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三章 激浪に、抗う
第21話 初ミッション
しおりを挟むジャムゥを慰めるように手を繋ぎ(何度も手はあるか!? と確かめられるから)、収容されている女性から目を離さず、シュカは改めてボボムに尋ねる。
「それで? 鍛冶ギルドの炉が着かないって、どういうことですか?」
その静かな迫力に、ボボムの背が少し仰け反った。
「そ、れだけじゃねえ。街の食堂も、宿屋も! 料理が作れねえ、湯が沸かせられねえって騒ぎになってんだ」
「つまり……帝国から、火が消えた」
シュカの言葉で全員が黙り込む中、ギリアーが前のめりで語り出す。
「言われてみれば、そうですね! その女性が発見されたのって今朝早くなんですが、その時からなんです! 火が着かない、料理ができないって次々とみんながやってきて大騒ぎになったのって。今が寒い季節でなくて本当によかったです!」
海風が入ってくる湾岸地帯は、毎年厳しい雪の季節を迎える。
もし影響が全土にまたがるものなら、確実に凍死者が出ただろうが、今は幸い芽吹きの季節だ。肌寒い日もあるが、過ごしやすい。
「こちらの魔法に反応して襲ってきた。しかも、ジャムゥの魔法でないと消えないなんて、ただの炎じゃない」
「大帝国宰相に、ギルマス権限で事態の報告と照会はすでに送った。今は返事待ちだ」
シュカはボボムに相槌を打ちながら、厳しい声を出す。
「あくまで予想ですが、火竜になにかあったとしか思えません」
「誰も言いたがらねえし、信じたがらねえが、恐らくそういうことだろう」
すると空気を変えようと、ヨルゲンが割って入った。
「あ~。コルセアの紋章旗にあるよな。赤と青の竜」
「うん、ゲンさん。この国の守護竜。火竜と青竜だね」
シュカが人差し指で部屋のある壁を指して、ヨルゲンの目を促す。
そこにはちょうど、帝国旗が飾られていた。
大帝国コルセアの象徴である紋章は、炎を吐く赤い竜と、水の渦巻く青い竜が向かい合っているデザインである。
「前から思ってたんだけどよ、竜によって色とか属性とかで呼ぶの、なんでだ?」
ヨルゲンの問いに答えたのは、ギリアーだ。
「あ、のですね! 竜様たちには、本当は『真名』がありまして! 普通は知られていません。だから色や属性で呼ぶのは、人間の勝手なんですっ。その土地に住む人たちが呼びやすくしてるってだけでっ、その」
「あー。そいや緑竜も真名があったわ。つまりすっげ適当ってこったな。分かった」
「ひゃああああい」
真っ赤になってぶるぶる震えるギリアーに、ヨルゲンは苦笑するしかない。
シュカは淡々と、ベッドに横になっている女性を見下ろしながら続けた。
「今のところ、この状態から変化ないね……でもこのままだと、きっと命が危ない」
うーん、とボボムは腕を組んだまま首を捻る。
「薬草は効かねえ、魔法だと逆にこっちが焼かれちまう。こんなのは、長年ギルマスやってるわしも初めてだ……」
「……」
すると、ジャムゥが何か言いたそうに口を開いては、閉じている。
「ジャムゥ?」
シュカが手を繋いだまま優しく問うものの、ふるふると震えているだけだ。
ウルヒが、少し離れた扉の前から声を掛ける。
「ジャムゥ。ボボムのことは気にしなくていいよ」
「ウルヒ! な、っにいってんだよ! ずっと魔王を! 恨んでただろうが!!」
カーッと血の昇ったボボムが、叫ぶようにジャムゥを庇ったウルヒを非難する。
両拳を握りしめて、何度も上下に振っているその様は、怒りと葛藤を体中で示しているかのようだ。
「俺だってなあ! ……くっそ! 大事なやつらを! こいつが! 殺したんだぞ!!」
人差し指で何度も差されたジャムゥは、再びフードを深くかぶって、静かに赤い目を伏せた。
「うん。オレ、いっぱい殺したと思う。恨む気持ちは、まだ分からない。けど悲しい、は少し分かる」
ぎゅ、とシュカの手を握る力が強まって痛いぐらいだが、シュカはじっと耐えている。
「オレ、この子キライ。けど、助ける」
「人を助けたところで! 恨みは、消えねえからな!」
「うん」
「……ならいい。正式に冒険者ギルドから『天弓の翼』へ依頼する。こいつを助けろ」
ジャムゥが、隣のシュカをそろりと見上げる。
判断を委ねようとするその行動に内心驚きつつも、シュカはヨルゲンとウルヒに目で確認してから、頷く。
「わかりました。てっきり消えた火をなんとかしろって言われるのかと」
「そんなでけぇ問題は、帝国がやりゃいい」
ふん、とボボムは鼻を鳴らしながら、腕を太鼓腹の上で組み直す。
「あーあ。ヨルゲンもウルヒも、毒気抜かれちまったもんだな! 前のお前らなら、そいつの首なんざ一番に掻っ切っただろうによ!」
「あ!?」
ぼこりとこめかみに青筋を立てながら身を乗り出したヨルゲンを、ウルヒの鋭い声が遮った。
「ボボム! カルラが今までずっと、風の結界の中でジャムゥを匿っていたんだよ! あたしにとっては、それが全てだっ」
「なっ」
「恨みってんなら、同じだけあたしも買ってる。風の巫女になるためにたくさん殺してきた! 精霊王の譲位で、国民を見殺した!!」
ぎりぎりと鳴るウルヒの拳の握りしめる音が、シュカの胸に響いた。誰よりも葛藤し、王として下した決断は、後から見たら正しくないかもしれない。恨みもたくさんその両肩に乗っている。それでも、苦しみの中で出した答えなのだ。
「そっっれは……」
「この世の中は、強者が弱者を殺すんだ! 違うか? グレーン国王は大量の王国民を飢餓や圧政で殺してるじゃないか。大帝国コルセア皇帝はどうなんだよ。小国併合を無血で成し遂げたことが、今までにあったか? ないだろう! 力が大きければ大きいほど、殺す数も多い。だからあたしは、風に身を任せる」
振り上げた拳をわなわなとしながらも下ろすボボムを、シュカは真正面から見据えた。
「ウルヒの言うことは、とっても正しいと思いませんか。僕は、そんな世の中が嫌いです。だから、身近な人ぐらいは助けたい。そう思います」
「坊主……」
話している間、片手で支え持った木製の板の上で、何かをサラサラと書いていたギリアーが顔を上げて、ペンとともにボボムに差し出した。
「はい。ギルマス、依頼書です。サインを」
「はあ~ったくよ。ほんと優秀な部下だよ……前金代わりに無期限で泊まれる宿を食事つきで手配する。二部屋でいいな。成功報酬は、結果次第だ」
パーティメンバー全員で、ボボムの署名の下にサインをする。
――これが、冒険者パーティ『天弓の翼』にとって、記念すべき初ミッションとなった。
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