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三章 激浪に、抗う
第23話 異変の正体
しおりを挟む四人は、皇都城壁から外へ出て街道を歩いていた。
とりあえず火竜にまつわる問題だろうと検討をつけ、祀られているという『神殿』へ向かうことにしたのだ。
南西の巨大な鉄鉱山の麓にあり、鍛冶に関わる人間が定期的に参拝している観光地でもあるらしい。
女性の容態を考えると時間的余裕がないため、人目のないところでなんと――
「うおおおおいっ! 鷹じゃなかったんかーい! グリフォンになれるとか、聞いてねええええええええええ!!」
白鷹のキースが、獅子の体に鷲の頭と翼を持つ巨大な幻獣になった。
そして、金色の目をぱちぱちと瞬かせて、一言。
「ノレ」
「えぇー……」
愕然とするヨルゲンをよそに、シュカがさっさとその背に乗った。
「ゲンさん。置いてくよ?」
「えぇー? でもほら、せいぜいふたりが限度だろ? っておぉぉぉおう」
振り返れば、風の精霊カルラが同じく巨大な黄金の鳥の姿になっていた。こちらも幻獣ガルーダである。
「羽根、ふかふかだ」
既にジャムゥは目を輝かせて乗っているし、
「さっさとしろ」
そのジャムゥを背後から抱くように態勢を整えたウルヒの目は、冷たかった。
「まっじかよぉ」
上空を高速移動しつつ、魔物が出現したら適度に降りて戦闘をする。
出現する魔物のランクや属性を確かめつつ、パーティ練度を上げようという結論に達したのである。
――そうして地上に降り、ワイルドボアと呼ばれるイノシシ型魔物の大きな群れを倒した一行は、なんとなく連携が取れてきたことを実感していた。
「うん。なんとか形になりそうだね」
戦利品になる牙を拾った後でシュカが振り返ると、大剣を振るって血液や脂を落としながら、ヨルゲンが笑う。
「回復役が欲しいけどな」
「かすり傷ぐらい、我慢しな」
「あ!?」
「ゲン。オレ、回復魔法できないみたいだ」
「あー、ジャムゥは気にすんな」
「ん。とりあえず、消しとくぞ」
ジャムゥがぶつぶつ何かを唱えながら両手をかざすと、ぼう、とあっという間にワイルドボアだったものが消し炭になる。
放置しておいてもすぐに腐って地に還るが、痕跡はできるだけ消した方が良い、との判断からだ。
「ありがと、ジャムゥ」
「へへ」
カルラに作ってもらった幻惑のピアスを身に着けたその瞳は、元々の赤と魔石の青が混ざって紫色になったため、今はフードをかぶっていない。
背中まである黒髪は、ウルヒの手によって邪魔にならないよう丁寧に編み上げられていて、中世的な顔立ちによく似合っていた。
黒髪に紫の瞳は、はるか北にある雪国『ヨーネット王国』によく見受けられる身体的特徴であるため、シュカはイタズラっぽく微笑んだ。
「ジャムゥ、そうしてるとヨーネットの人に見えるね。北の訛りも覚えた方が良いかも?」
「なまり?」
「うん。話し言葉にちょっと癖があるんだ」
「へえ。シュカ、すごいな。なんでも知ってる」
「そんなことないよ」
そんなほんわかした『年下組』の一方で、『大人組』は――
「ウルヒ。それ、肌見せすぎだろ。怪我するぞ。よく見たらヘソ出てるじゃねーか!」
「うっさいねえ。動きやすいからいいの。それより、髭剃りなって。髪も切りなよ」
「……わざと伸ばしてんだよ」
「なんでよ。汚い」
「汚い言うな」
本当につまらない口喧嘩を繰り返していて、さすがのシュカもめんどくさいと思い始めていた。
「……ジャムゥ、あの時何を言いかけてたの?」
背後で繰り広げられているそんな小競り合いを耳に入れないようにして、尋ねる。
「うん。あれは、呪いだ」
「「「呪い!?」」」
「相当強い。あの女は、やってはいけないことをしたんだ」
ごくり、とヨルゲンが大きく喉仏を揺らした。
「やってはいけないこと、ってなんだ」
「神殺し」
スパン、とジャムゥがあっけなく言うセリフを、全員が呑み込めなかった。
「神、殺し……ってまさか、火竜を」
言いかけたシュカを、ピーッと上空を白鷹の姿で飛んでいたキースの鳴き声が遮る。
「ちっ、囲まれてるなぁ」
口角を上げながら、ウルヒが大きなナイフを鞘から抜いた。
その横で、背中の両手剣『蒼海』を再びガララララ、と抜くヨルゲンはどこか楽しそうだ。
「話は後だな、リーダー。雑魚だが数が多い」
「オレ、なにしたらいい?」
「えーっと……んじゃあウルヒとヨルゲンに物理攻撃は任せるね。ジャムゥは僕の指示で魔法。いい?」
「「「わかった」」」
すう、と大きく息を吸って、シュカが唱える。
