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四章 白虹、日を貫く
第36話 帝国に迫るのは
しおりを挟む「ふん。そなたの発言に魔教連へ全てをなすりつける意図がないとは、言いきれんからな」
「仰る通りです」
一瞬シンとなったが、すぐにレアンドレが発言した。
「でも、伯父貴……じゃなかった、団長」
「なんじゃい」
「火の巫女、なんですよ」
「それがどうした」
「……僕の記憶が正しければ、巫女は嘘をつくことができません。精霊が最も嫌うことですから」
「!!」
精霊は、いたずらはするが、嘘と制約を嫌う。
社会通念としてまかり通っている、常識である。
ぎりりと拳を握りしめたイリダールを見て、ウルヒがニヤァと笑う。
「精霊王として、ルミエラの潔白を後押しした方が良いかい?」
「んああああ。まさかそれも織り込み済か!?」
「ひひ」
「くそう! 良い女だなあ!」
「帝国騎士団長様に褒められると良い気分だねぇ」
じっと話を聞いていたシュカが、顔を上げる。
「あの。口を挟んでも?」
それに対しイリダールは、眉尻を下げる。
「言っただろう。好きに振る舞え」
「ふっふ。ありがとうございます。では早速……ルミエラ殿下。殿下は、魔教連の言うことをなぜあっさり信じたのです?」
「なぜ、と申されましても……全世界に魔法教義を広め、魔道具を開発し、魔導士の育成をするいわば魔法の専門機関ですから」
「ですが、先ほどからお話を伺っていると、非常に理性的判断をされるお方だなと感じました。天候悪化の原因をレモラの闇堕ちと信じた根拠に乏しい」
「っ!」
「ふむ。言われてみれば、そうですね……」
レアンドレがシュカに同調したことで、ルミエラは冷静に自身の心と今一度向き合ったようだ。
しばらくの静寂の後、口を再び開いた。
「っ、わたくしに寄り添ってくださった方は、兄の婚約者候補で、十候のうちのひとつの家の方でした」
やがてぽたぽたと、ルミエラの両眼から涙が落ちてくる。
レアンドレは、横からハンカチーフを差し出した。
「わたくしの身を想い、『氷の花嫁』の廃止を訴えてくださった。ですが話は聞き入れられず候補から外され、屋敷に軟禁され、後に心を病んでしまったと……その事実は国王からもたらされ、侍従となっていた連合の魔導士ふたりがわたくしにこう告げました」
ずずず、とレアンドレのハンカチーフで鼻をすすりながら、ルミエラは告げた。
「『これもすべて、レモラが人の命を欲しているからである。氷の花嫁よ、火を失いつつある王国に残された手段は、火竜を連れ帰るしかないのだ』と」
――シン。
「……そう怒るなよ、ウルヒ」
ヨルゲンの穏やかな声が、怒りと悲しみに満ちた空気の中、温かさと強さを放っていた。
「っくっそ」
「言葉が汚ぇな~、精霊王」
「だって! あいつら、精霊をバカにしやがって! いつだって人に寄り添ってきた存在だぞ! 人を喰らうぐらいなら、消える! そんな、儚くて優しいっ……」
ウルヒの激高は、同席していた全員の胸を打った。だからこそ、ヨルゲンはそれを茶化す。
「あーあ。宿屋だったら抱きしめついでに横のベッドへ押し倒すんだけどよ。人の城でやる勇気はねぇな」
「!! ばかやろう!!」
――うおっほん。
――ごほごほ。
イリダールとレアンドレが同時に咳払いをするのがおかしくて、シュカはふ、ふ、と鼻息を漏らした。
「おい。そりゃ、儂への牽制か?」
「俺、剣聖だぜ?」
「オッサンども! つまらないんだよ!」
「あっはっは! ああいえ、笑っちゃいました。すごいなぁ。伯父貴と剣聖が、戯れるだなんて」
レアンドレが穏やかな口調で場を収束させると、おっさんふたりは顔を見合わせてニヤリとしている。
