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四章 白虹、日を貫く
第38話 永遠の反対
しおりを挟む「永遠の反対はなんだと思いますか」
シュカの問いは、全員を戸惑わせた。
「一瞬、ではないのかな?」
レアンドレの答えに、シュカは首を振る。
「答えは、『忘却』です」
「……なるほど」
「永遠に人の記憶の中に居座りたいたぁ、ふてぇ野郎だなあ」
「ふ、ふ。ゲンさんったら。さすがだね」
レアンドレが、目をぱちぱちと瞬かせてから口を開く。
「そうか……永遠に人々の記憶に残るためには、世界を救う必要があるってことだね?」
「僕の記憶が戻る前は、彼の生徒でした。他の生徒たちはファルサに心酔していて疑問にすら思っていませんでしたけど、僕にはずっと違和感があった。だからこそ言えるんですが、全ては『世界は勇者に救われた』という記憶を上書きするためなんじゃないのかなと」
「あんのやろう! バカじゃないのかい!」
ウルヒの激怒で、ウルラが飛び起きてバタバタとソファに降り立つ。黒猫のアモンが慰めるようににゃーんと鳴く頭を、シュカはくしくしと撫でる。
その様子を見ながら、レアンドレが深く息を吐いた。
「なるほどね。『魔法教義』で十五年かけて人々の思考力を奪い、それによって精霊国アネモスを滅ぼし、地理と精霊、両方の力を削いだ」
言いながら、自身の指をひとつずつ折っていく。その指ひとつに乗った人命の数は、数えきれない。
「かつ、『氷の花嫁』の慣習を一時止めて合法的に調査に入り、サファイヤの出所を特定してグレーン王国に情報を渡せば、強欲王のことです。何が何でも奪いに来るでしょう。ルミエラの身柄が帝国にあると分かったら、鉄鉱山と一挙両得を狙うはずですから。さらに従属の印で火竜を手に入れる、もしくは滅ぼす手立てまで講じた上で、ですね。用意周到だなあ。四つの国が、ファルサの手のひらの上ということになる」
「閣下……もしも、ヨーネットとコルセアの対談中にグレーンが進軍したら……」
シュカの懸念には、イリダールがあっさりと答えた。
「全面戦争だな」
「ですよね。だとすると、迂闊に身動き取れませんね……」
皆が黙り込む中、ヨルゲンが別の問いを発する。
「ところでシュカ。変態野郎の意図は分かったが。そもそもどうしてキーストーンは鷹に成ったんだ?」
「ええっと。僕の記憶だと、レイヴンは魔王を倒した後、ひとりでキーストーンを見に行ったんだ。胸騒ぎがしたから」
ピルッと肯定するようにキースが鳴く。
「場所は教えられないけど。キーストーンって名前の通り、大きな石碑だったね。その前で『魔王を倒した。ようやく平和になる』って報告したんだ。そしたら」
「サミシイ」
「うん。寂しいって声が聞こえて、粉々に砕けちゃった」
シュカはそこで、大きな溜息を吐きながら「キーストーンには、竜石が埋め込まれていた。それが世界中に散ったせいで魔素が溢れて魔物が生まれたし、守護竜のいない土地では魔竜になったんだ」と告げた。
「シュカ、ワルクナイ。ピルッ」
「ありがと、キース……そうやって僕は『世界の核』の突然の爆発に巻き込まれて死んだ。記憶を取り戻した時は、魔竜や魔物が世界中に溢れているのって僕のせいかぁって苦しかった」
「おっまえ! そりゃあ思い出したら辛かっただろうに……くっそ、なんで早く俺に会いに来なかった!」
「一応ほら、魔法学校卒業しないといけなかったし」
「まじめか!」
「そう言うゲンさんだって、行方不明だったじゃん。実は探すの大変だったんだよ?」
「だーーーー! そうだな!」
「一般人が精霊王と謁見できるわけもないし」
「あ~そうだねぇ……」
「とりあえず冒険者になって家を出て、機会を窺ってたんだよ」
「「すまなかった」」
「ううん! 僕、ふたりには感謝してるんだ。ゲンさんとウルヒが全然変わってなかったから。十五年も経ってるし、もしファルサと仲良くしてたらどうしようかなって不安だったから……」
「俺はパーティでもずっと仲悪かっただろーが!」
「ふふ、剣と魔法対決ばっかしてたね」
「あたしも、あの胡散臭い糸目は嫌ってただろ!」
「んふふふ。いずれ精霊は魔法に駆逐されるって言われてマジギレしてたよね」
がばり! と感極まったふたりが、ソファの両脇から身を乗り出してシュカを抱きしめる。シュカをはさんで、ぎゅうぎゅうとハグし合うその様は、まるで家族のようだ。
「おうおう。見せつけるじゃねーか。焦るぜえ。ガハハ」
イリダールが懐から葉巻を取り出して、火を点けた。
言葉とは裏腹に、その態度には余裕がある。
「さあて。話は大体聞いたところで、どうするよ宰相殿?」
「うぅ~ん。戦争回避するか、やっちゃうか、ですよね~。どうしますか団長」
抱き合っていた三人ともが、宰相の発言にぎょっとする。
「なあ。やっちゃうなら、アモンに行かせるぞ」
「なーん!」
全員が、ジャムゥの発言にぎょぎょっとなる。
「いえいえ! お気持ちは大変ありがたいのですがね。今魔族が出てくるとますます大混乱に」
「じゃあ、カルラと一緒に行くならどうだ?」
「へ?」
「忘却、する」
ばっ! とウルヒが上体を起こした。
「そうだよ! 忘却魔法があるじゃないか! グレーン騎士団の記憶を消してしまえばいい!」
レアンドレの目も輝いた。
「うあぁ~! かなりの力技ですけど、それ、時間稼ぎにもってこいです!」
「アモンの翼なら、世界中のどこでもあっという間だぞ」
「なーんっ」
ジャムゥとアモン渾身のドヤ顔に、シュカがふっふと鼻息を漏らした。
「さすがのファルサも、魔王がまだ生きてて、しかも僕らのパーティメンバーだなんて思ってないよね」
「ん。カルラはきっと、そのためにオレの結界がんばった」
「え」
「未来、知ってたと思う。世界の力はいつでも均等。人間と精霊、竜と魔族」
「ジャムゥ……?」
「人間の力、大きくなりすぎてもダメ。だからオレ必要」
ヨルゲンが、両手でワシワシと頭をかきむしりながら身を起こした。
「待て待て待て待て……! てことは、人間にやべぇのがいるってことか!?」
「うん」
「まさか……ファルサが?」
「会ってないから、わからない。でもずっと嫌な気持ちがする」
レアンドレが「それは……本当に世界の危機かもしれないね……」と呟き、ジャムゥ以外の全員が同意するように固唾をごくりと呑み込んだ。
「まあ、不確かなことを怖がっても仕方があるまい。目先のことをひとつずつ倒していく。戦場の鉄則だ」
ぶふー、とイリダールが豪快に吐き出した白煙は、見えない未来を暗示するかのようだった。
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