26 / 51
三章 激浪に、抗う
第26話 青竜の試練
しおりを挟む静まり返った神殿内には、ついにしんしんと雪が降りだしていた。
もちろん、雪が降るような季節ではないので、それだけ青竜の怒りが強いということが分かる。
シュカは二の句が継げず、立ち尽くしていた。
火竜という、人間が倒すのは不可能なはずの存在を、何らかの手段で殺したというのが事実であるなら。
報いを受けるのは当然だと思ってしまうからだ。
沈黙を破ったのは――
「ウダカ」
『?』
ジャムゥの足元から、黒い霧が生まれてモワモワと立ちがっていく。
青いローブの裾をはためかせ、ふわりふわりと巻き上がる黒髪は、幻想的だ。
皆が見惚れているうちに、彼女の体を取り囲むようにして小さな雪の竜巻ができていく。
渦の中心でキラキラと光る青いピアスは美しく――両眼が赤く光ってからは、禍々しくなった。
『ジャムゥ……!』
「うん。オレ、まだ残っている」
すると、キースがシュカの肩から羽ばたいて、竜巻の周りを飛び始めた。胸にある石が、ジャムゥの両眼に呼応するかのように明滅している。
青く光る魔法陣の上に浮いている青竜、その脇で両眼を赤く光らせる魔王、黒い風に乗って巻き上がる、雪の竜巻を助長させるように飛ぶ白鷹――
「な、んだこれは……世界は、終わるのか……?」
イリダールの目が、絶望に揺れている。
それほどの光景が、ここにはあった。
「終わらせないっ! だから、僕はっ!」
ぎりぎりと拳を握りしめるシュカが、顔を上げた。
「まだ間に合うなら! 貸しを返すぐらいは、いいじゃないかっ!」
『はは、ははは』
首をもたげる青竜が、おかしそうに笑い声をあげる。
『そなた、ヴァーユの気配がするな……覚悟は示した、ということだな……ならば』
コオオオオ――
青竜の大きな口吻が限界まで開き、上下の牙で挟むように青い玉が作られていく。
やがてそれがふわりと浮いたかと思うと、シュカの眼前まで漂って止まった。
『シュカよ。我らは、試練を与えることしかできぬ』
「わかってる!」
『わかっているなら、もう何も言うまい。受け取れ』
ゆっくりと明滅する青い玉を、そっと手のひらで受け止めるシュカの目には、強い決意がにじみ出ていた。
『それは、青玉と言われる、我の力の凝縮されたものだ』
「はい」
『正しく使ってみよ。失敗したら、肉体は滅ぶが。良いか』
竜の試練は、失敗をすると難易度に応じた罰が下ると言われている。
受けるには、相応の覚悟が必要だった。
「……わかりました」
『貸しを返せというなら、我の加護を与えるとしよう――シュカと、それに追従する者へ』
シュカとジャムゥ、ヨルゲンとウルヒの手のひらがそれぞれ青く光ったのが分かった。
「ありがとう、青竜様」
『礼には及ばぬ』
「ウダカ。シュカなら、きっと取り返せるぞ」
『そうだなジャムゥ……くれぐれも、気を付けろ』
「うん」
『急いでいるだろう。どれ、仲間ごと送ってやろう』
「送る……?」
再びまばゆい光に覆われたかと思うと、次に目を開いた時には――
「え」
「うは」
「ここは……」
見覚えのある部屋に、四人は瞬間移動していた――皇都冒険者ギルドの一階にある、治療室である。
「ほぎゃ!?」
「あ」
首をめぐらせると、サブマスのギリアーが呆然と立ったまま、ぐるぐる眼鏡の中で目をまんまるくして震えている。
「しゅしゅしゅしゅごっふぎゃ」
ヨルゲンが、すかさず手のひらで顔ごと塞いだので叫び声を止めることはできた。が――
「ふにゃぁ」
その代わりヘナヘナと気絶してしまったので、苦笑しながら優しく横抱きにして、空いているベッドへ慣れた手つきで寝かせてやる。
それを見たウルヒが、絶対零度の目をしていた(お前いつもそんなんやってんのか? の気持ちが駄々洩れである)。
一方。
「ふん。儂は、仲間じゃないのかい」
真っ暗になった神殿でひとり、イリダールが拗ねていた。
◇
「行方不明ならまだしも、よりにもよって帝国の冒険者ギルドに収容されているだと?」
グレーン王国。
王宮の一角にある王太子の私室は、白を基調とした調度品で整えられている。
大理石は丁寧に磨かれており、壁に据え付けられた暖炉の上には、大輪の花を咲かせる薔薇の絵がかけられている。一見シンプルだが、よくよく見ると家具の端々に金の縁取りや、ちょっとした装飾にも宝石がふんだんに使われていて、非常に高価であることが分かる。