「事態は把握できました。魔教連の狙いはやはり、帝国だったんですねえ」
「どういうことだ、レレ!?」
「団長。帝国の内情をここで話しても?」
「儂は構わん」
「はは。では、宰相権限でお話します。外交上の機密事項も含まれるため、口外禁止。良いですか?」
全員、頷く。
(ジャムゥにはシュカが、今から聞くことは絶対内緒だよ、と補足し、肩の上の黒猫が『なあん』と鳴いた。)
「僕の推測で恐縮なんですが。グレーン王国の王太子が、熱心な魔教連会員というのは有名なお話ですよね」
静かに耳を傾ける中、ジャムゥは首を傾げていたので、シュカが分からなくても大丈夫だよと小声で囁く。
「一方で我が帝国は、その教義に懐疑的な者が多いです」
「うむ。儂は、目に見えぬものは信じぬ主義であるからな。何よりなんでも魔法に結びつけ、魔法が唯一至高なものであると位置づけるのは好かん。人の手には技術がある」
「ええ、団長の言う通り。魔力も技術も人の力の種類に過ぎない。比べるものではないと僕も思いますよ」
ルミエラが慌てた様子で、キョロキョロと室内を見回す。
「ご心配なく、殿下。帝城内に魔教連はいません。音石も、徹底的に排除しています」
「……!」
「そうやって、ただの教義に過ぎないはずであるのに、人にある種の恐怖政治を植え付けるなど、あってはならないことです。ですがそれに追従しているのがグレーン王国である」
ふー、とレアンドレはそこで心底不快そうな顔をしながら、続ける。
「グレーン王族や精霊王の御前で言うのははばかれますがね……グレーン国王は強欲の権化です。常に金銀財宝へ手を伸ばし、若い女を組み敷くのが趣味です。実際、精霊国アネモスの難民を何人もメイドとして受け入れたと聞いている」
ウルヒの全身から、殺気が漏れた。
「貪欲に資源を求める怪物は、我が帝国の鉄鉱はもちろんのこと、ヨーネットのサファイアも根こそぎ欲しくてたまらないのです」
「なぜ、知られて……」
動揺するルミエラを、アイスブルーの瞳が間近で見据えた。
「ええ。氷殿のあるブオリ山でサファイアが採れるのは、極秘情報だったはずです」
「一体、誰がっ!!」
「僕は、当然魔教連の仕業だと思っていますよ。初めて部外者を神聖な場所へ入れたのでしょう? 調査のためと言って。堂々としたものですね」
「そんな……」
「僕はこの情報を、グレーンに潜り込ませている影から得ました。既に武装勢力は我が国境に迫っている。名目は、貴女の奪還作戦だそうです」
「わたくしは! グレーンとは無縁です!」
「ヨーネットは『友好国』で、ルミエラ殿下は王太子の婚約者候補なんだそうです。いつ宣戦布告が来ますかねぇ」
「だからレレ様はわたくしと婚約を?」
「はい。ちょっと強引でしたが」
「なあ、なあ。サファイアて、なんだ?」
深刻な会話に割って入ったジャムゥの純粋な問いに、レアンドレは「青く輝く希少な宝石のことです。そのピアスのような」と優しく微笑む。
そっか、と頷いたジャムゥがあっけらかんと放った言葉は、ただでさえダメージを負っていたルミエラの心を根こそぎ抉った。
「それきっと、レモラの涙だ。だから人を捧げてたんだな」
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お読み頂き、ありがとうございます!
最終章が始まりました。
え!もう!?ですよね。私もです。果たして広げた風呂敷をちゃんと畳めるのか……!笑
『白虹、日を貫く(はっこう、ひをつらぬく)』:
白い虹が太陽を貫いてかかる。白い虹を兵の、太陽を君主の象徴と解釈することによって、兵乱が起こり、君主に危害を加える予兆とされた。
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