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四章 白虹、日を貫く
第46話 天弓の翼2
しおりを挟む「あはあ~~~斬られたら、い~た~い~~~~の~~~~」
「きっもちわりいなあ!」
にゅるにゅると避ける生首七本に、苦戦するヨルゲン。
大鉈のように振るう大剣をくぐり抜けるように、シュカもロングソードを振るうものの、ぬるりぺちゃりとまるで手応えがない。
「パラライズ・フロスト!」
シュカが、ジャムゥの魔素援護を受けて強力になった魔法で、首ひとつの動きを止める。
「っらあっ!」
即座に斬り落とすヨルゲン。しかし――
「いったあ~~~~~い」
またにゅるりん、とすぐに生える。
「っち、どうなってやがんだ!」
「ゲン! ほんとのは、ひとつだ!」
赤い目を光らせて、背後のジャムゥが叫ぶ。
「そういうことかよ! どれだっ!?」
「わからないっ」
「心臓突いても意味なかったしな……斬りまくるしかなさそうだっ」
鮮やかに素早く駆け巡る『蒼海』の剣筋を、最後列で団員を指揮するハンスは驚愕の目で追いかける。
「まるで、水竜の嵐だな……!? どうなされた、殿下」
いつの間にか、ルミエラがアモンの魔法陣から出てきている。
「おい! 魔族! ……一体」
アモンはニタァと赤い目を細める。
「人間というのは、愚かですねぇ。すぐに騙される」
「なん……だと」
ハンスが、抜剣する。
――それよりも速く、アモンの鋭い爪が襲う。
仰け反って避けたものの、鼻先を、長く黒い爪がかすめていく。
まともに触れてもいないはずが、鼻梁に一条の深い傷跡をつけ、バッと視界に鮮血が舞う。
「きっさま……」
だがハンスは、すぐさま思い違いに気づいた。
アモンは攻撃したのではない。
『人間を庇うとはな』
右手首にある従属の印を見せつけるようにして、体の前に腕を突き出すルミエラが、醜悪な表情を浮かべている。その手のひらの先には、尋常でない炎の塊が浮かび、そして空の彼方へ飛んでいった。アモンは手の甲を火傷したようで、ブスブスと黒く焦げている手を、雑に振るっている。
『ちっ。逃がしてしまった……! 魔族のくせに、謀ったな』
「フフ。人間のくせに、魔族みたいなことをしましたねぇ」
『あの魔法陣は、なんだ』
「醜悪な本性を燻り出すものですよ? 人の弱みを握っていたぶるためのね」
『……』
「巧妙に従属の印に紛れさせましたねぇ、無窮の賢者。自身の魂の一部を潜りこませるとは、本当に性格が悪い」
ルミエラが、紫の目を細めた。
『貴様に言われたくはないな』
「くくく……見たでしょう、火竜、相当怒ってましたよ? 純粋な宰相の恋心を弄ぶだなんて、酷いお人だ」
『ふん。恋心などと。バカバカしい』
「おや。貴方もこじらせてるじゃないですか」
『なんだと』
「勇者への、焦がれるほどの熱情を。嗚呼美味しそうですねえ」
うっとりと舌なめずりをするアモンの、頭頂には山羊のような角、背中には蝙蝠のような黒翼が生えた。まさに魔族の頂点、アモン侯爵そのものである。
周辺の騎士団員は、恐怖によるパニック状態に陥った。
「……巻き込まれたくなかったら、下がるのですよ、ハンス」
鼻を押さえ瞠目している騎士団長を一瞥してから、アモンは魔力を高めていく。
「相手は賢者です。魔法対決になるでしょうからねぇ」
背後の様子を見ていたウルヒが、歯噛みする。
「……そうか、気づかなかった……! 完全にあたしの失態だ」
「ウルヒッ! 何が起きてやがる!」
「ゲンさん、集中っ!」
「ちいっ」
グレーン国王は、首を伸ばしてはガチガチと噛み付いてくる。
波状攻撃は留まることを知らず、口を開く度に猛毒を撒き散らしている。シュカは解毒魔法と回復魔法で手一杯になった。
「あの時パトス・メモリアで見えた、氷殿での儀式は、従属の印じゃない。ファルサの魂移しの儀式だったんだ……やはりルミエラは、絶命していた……?」
「ウルヒ。オレ、どうしたらいい。人間、傷つけられない」
「あんの糸目野郎! それも織り込み済かい! シュカの性格、熟知してやがるっ」
ここまで順調に進んで来たのも、ここで終末の獣に対峙したのも。
「奴の、手のひらの上だった!!」
ウルヒの背中を、絶望が蝕んでいく。
シュカならば、魔王さえも受け入れるだろう。制約を課して。
「カルラ……」
ウルヒの顔の脇で、少女の姿をした風の精霊カルラは、緑がかった翼をはためかせて飛びながら、腕を組んでいる。
『ウルヒ。あれはリヴァイアサンの比ではない。倒すには魔王の力が必要だ』
「違う! あんなの、人間じゃない!」
『元は人間だ。しかも体内にはたくさんの人間の魂を取り込んでいる。制約は、強い』
「そんな……」
『大丈夫。魔王の心は、十分に育っている。それに精霊は、永遠に生きる。少し会えなくなるだけだ』
「いやだ。いやだ! あなたは、あなたは……」
『緑竜の加護がある。風を操るのに問題はない』
「いやだ、やめてよ! ひとりにしないで!」
『ひとりじゃない。ワレが居なくなれば……ヨルゲンと共に年が取れるぞ。はは』
「いやだあああああああああ!!」
魔王に課せられた風の制約を消すため、カルラは自ら――
『風は、自由だ。また会える』
体内に力を集めて――
『ああそうだ。ウルヒ。昔あの音石から聞こえた、浮気は嘘だぞ。ヨルゲンと話して、決めた』
「え」
『お陰で、だいぶ力が弱まってしまった。ハハハ』
「そ、んな。精霊は、嘘をつけないのに……」
『どうしてもウルヒを、精霊王にしたかったワレのワガママだ。許せ。これはその、贖罪だ』
ジャムゥの体の中に、飛び込んだ。
「ああああああああぁぁぁ!!」
「ウルヒ……ごめん……」
胸の中にカルラを受け入れたジャムゥの目から、涙が溢れている。
「オレのせい」
「ちが、ちがうぅ~~~」
突然の別れに、ウルヒは子どものように泣きじゃくる。
「……オレが、助けるから」
「!?」
「魔族と精霊、元は同じ。大丈夫だ。だからまず、人間助ける」
「ジャムゥ……」
ぞわり、と駆け抜ける寒気に、ウルヒの悲しみはあっという間に呑み込まれ、涙は止まった。
――ズ、ズズズズ……
ジャムゥの体が二回り大きくなる。頭頂には、黒い角が二本。黒い爪は鋭く伸び、黒と紫のオーラがぐるぐると体の周りに漂っている。
それはかつて目にした魔王と、同じ姿だった。
「ウルヒを泣かせない。笑わせる」
「ジャムゥ?」
「また、抱きしめて欲しいからな」
「っ! うん、うん!」
赤い目でにやりと笑った後で空へ向けて開いた手のひらの上に、闇の魔力球ができる。
「魔王ジャムゥの名のもとに命ず。魔族どもよ、あの醜悪な人間を、蹂躙せよ」
空に地上に。
魔王の声に呼応した魔族たちが産まれていく――
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