天弓のシュカ ~勇者の生まれ変わりの少年は、世界を救うために七色の魔竜を巡る旅に出る~

卯崎瑛珠

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四章 白虹、日を貫く

第41話 不治の病

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「アモン……目立ちすぎじゃない?」
「聖獣グリフォンと、幻獣ガルーダに言われたくないですね」

 皇都郊外の森の中で、シュカは額に手を当てていた。
 一刻も早く国境へ向かうためにと白鷹のキースはグリフォンへ、風の精霊カルラはガルーダへ姿を変えたのを見て、ジャムゥの側近であるアモンは赤目の黒い竜になった。冒険者が見たらパニックになること必至だろう。
 
「わ。しっぽが蛇だ」
 無邪気なのはジャムゥだけで、
「ひ!」
 とルミエラは恐怖に震えているし、
「やりすぎだよ」
 ウルヒは呆れていて
「やっべえな。かっこよすぎるだろ!」
 喜んでいるのはヨルゲンだけという状況だ。

「ニドヘグと言います。以後お見知りおきを」
「ニド……! それって、死者の魂を喰らうやつじゃんー……」
「さすがシュカ様。勤勉でいらっしゃいますね」
「はあ。違うのには、なれないの?」
「人を乗せるとなると、こちらが一番安定するかと」
「そうだよね……アモンだもんね……はあ」
「ふふふ。カイムでもいいんですがね」
「カイムは、絶対やだ!」

 ジャムゥが慌てた。

「甲高い声で、ずっと説教するんだ!」
「げっ! じゃ、ニドヘグでいいね……」
「なら、ガルーダ先頭で行く。視界かく乱魔法しとくから、前には出ないように。いいね?」
 
 結局ガルーダにウルヒ、グリフォンにルミエラとシュカ、ニドヘグにジャムゥとヨルゲンで行くことになった。

「じゃ、出発!」

 それぞれが大きく羽ばたき飛び上がると――
 
「殿下。怖かったら目をつぶっていても」
「いいえ! すごい! すごいわ!」
「そ、そうですか」

 ルミエラの強さに、レアンドレはやはり苦労するだろうな、とシュカはこっそり苦笑いした。

 
 
 ◇



「ああ、シーラ。ついにこの時が来てしまった。本当にすまない」
「お兄様……」
「せめて。せめてこれを」

 グレーン王国王太子マティアスが差し出した、震える手のひらの上には、紫色のガラスの小瓶が乗っている。
 
「綺麗ですわ。何かしら?」
「即効性のある毒だ。一飲みで、死に至る。もしもの時は、これを」
「っ」
「こんなことしかできない兄を、許してくれ」
「いいえ。感謝しておりますわ。なぶられる前に死ねるんですもの」
「シーラッ」

 命令に背けば、王女に付き従っていた全ての人間が殺される。メイドや侍従だけでなくその家族もである。
 美しい笑顔でのカーテシーの後で馬車に乗り込む、凛とした王女の姿を目に焼き付けるしかできないことに、絶望と無念が襲ってくる。

「無窮の賢者よ……貴方の言った通り、来たるべき時が来たようだ」

 強欲王を前に、絶望に打ちひしがれていたマティアス。そこへ突然現れた温和な魔法使いは、どこを見ているのか分からない目で、言った。

 
 ――殿下。今からあの王を方法を授けましょう。ですがこれらは、あくまでも抑止にすぎないのです。私どもに『不治の病』を治す手立ては、残念ながらございません。もしそれでも陛下の欲が溢れ、王女をすら喰らおうとしたならば、『末期』に至ってしまった証左です。せめて、安らかな死のあらんことを。
 

