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三章 激浪に、抗う
第32話 勇者と王女
しおりを挟む赤の魔法陣の上。
祈り跪くルミエラの頭上で、風の精霊カルラがキラキラと緑の光を振りまいている。
背中の小さな翼がはためく度に降りかかる光は、彼女の肩に落ちると浸透していくようにすっと体内に吸い込まれていく。
『火の巫女ルミエラを、風の精霊王の眷属、カルラは承認する』
「カルラに異議なし。風の精霊王ガルーダ・エリークとして承認する」
「っ……あり、がとう、ございます……!」
ぱああ、と室内を緑と赤の光が走って、すぐに静まった。
脱力してどさ、と床に尻もちを突くシュカの一方で、ジャムゥはけろりとしている。
「はあぁ、よかった」
「ん。アウシュニャ、命戻ってる。すごく弱いけど。アレのおかげ」
青竜から託された青玉は、火竜の心を慰めるかのように、ルミエラの胸の中に納まっていた。手首の刺青は、消えていない。
「しばらくは、大丈夫かな」
「ん。従属の印、消す方法、考える」
「うん。ジャムゥ、疲れてない?」
「よくわからない」
「無理しちゃだめだよ」
ジャムゥはコテンと首を傾げた。
「無理……もわからない」
「そっか」
「けど、オレ、死ぬ」
「うん。……ん!?」
「壊したら、ダメ。約束破った」
「え?」
「あれ」
ジャムゥが天井を指さし、全員が見た。
「あ」
「はっは! 派手にやったもんだ」
「っ、すごいですね……」
レンガ造りの頑丈な建物の一階であるにも関わらず、青空が見える。
帝国の冒険者ギルドを破壊した――ジャムゥは『制約』を破ったので死ぬと言っているのか、とシュカは理解した。
「ジャムゥ」
「うん。分かってる」
「……君は、僕たちを助けたんだよ。約束は、破ってない」
「!」
「でも、犯人は必要だね」
「はんにん?」
「うん。魔物っぽい幻影作って、あそこから逃がせる?」
シュカは天井の穴を指さして、いたずらっぽく笑った。
「僕たちは、その犯人を追いかけることにしよう。ね?」
「? わからないけど、わかった――姿を現わせ。アモン」
もわりもわりと、ジャムゥの眼前に黒い霧が湧く。
その中から姿を現したのは、黒い目の中に赤い瞳孔を光らせた、癖のある長めの黒髪に白い肌でとがった耳を持つ、執事服の男性である。
明らかに魔族の特徴を持つ彼は、シュカたちが息を呑む中、畏まって頭を下げ、低い声を発した。
「お呼びですか、マイロード」
「うん。犯人になって」
「?」
さすがに首を傾げるアモンに、シュカが横から「あーっと、僕が説明、してもいい?」と助け船を出した。
「もちろんでございます、シュカ様。マイロードへ制約を課した貴方様は、私を使役する権限がございます」
「ひえ。えとえーっと。あのね、ジャムゥがあそこ壊しちゃったんだけど、僕たち次の目的地に行かなくちゃならないんだ。でもギルド的には」
「なるほど。取り急ぎ何者かを犯人に仕立て上げる必要がある、ということ、理解いたしました。ではしかるべき格好にてあそこから飛び立ちますゆえ、魔物の仕業と」
「えっと、話が早くて助かるね?」
「恐縮でございます。また大変不躾ではございますが、この機会に私からも一言、感謝申し上げたい所存にございます」
「え?」
「貴方様よりマイロードへの信頼をいただけたため、こうして出て来られました。勇者様のお力添えあっての、非常に特別なことでございます。我々魔族一同、いつでも」
「わー! えっと、えっと!」
ぽかんとしていたルミエラが、わなわなと肩を揺らし始めた。
「ゆう、しゃ……?」
「あ~っ! とね」
『記憶、消すか?』
「待ってカルラ! 殿下。僕は、その」
