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三章 激浪に、抗う
第19話 大帝国コルセア、冒険者ギルド
しおりを挟む「炉に火が入らねえだと?」
大帝国コルセアの皇都にある冒険者ギルドは、街の規模に比例してかなり大きい。
レンガ造りのどっしりした建物は二階建てで、一階はギルドカウンターと掲示板、冒険者が交流できるようなテーブルと椅子が設置してある。
一方で、二階はマスターやサブマスターの部屋の他、応接室や会議室などのオフィスエリアになっている。
ギルドマスターであるボボム――頭に巻かれたスカーフは、焦げ茶色でごわごわした量の多い髪の毛をなんとかまとめ上げているものの、長い眉毛や髭に阻まれてその人相はほぼ不明である――は、焦りのあまり泣き出す若い鍛冶ギルド職人たちを前に、戸惑いを隠せない。
顎に手を当てて考え込むギルマスの身長は、大人の胸より少し低いぐらいであるため、ふたりは見下ろす格好だが、それでもその迫力あるオーラにたじろいでしまっていた。
背の高さだけなら子供だが、ベルトの上には大きな腹がでっぷりと乗っていて、手足は毛深いし声は野太い。おまけにこのような大都市で荒くれ冒険者をまとめ上げている存在であるのも納得の、覇気があった。
そんな『小さいけれど強面』のギルマスは、カウンターの前で動揺している職人ふたりの腰をぽんぽんと叩いて慰めながら、もう少し詳しい状況を聞き出そうと優しく話しかける。
「泣くな、泣くな! わかった、わかった。いつからだ?」
声音は優しいことに職人たちは安心したのか、しゃくりあげながらも状況を話し出した。
「今朝から、うぐ、火が、ひっく、全然着かないんす!」
「このままじゃ! 仕事が! 何もできねえ!」
「なんてこった……! そりゃ、一大事だな……とりあえず、帝国に調査を依頼する。あとは鍛冶ギルドに魔導士を派遣して、火魔法を試してもらうか」
「お願いします!」
「たのんます!」
「おう。おーい、至急で依頼を出す手続きを……」
ボボムがカウンター内にいる事務員に指示を出していると――
「ギルマス! 門の外に、大怪我した女の子がいたってよ! 手当てしてやってくれ!」
「食堂で火が使えねえって騒いでるらしいぜ」
「なあ、宿屋で湯が沸かせらんねって」
鍛冶職人だけでなく、冒険者ギルド内にバタバタと色々な人間がやってきては、カウンターに向かってまくしたて、大騒ぎになってきた。
「おいおいおい。なんだ、なんだ。いったい何が起こってやがるんだ?」
大帝国の冒険者ギルドマスターですら、当惑するしかない状況になりつつある。
「おうボボム。なかなか修羅場ってんなー」
そこへ滅多に会えないはずの知人がいきなり入って来たので、驚きで思わず飛び跳ねてしまい――ぼよん! とお腹が波打った。
「こりゃ~たまげた! ヨルゲンじゃねえか!」
「おう。ものぐさのお前がフロアにいるたぁ、珍しい」
「わしにもさっぱり訳が分からんのよ! でもちょうどよかった! 助けてくれ!」
がしっと真正面から両腕を掴んでくるボボムを見て、ヨルゲンは苦笑する。
「……まあ、まあ。とりあえずさ、パーティ登録させてくれないか」
「!?」
ばっと体をずらしてヨルゲンの後ろを覗いた後で、ボボムの手がぶるぶると震えだした。
「おい! おま……ウルヒか!」
「よぉ」
「嘘だろっ!? 本物か!?」
「ひひ」
照れて笑うウルヒの肩の上で、白フクロウがうつらうつらしている。
「うおお……こりゃあ、めでてえ……ついに、だな!?」
たちまち少し尖った耳の先を赤くするボボムの頭頂に、ふたりの冷たい声が降って来た。
「「ちがう」」
「なんだよ……まあいい。パーティ登録したら、力! 貸してくれ!」
そんな、興奮する小さなギルマスを見たシュカが「ふっふ」と鼻息を漏らすと、ボボムが不思議そうな顔をした。
「坊主……会ったことあったか?」
「……ううん。はじめまして」
「おう?」
首を傾げるギルマスに、ヨルゲンがごほんと咳ばらいをして、紹介する。
「ボボム。俺らのパーティ『天弓の翼』のリーダー、シュカだ」
