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四章 白虹、日を貫く
第47話 天弓の翼3
しおりを挟む「っちい、なんだこいつは!」
「強い」
グレーン国王との戦闘に入ったヨルゲンとシュカは、苦戦していた。
吐き出された猛毒は、ジャムゥが生み出した魔族たちが薙ぎ払ってくれるものの、近づけたとしてもにゅるりにゅるりと動く首を切り落とすことができない。切り落とせたとしても、また生えてくる、その繰り返しだった。
「体刺しても、意味がねえ!」
ヨルゲンが『蒼海』で胴体を貫いても、手ごたえはなかった。
手詰まり感が、ふたりの間に漂い始めている。
「水は効いてねえなっ」
「焼く? いや、雷?」
すると、背後から甲高い声がした。
「殺してくださいっ!!」
アモンの魔法陣の上で、シーラ王女が叫んでいる。
気絶から目が覚めたばかりなのだろう。近くの木にもたれかかった姿勢なのを、シュカは目の端で捉えた。
「父を、救うにはもう! それしかっ!!」
「っ」
「胸が痛いねぇ」
目の前にいるのはヨルゲンの叔父でもあるからして、ふたりが無意識に救おうとしていたことに、気づかせてくれたのである。
「ゲンさん」
「おう」
ふたりは地に両足をしっかりと付け、体内の魔力を高める。
「救うために、殺すよ」
「ああ。覚悟足りてなかったな。俺も……そうする!」
「魔族たち! ありがとう、離れて!」
シュカの指揮で、魔族はグレーン国王から距離を取った。
遠巻きに囲み、この場に押しとどめる陣形に変わる。
「ゲンさん。全力で行こう」
「はっは! 勇者の本気、見せてもらおうじゃねーか」
「うん。キースと一緒に」
白刃のロングソードを両手持ちに変え、シュカが一層肩に力を込めると、ギラギラと黒茶紫緑の光に囲まれた。
「あっはあ~~~~! うまそうな力だああ~~~~~~~~~~~~~~」
七つの顔が、一斉にシュカを見つめた。
◇
「わーい。ファルサ様の予言通りだあ」
「油断するなよ~」
ヨーネット王国を出た魔教連の筆頭魔導士であるポエナとアナテマは、無国地帯となった北西の国境にいた。
背後には色とりどりのローブを着た魔導士団を率い、崖上から終末の獣と戦闘をするシュカたちを捉えている。
アナテマはフードを後ろに落とし、鮮やかな赤髪を風にさらし、杖を掲げ叫んだ。
「全魔導士に告ぐ! 魔族を視認! これは世界の危機だ!」
「「「「「は!」」」」」
「全力で蹴散らすぞ!!」
それを冷めた目で見たポエナは「よく言うよ」と嘲笑った。
「正義の名のもとに全力を出して魔族を殺せるなんて、最高じゃないか」
「英雄の名は、ワタシのものだよ」
「いいよ~その代わり伝説の魔導士は、ボクね!」
ポエナは杖の先にビリビリと雷を発生させる。
「ほれ。サンダー・アロー」
ピカッと走る稲光が、一体の魔族の体を貫いた。
「はい。まずいーち」
「ずるーい!」
不貞腐れながらもアナテマは、杖の先に炎球を作り出す。
「焼き尽くせ! ファイアー・ボール!」
ボールというには大きな炎の塊が、魔族の体を燃え上がらせ、周囲も巻き込んだ。
「相変わらずだっさ」
「ふーんだ。さん! ってあれ?」
――ところが、魔族はこちらを襲わない。一方的に魔法で倒れ、姿を消していくだけだ。
「え、張り合いないんだけど」
「余裕ないんじゃない?」
すると、一瞬にしてふたりの目の前に現れたのは
「我ら魔族は、人間を傷つけない」
空中に浮かぶ、黒い長髪に赤い目、頭頂には黒い二本角を持つ魔族だった。
青いローブの裾を風ではためかせながら、ふたりを見下ろしている。
「あ?」
「人間よ、共に終末の獣を倒そう。でなければ、世界が終わる」
「なに言ってるの? 世界の終わりが魔王の目的でしょ?」
「違う。人と共にある。勇者が教えてくれた」
ジャムゥが優しい顔で、シュカを指さす。
「あれこそ、優しい人間の代表だ」
「バッカじゃないの?」
ポエナが真っ白な指揮棒のような杖の先に雷の刃を作って放つと、それはジャムゥの胸に突き刺さった。
「死ね! キャハハハハ!」
「愚かな……ならば、眠れ」
「え」
ポエナはたちまち白目を剥いてドサリと地面に伏した。
「げ」
慌てたのはアナテマの方だ。
「ポエナ? うっそでしょ~あらゆる耐性があるはずなのに? 魔王すっげ」
それからギラリと目を光らせ、杖の先に炎を生み出す。
「でもそれ、痺れてるでしょ~強が……り!?」
「クーラティオ!」
崖下から鋭い声が放たれたかと思うと、ジャムゥの体の周囲にキラキラと白い光が舞い散る。
「うっそだ、それって聖属性の! 魔王には効かな」
「今は、効くぞ」
「ぎ」
ジャムゥは一瞬にしてアナテマの首元を掴んでねじり上げ、足元で杖を構えたまま呆然とする魔導士たちへ、静かに語り掛けた。
