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四章 白虹、日を貫く
第42話 終末きたる、その理由
しおりを挟むマティアスは、薄々気づいていた。
父である国王が、いつからかヒトではなくなっていたことに。
魔教連代表の甘い言葉に乗り、人や金銀財宝を捧げ続けたのは、いわば世界との無理心中を望んだからだ。
そうしているうちに精霊国アネモスが滅び、喜びに打ち震えた。自分だけではない。全てが滅びへと向かっている。だから良いのだと言う免罪符を手に入れた気分だった。
「なんで私なのだ……はあ。生まれた場所を。この血を憎む。染まるなら、とことん染まってやる」
鐙で馬の腹を蹴り、前へ進む。
心は既に、ドス黒く染まっている。
「奴が魔王なら、私は魔王の息子だものな」
背中が、ずっと寒気で震えている。
背後をガタガタと走る豪奢な馬車の中にいるモノは、既に尋常でない気配を発していた。
「帝国を呑み込み、ヨーネットを潰し、果てはどこまで行こうか」
馬上から空を見上げ、思いを馳せる。
「さあ! 世界を、滅ぼせ……!」
◇
シュカがレアンドレからの音石に反応する、少し前。
大帝国コルセアの国境を出て、竜の顎方面へと歩いて移動する一行は、刻一刻と邪悪な存在が近づいてきているのを肌で感じていた。
「なあアモン。あれは、なんだ?」
「恐らくは終末の獣にございましょう、マイロード」
「そんなのいるのか?」
「ええ。我々魔族が従う、唯一無二かつ尊き存在が魔王様にございますが」
「? うん」
「その魔王様が、人間を滅ぼそうとする際に自然と産まれるものですよ」
「そうだった?」
「ええ。それにしても、十五年という短い年月で再度現れるとは考えられませんね。誰かが意図的に召喚したと考えた方が妥当でしょう。本来は七つの頭に十本の角があると言われておりますが、はてさて今度はどんな姿でしょうね」
ジャムゥとアモンの会話を、シュカたちは戦慄と共に聞いていた。
「えーっと、前回そんなのいた?」
「クククク。なにを仰いますシュカ様。倒されたでしょう」
アモンがニコニコと見る先に居るのは、ヨルゲンだ。
「……あ?」
背中には、リヴァイアサンを倒して手に入れた、『蒼海』がある。
「やつがか? ……言われてみりゃ、いくら斬っても頭生えたな!?」
「生え変わった七つの頭を全て切り落としたのは、貴方様が初めてですよ、剣聖」
「えー! ゲンさんってば」
「無我夢中だったしなあ」
シュカがジャムゥの顔色を窺うと、コテンと首を傾げられた。本当に覚えていないようだ。
「ふふふ。まさか勇者様と我が主が会話をするようになるとは。神すらも思っていなかったのでは」
「え」
「シュカ様の広きお心にて、マイロードと交流をもたれたことは、恐らく革命のようなもの」
「僕はただ、ジャムゥが約束を守れるなら、大丈夫だろうって」
「素晴らしきことです。『魔王とは悪の象徴である』と一方的に断罪せず、同じ生き物として向き合ってくださった」
アモンは歩みを止めると、執事姿で深々と頭を下げた。
「魔族を代表して、感謝申し上げます。ほぼ不死身の我らとて、ただ憎まれる役割には飽きていたのですから」
「それって……どういう意味?」
「おや。少し喋りすぎましたかね」
代わりに、ウルヒが答える。
「魔族が、人の欲や罪をその身で引き受けている」
「ああ、貴女様は精霊王であらせられましたね。まあ、大気の流れに最も敏感なカルラと共にあれば、ということでしょうか」
「そういうことだ」
「ウルヒ?」
「お前まさか、それにも気づいてたから、わざと国を」
「……」
肩に乗った白フクロウの腹を撫でながら、ウルヒはハアアと深く息を吐く。
「みんなも知っている通り、魔教連の魔法教義が浸透して、精霊信仰は斜陽の一途だった。たかが虹を一度呼べたぐらいで、政治の力でもって巫女に据えるなんてこと、今までだったらあり得なかったことさ。当然精霊の力も失われ、竜の顎には人の愚かな欲が溜まっていた。それらはやがて新たな魔族を生み出す。緑竜の苦しみは、あたしの苦しみでもあるのさ」
「そっか……ウルヒ、苦しかったね」
「死ぬよりマシだよ、レイヴン」
はは、と笑ってウルヒはシュカを抱きしめた。
「また会えてうれしい。けれど、申し訳なくてたまらないんだ。全部、背負わせた。ごめん」
「いいんだよ。僕は僕として生きただけだから」
ぎゅうう、と抱きしめられすぎて苦しくなり、シュカは思わずウルヒの腕を二、三回タップした。
「いいなー!」
シュカから身を離したウルヒは、無邪気に羨ましがるジャムゥもまた抱き寄せる。
「ジャムゥも。ごめんね」
