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三章 激浪に、抗う
第30話 再開、そして再会
しおりを挟む「ファルサが、従属の印を与えたってこと?」
「んなことしたら、帝国との戦争になるぞ」
「……あの陰険糸目野郎が、そんな迂闊なことはしないだろうさ」
かつての勇者パーティ三人が憂慮する『無窮の賢者』のことを、ジャムゥはなぜか思い出せずにいた。うーん、うーんと唸っていると、懐でキースが「ピルッ」と鳴いて慰める。
室内に立ちこめていた霧が晴れていくと、ルミエラが青く光る魔法陣の上に立ち尽くしている。ボロボロのチュニックとトラウザ、そして両腕に巻かれた包帯が、かろうじて肌にまとわりついた姿で。
傷だらけの膝下が、痛々しい。
両眼から流した黒い涙の跡そのままに、彼女は恨めし気にこちらを睨んでいた。
「火竜様と共に戻ってもダメならば……もう……」
シュカは、その眼差しを真正面から受け止めた。
「火竜を道連れに、なんてできませんよ」
「な!」
「それ、強固な精霊結界なんです。魔力は使えません」
「わたくしは! 死ななくては!」
従属が叶わなければ、共に死を。
帝国の火を一時でも失わせようとするその謀略に気づいたシュカは、腹の底に沸いた嫌悪感を押しとどめるかのようにごくりと唾液を飲み下す。
「……なぜですか?」
「っ氷の花嫁だからですわ!」
「でも、棺から出ている」
「レモラを救うためですっ! それがダメならっ」
ウルヒが肩にウルラ――息を吹き返したようだ――を乗せ、静かに語りながら歩いて近づいていく。
「殿下。レモラはまだ氷の精霊として在る。貴女は、騙されたんだ」
「嘘よ!」
「嘘じゃない。風の精霊カルラが言っている」
ブンブン髪を振り乱しながら、首を横に振って必死で否定するルミエラは、王女の身分を忘れて素になった。
「嘘! 嘘よっ! じゃあなんで、雪が止まないの!? 王国民が次々凍死して……だから……」
「だからと言って、火竜に手を出して良い理由にはならない」
「わかっ! わかってる! でも、帝国なら、絶対大丈夫だって!」
パーティメンバー全員が、顔を見合わせ、頷く。
――技術大国でもある大帝国コルセアならば問題ない、とでも甘言を囁かれたか。
シュカは、静かに両拳を握り締める。
いつだって力を持つ強者が、いたずらに人を操って嗤う。
何年経っても変わらないな、と。
「僕たちが、ヨーネットへ行きます。謎を解明するために」
「パーティリーダーに従うぜ。だから任せとけ、姫様」
「ジャムゥも行く。精霊、確かめる」
最後に、ウルヒが風の精霊カルラを呼んだ。
「カルラ! レモラを説教しに、行くよなっ!」
しゅんっと緑色の少女が現れたかと思うと、白フクロウの背でふわりと頭に顎を乗せながら、小さな頬を膨らませた。
『しかたない。悪い子には罰を与える決まりだ』
「……あなたは……」
『カルラ』
「! 最古の、風の精霊!? ……ほんもの……?」
ルミエラの言葉に驚いたのは、シュカとジャムゥだ。
「え、カルラって、最古なの?」
「サイコ? てなんだ?」
「ジャムゥには難しいね。一番古いってことだよ」
「一番古い。一番長生きだ」
『おいそこ! 年寄り扱いするな! ――ウルヒ、暫定措置だ。承認の儀を行え。ワレが認めてやる。それで一時はやり過ごせるだろ。フン』
「なるほど……火竜は元々精霊、なら身体に馴染ませれば!」
ウルヒの言葉に、シュカの目が輝いた。
「そうだよ! 火の巫女にしちゃえば良いんだ!」
「火の……巫女……?」
ウルヒが、肩に力を入れルミエラに向き直った。
「貴女なら、精霊を讃え敬う心を持てるはずだ。火竜を精霊として持つ火の巫女になれば、火の精霊たちは息を吹き返せるだろう。その証拠に、従属の印を持ってしても、火竜は自我を保ち尊厳を失わなかった。貴女なら、その器足り得るはずだ」
「そ、んな、ことが! ……ですがわたくしは、大罪人です。帝国にもたらした混乱を考えると、斬首でも足りないくらいでしょう」
ふー、とウルヒが大きく息を吐いてから、きりりと眉尻を上げた。
「わらわは、最後の精霊王、ガルーダ・エリーク。ここに、グレーン王族もいる。事情を説明して、なんとか助命を掛け合ってみよう。……一時のものかもしれないが」
「えっ」