それに合わせて、シュカは黙って頭を下げた。
「あ?」
ボボムは怪訝な様子でヨルゲンから離れると、邪魔な眉毛を手で額の上にあげる。つぶらな茶色い瞳で、無遠慮にシュカを覗きこんだ。
「坊主が、リーダー?」
「そうみたいです」
さらにぐっと身を寄せたかと思うと声のトーンを限界まで落として耳元で言う。
「……ヨルゲンとウルヒが、誰だか知ってのことか?」
剣聖と元精霊王のことであると分かっても、シュカの態度は変わらない。
「ええ、もちろん。でも、指名されちゃいましたから」
ぶふー、と深い息を吐きながら身を引き、ボボムは言った。
「ふむ……そこの細っこい真っ黒坊主もだな? 四人一緒に、ついて来い」
「まっくろぼうず?」
ジャムゥは、ヨルゲンの指示で頭からすっぽりとフードをかぶって顔を隠していて、まさに真っ黒なローブが歩いているような見た目だ。その肩を、ヨルゲンがポンポンと叩きながらにやりとする。
「頼む」
喧噪の中、問答無用でくるりと背を向けるギルマスに、シュカたち四人はお互い顔を見合わせて頷くと、黙って従った。
◇
「とりあえず、真っ黒坊主の冒険者登録からだな」
ギルマスの部屋は、書類やよく分からないアイテム、骨、木箱やガラクタでごった返していた。
かろうじてソファの上から衣類や金物(おそらく壊れた武器)を乱暴に押しのけて座った四人の前に、木製のローテーブルがある。
上に乗っていた書類をバサバサと執務机に移した後で、ボボムは鉄と水晶でできた魔道具をドンと天板に乗せ、ジャムゥを促した。
「よし。この魔道具に手をかざしてくれ。……うん、そうだ。そのまま名前を言え」
「ジャムゥ」
ぴかっと水晶玉が光ると、魔道具の脇からゴトリと銅色のカードが出てきた。
「うし。シュカと同じDランクで登録しといたぞ」
ヨルゲンが驚いて目を見開く。試験も何もかもすっ飛ばしてG→Dへのジャンプアップだから、当然だろう。
「おい、いいのかよ?」
「いい。ギルマス権限だ……シュカもジャムゥもただものじゃねえだろ」
ボボムがふんっと鼻を鳴らしてから、深く頭を下げた。
「便宜を図る代わりに、力は借りるぞ!」
肩をすくめるヨルゲンと、腕と足を組んで座っているウルヒとが黙ってシュカを見やると、きゅっと目をつぶってから彼は答えた。
「お話をうかがってから判断したい、と言いたいところですが。そんな余裕はなさそうですね……わかりました」
「ありがてえ! わしの勘が当たったらだけどな……こりゃ大帝国の危機に違いない」
――と、バサバサとキースが羽ばたいて、部屋の扉近くの棚に留まった。
「盗み聞きか?」
ヨルゲンが扉へ顔を向けつつ、少し座っていた腰を浮かす。
「どうかな。悪意は感じないけど」
シュカが微笑んで同じく扉を見やる。
「ひとり、だけ」
ジャムゥが呟く。
「ちっ。まどろっこしい」
最後にぱちん! とウルヒが指を弾くと、入り口の扉が勝手にバン! と開いて、ひとりの女性が現れた。びしぃっ! と肩に力が入ったまま、直立不動である。
「あー。……心配いらねえ。うちのサブマスだ」
渋々と言った様子でボボムが紹介した。
「はははははい! しゃぶましゅ、あだっ、ささサブマスのギリアーです!」
ぐるぐる眼鏡に栗毛のおさげをした小柄な女性が、ぺこぺこと挨拶しながら部屋へ入ってきて、真っ赤な頬を膨らませる。
「なんだ? 具合でも悪いのか? 大丈夫か?」
ヨルゲンが片眉をひそめて声を掛ける。と――
「ぶはああああ! ほんものおおおおお! ヨルゲンさまああああああああああ!」
叫んだあと、バターンと後ろに倒れた。
ボボム、シュカ、ウルヒがそれぞれ額に手を当てる中、ジャムゥが深くかぶったフードの中で赤い目をキラキラさせて、ヨルゲンを見つめる。
「ゲン。なにしたんだ? 魅了の魔法か? すごいな。教えろ」
それに対してヨルゲンは、すうっと息を吸ったかと思うと――
「んなもんっ、できるかーーーーーっ!!」
吐き出した。
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