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三章 激浪に、抗う
第18話 パーティ名、決まる
しおりを挟む「カルラは、魔王をずっと匿ってたのか?」
『そうだ。ひとりにしてすまなかったな、ウルヒ』
風の里へファロとメイを送り出したシュカたちは、あてもなく街道を南下していた。
ジャムゥを懐に座らせて馬を操るヨルゲンは、「ところでそいつは誰だ?」というウルヒの問いに「元魔王だとよ」と雑に答えてしまい、危うくウルヒが唱え始めた風の究極魔法で、シュカが馬ごと吹き飛ばされるところだった。
テンパって右往左往する風の精霊を目撃したのは、世界中どこを探しても自分ぐらいだろう、とシュカは眉尻を下げる。
「ゲンさん……」
「ゲン、ホッホー」
「悪かったってシュカ……おいキース、そのホッホーてなんだよ。ウルラじゃあるまいし」
「ちょっと! あたし、喋る鷹初めて見たんだけど」
「オレもはじめて」
「もー。キース。めっ」
咎めるシュカを無視して、白鷹は再び
「アーホッホー」
と言った。
「あっは! ゲンの野郎にアホって言ってたのか! あたしは気に入ったよ、キース! あっはっは!」
『ホッホー』
「オレも言う。ホッホー」
「おいてめえら! 後で覚えてろよ」
「ホッホー」
キッとヨルゲンが振り向く先で鳴いていたのは、今度こそ本当に白フクロウのウルラで、ジャムゥ以外の全員が大爆笑した。
「ウルラも、ジャムゥとお揃いだ」
くくく、と笑いつつヨルゲンと轡を並べたウルヒが、ジャムゥに向かって穏やかな声で問う。
「ジャムゥ。魔王の時の記憶はあるのか?」
「全部じゃないけど、ある。風の巫女、強かった。魔法もすごいけど、あの弓、恐ろしい。今は持ってないのか?」
「光栄だね。あの弓は……壊れて、もう無いんだ」
「ふうん」
「今も人を殺したいと思う?」
「思わない。それに、シュカと約束した」
「なにを?」
「殺さない、壊さない、なるべく近づかない」
「……そうか」
少し先で手綱を持つ、シュカの左手小指に光っているのは風の指輪だ。ウルヒはそれを一瞥してから、皆に声を掛けた。
「そろそろ休憩しよう」
精霊国アネモスを脱したシュカたちは、気づけば走りっぱなしだった。
ウルヒの言葉に従い、街道脇に見つけた大木の下でしばらく休むことにする。
下馬した四人は円になって草の上に座り、思い思いに水や携行食を摂り始めた。シュカは、乗ってきた馬たちが脇に流れる小川の水を並んで飲んでいるのを見て、ようやく緊張をほどく。
「のどかだな……」
精霊国からここまで、魔物に襲われる人々を見捨てて良いのか、葛藤しながら馬を走らせてきたのだ。その間、たくさんの魔物を屠ってきた。
シュカたちであれば問題なく倒せる強さだが、武器も持たない人間が出遭ったら、と思うと胸が締め付けられる。
戻って助けに行くことも提案してみたが、ウルヒが頑として首を横に振った。
「残酷だと思うが、できるだけ民は逃がしてきたし、護衛も付けている。残ったのは四大家縁の者だけだ。国を潰した責任は取ってもらわねばならない」
最後の精霊王がそう言うならと、先へ進むことを決めたのだ。
休憩のついでに、これからの旅の資金をどうするか相談すると、ジャムゥが黒ローブの懐からもぞもぞと小さな布袋を取り出した。
「これ。使え」
黒絹の袋はタッセルの付いた金色の紐で口が引き絞ってあり、「ん!」とジャムゥが右に居るシュカの手の上に乗せると、中からチャリンと控えめな音がした。
「……あーっと」
受け取るのを躊躇うシュカの代わりに、ヨルゲンが身を乗り出して袋をつまみ上げる。ざっくり外側を眺めてから紐をほどいて中を見るや、目を真ん丸に見開いた。
「うわ! こりゃ北方の白金貨じゃねえか。一枚で金貨千枚相当の価値だぞ。いいのか?」
「いい。オレには、どうせ分からない」
「……助かる。ありがたく一枚だけ、パーティ資金としてギルドに預けさせてもらえるか」
ぎゅっと口紐を再び縛ると、ヨルゲンはジャムゥの懐に小袋を戻し入れ、ローブの上から胸をぽんぽんと叩く。
「ん」
ジャムゥが頭も差し出したので、笑いながらそちらもぽんぽんするヨルゲンを見て、シュカとウルヒは微笑んだ。
この世界の貨幣は、各国が鋳造した白金貨、金貨、銀貨、銅貨などが使われている。
国によって多少換算基準が変わったりするので、国境を越えて動く冒険者たちは、ギルドの金庫に預けるのが常識になっていた。もちろん必要な換金もしてもらえる。
ジャムゥから受け取った白金貨を、ヨルゲンはぴんっと親指で空に弾いてから、ぱしりと握る。何度かそれを繰り返すのを見ながら、シュカは、素材と重さを確かめているのかもしれないと気づいた。
「なら、あたしの冒険者カードを使おう。剣聖のは支障があるだろ」
干し肉を口の端で噛みちぎりながら、ウルヒが申し出る。
高額の預け入れにはそれに応じたランクが必要になることを見越しての提案だ。
ヨルゲンは(今は)B、シュカはDランクで、ジャムゥは登録そのものがない。一方、元勇者パーティだったウルヒは、当然Sランクである。
