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三章 激浪に、抗う
第20話 リーダーの素質
しおりを挟む「しゅみません、取り乱しまして……」
後頭部に冷やしたタオルを当てながら、サブマスのギリアーがぺこぺこと頭を下げる。
ギルマスのボボムが、呆れたように声を掛けた。
「ギリアー。何か用か? 今からこいつらには依頼を」
「あっ、はい! 緊急事態でして! こちらのパーティに回復魔法ができる方はいらっしゃいませんか? けが人が運び込まれたのですが、薬草が効かないんです」
ぴくりと全員の肩が波打ち、しばらく沈黙した。
口火を切ったのは、ボボムだ。
「薬草が……効かないだと?」
「ええ。ひどい火傷なんですが、全然。あいにく回復魔法できる方が捕まらなくて、今はとりあえず寝かせています」
シュカがウルヒに目配せをしてから、手を挙げた。
「僕、少しなら」
「ボボム。シュカは『風の指輪』持ちだ」
ウルヒの補足にびょん! とボボムが椅子から飛び上がって、大きな腹が揺れた。
属性の指輪を持っているということは、精霊の加護が強い。つまり、魔力も強まるというのがこの世界の常識だからだ。
「そいつはすげえ! よし、けが人はどこだ!? 人払いしとけ! そこで話した方がよさそうだ」
「はい! えっ、風の指輪ああああああしゅごいいいいいいってきまーーーーーす!」
「あれさえなけりゃ、いい部下なんだがなあ」
ものすごい勢いで部屋を出るや、どこかへ走っていくギリアーの後姿を見て、深い溜息を吐くボボムだった。
◇
シュカたちは、ギルド一階の奥にある簡易的な治療室に案内された。
壁の棚には薬瓶が並び、窓際に置かれた机の上には薬草がどさりと置かれ、脇にはすり鉢もある。
ベッドが五台並ぶ中、一番奥に寝かされていたのは、シュカより少し年上に見える旅装姿の女性だった。
「皇都の北門の外、森の手前に倒れていたらしいです」
長い間周辺諸国との戦いに明け暮れ、領土を拡大してきた大帝国コルセアの皇都は、城塞都市として発展を続けてきた。
その周囲は頑丈な石造りの巨大な城壁に囲まれている。東西南北にそれぞれ門があり、騎士の詰め所を併設していて、それぞれで通行人の簡単な入国審査を行っている。そのうちのひとつ、北門の外――つまり精霊国アネモスの方角であり、シュカたちもそこを通って入国していた。
人払いをされた部屋は静まり返り、ギリアーのか細い声でもよく響く。
念のため入り口付近に腕を組んで立つウルヒが、気配を尖らせている。室内での会話は誰に聞かれてもまずい、という暗黙の了解の元、監視役を買って出てくれていた。
「ひどい火傷ですね……」
シュカが代表してベッドの枕元に立つ。横たえられた女性は長い黒髪で、そばかすの浮いた顔は少しあどけなく見えた。全員と目線を交わすと、それぞれ見覚えがない、というように首を横に振る。
肩から指先にかけて、両腕が焼け爛れていたということで、今は包帯が巻かれている。
身体全体が熱を持ち、側に立つだけで熱気を感じるほどだ。頬も赤く息苦しそうで、枕元には水が用意されているが、減った様子はない。
「……?」
冷静に観察しているシュカは、ジャムゥの様子がおかしいことにも気づいた。
「どうしたの、ジャムゥ」
「オレ、この子、キライ」
「えっ」
「いやなやつ」
「……本能的に何か感じてんだろ。少し離れようぜ」
ヨルゲンがそっとジャムゥの腕を引いて、隣のベッドの向こうまで下がった。
「シュカ。そいつ、治すのか?」
不安そうなジャムゥに、シュカは微笑んで答える。
「うん。けがに良いも悪いもないからね。治してから、考えよう?」
「! わかった」
やり取りを見守っていたボボムが、大きな腹の上で腕を組みながらうんうんと頷く。
「なるほどな。リーダー、適任だ」
「はああ~剣聖をも従える少年リーダー! もえるううううう」
その横で、静かにギリアーが両拳を握り締めて昂っているのには、全員あえてスルーの構えだ。
――シュカが、おもむろに指で宙に何かを描き始めた。
「水を集めて氷にして、冷やしながら皮膚を治療する」
ぶつぶつと言いながら、光属性の治癒魔法と、水属性の氷魔法を融合させているようだ。
白と水色の魔法陣、ふたつの円が混じりあっていく。
左手の小指にある風の指輪にある緑色の石が、シュカの動きに合わせて明滅している。
「こいつぁ驚いたな。なんて知識だ」
感嘆の息を漏らすボボムに気を取られることなく、シュカは冷静に、できあがった魔法を唱える。
「アイシクル・ヒール」
氷の結晶が絶え間なく生まれてくる右手のひらで、女性の腕にそっと触れると――
「あっだめだ」
ジャムゥが焦った様子でベッドを文字通り飛んで、越えた。
ぼわ!