「見ただろう? クーラティオができるのは、勇者と賢者のみ。あれは、勇者だ。勇者を助けるのが使命ではないのか」
動揺する魔導士団。ところがアナテマは杖を下ろさない。
「っ、騙されるなぁ!」
「お前も、愚かだな」
ジャムゥの赤い目が、憂いを帯びている。
「ならば、ファルサの元へ行くがいい」
「え?」
ブンッとアナテマの体ごと崖下へと放り投げた。その先に居るのは、ルミエラとアモンだ。
そして――
「あ! ファルサ様!」
恍惚の表情で空中を飛ばされてきたアナテマは、
「ふんっ。アモン、エサだ。喰らえ」
気づけば、ルミエラの腕に腹を貫かれていた。
「あーあ。ですから、わたくし人は喰らいませんって」
「血の匂いに抗えるか?」
「え? え? が、ぐがはっ」
「あららら。苦しんじゃってまぁ。お可哀そうに」
アナテマはゴボゴボと大量の血を口と腹から溢れさせ、ルミエラのマントを黒く重く染めていく。
「ふぁ……るさ……ま」
「ゴミめ」
ぶん、と雑に腕を振り回すルミエラの冷えた視線が、アナテマの脳裏に焼き付いた。
「ククク。魔族以上に酷い所業ですねえ。ゴミではありませんよ。ほら」
アモンが首だけで促す先、崖上から魔導士団がこちらを見下ろしている。
「わたくしの記憶では、人というのは仲間意識が強い」
空の上に、様々な色・形の魔法陣が浮いている。
「あれは、最高位のあなたではなく、そちらの方に従って来たのでは?」
「ちっ」
ルミエラは宙に大きな魔法陣を描いた。聖属性の攻撃魔法のものである。
「貴様ら! 魔族を倒せ! ハスタ・ルークス!」
勇者と賢者しか唱えることができないと言われているそれは、ルミエラがファルサであることの証明になるはずである。
ところが、意に反して魔導士団は動かない。
「ククク……じゃあここで種明かししてみましょうか。フィーニス・ファタ・モルガナ」
「!?」
アモンが呪文を唱えると、腹を貫かれたアナテマの体は、ヘルハウンドに変わった。
そしてアモンの足元に、アナテマが呆然自失の顔で跪いている。
「あなた、ワンちゃんが丁度通りかかって、よかったですねえ」
ニコニコと頭上から優しい言葉をかけてくる魔族の侯爵に戸惑いつつ、小さな声で呟いた。
「うそ、だ……しんじ、ない。魔族、なんか! 信じない! ファルサ様、万歳!」
太ももに仕込んであったナイフを取り出したかと思うと、瞬時に自身の首を掻っ切った。
バババッと赤黒い血が舞い、ルミエラの上半身に飛び散る。
「うわあ。さすがのわたくしも、引きますねぇ」
「ふん。血の呪いを受けるがいい」
「……受けるのは、あなたの方だっ!」
「!?」
振り返ると、宙に静かに浮いているジャムゥにしがみついた、ポエナがいる。
「アナテマは……お兄ちゃんは、あなたのことが大好きだったのに……ひどいよ」
ポエナは泣きじゃくり、震える手で杖を掲げた。
「氷の花嫁を救うためっていうから、儀式やったのに……」
「孤児どもが、逆らうのか」
「優しいファルサ様を、返して!! 帰れ!!」
ところがルミエラは、動じない。
「役立たず。そんな微々たる魔力でこの私に逆らうとは」
「帰れ! 帰れぇっ!」
バリバリと稲光を発する杖を何度も振るうポエナを、ルミエラは鬱陶しそうな顔をして指一本であしらう。
やがて魔力を使い果たし、ふらりと気を失ったポエナを、ジャムゥは脇で抱えるようにして受け止めた。
「大人げないですねえ、部下相手に」
アモンが苦笑しつつ、ルミエラに告げる。
「帝国宰相閣下が、言っていたでしょう? 精霊が魔法を凌駕したと」
「そんなこと、あるはずがな、い。……!?」
ルミエラの体に散った血の跡が、何らかの文様に変化している。手首に描かれた印が、雷で焼かれたことで、その形を変えていた。
「あ、あ、ああああ」
途端に苦しみだすルミエラは、胸元を掻き抱くように悶える。そうして零れるように出てきたのは青玉と呼ばれる、青竜に託されたものだ。
それが、パキン! と音を立てて割れた。
瞬間。
ルミエラの体の中からぼわりと炎が噴き出たかと思うと、蛍のような姿に変化し、たくさんの小さな光が空中を飛び始めた。
それらはまるで労わるかのように、体の周囲をゆっくりと回りながら、瞬いている。
「起きろ、ルミエラ!」
ジャムゥがそう声を掛けると――紫色の目が何度か瞬きをした。
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お読み頂き、ありがとうございます!
アナテマとポエナは、『第39話 三つ巴の戦略』でヨーネット王国にいた、魔教連の魔導士です。
お互い一目惚れだなんて、おかしいと思わないとダメだよレレ……
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