天弓のシュカ ~勇者の生まれ変わりの少年は、世界を救うために七色の魔竜を巡る旅に出る~

卯崎瑛珠

文字の大きさ
上 下
36 / 51
四章 白虹、日を貫く

第36話 帝国に迫るのは

しおりを挟む



「ふん。そなたの発言に魔教連魔導士世界教会連合へ全てをなすりつける意図がないとは、言いきれんからな」
「仰る通りです」

 一瞬シンとなったが、すぐにレアンドレが発言した。
 
「でも、伯父貴……じゃなかった、団長」
「なんじゃい」
「火の巫女、なんですよ」
「それがどうした」
「……僕の記憶が正しければ、巫女は嘘をつくことができません。精霊が最も嫌うことですから」
「!!」

 精霊は、いたずらはするが、嘘と制約を嫌う。
 社会通念としてまかり通っている、常識である。
 
 ぎりりと拳を握りしめたイリダールを見て、ウルヒがニヤァと笑う。

「精霊王として、ルミエラの潔白を後押しした方が良いかい?」
「んああああ。まさかそれも織り込み済か!?」
「ひひ」
「くそう! 良い女だなあ!」
「帝国騎士団長様に褒められると良い気分だねぇ」

 じっと話を聞いていたシュカが、顔を上げる。

「あの。口を挟んでも?」

 それに対しイリダールは、眉尻を下げる。

「言っただろう。好きに振る舞え」
「ふっふ。ありがとうございます。では早速……ルミエラ殿下。殿下は、魔教連魔導士世界教会連合の言うことをなぜあっさり信じたのです?」
「なぜ、と申されましても……全世界に魔法教義を広め、魔道具を開発し、魔導士の育成をするいわば魔法の専門機関ですから」
「ですが、先ほどからお話を伺っていると、非常に理性的判断をされるお方だなと感じました。天候悪化の原因をレモラの闇堕ちと信じた根拠に乏しい」
「っ!」
「ふむ。言われてみれば、そうですね……」

 レアンドレがシュカに同調したことで、ルミエラは冷静に自身の心と今一度向き合ったようだ。
 しばらくの静寂の後、口を再び開いた。
 
「っ、わたくしに寄り添ってくださった方は、兄の婚約者候補で、十候のうちのひとつの家の方でした」

 やがてぽたぽたと、ルミエラの両眼から涙が落ちてくる。
 レアンドレは、横からハンカチーフを差し出した。

「わたくしの身を想い、『氷の花嫁』の廃止を訴えてくださった。ですが話は聞き入れられず候補から外され、屋敷に軟禁され、後に心を病んでしまったと……その事実は国王からもたらされ、侍従となっていた連合の魔導士ふたりがわたくしにこう告げました」

 ずずず、とレアンドレのハンカチーフで鼻をすすりながら、ルミエラは告げた。
 
「『これもすべて、レモラが人の命を欲しているからである。氷の花嫁よ、火を失いつつある王国に残された手段は、火竜を連れ帰るしかないのだ』と」
 
 
 ――シン。


「……そう怒るなよ、ウルヒ」

 ヨルゲンの穏やかな声が、怒りと悲しみに満ちた空気の中、温かさと強さを放っていた。

「っくっそ」
「言葉が汚ぇな~、精霊王」
「だって! あいつら、精霊をバカにしやがって! いつだって人に寄り添ってきた存在だぞ! 人を喰らうぐらいなら、消える! そんな、はかなくて優しいっ……」

 ウルヒの激高は、同席していた全員の胸を打った。だからこそ、ヨルゲンはそれを茶化す。
 
「あーあ。宿屋だったら抱きしめついでに横のベッドへ押し倒すんだけどよ。人の城でやる勇気はねぇな」
「!! ばかやろう!!」

 ――うおっほん。
 ――ごほごほ。
 
 イリダールとレアンドレが同時に咳払いをするのがおかしくて、シュカはふ、ふ、と鼻息を漏らした。

「おい。そりゃ、儂への牽制か?」
「俺、剣聖だぜ?」
「オッサンども! つまらないんだよ!」
「あっはっは! ああいえ、笑っちゃいました。すごいなぁ。伯父貴と剣聖が、じゃれるだなんて」

