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三章 激浪に、抗う
第24話 おっさん対決
しおりを挟む動揺する心を抑えながら周辺を散策し、いざ崩壊した火竜の神殿へ踏み込もうとしたシュカたち一行の背後を、突然人の気配が取り囲んだ。
彼らは、騎士服の上に鋼の肩当てつきマントやガントレット、グリーブやサバトンを身に着けた『遠征用装備』で馬上に居る。
振り返って対峙したシュカに対して、白髪交じりで茶髪、左目に黒い眼帯を付けた壮年の男が、太い声で呼びかけてきた。
「貴様ら、何者だ?」
男が身に着けている騎士服やその胸に燦然と輝く勲章を観察して、身分の高い帝国騎士団の人間だと即時判断したシュカは、礼節を持って頭を下げる。
「ギルドから依頼を受けた冒険者パーティ『天弓の翼』です」
一方で騎士たちからは、半ば侮蔑のような空気が流れてきた。騎士が冒険者を見下すのはよくあることだ、とシュカは気にしない。
「てんきゅう? まあ、いい。今からここは立ち入り禁止だ」
ザッと馬から降りた男は、鷹揚に懐から太い葉巻を取り出すと、端をかじって噛み切る。
ブッと吐き出し、指の先をぱちんと弾いて火をつけ、シュパシュパと何度か吸ったかと思うと――ぶふーと白い煙を盛大に吐き出した。目に染みる独特の甘い匂いに負けじと、シュカは食らいつく。
「今から……それは皇帝陛下のご命令でしょうか」
「いや、現場判断だ」
「であれば。冒険者を止める権限は、帝国騎士団にはないはずです」
「ほー。帝国騎士団長に向かって、賢しいことを言うではないか、小僧」
ニヤニヤ近づいてくる『騎士団長』に対し、シュカはいつも通り立っているだけだ。普通なら肩書きを聞いただけで震え上がるものであるのにも関わらず。
むしろヨルゲンやウルヒの方が、内心ハラハラしている。
「そんな可愛い嬢ちゃん連れて、冒険者ってのはいいご身分だな。儂は後ろの方が好みだがな。だっはっは」
「え」
ジャムゥを即座に女と見抜いた彼の洞察力に、シュカは目を見開いた。
「ほー? いい女じゃねえか。儂のテントに来るかぁ?」
ずかずかとウルヒに近寄ってくる男の前に、ヨルゲンがさっと立ちふさがる。
「それ以上近寄るんじゃねえ」
「ああ? 儂を誰だと」
「イリダール・オルセン伯爵」
イリダールの斜め後ろから、シュカがきっぱりとした口調で言う。
「大帝国コルセアの帝国騎士団長であるばかりか、絶対皇帝と名高いギオルグ・バルバロイ皇帝陛下のご親戚であらせられる。オルセン卿に求められたとあっては、お断りできません。どうか、ご慈悲を」
「ほーん。小僧は礼儀がわかっとるな。それに引き換え」
「うるせぇクソジジイ。礼儀知らずに取る礼儀はねんだよ」
「威勢が良いのぉ」
睨み合うヨルゲンとイリダールの後ろでウルヒが肩を竦めたので、その上で眠っていたウルラ――ほぼ一日中寝ているのだが――が抗議して翼をバサバサはためかせた。
「アッホらしーねえ。いつだって男は勝手にいがみ合う。あんたのテントになんか行かないよジジイ。あと、この男は滅多に礼なんてしないさ。グレーン王国王姉殿下の息子だからね」
どよめく騎士団を尻目に、ヨルゲンは心底嫌そうな顔をする。
「ウールーヒー。俺ぁとっくに絶縁してんの。知ってんだろ」
「こういう輩はそれ言わないと黙らないでしょうが」
すると、イリダールが「だーっはっはっはっは!」と声高に笑った。
「なんと、『蒼海の剣聖』だったか! 引退したと思っておったぞ」
「してねぇよ」
「てことは、そこの女は……精霊王ガルーダか」
「とっくに辞めたけど」
「うーん。想像以上にいい女だなあ。どれ、口説かせろ」
「ちょっとジジイ、あたしの話聞いてた?」
そんなやり取りを、コテンと首を傾げて見守っていたジャムゥが、いよいよ我慢できなくなったのかぽつりとこぼした。
「なあ。遊んでる余裕はないぞ」
すい、っと空中を泳がせる華奢な人差し指の先で、ふわふわと蛍のように舞っていた火の精霊たちが、消えかかっている。
「えっと、ジジイ? 今オレたちを排除したら、手遅れになる。良いのか」
「!」
うおっほん、と咳払いをしたイリダールは、苦笑しながらジャムゥに答えた。
「剣聖と精霊王のパーティだ。排除するわけがなかろう。すまぬが、助力を頼む――あと儂はジジイではない。イリダールだ」
「いりだーる」
「うむ」
「オレは、嬢ちゃんじゃなくて、ジャムゥだ」
「はっは。ジャムゥは良い子だな」
途端にぱあ、と明るく笑うジャムゥによって空気がなごんだのを、シュカは複雑な気持ちで見ながら軌道修正を図る。
「えぇっとその……僕は、パーティリーダーのシュカです。察するに火竜様はもう」
「認めたくはないが、間に合わなかったのだろうな」