マティアスは使い慣れた執務机に、片肘で頬杖を突いて座っていた。机の上には、音石がある。その前にもう片方の手を置いて、イライラと人差し指で天板をコツコツ叩いている。
「はあ。失態だな。逃がした奴らの首を斬っておけ」
相手が焦って弁明を始めたのが気に入らず――衝動的に音石を掴むや椅子を引いて立ち上がり、床に叩きつけて割った。
バキン! という音に驚いたのか、廊下の護衛が扉の隙間から顔を出したが、雑に手を振って追い返す。
「役立たずめ……せっかく火竜を……まあいい。このまま帝国の鍛冶産業が死ねば、すぐに国力も衰えるだろう」
ふふふ、とマティアスは黒い笑いを漏らす。
「そうか、女が生きているなら、利用できるな。くくくく」
――どう転んでも、私の都合の良いようにいくのは、天命であるなぁ!
のけぞって、声を出さないように顔だけで笑うマティアス。
その左胸には、今にも飛び立ちそうな鷹が彫られたピンバッジが、窓から差す日光に照らされて輝いていた。
◇
寝ている女性の様子を見ながら、四人はそれぞれ体や持ち物に異常はないか、自身の状態を確認していた。
女性の頬や包帯の隙間から見えている肌は、相変わらず真っ赤に染まっている。生きているのが不思議なほど熱を持ち、荒い息で胸は細かく上下し、呻き続けている。
「竜ってすげえのな」
背中に愛剣が戻っていることを確かめて安堵した後で、場の空気をなごませようとするヨルゲン。その軽口に応えるのは、ジャムゥだ。
「竜から竜に繋がっている『竜脈』を使ったんだ」
「へえ……てことは……!」
ヨルゲンの視線を感じながら、右手の中の青い玉を見つめるシュカが、口を開く。
「うん、ゲンさん。やっぱり火竜の命が、彼女の中にあるんだね。この瞬間移動は、それを教えるためでもあったのかも」
「竜の呪いは、強い。死なないの、すごい」
「ジャムゥの言う通りだと思う。なにか……生きている理由があるはず……!」
ばっと顔を上げるシュカの肩に、ウルヒがそっと手を置きながら、ベッド脇に進み出た。
「相手は女だし、念のためあたしが調べよう」
「気を付けて。魔力で干渉してはダメだよ。呪われるから」
「わかった」
じ、と女性を見つめるウルヒは、そっと肩の上で寝ていたウルラをキャビネットの上に移してから(気づかず寝ている)、目に見える何かを探し始めた。
次に、慎重な仕草で、かけられているブランケットをめくる。
「変わったところは……なさそうだが……ん?」
翠の目が、包帯の隙間から覗く手首の上で止まり、鋭く吊り上がった。
「この、刺青は!」
5
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。
彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。
そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。
洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。
さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。
持ち前のサバイバル能力で見敵必殺!
赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。
そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。
人々との出会い。
そして貴族や平民との格差社会。
ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。
牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。
うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい!
そんな人のための物語。
5/6_18:00完結!

職種がら目立つの自重してた幕末の人斬りが、異世界行ったらとんでもない事となりました
飼猫タマ
ファンタジー
幕末最強の人斬りが、異世界転移。
令和日本人なら、誰しも知ってる異世界お約束を何も知らなくて、毎度、悪戦苦闘。
しかし、並々ならぬ人斬りスキルで、逆境を力技で捩じ伏せちゃう物語。
『骨から始まる異世界転生』の続き。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる