天弓のシュカ ~勇者の生まれ変わりの少年は、世界を救うために七色の魔竜を巡る旅に出る~

卯崎瑛珠

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四章 白虹、日を貫く

エピローグ 虹の向こうに

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「あと残りは白と、金銀と、……ねえキース、もうひとつって何?」
「ピルッ」
「やっぱり、教えてくれないか~」

 グレーン王国の王城を訪れるのは二度目になるシュカは、王城奥にある宮殿、さらにその裏庭のガゼボで、キースとたわむれれていた。
 彼には珍しく、銀色のタキシードに同色アスコットタイを身に着けている。

「シュカ、ここにいた」

 すっかり元の大きさに戻ったジャムゥが、ニコニコしながら歩いてくる。
 赤いホルターネックで足元まで覆うロングドレスに、黒髪は丁寧に編み上げられていた。もう目の色は変えておらず、赤い瞳とドレスの色が合っている。
 
「うわぁ! すっごく可愛いよ、ジャムゥ」
「へへ」

 華奢な肩には黒い毛皮、と思いきや黒猫のアモンが尻尾を巻き付けるようにして乗っている。
 
「ゲンとウルヒ、中で待ってるぞ」
「うん、行くよ」

 立ち上がったシュカがエスコートのために肘を差し出すと、ジャムゥは嬉しそうに腕を絡ませた。
 裏庭から廊下へ入ると、既に近衛騎士が待機していて、バンケットルームへと丁寧に招かれる。

「すごいなあ、けっこん」
「あはは。最初にこんな豪華なの見ちゃったら、後が大変だよ」
「そうなのか」
 
 
 パパパパーーーーーッ。


 高々と鳴るトランペットを合図に、扉が大きく開かれると――白いウェディングドレスに身を包んだシーラ王女、そして。
 
「ふふ。緊張でガッチガチだね、ハンスさん」
「はんす、手と足一緒だ」

 騎士団長であるハンス――鼻柱に横一線の大きな切り傷つき――が新郎として、入場してきた。脇には、黒い犬の姿になったケルベロスも付き従っている。

 王国民の気持ちを上向かせるためにもと、準備期間ひと月という異例のスピードでり行われることになった王女の結婚式。もちろん新郎新婦になったふたりの心を結びつけたきっかけは、終末の獣との戦いだ。
 

「お、ここにいたのか」
「探したよ、シュカ」

 ヨルゲンは髭をって、精悍せいかんな黒いタキシード姿を披露している。周辺の女性たちからの熱視線を集めているが、慣れているのか全く気にしていない。
 
 ウルヒはパステルグリーンでワンショルダーのマーメイドラインのドレス姿で、肩にはいつものように白フクロウのウルラを乗せている。珍しく髪の毛をフルアップにしているので、うなじから背中、腰にかけての見事なボディラインが強調されていた。
 チラチラとウルヒを見る男性たちは、その腰にしっかりと添えられているヨルゲンの手に気づくと、すぐに気まずそうに目を逸らしている。
 
「ゲンさん、ウルヒ。マティアス殿下、大丈夫だった?」
「ああ。話してきたぞ」
「もう問題ないだろう」
「そっか!」
 

 ――マティアスは、グレーン王国から帝国国境へ移動する途中で、アンドレアスからシーラ王女を庇って重傷を負い、街道脇で倒れているのを後から発見された。頭を強く打っていたことから記憶の混乱が見られたものの、のちに回復。
 
 すると、前国王へ人命と財宝を捧げ続けた責任を取って、自らの極刑を望んだ。
 
 しかしシーラがそれを止めた。正しく王国民を導き、良き為政者いせいしゃとなって償いをしていきたい、と王族として宣言したのである。貴族の間にも「暴君によるものだった」という同情論が多かった。
 
 ヨルゲンもまたマティアスを積極的に後継へ後押しした。過去の非道な行いは到底許されるものではないが、シーラを守るためであったし、何より優れた政治的手腕は失うには惜しい。間違えたことをし始めたら、いつでも斬ってやる、と。

「父は、剣聖という大きすぎる存在をねたんで、押し潰された。私は、そうならないと誓います」

 ヨルゲンにも少しだけ似ている金髪碧眼の王子は、泣きながら、戴冠たいかんした。――
 

 おごそかな式の後は、中庭でのガーデンパーティがもよおされている。
 
 初夏の心地よい風の中、美味しそうな料理を皿に取ってもらい、目立たぬようすみで食べていたシュカの耳に「見つけた」と聞き覚えのある声がした。(ちなみにジャムゥはスイーツのテーブルに張り付いている。)
 
 顔を上げると、紺色の髪にアイスブルーの瞳でモノクルを着けた、紺色タキシード姿のレアンドレがいる。
 
「レレさん」
「シュカくん。会えて良かった」
「王国と大帝国との国交樹立、おめでとうございます」
「ありがとう。君たちのお陰だよ」
「いえいえ」

 シーラ王女の結婚式の前に、新国王マティアスと大帝国宰相との会談が行われた。結果、木材と鉄鉱の交易協定に署名がされたと大々的に発表され、両国の人々にとって明るいニュースになった。

「いやぁ、結婚式って、良いものだねえ」
「……そ、うですね」
「はは、やだなぁ。気にしないで。失恋には慣れっこだよ」

 無窮むきゅうの賢者に恋心を弄ばれた、とイリダールにからかわれたレアンドレは、帝国騎士団の予算を大幅に削ったらしい。グレーン王国との関係改善による正当な軍事費削減のはずが、イリダールに私怨しえんだと言われて大喧嘩になり、仲直りしていない、と皇帝から愚痴られたシュカである。