「安らかな死、ねえ」
 
 
 マティアスは、愛馬にまたがり手綱を握った。

 
「くくく、くくくくく。はははは!」



 ◇



 レアンドレとイリダールは港町ブラハウに無事到着し、ブラハウ伯邸に受け入れられた後で、会食を開始した。

「うめえ。海の幸は最高だな、サイヌス」
「はっは。酒は飲みすぎるなよ? イリダール」
「わかっとる!」
「どうだかな~」

 気心の知れたふたりの様子に、レアンドレはようやく肩の力を抜く。

「それにしても、レアンドレ様にまさか婚約者ができるとはね。祝杯はお預けだが、まずは祝いの言葉を述べたい」
「ありがとう、ブラハウ伯」
 
 荒々しい海の男たちを取り仕切っているだけあり、白髪で恰幅の良いブラハウ伯サイヌスには安心感がある。

「わざわざこんな田舎まで、閣下御自らお越しとは。愛の力ゆえか? ははは」
「ええ、そんなところです」

 ちろりと目線を泳がすレアンドレの様子に、サイヌスは軽く頷いた。

「さて。場所を移して飲もうか」

 ダイニングテーブルから立ち上がると、「自慢のシガールームがあるんだ」とにこやかに誘った。
 葉巻をたしなむイリダールは目を輝かせ、煙が苦手なレアンドレは肩をすくめるが、密談にはもってこいの場所に感謝をする。

 自慢というだけあり、調度品の飾り棚や三人掛けチェア、カクテルテーブルなどはマホガニー製で統一されており、壁には絵画がずらりと掛けられている。
 柔らかなオレンジの光を発するテーブルランプに、チェス盤や青磁の灰皿など、居心地の良さそうな空間にレアンドレもイリダールも感嘆の息を漏らした。
 
「ワイン……といきたいところだが、茶にしましょう」

 それを聞いた執事は、慣れた所作でティーポットからお茶を注ぐと、深々と頭を下げ退室していった。
 レアンドレが懐から布に包まれたものを取り出し丁寧に開くと、銀の台座のついた乳白色で楕円状の石が出てきた。手近にあったテーブルの上に置いてから、魔石を埋め込んであるブレスレットを石の上に掲げる。すると、ぼんやりと石全体が光り始めた。
 
「えーっと、シュカくん、シュカくん。聞こえるかい?」
『……はい』
「そっちは今、どのあたりかな?」
『国境を超えたところです』

 これには、全員が驚きの声を上げた。想定より一日以上早い。

「は、はやいね!?」
『ええ。裏技を使いました……あの、そちらにイリダールさん、いますか?』
「おう!」
『実は、僕も驚いたんですけど、知り合いに会いまして』
「知り合い?」
『ハンスさんです』
「ハンス……?」

 すると、ガサゴソ音が鳴った後で、聞き覚えのない男性の声がした。
 
『グレーン王国騎士団長、ハンスと申す』
「ああ!?」
『イリダール殿であらせられるか』

 イリダールは顔を上げ、レアンドレ、ブラハウ伯と目を合わせた後で、頷いた。
 
「いかにも」
『時間がない。今から言うことを、よく聞いて欲しい。信じる信じないは、お任せする』
「わかった。聞こう」
『おそらくグレーン国王は、人間ではない』
「ああ!?」
「ちょ」
「っなんだって!?」
『半信半疑であったが、先ほどジャムゥ殿に言われた。私の持ち物から、尋常でない魔の気配がすると』
『オレが、前、言ったこと!』

 少し離れていると思われる場所から、ジャムゥの声がする。
 レアンドレが驚愕に目を見開き、漏らした。

「世界の力は、いつでも均等……」
『そう』

 イリダールにも、思い当たった。
 
「人間にやばいのがいるって言ってた、あれか!」
『ん。いりだーる』
「なんだジャムゥ!」
『人。南に避難、させろ』
「なん、だと! くっそ、至急皇都に連絡する!」
『お願いします! 一日も猶予がありません!』
「シュカくん? どうして……」
『グレーン国王本人が、こちらに向かってきているそうです!』
「!!」
『すべて、は……ガガ……国王をおさえ……ため……を犠牲に……ガガガ』
「シュカくん!」
「シュカ!」
『にげ……ガガガ……ブツッ』

 ぎりぎりと膝の上で拳を握りしめるレアンドレは、恐らく頭の中の様々な情報を引き出し、整理している。
 イリダールは、騎士団本部へつながる音石を懐から取り出し、持ったまま起動するや叫ぶように言った。

「緊急伝令だ! 北西国境に危機迫る。至急帝国民を南方へ避難させろ。繰り返す。北西国境に危機迫る……」
「そう、か……きっと。すべてにえだったんだ……金貨もサファイヤも王国民も……」
「レレ?」
「宰相閣下、何を」
「ずっとおかしいと思っていた。まるで吸い込まれているようだって。命も、財宝も」
 
 ば、とレアンドレのアイスブルーの瞳に強い光が宿った。



 
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