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三章 激浪に、抗う
第31話 帝国の頭脳と、強欲王の息子
しおりを挟む「久しぶりだな。十年ぶりぐらいか?」
ぱ、と手を離してヨルゲンがレアンドレに近づいていくと、向こうからも歩み寄って来ていて、ふたりはすぐにがっちりと握手を交わした。
笑顔で見つめ合った後、レアンドレは目線をヨルゲンの肩越しに投げた。
「ああ……、彼は私の命の恩人なんだ。丁重に扱って欲しい。あと、この場は任せてくれ。陛下のご命令だ」
「ぎゃ! は、は!」
威勢が良かったはずの小隊長がすごすごと引っ込んでいくのを背後の気配で感じつつ、
「陛下の?」
皇帝が宰相を現場へ寄越すとは思えないぞ、とヨルゲンは暗に目で問う。
「友人に会いに行くって言っただけだけどね」
ぱちり、とウィンクを返された。
「はは!」
「で?」
「うん。ちっと内緒話させろ」
「……エクトル」
「は。ご随意に」
宰相付き護衛は、さすがにできるなぁとヨルゲンは感心する。
戦闘力は申し分なさそうだ。おまけにこちらに敬意を払いつつ、周辺を排除し誘導する配慮も、である。そうして案内されたのは――宰相の馬車だった。
先に乗り込んでからニコニコと手招きするレアンドレに素直に従い、真向かいに腰を下ろす。
「良い密室だろう? ギルマスは放っておいていいのかな?」
「いい。あいつの耳に入れるにはデカすぎる」
ヨルゲンは、推測がほとんどだが、と前置きをした上で、先ほどまでの経緯をかいつまんで話した。
帝国宰相に話すことで、ヨーネット王国との国交にどれだけの影響が出るかは不明だが、火竜を失うという国を揺るがす事態である。
正直に話すことを独断で決めたが、間違っていないだろうと確信を得た。
なぜなら、
「うん。大体予想通りだったね……」
帝国の頭脳は、既に事態を予測していたからだ。
「予想通り?」
「竜の顎が閉じた時点で、グレーン王国が何か画策するとは思っていたけれど、正攻法ではないだろうなと」
「ああ」
「ならば、現状貧窮している北のヨーネット王国を絡めるのが妥当」
「うえぇ……貧窮?」
「うん。雪が降りやまないらしくてね。いくら慣れているとはいえ、対応には限度がある」
「そうだな」
「かといって、まさか王女自ら生贄になってまで火竜様に手を出すだなんて。理解できないなぁ」
「それぐらい、追い詰められてるんだろ」
ふー、とレアンドレは長い溜息を吐いた。
「教えてくれて助かったよ。北西の国境が慌ただしくなっていてね。そういうことなら、『王女奪還作戦』を名目にしそうだな~と」
「あ!? グレーンとヨーネットの王女は、関わりねえだろ」
「正式な通達はまだだけどね。王太子の婚約者候補、ってことらしいよ」
「氷の花嫁がか?」
「それなんだけどね……第五王女でなく、第四王女が捧げられたらしい」
ひゅ、とヨルゲンの背に寒気が走った。
ルミエラは第五王女だ。当然その上に第四王女もいるだろうが、いなくなったと見るや代わりに――
「吐き気がする。ルミエラに聞かせられねえよ」
「同意」
「あ~レレ。今から一目惚れ、する気ねえか?」
「え?」
「確か独身だったよな」
「……あ」
「えーっと冒険者として帝国ギルドに来た女性と侯爵閣下が? 皇都で偶然出会って恋に落ちたら、たまたま王女と宰相でした!」
「ふふ。偶然とたまたまって、適当すぎ。大衆演劇にありそう」
「な」
「そっか、僕の婚約者なら帝国の庇護下にできるね。少なくとも、グレーンの進軍は抑えられる」
「ルミエラは、責任とって斬首になる覚悟でいる」
「ん~そうだね……首謀者を捕まえない限り、斬首は避けられないね」
「お? てことは?」
「表向き婚約者にすることはできるけど。いくら僕でも、今は執行保留を皇帝陛下に上奏するのがせいぜいかな……それより」
レアンドレは、銀縁のモノクルの中のアイスブルーの瞳をぱちぱちと瞬かせる。
「どした?」
「いやぁ、ほら。僕、こんなだから。王女様ご本人に嫌がられたらどうしようかなって」
「! ぶっふふふふ」
「え、ちょっと。笑わないでよ~」
「帝国の危機だっていうのに慌てる様子もなく一瞬で把握して、心配事がそれってのが」
「僕にとっては、政治より女性の方が厄介なんですぅ~! モテモテ剣聖には分からないでしょうけどね」
「ぶははっは! モテモテて!」
ぷうと頬を膨らませてみせるレアンドレに、ヨルゲンは真顔に戻り「感謝する」と一言頭を下げた。
「いえいえ。まさか神聖な守護竜様に手を出す者が出てくるだなんて。これは帝国だけじゃなく、世界の危機だよ。それに、僕の命を救ってくれた貴方を、信じているのさ」
「んなもん、忘れろ。昔のことだ」
「忘れないよ」
それから、レアンドレは嬉しそうに笑って言った。
「嬉しいんだ。剣聖が戻ってきてくれたから」
ヨルゲンは何度かぱちくりしてから、後ろ頭をかいて照れた。
「……おう」
◇
グレーン王国、宮殿にある王太子執務室で、マティアスは親指の爪をギリギリと噛んでいた。
帝国の産業を潰し、北のヨーネットとは自身の婚姻で同盟を結び、二国で圧力をかけさらに帝国を弱らせる。
鉄鉱山を手に入れ、海洋貿易でヨーネットに鉄鉱を供給する代わりに、ヨーネットの特産であるサファイヤを根こそぎ融通してもらうというのが、彼の筋書きだった。ところが――
「なぜ! まだ攻め込んでいないんだ!」
音石を床にたたきつけたい衝動と、何度も戦っている。
『竜の顎が閉じたとはいえ、大量の魔物と強風に進路を阻まれるのです!』
「ちっ……なんとしてでも、あと三日以内で辿り着け!」
『はっ!』
早くせねば、魔物が起きる。
マティアスが何よりも恐れているのは、実の父であり強欲王と名高い、アンドレアス・バーリグレーンその人である。
自分が対処しているうちは良い。先々も考えての謀略であるからだ。
だが、ひとたびアンドレアスが動き始めると、それこそ世界が終わる。
「拝謁の日を増やすか……国庫のダイヤはまだある……質が担保されたメイドを仕入れるのにも、限界があるぞ……」
帰らずの宮殿。
金貨集めの日と並んで、そう噂されるようになってしまったのは、マティアスとて知っている。
「宝を食らい尽くす、強欲王め……」
ぎゅう、と左胸にあるピンバッジを握りしめた。
――手のひらからタラリと垂れる血を舐め、椅子から立ち上がる。
「いっそ、欲のまま食らいつかせるか。くくく、くくくく」
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