「!!」
シュカの手を、突如として真っ赤な炎が襲ったのだ。
もちろんシュカはすぐに水の魔法を唱えるが、まったく効き目がなく、どんどん燃え広がってくる。
たまらず、ジャムゥが両手を前に突き出して叫ぶ。
「ルーイン!」
ぼわり! とたちまちシュカの手を黒い霧が覆い、炎を飲み込んでいった。
「うぐっ」
膝から崩れ落ちたシュカを支えようとヨルゲンが駆け寄るが、近寄るな! とばかりに手で制して止める。
「ああっ、消す、消えろ、えっと」
慌てるジャムゥを見て、ウルヒが鋭く「カルラ!」と呼ぶと、その顔の脇にしゅんっと緑色の小人が現れた。
『ニル・ルーイン!』
たちまちキラキラと空中の魔素が光って、シュカにまとわりついた。
風の精霊カルラが、力を込めて唱えた魔法が風の指輪に呼応したことで、ようやく黒い霧はじわじわと消え去っていく。
再び目の前に現れたシュカの右手は、なんと黒くボロボロと崩れ落ちかかっていた。ヨルゲンは、咄嗟にそれをボボムたちに見られないよう身体で覆い隠す。
青ざめ、脂汗の浮かんだ顔でシュカが小さく「レナトゥス」と再生の魔法を唱えると――徐々に肌色の手の甲に戻り、指が生えてきた。
ヨルゲンはそれを見て、やはり隠したのは正解だったと胸を撫でおろす。「レナトゥス」は勇者にしかできない魔法だからだ。かつて魔王にちぎられたヨルゲンの左腕を治したのは、無窮の賢者ではなく、レイヴンなのである。
その間、ボボムとギリアーは硬直していたが、危機は去ったと見るや再び動き出した。
「え、え? あの、ギルマス? ルーインて……魔王の……」
「ああ。魔王にしかできねえ、滅亡の魔法だ……! 間違いねえ! 真っ黒坊主、おまえまさか」
ジャムゥに詰め寄ろうとするボボムの眼前を、風の精霊カルラが羽ばたきながら両腕を広げて、阻んだ。
『記憶。消すか?』
「っ!」
「ま、って、カルラ」
『待たないよ、シュカ。こいつは厄介ごとを押し付ける癖に、都合悪くなると裏切るんだ。相変わらずだな、このドワーフ野郎』
「っ、魔王ってんなら! 倒さにゃならんだろうがっ!!」
――ピイイイィッ
シュカの肩で大人しくしていた白鷹のキースが、甲高く鳴くことで会話を強制的に途切れさせた。
「……ボボムさん。ジャムゥは、僕を助けました。魔王なら、助けないと思いませんか」
「っ」
「カルラ。簡単に記憶を消しちゃだめ。人は、か弱いんだよ」
『……わかった』
しゅんっとカルラが姿を消したのを見て、ふう、とシュカはジャムゥに向き直る。
「ありがとう、ジャムゥ。あの魔法じゃなきゃ、助からなかった。君は僕の、命の恩人だ」
「ほ、ほ、ほんとか」
「うん。君は魔王じゃない。僕が、保証する」
「!!」
ヨルゲンがジャムゥのフードを後ろに落として、直接その頭頂をぽんぽんと撫でてやる。
「よろこび。きっと、これが、よろこび」
ジャムゥは赤い目をきらめかせてぴょんぴょんと跳ねながら、こどものように笑った。
その無邪気な様は、魔王からは程遠い。
「やっぱ、リーダーはシュカだな」
「あたしも、そう思う」
ヨルゲンとウルヒが、微笑んでそれを見つめていた。
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