 レアンドレが穏やかな口調で場を収束させると、おっさんふたりは顔を見合わせてニヤリとしている。

「事態は把握できました。魔教連の狙いはやはり、帝国だったんですねえ」
「どういうことだ、レレ!?」
「団長。帝国の内情をここで話しても?」
「儂は構わん」
「はは。では、宰相権限でお話します。外交上の機密事項も含まれるため、口外禁止。良いですか?」

 全員、頷く。
(ジャムゥにはシュカが、今から聞くことは絶対内緒だよ、と補足し、肩の上の黒猫が『なあん』と鳴いた。)
 
「僕の推測で恐縮なんですが。グレーン王国の王太子が、熱心な魔教連会員というのは有名なお話ですよね」
 
 静かに耳を傾ける中、ジャムゥは首を傾げていたので、シュカが分からなくても大丈夫だよと小声で囁く。

「一方で我が帝国は、その教義に懐疑的な者が多いです」
「うむ。儂は、目に見えぬものは信じぬ主義であるからな。何よりなんでも魔法に結びつけ、魔法が唯一至高なものであると位置づけるのは好かん。人の手には技術がある」
「ええ、団長の言う通り。魔力も技術も人の力の種類に過ぎない。比べるものではないと僕も思いますよ」

 ルミエラが慌てた様子で、キョロキョロと室内を見回す。

「ご心配なく、殿下。帝城内に魔教連はいません。音石も、徹底的に排除しています」
「……!」
「そうやって、ただの教義に過ぎないはずであるのに、人にある種の恐怖政治を植え付けるなど、あってはならないことです。ですがそれに追従しているのがグレーン王国である」

 ふー、とレアンドレはそこで心底不快そうな顔をしながら、続ける。

「グレーン王族や精霊王の御前で言うのははばかれますがね……グレーン国王は強欲の権化です。常に金銀財宝へ手を伸ばし、若い女を組み敷くのが趣味です。実際、精霊国アネモスの難民を何人もメイドとして受け入れたと聞いている」

 ウルヒの全身から、殺気が漏れた。
 
「貪欲に資源を求める怪物は、我が帝国の鉄鉱はもちろんのこと、ヨーネットのサファイアも根こそぎ欲しくてたまらないのです」
「なぜ、知られて……」

 動揺するルミエラを、アイスブルーの瞳が間近で見据えた。
 
「ええ。氷殿ひょうでんのあるブオリ山でサファイアが採れるのは、極秘情報だったはずです」
「一体、誰がっ!!」
「僕は、当然魔教連の仕業しわざだと思っていますよ。初めて部外者を神聖な場所へ入れたのでしょう? 調査のためと言って。堂々としたものですね」
「そんな……」
「僕はこの情報を、グレーンに潜り込ませている影から得ました。既に武装勢力は我が国境に迫っている。名目は、貴女の奪還作戦だそうです」
「わたくしは! グレーンとは無縁です!」
「ヨーネットは『友好国』で、ルミエラ殿下は王太子の婚約者なんだそうです。いつ宣戦布告が来ますかねぇ」
「だからレレ様はわたくしと婚約を?」
「はい。ちょっと強引でしたが」
「なあ、なあ。サファイアて、なんだ?」

 深刻な会話に割って入ったジャムゥの純粋な問いに、レアンドレは「青く輝く希少な宝石のことです。そのピアスのような」と優しく微笑む。

 そっか、と頷いたジャムゥがあっけらかんと放った言葉は、ただでさえダメージを負っていたルミエラの心を根こそぎえぐった。

「それきっと、レモラの涙だ。だから人を捧げてたんだな」



 -----------------------------


 
 お読み頂き、ありがとうございます!
 最終章が始まりました。
 え!もう!?ですよね。私もです。果たして広げた風呂敷をちゃんと畳めるのか……!笑

『白虹、日を貫く(はっこう、ひをつらぬく)』:
 白い虹が太陽を貫いてかかる。白い虹を兵の、太陽を君主の象徴と解釈することによって、兵乱が起こり、君主に危害を加える予兆とされた。
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。 彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。 そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。 洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。 さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。 持ち前のサバイバル能力で見敵必殺! 赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。 そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。 人々との出会い。 そして貴族や平民との格差社会。 ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。 牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。 うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい! そんな人のための物語。 5/6_18:00完結!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

処理中です...