跪いていた姿勢からすくっと立ち上がると、ルミエラは強い目を向けた。
濃い紫色が、シュカを射貫く。
「勇者様は亡くなられたはずです」
「……そうだね。僕は」
「生まれ変わられた、ということですか?」
「まあ……うん」
ああまた恨み言をぶつけられるのか、とシュカが身構えると、ルミエラは透明な涙を流し始めた。
「……私は、幼かった。大人たちに何を刷り込まれようと、貴方様ご自身に恨みなどございません。ですが、疑問でした。世界を救った勇者様が世界の核を壊したことには、きっとなにか理由がと」
どう答えたものか、とシュカが躊躇っていると、アモンが口を開いた。
「キーストーンは確かに世界の核でございますが、あの時」
「っアモン! 口を出すな」
ビリッ。
瞬間で駆け抜けた殺気は、今まで温和だったシュカから出たとは信じがたいものだった。
アモンは即座に深々と頭を下げる。
「大変な失礼をいたしました」
「いい。……ルミエラ殿下。僕には確かに前世の勇者の記憶があります。けれどそれを表立って示すつもりはありません」
「それは、理解いたします。世界の核のことも、でしょうか? 真実は異なるのですよね?」
「いいえ。僕が壊した。この世界の魔竜も魔物も、僕がもたらした。恨んでいいんです」
「っ」
「そもそも僕は、『勇者』なんかじゃない。ちょっと戦えるだけの、ただの冒険者だ。そんな僕に『世界を救え』だなんて」
白フクロウの半面を外したウルヒは、眼球がこぼれるほど両眼を見開いた。
「シュカ……」
「こんなこと言って、ごめんねウルヒ」
ウルヒがぶんぶんと頭を振ると、バサバサとウルラが飛んで、ちょうど良い距離にあったアモンの頭頂に留まる。
ジャムゥが、心配そうな顔で尋ねた。
「シュカ、勇者嫌か?」
「え? うん。そう呼ばれるのは、もう嫌かな」
「わかった。オレが保証する。シュカは勇者じゃない」
「! あはは! ……殿下も、良いですか?」
ルミエラは下唇をぎゅっと噛んで、頭を下げた。
「このような多大なるご助力をいただいている身で、差し出がましい発言でした。全て、忘れます」
「殿下のために、忘れてください。今は、ヨーネットを救うことだけを」
「っ、はい」
「アモン」
「はっ」
ふおん、と空気の音がしたかと思うと、アモンの頭頂から山羊のような角がにょきりと生え、ウルラがまたバサバサと飛んでウルヒの肩に戻った。
黒い体毛が全身に生え、ワーウルフのようになっていき、足先は蹄、背には巨大なこうもりのような羽根が生えた。
「えーっと、ちょーっと強すぎるよ、侯爵」
「ふっふ。私の身分までご存じとは恐れ入ります。ではもう少しランクを落として――このぐらいでしょうか?」
巨大なコウモリの魔物、ジャイアントバットになった。
「いいね」
「では、離脱いたします。失礼をいたします、マイロード」
「うん」
バサリ、と大きな翼が音を立てたと思うと、あっという間に空へ飛び立っていった。
「まさか、アモン侯爵が出てくるとはね……」
「だめだったか?」
「だめじゃないけど、強すぎるかな」
「アモン以外、言葉あんまり通じない。すぐ暴れるから嫌いだ」
「っ、そっかあ! じゃ、ずっとアモンで!!」
シュカがジャムゥの頭頂を撫でるのを見ているウルヒとルミエラは、今度こそ全身から力を抜いたのだった。
――ドンドンドン!
「おい! 大丈夫か!?」
戸口の向こうからヨルゲンの声がして、いよいよ全員が床にへたり込んだ。
「だいじょーぶぅ……」
これからが大変なのは分かっているが、今すぐ心から休みたい――シュカはぐったりと首を垂れた。
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