「あやばる、ひづよう、ない」
ウルヒの胸で頬を挟まれて、ジャムゥは楽しそうに笑っている。
「世界の理は分かった。とりあえず今は、その終末の獣を倒す」
「そういうことだな。頼んだよ、ヨルゲン」
「任せとけ、ウルヒ」
言ってからヨルゲンは――ジャムゥが離れたウルヒの右手を取って引き寄せると、甲にキスを落とした。
「なあ。あの時の賭け、覚えてるか?」
「リヴァイアサンに勝ったら、てやつだろ」
ヨルゲンは真顔でウルヒを見つめてから、手を握ったまま片膝を地面に突いた。
「今度こそ、どうだ?」
「わかったよ」
「言ったな?」
「ああ。カルラに誓って」
「わあ。二度目で成功?」
シュカが思わず喜びの声を上げると、ウルヒが笑いながら首を振った。
「三度目だ」
「初対面の時ふざけたのも、数に入れんのか」
やれやれとヨルゲンが立ち上がりながら言うと、
「当然じゃないか。跪いた数だよ」
「はは! 今度また逃げられたら、諦めるさ」
ウルヒが照れて顔を背けるので、シュカが横から名乗り出る。
「僕、証人になるよ!」
「ほう。ならば血の盟約でも致しますか?」
最後のアモンには、三人してギュインと振り返った。
「「「いらない」」」
「おや残念。ククク」
「なあ。賭けってなんだ?」
「えーっと……勝ったら、教えてあげるよ」
「? わかった。勝つ」
そんな和やかな雰囲気をかき消すように、シュカは顔を曇らせる。
眼前に広がる森の木々のはるか向こうに、禍々しい気配が発生したのが分かったからだ。
「あれは……」
「っ、こ、こわい」
ルミエラが恐怖のあまり、ぶるぶると震えながら自分で自分を抱きしめるようにしている。
「大丈夫だ、姫様。俺ら『天弓の翼』は、世界最強パーティだぜ?」
「うん。殿下は一番後ろに。アモン、守ってあげてくれるかな」
「ならば、我が下僕をつけましょう」
「! なるべく怖くないやつね!」
シュカの注文に、アモンはニヤリと笑う。
「かしこまりまして。出でよ、ケルベロス」
土の上に黒い魔法陣が浮かび上がったかと思うと――
あおーん!
あおーん!
あおーん!
三つの頭に蛇の尻尾を持つ、真っ黒な狼の魔物が現れた。見上げるほど大きく、その口吻はひと噛みで人間の上半身を喰いちぎれるだろう。
どこが怖くないやつ? とシュカは呆れと諦めを同時に感じた。
「わぁ、ふわふわだぞ!」
キャッキャと一つめの首に飛びついたジャムゥを、ルミエラはドン引きしながら見ている。
「えぇ……? こ、こわいですよ……ひ!」
金色の六つの目が、一斉にルミエラを見つめると「くーん」「くーん」「くーん」と鳴いた。
「え……かわ……いい?」
「わほ!」「わん!」「わっふん!」
「えええ……」
ルミエラが、戸惑いつつも三つ目の頭を恐る恐る撫でると、嬉しそうな顔をして大蛇の尾をぶんぶん振っている。物騒である。
「えーっと、じゃあ、いこっか……」
少し恐怖が薄れたことだけはアモンに感謝だな、とシュカは思い直す。
そうして顔を上げた先から、ドドドと蹄の音がしてきた。ガシャン、ガシャン、と鎧の鳴る音もする。
遠くを見るように首を伸ばしていたジャムゥが、のほほんと告げた。
「んー? いりだーるに似たようなやつらがくるぞ」
「……グレーン王国騎士団か!」
ヨルゲンが警戒しつつ背中の『蒼海』の柄に手を掛けると、シュカはそれを制した。
「待ってゲンさん。もしかして……ハンスさん! いるかな!?」
「ハンス? ……ああ!」
シュカとヨルゲンは、一歩前へ踏み出した。
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お読み頂き、ありがとうございます!
クライマックス前のイベント、お楽しみいただけましたでしょうか。
三度目の正直、Third Time's a Charm。英語でもあるのが面白いですよね。
以下、補足です:(作者はキリスト教徒ではなく、下記はあくまで一般知識の範囲です)
新約聖書に出てくる『黙示録の獣』は七つの頭に十本の角があったと言われています。
→奇しくも、七色の魔竜巡礼と、十個の竜石(これは本当に偶然でした。ワーオ!)に一致。
この獣を迎える『赤い竜=サタン』が魔王といわれており、サタンと黙示録(終末)の獣を倒すことによって、『千年王国(ミレニアム思想)』に繋がるんですが、無窮の賢者は『勇者の名の元に千年続く世界』を受け入れられなかったのです。
本当は本文内にエピソードとして入れようと思ったのですが、膨大な文字数になりそうだったので、こちらで簡単に説明させていただきました。
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