沈痛な面持ちに変わったイリダールが、目線を神殿へと向ける。
「異常を察知して、二日寝ずに馬を走らせて来たんだが」
皇都から体制を整えて、軍馬で来たと考えると本当に最速で着いたに違いない。つまり後ろの騎士たちも少数精鋭ということだ。
シュカたちもキースやカルラがいなければ、翌日または翌々日になったであろう道のりである。
「……神殿内へ入っても?」
「ああ。助力を頼むからには、好きに振る舞って構わん」
「ありがとうございます」
するとウルヒが、イリダールに向かって感謝のウィンクをした。
なぜか背後の騎士たちも、少し浮つく。
「話の分かるオヤジは、好きだよ」
「お。嬉しいぞ精霊王」
「あたしは、ウルヒだ」
「ウルヒ。問題が片付いたら、酒でも飲まないか」
「考えてもいいよ。奢りなら」
「もちろんだ」
ヨルゲンの顔を見たジャムゥが「ゲン、口がへの字。どうした?」と心配したが――
「あ~……なんでもねえよ。ほら、行こうぜ」
剣聖は大きく息を吐いた後、力なく笑うだけだった。理由が分からないが、ジャムゥにはそれが気持ち悪く感じて、ヨルゲンのたくましい腕にしがみついてから歩き出す。
「はは。甘えん坊だな~」
わしわしと頭を撫でてくれるのに喜ぶジャムゥの一方で、シュカが今までになく真剣な顔をする。
「ジャムゥ。とりあえず『神殺し』って言った訳、教えてくれるかな」
「言葉、そのまま。火竜、死んだ」
歯に衣着せぬ言い回しに、イリダールが一瞬絶句した後で、言葉を絞り出す。
「そ、んなことは、ありえんぞ……!」
「でも、命、感じない」
「火竜様は、鉄鉱山の奥底に眠っておられるのだ。人が入れる場所ではないっ」
イリダールの叫ぶような声の後、静寂が訪れた。
ざくざくと、サバトンが蹴る砂利の音だけが響き渡る。
神殿内へ入り、粉々に壊れた柱や崩落した天井、大きなごろごろとした石像の成れの果てなどを慎重に乗り越え、祭壇とおぼしき場所へたどり着いた一行は――黒い炭となった周辺のがれきを見て戦慄した。
「焼けている……そしてなにかの陣の痕跡がある……ほら、石に色が着いているよ」
しゃがんで炭のようになった石を拾い、触って確かめるシュカの頭上で、イリダールが動揺している。
「焼けて……つまりここに、火竜様がいらっしゃったということか!?」
ありえん、と声にならない声が出たところで、ジャムゥがある破片を見つけて拾った。
「誘われた、と思う」
す、と差し出す華奢な手のひらの上には、赤く光るガラスの破片のようなものが乗っている。
「これ、たぶん、火の指輪の残骸」
「なるほどそうか……」
シュカはそれを見て唸った。
風の指輪がそうであるように、属性の指輪は精霊と密接に関係している。そして精霊は、竜との縁が深い。つまりは指輪を何らかの方法で入手した人間が、魔法陣で火竜を召喚したに違いないという結論に達した。
「イリダール様。火竜様が亡くなったから、大帝国から火が消えたことに、間違いなさそうです」
「……まさか……そ、んなことが、起こるとは……どうしたら……」
さすがに動揺するイリダールを前に、シュカが顎に拳を添えて、首を傾げながら考える。
「他の国は、火竜様の恩恵がなくても火が使えます。大帝国でそれができないのは」
「青竜様がいらっしゃるからだ」
「なるほど。この土地では相反する二竜があえて拮抗するからこそ、なんですね。つまり今は青竜様の力が強すぎて、火の精霊の力がとても弱まってしまうから、火が着かない」
「そういうことだ」
じっと空中を見つめていたウルヒが、大きな溜息をつく。
「あたしも助けてあげたいところだけど……カルラは火には弱いからねぇ」
だから早々に引っ込んだであろうことは、シュカにも分かっていた。
「青竜様は、どちらにいらっしゃるのでしょうか」
「海岸にある港町に、離れ小島があるんだが。そこに神殿がある。ここからだいぶ遠いぞ。精鋭の馬を走らせても片道五日はかかる」
するとヨルゲンが、にやっと笑いながら親指で背中の『蒼海』を指さした。
「こいつのこと、忘れてねえか? シュカ」
「あ! そうだったゲンさん!」
珍しく興奮したシュカが、ヨルゲンを振り返って叫ぶ。
「そうだよ!」
「ふひひ。そういうこと」
――ふたり以外は置いてけぼりだったが、唯一ジャムゥだけが、呟いた。
「召喚魔法。でもやり方、忘れたぞ……」
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お読み頂き、ありがとうございます!
やっと書けました、おっさん対決。
眼帯に葉巻で騎士服ってやばくないですか(興奮)。
さて軍配はどちらに上がったでしょうか。
……がんばれゲンさん。
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