ルミエラの驚きの目線に、ヨルゲンが照れた顔の後でしてみせたボウ・アンド・スクレープは、冒険者装備でもサマになっていた。
「グレーン王国国王王姉グンヒルドの息子、ヨルゲン・アードラーセン・ヘルムだ。今は絶縁しているが、なんらかの抑止には使える血だろう」
「グンヒルド・ヘルム様! お名前は存じ上げております。ヘルム公爵夫人ですね」
「はっは。ただの鬼ババアだ」
少し空気が和んだところで、ジャムゥがずばりと言う。
「ウルヒ。今すぐやらないとアウシュニャ、ほんとに死ぬぞ。ギリギリだ」
「!」
ウルヒは、バッとマントを脱ぎ捨てると、革ベルトに下げていた鞄から白フクロウの半面を取り出し着けた。
ウルラが飛びあがって、ホロッロー! と声高に鳴く。
「前例がないから、うまくいくかは賭けだ……なにせ火には弱いんだよ」
「ウルヒなら、できるよ。僕も補助するから」
「オレも、助ける。死なせずに従属解くのは、初めてだ。でもやってみる」
ガシャン、と愛剣を背に納めたヨルゲンが笑う。
「魔法と精霊の儀式なら、俺の出番はねえな。外を説得してくらぁ」
◇
大帝国コルセア冒険者ギルド周辺には、当然、緊迫した空気が漂っていた。
帝国騎士団が部隊を展開し建物を取り囲んでおり、ギルドマスターであるボボムは、対応に追われていたのである。
「だから! 今冒険者パーティが対応してるんで! 突入は待ってくださいよ!」
ウルヒがサブマスのギリアーを咄嗟に外へ飛ばしたのは正解だった。
冒険者パーティ『天弓の翼』が、治療室内で起こったなんらかの災害に対応している、と目撃者として報告できたからだ。
だがしかし、皇都の治安維持を任務として掲げる近衛騎士団は、今すぐ突入すると息巻いている。皇帝直轄部隊であるからしてプライドも高く、普段から冒険者との小さな諍いを経験しているボボムは、素直に従うなどまっぴらごめんだと思っていた。
「何を言っている。あれほどの規模の爆発が起こったんだぞ!」
「わしのギルドだ!」
「帝国内の建物だ!」
議論は、平行線。
そこへ「よぉ」とニヤケ顔でふらりと現れたのが、ヨルゲンだ。
「ヨルゲン!」
「きっさま、何者だ!?」
ボボムに軽く手を挙げて応え、周囲にざっと目を走らせてから、ふてぶてしく言った。
「今対応中だ。すまんが、大人しくしといてくれないか」
「なんだと!?」
何者か、の質問に答えず挨拶もしない無礼者と見た、帝国近衛騎士団の小隊長。ヨルゲンはもちろん、そんな礼儀などまったく気にしていない。
激高して息のかかる距離まで迫ってくるのに、若干仰け反りながらも(気迫に負けたわけではなく、生理的なものだ)、淡々と続ける。
「んだから、対応中だって」
「冒険者になんぞ、任せておれん!」
「へーえ」
ヨルゲンはさっと身をかわし、わざと覇気を垂れ流しつつ、包囲している騎士たちの眼前をゆっくりと歩いて見せた。
たった一人の冒険者に対して多勢であるはずの騎士たちは、なぜかその迫力に尻込みしている。
周囲へ避難指示や状況説明をしていたサブマスのギリアーが、口も動きも止めて「はうっ、剣聖様っ」と漏らしながらポウッとヨルゲンに見蕩れていると、冒険者たちや職員たちも「あれが!」「初めて見た……」と注目した。
「対魔法装備してる奴も、魔導士も、たったそんだけかぁ? 無駄に命捨てるようなもんだぜ」
「な!」
「ああいう、猪突猛進の上司持つと、苦労すんねぇ」
「侮辱するかあ!」
パシィンッ。
背中から殴りかかってきた小隊長の拳を、振り向かずに頬の横で手のひらのみで受け止めたヨルゲンは、高笑いする。
「はっは! 帝国騎士が冒険者ごときを背後から殴るかよ!」
ぎりぎりぎり、とそのままぎゅっと握りしめていくと、ガントレットごとひしゃげる音がした。
「ぎゃ!」
「これは、侮辱じゃねえぞ。正当防衛だ……他に冷静な上官はいねえの?」
背後でジタバタあがく小隊長を無視してのんびりと話すヨルゲンに恐れをなし、辺りはシンと静まり返ってしまった。
そこへ――
「すまん。離してやってくれ、ヨルゲン」
ざっと開けられた道から現れた男の顔を見て、ヨルゲンは眉尻を下げた。
「久しぶりじゃねーか、レレ。相当偉くなったはずだろ? 現場なんぞに来ていいのかよ」
「旧友に会うのに、身分は無関係さ」
大帝国宰相、レアンドレ・バルバロイ侯爵本人が、現れたのだった。
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