「守り、護り、鋭くなれ」
プロテクション、マジックシールド、アタックブースト――光り輝く魔法陣が、メンバー全員の頭上に現れた。物理防御、魔法防御、攻撃力アップの魔法だ。
「シュカ、すごいな。とても効率がいい」
ジャムゥがそれらを見て感心しながら、魔法陣の構成を学んでいるように空中を指でなぞる。
「じゃあオレは、魔素、集める」
それから胸の前で手を組み、ぶつぶつと何かを唱え始めるジャムゥの周辺に、禍々しい力が集まってくる気配がした。
「うわぁい……ありがとー……」
この環境でいつも通り魔法を使ったら――想像したシュカの背中に一筋、冷や汗が流れた。
◇
「ウルヒ、調子乗りすぎんなって」
「あんたが合わせないからでしょうが!」
「俺かよ!」
街道を歩きながら、シュカは頭を抱えている。
あれからというもの、次々とヘルハウンド(犬系)の群れやゴブリン(緑色の小人で弱いが武器を持っていて、多数で来るので厄介)、オーク(豚の巨人)、バグベア(熊)などの魔物に襲われ続けていたが、もちろん怪我を負うことなく倒せている。問題なのは、チームワークの方なのかもしれない。
「雑魚っつってもランクEパーティじゃ抜けられね~だろ。Dでも厳しいかもしれん」
「ゲンさんの言う通り……想定より少し強いね」
大帝国コルセアの魔物生息域を完全に把握しているわけではないが、世界を旅した経験から、街道にしては量が多すぎると感じていた。
実際、商人の馬車が襲われているのを見かけて、助けに入ることもあったからだ。
「商人のオッサンが言ってた通り、帝国騎士団の手が回らなくなってきてるんだろ」
ふああ、と伸びをしながら言うウルヒのおへそが盛大に見えているのを、ヨルゲンが横からしかめっ面で見ている。
「なんだよゲン。ヘソのひとつやふたつ、減らないってば」
「うぐぐ」
すると、前を歩いていたジャムゥが無邪気に振り返った。
「ウルヒ。オレも腹出す。おそろいなら、ゲンも怒らない」
「「げ」」
「こうしたらいいか」
歩きながらローブの前合わせを大きく広げて、チュニックをくるくるとたくし上げ、裾を縛ろうとするジャムゥ。
ウルヒと違ってジャムゥは胸がないので、その状態で飛び跳ねたら――
「あー。うーんとだな……(どうすんだよ、見えちまうぞ!)」
シュカは、慌てるヨルゲンににっこりと笑ってから、ウルヒに顔を向けた。
「ウルヒ。帰ったら裾長いの。買おうね」
「はひ」
「あとゲンさんとウルヒ。次のバトルで連携取れなかったら――問答無用でひっこめるから」
「うげ」
「うっ」
「大人なんだから。いい加減にしてよね」
ほわぁ~とジャムゥが感嘆の声を漏らす。
「やっぱりシュカが、一番強い」
「ううん。ふたりがこどもってだけだよ」
「「……ごめんなさい」」
わかればいいよ、とアルカイックスマイルをするシュカを、ジャムゥは不思議そうな顔で見つめている。
人の心の機微は、まだ難しいだろうなとシュカはそれを見つつ、提案した。
「この速度じゃちょっとアレだね……人目もなくなったし、キース、カルラ。また頼める?」
「イイゾ」
『うん。こちらからも言おうと思っていた。急がないとまずい』
「まずい?」
『ジャムゥが神殺しと言ったのは、本当だった。……火の精霊から助けを求める声がする』
全員が即座に頷き合ってから、グリフォンとガルーダの背に、急いで乗る。
『いくぞ。火竜の神殿へ飛ぶ』
「行こう」
浮遊する感覚で、少し酔いそうになるシュカは――耳を切る風の音や流れる景色に集中するようにする。
さすが幻獣は考えられないぐらいの速度で移動したようで、いくらも立たずにばさりと着地した。
『はー。疲れた……ジャムゥ、ありがとう。助かった』
「うん。飛行は大変。帰りもやる」
なるほど、魔素を提供していたのか、とシュカはジャムゥの気配りに感動した。
『頼む』
しゅんっと姿を消す風の精霊カルラが、本当に消耗していた様子だったことに、メンバー全員が柄にもなく動揺している。
なぜなら――
「こ、れ……なにが起こったっていうのよ!」
「しかも、なんだこの弱弱しい蛍みたいなやつらは」
「火の精霊たち……」
火の神殿と思われる石造りの建物は何かに踏みつぶされたように崩壊し、その周りを今にも消えそうな赤い小さな光が、いくつも浮いて囲んでいるからだ。
「神殺し、と言っただろう」
ひとり、ジャムゥだけが冷たい目をしている。
そして救いのない一言を、発した。
「火竜が、死んだ」
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