「まだ失恋と決まったわけでは」

 にこ、と微笑むシュカは、レアンドレの肩越しにある人物の姿を捉えていた。
 
「なんだよー、シュカくんまで。変な慰めはいらな」
「レアンドレ様」
「びゃっ」

 肩を波打たせてから恐る恐る振り返るレアンドレは、目を見開いた。
 
「お邪魔をしてしまいましたか?」

 ラベンダー色のアフタヌーンドレス姿の、ルミエラが小首を傾げていたからだ。

「えっ、いやその、いいえ」
「ふふ。ごきげんよう」
「ご、きげんよう」

 挨拶してからレアンドレは、無意識に左手で左胸をギュッと握りしめる仕草をした。息も絶え絶えである。失恋の痛みはまだ癒えていないのだ。

「あの、ルミエラ殿下。バタバタして遅れているだけでですね、ご心配なさらずとも、婚約破棄の手続きはこれからきちんと……」
「え?」
「……ん?」
「レレ様は、破棄、したいのですか」
「え? いや僕じゃなくて殿下がしたいのかと」
「嫌です」
「ん? 結婚が、ですよね?」
「破棄が!」
「えぇ!? いやあのほら、それってそのぉ、なんていうか悪い奴にそそのかされたやつでしょう?」

 話を聞く羽目になってしまったシュカは、皿をテーブルにそっと置いた。応援の気持ちで力み過ぎて、割りそうだったからだ。

「確かにわたくしは、無窮むきゅうの賢者の魂の一部を、この身に宿しておりました。だから分かるのですが……彼は我が国の狂った精霊信仰にいきどおり、氷の花嫁の命を救いたい一心でした。実際彼の力がなければ、わたくしはひつぎから出られず、命を落としたでしょう」
「……はい」
「あの『一目惚れ』が賢者の謀略だった、と言われたら……そうかもしれません。帝国を巻き込むことが、彼の考えでしたから」
「はひぃ」
「ですが。レレ様をお慕いしているこの気持ちは、本当です」

 レアンドレは、目尻を優しく下げた。
 
「……不本意でしょう」
「いいえ。貴方様のそんな優しさも、聡明さも、不器用なところも、すべてを愛しいと思っております。火竜様が身の内から出られて、わたくしはもう巫女ではありませんが、嘘はつきません。それとも、利用価値がなくなったわたくしは、不要でしょうか」
「それは違います! 僕はっ」
 
 パクパク口を動かすものの、二の句が出てこないレアンドレの背を、シュカはそうと分からないようにそっと押した。

「っ!」

 当然、よろめいたレアンドレはルミエラを真正面から抱きしめることになり、かつ、額に

「レレ様……」
 
 嬉しそうに、潤んだ瞳で見上げてくるルミエラが愛しくて堪らなくなったレアンドレは、その勢いのまま――口づけをした。

「……僕も、貴女のすべてが愛しいです」

 

 極限まで気配を消してその場を引き上げてきたシュカに、ジャムゥが屈託なく聞いてきた。

「なぁなぁ。シュカ。人間が口と口くっつけるのって、なんでだ?」
「えっ! (見てたの!?)えっとえっと……」
「ゲンとウルヒもしょっちゅうしてる。オレもやってみたい!」
 
 唇を尖らせたかと思うと、突然がばりと襲ってくるジャムゥ。
 かろうじて避けたシュカの頬を、黒猫アモンの爪が襲う。

「ニャッ!」
「いたっ」
 
 シュカの頬に三本の赤い線が走ったのを見たジャムゥが、アモンをキッと睨んでから、傷跡の上にチュッとキスをしてきた。
 
「こらっ」
「! ……なあ、シュカ。これすると、胸の中がギュッと締まる気がする。もしかして、寿命縮むのか?」
「あははは! キスで魔王の寿命が縮むって、すごいなあ」
「むうう」

 頬を膨らませるジャムゥがあまりにも可愛かったので、その柔らかな頬にチュッとお返しをする。

「ほら、僕も。ギュッて縮んだよ」
「……!」

 たちまち笑顔になり、首元に腕を巻き付けてくるジャムゥを受け止めて、シュカは「愛しいな」と優しく抱きしめた。



 ◇



 その後『天弓の翼』は正式にヨーネット王国を訪れ、氷の精霊レモラの問題に直面する。
 王女の命と引き換えに獲ることで経済を支えるサファイアなくして、国は成り立たない。

 はるか南国を守っているはずの白竜は、何年も姿を見せていないらしい。

 世界を終焉に導くとされる金と銀の真竜の所在は未だに不明。

 まだまだ旅の目的が尽きないことに、シュカは心のどこかでホッとしていた。皆とずっと一緒にいたい。その理由が欲しい。どんなに大きな力を持っていたって、ひとりでは寂しい。きっと孤独には耐えきれない――


「あ……! ねえキース。最後のひとつってさ、ひょっとして……」


 雨上がりのとある丘の上で、シュカは肩の上の白鷹に話しかける。


「シュカ。ズット、イッショ」
「うん。ずっと一緒にいるよ、キース」



 
 ――きっと、僕だ。


 

 空には、大きな虹がかかっていた。



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 最後までお読み頂き、本当にありがとうございましたm(__)m
 あとがき(ネタバレ)に続きます。
 
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