を迎えている。
 
 膝の上の弁当箱の中身は、いつもとさほど変わらない。ブロッコリーとミニトマト、厚焼き玉子にから揚げかミートボールか、夕食の残りのローテーション。飽きることもない。僕はそれで満足だし、毎日作ってくれる母親に感謝している。
 
「なるほど、ここにいたのか! 良い場所だな!」
(げっ!)

 平和なランチ場所が、天乃くんに発見されてしまった。
 僕が思わず嫌な顔をしたのに、彼は胸を張る。
 
来栖くるすのお陰で、すぐに見つけた」
「……俺か?」
「おととい、夢で見た神様にそっくりだから、どうしても目が離せなくてな。すまん」
「は?」
「えぇ……」

 ちょっと本当に何を言っているのか分からない。
 僕とアンジが座っている真ん中に、天乃くんはその細い体をずずいっと入れて、腰かけた。
 余裕のあったベンチも、男子高生が三人並んで座ると、狭い。デカいアンジと、細くて華奢な天乃くんと、ぽっちゃり気味な僕。見事に三人三様だ。
 
「えーっとえっと、天乃くん?」
「うん。君はなんだっけ、名前」

 アンジのはすぐ覚えるのに、僕のは――こんな地味でぼんやりしてるやつなんか、当然か。
 
矢坂やさか幸成ゆきなりだよ」
「ユキ。プリントありがとう」
「え? ああ、うん」

(ユキ、て僕のこと?)

 そんな風に誰かに呼ばれたのはものすごく久しぶりで、少し嬉しい。
 おまけに天乃くんがあまりにも変わりすぎなので、むしろ吹っ切れた。僕も遠慮なくで良いはずだ。

「なにがあったの? あんなに邪険にしてたくせに」
「うん。悪かった」

 毒気が抜かれるって、こういうことを言うのか。勉強になったと思いつつ、僕はペットボトルのお茶を飲む。
 ごくん、ごくん。言いたいことを全部飲み込む勢いで、喉仏を上下させた。

「ボクは、肥大型心筋症を患っていてな。あーっと、心臓が四つの部屋に分かれているのは知ってるか?」

 前を向いたまま急に語り始める天乃くんの横顔を、僕は横目で見る。真っ白で、華奢で、まばたきする度にまつ毛がバサバサ羽ばたいていた。毛先が眼鏡のレンズにくっつきそう。

「その部屋を隔てる筋肉の壁が、分厚く硬くなる病気だ。ボクのは生まれた時からの厄介なやつで、治療の甲斐なく治らなかった。そのうち死ぬ」
「え、と。ほら、その、心臓移植とかは……」
「順番回ってこない」
「あとなんだっけ。なんか機械とか」
「適応基準外」
 
 あまりにもさらりと言うので、へえとしか言葉が出てこなかった。だって、くじに外れたぐらいのニュアンスだ。
 僕が二の句を告げずにいると、天乃くんが自嘲気味に笑う。
 
「なにがあったの、と聞かれたから答えるが。自分でもバカだとは思う」
「うん?」

 彼なりに覚悟がいることみたいなので、弁当箱とペットボトルの蓋をしっかりと閉めた。

「……おととい、来栖とユキが帰った後、夢に神様が出てきたんだ」

 危うくずっこけるところだった。蓋は閉めておいて正解だ。

「その夢の中で、ある約束をした。ボクが目標達成できれば、死んだ後は天使になれる」

 にこ! と僕を振り向く天乃くんは、確かに白くて華奢で天使みたいだけれど、ちょっと何を言っているか分からない。

「神様との約束だから、内容は言えない」
「へ、へえ」
「だから、来栖。ユキ。ボクがこれからやることに協力してくれ!」

(ん?)
 
「おい。なぜ俺たちがお前に協力しなければならないんだ」
「来栖が言うことも、ごもっとも。でも、先生に頼まれたってだけでわざわざ病院まで来る、善良でお人よしだから、頼みたい」

(んん?)

「俺たちに何の利益もないんだが」
「ボクが無事天使になったら、君たちが天国へ行けるよう全力でサポートを」
「そんなの誰が保証するんだ」

(んんん?)

「あ、のね、天乃くん」
「天使と呼んでくれってば」

 ふん、と鼻息荒く、天乃くんは腕と足を組む。
 本人は威厳を出そうと思っているかもしれないけれど、華奢で童顔だから、なんだか可愛く見えるのが残念だ。
 
「天使くん……言いづらいんだけど、ほんと、勘弁して。僕は平和に過ごしたいんだよ」
「うん。ならますます、ボクに協力すべきだな」
「意味わかんないって。アンジも困ってるでしょ」
「来栖の下の名前はアンジっていうのか。いい名前だな。天使の日本語版みたいだ」

 いきなり矛先を向けられたアンジは、クリームパンをかじりながら眉間にしわを寄せる。
 食べ物と表情が、まるで合っていない。
 
「おい、なんでそうなるんだ」
「スペルがAngeだ。フランス語で天……」
「それだとアンジュだろ」
「アンジとも読めるってば」
「こじつけんな」

 むすりとアンジが抗議をするけれど、問題点がどんどんズレていっている。

「いやえっとね」
「とにかく。ユキとアンジはボクの協力者だから。じゃ!」

 トワはそう言うとばっと立ち上がって、スタスタと行ってしまった。
 もちろん、残された僕たちはポカンだ。

「協力者って、いったい何なんだろう?」

 すがるようにアンジを見てみたら、クリームパンのラスト一欠片を口内に放り入れているところだった。
 
「深く考えたら負けだ。とりあえず弁当食え。昼休み終わるぞ」
「ふぁい」
 
 今日のお弁当のメインおかずは、野菜炒め。昨夜の残りだ。温かいうちは良かったけれど、冷めた今は、ピーマンがいつもより苦く感じた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

絢と僕の留メ具の掛け違い・・

すんのはじめ
青春
幼馴染のありふれた物語ですが、真っ直ぐな恋です  絢とは小学校3年からの同級生で、席が隣同士が多い。だけど、5年生になると、成績順に席が決まって、彼女とはその時には離れる。頭が悪いわけではないんだが・・。ある日、なんでもっと頑張らないんだと聞いたら、勉強には興味ないって返ってきた。僕は、一緒に勉強するかと言ってしまった。  …

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

処理中です...