「お尋ね者みたいに言うなよ」
「ふん。ほとんどお尋ね者みたいなもんだろうが。あたしんとこにも、首状が回ってきてたよ」
首状というのは、手配書の俗称だ。国境を越えて身柄を捕まえたい者について情報伝達するのに、冒険者ギルドを介して回覧される書類である。犯罪に限らず、人探しや借金取りなど、目的は様々だ。
「げえ~」
「ゲンさん?」
問いかけるシュカに対して、ヨルゲンは苦虫を嚙みつぶしたような顔をした。
「あー、っとな……グレーン王国のどこぞの伯爵令嬢が、俺を婿にしたいっつってな。んだから様子見に出向いたってのもあったわけ」
「……」
「言っとくが、俺は相手のことなーんも知らんぞ。大方婚約話を断る口実にしてんだろ。よくあんだよ。勝手にそういう……」
「有名人で王族って、大変なんだね」
シュカが大きな溜息と共に言うと、ウルヒが、パタパタと何もない空中を鬱陶しそうに手で扇ぐ。
「同情する必要はない。こいつの過去の所業あってのことだ」
「あ?」
「あたしが知らないとでも思ったか」
「……うるせぇ。ウルヒもお尋ね者みたいなもんじゃねえか」
「あたしは正式に王位禅譲したし、周辺諸国にも通達済だ。女泣かせと一緒にするな」
「あんだと?」
さてこの緊迫した空気をどうしたものかとシュカが困っていると、ジャムゥがこてんと首を傾げた。
「なあシュカ。むこって、なんだ?」
「ジャムゥにはまだ難しいかも。そのうち分かるよ」
「そのうち……わかった」
「というか、あたし今気づいたんだけど」
ウルヒが胡坐の姿勢のまま、身を乗り出す。さきほどまでの緊迫した喧嘩腰はどこへやらだが、それも相変わらずだな、とシュカは密かに苦笑を噛み砕く。
「この四人パーティさあ、尋常じゃないよね」
ひひ、と笑うその右肩の上では、白フクロウのウルラが、うつらうつらしている。
「え? ウルヒ、それってどういう意味?」
向かいのシュカの左肩の上では、白鷹のキースが羽繕いをしている。
「だってさ、元勇者、元魔王、元剣聖と元精霊王」
びしびしびし、とウルラが人差し指でそれぞれの顔を指して、最後に自分の顔を指す。
「世界最強パーティじゃないか」
「ちょっと待て。元剣聖ってなんだ。俺は引退してねえぞ?」
「引退してるようなもんだろ」
「あぁん!?」
「昔のあんたなら! ……プーワイなんか、裸足で逃げ出してた」
俯いて下唇を食いしばるウルヒを見たヨルゲンは、先ほどまで脊髄反射で抜いていた言葉の刃を、たちまち引っ込めた。
「迷惑かける訳にはいかねえだろ」
「っ、いっつもそう! 変に遠慮してっ……!」
「悪かったって」
ジャムゥはそのやり取りをじっと見て――
「シュカ。ふたりは仲悪いのかと心配してた。けど違った。とても仲良し」
うんうん頷いた。
みるみる真っ赤になるヨルゲンとウルヒを横目に、ニコニコ笑いながらシュカは告げる。
「昔からずっとこうなんだよ……いい加減、目的地決めたいんだけど。良いかな?」
ビクッとなる大人ふたりは、すぐに姿勢を正す。
「ふむ。一番怖いのは、シュカだ。オレ、わかった」
「ふふふ。さて。竜の顎を超えたなら、次は大帝国コルセアに行くのが妥当だけど……皆それで良い?」
「「はい」」
「ジャムゥも、良い」
「ありがと。あと、冒険者パーティとして登録するならリーダー決めないと」
三人は顔を見合わせてから、一斉にシュカを見つめた。
「……僕で良いの?」
ヨルゲンが肩をすくめる。
「むしろ、このメンバーを制御できるのはシュカだけだろ」
ウルヒがにっと笑う。
「ゲンは嫌だけど、シュカの言うことは聞く」
ジャムゥがこくこくと頷く。
「オレ、シュカに従う」
はあ、とシュカは大きく息を吐き、腕を組んで悩み始めた。
「じゃあ次は、パーティの登録名を決めないと……」
冒険者ギルドにパーティメンバーを登録する時に、任意でパーティ名も登録できる。『黒狼の牙』『疾風の獅子』など、名声が上がればパーティ名で呼ばれるのが通例だ。
「うーん」
「?」
すぐに案を出したのは、ウルヒ。
「なら、白鷹の爪でどう?」
「悪くねえな」
「しらたか……いいづらい……」
ジャムゥが首を捻る様子を見て、ウルヒはすぐに両手を挙げて「却下しよう。ジャムゥが言いやすいのがいいな」と眉尻を下げた。
「あ。なんとかの虹とかどうだ? ほら、七色の魔竜巡礼だし。な?」
ヨルゲンの意見に、シュカも頷いた。
「虹は、アネモスを崩壊させたきっかけだしね。胸に刻みたいな」
「気にするなよ、シュカ。でも虹はいいな。天弓とも言う。あたしは、弓が好きだ」
「てんきゅう! いいやすい」
「天弓の翼」
うん、とシュカが頷く。
「キースとウルラも、メンバーだし」
「いいな!」
「いいね!」
「てんきゅーのつばさ。いいやすい!」
「じゃ、それで決まり。コルセアで登録しよう。よろしくね、みんな」
「「「よろしく!」」」
――そうして決めた『天弓の翼』という名が、世界中に伝わることになるとは、この時の誰も想像してすらいなかった。
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