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二章 緑風、吹き抜ける
第13話 不穏
しおりを挟む一方その頃、シュカとヨルゲンが出会ったグレーン王国では、毎月恒例の『金貨集めの日』が催されていた。
玉座のはるか前方で深く首を垂れる冒険者は、肩の出ている古びたプレートメイルを身に着け、背には刃こぼれの激しい大きな両手剣を背負っている。頭髪はなく、豊富な口ひげが特徴的な、中年の男だ。
「なんと申した?」
国王と一般人との口伝を仲介する役人たちが、文字通り右往左往している。
「は! 王都で怪しげな冒険者を見たので追ったところ、雷竜討伐戦果を受け取りました! はっきりとこの目で見ました!」
グレーン王国国王であるアンドレアス・バーリグレーンは、いやらしく片眉を吊り上げた。
「雷竜討伐は、我が王国騎士団の名誉ある活躍によってなされたと報告されているが?」
「冒険者ギルドが、特別報酬を出したんですよ!」
謁見の間の警備にあたっていた、騎士団長のハンスはぎりぎりと奥歯を噛みしめている。
ランクB冒険者として登録があったヨルゲンの口座に、成功報酬を振り込むよう指示したのは、他でもない彼だからだ。
せめてもの旅費の足しにと気遣ったのが、裏目に出てしまった。
「聞き捨てならぬ。なあハンス?」
くいっと顎で国王に呼び寄せられれば、それを断ることはできない。
玉座膝元で深く騎士礼をとった姿勢のまま、ハンスは苦々しく吐き出す。
「実は我が隊は、その冒険者らから多大なる助力、いえむしろ主力は」
「ハーンス! グレーン王国騎士団は誇り高き騎士たちの集まりよなぁ。冒険者の手を借りることなど、あってはならぬ。ましてや雷竜相手ぞ?」
「っ」
「これは、間違いであるなあ。報酬を回収しその冒険者を罰せねばならぬ」
「おまちくださ」
「それ以上口を開けば、解任するぞ?」
「ぐ」
ハンスが口を噤んだことを確かめると、にたぁとアンドレアスは笑い、
「不名誉な噂を垂れ流す口も、根本から途切れさせなければならんなぁ」
耳元で囁いた。暗に眼前の冒険者を消せ、と言っている。
「……御意」
――その夜。
金貨袋をジャラジャラと見せつけながら、機嫌よく酒場で飲む冒険者が居た。
国王からもらった、と大言を放つ彼を誰も本気にせず、酒代だけ奢らせるために持ち上げた。
その男は翌朝、王都郊外を流れる川のほとりで、首元を斬られた状態で発見される。
仰向けに倒れたその男の首から、黒く乾いた血が川に流れ込んでいて、白く濁った眼は何も映していない。
見る者が見れば、背後から一瞬で掻き斬られたことによる即死で、その道の者の手にかかったと分かるはずだが――懐にあった金貨袋の中身が空になっていたことから、強盗に襲われものとして処理された。
自分から物盗りを呼び寄せたようなものだよなあ、と冒険者ギルドでも酒場でも小馬鹿にされたその男の名を、知る者はもはや誰もいなかった。
◇
「お父上、お呼びでしょうか」
王宮最奥にある国王の私室に呼び出されたのは、マティアス・バーリグレーン。グレーン王国第一王子である。
二十二歳で金髪碧眼の彼は、国王アンドレアスの若かりし頃と瓜二つだ。
父である国王はどっかりと豪奢な椅子に腰を下ろし、少女と言っても過言ではない、年若いメイドに爪の手入れをさせたままの姿勢で憂いの表情を浮かべた。
「マティ。不穏な噂を耳にしたぞ」
「雷竜を討伐したのは、我が騎士団ではなく冒険者、というものですね?」
「良くないのぉ」
「ご心配には及びません。情報統制は滞りなく」
「うむ。それについての心配はしておらんが……万が一にも騎士より強い冒険者がいるとなると、民は不安であろうなあ」
「そうですね! ならばいっそのこと、我が国の騎士に登用するのが良いですね!」
「その通りだ。魔教連の者と、綿密に連携するがよい」
「もちろんです」
にっこりとマティアスは口角を上げた。
「我が王国と魔教連の、益々の繁栄をお約束いたしましょう!」
高らかに宣言しながら手のひらを当てる左胸には、親指の爪ぐらいの大きさの、金色の紋章バッジが光っている。
よく見ると、今にも羽ばたこうとしている鷹が彫られていた。
「さすが我が息子よ。憂いは去ったも同然よなぁ」
舌なめずりをしながらメイドを見下ろすアンドレアスに、マティアスは張りのある声で応えた。
「ええ! ご安心くださいませ! では、失礼いたします!」
廊下に出てぱたりと後ろ手に扉を閉め、護衛騎士に目を向ける。
「また父の悪い癖だ。後始末を頼むよ……君らも楽しんでからで良いから。ね?」
扉前任務に就いていた二名が下衆な笑顔で頷くのを見て、満足して歩き出す。
欲にまみれ、欲しいものは何でも手に入る環境で、マティアスは生きてきた。
――叔父さんを追えば、退屈はしないだろうなあ。ふふふ。
グレーン王国にも、諜報と暗殺を担う小隊がある。
ハンスを通じてではなく自身の持つ連絡手段で、マティアスは『ある冒険者の捕縛任務』を発令した。
生死は、問わず。
◇
「えーっと、ジャムゥ?」
「なに?」
「ウルヒ……精霊王は、君のこと知ってる?」
パチチ草原の端で、赤い瞳がぱちくりと瞬く。
上体を起こした魔王の頭は、膝立ちのシュカよりも低かった。
「いいや。カルラだけ」
「そう」
その答えは、シュカの心を安堵させた。旧友がこのような重大な事実を黙っていたとは、思いたくなかったからだ。
それでも、「魔竜巡礼に連れて行け」と軽く言ってのけた魔王を前に、戸惑いが隠せない。
そんなシュカに無邪気に追い打ちをかけるのが、風の精霊カルラだ。
『魔王の封印を解いた褒美に、シュカへ風の指輪をやろう』
「へ!?」
「ああ、これ」
こともなげに広げて見せるジャムゥの左手のひらには、黒く酸化した銀の指輪があった。緻密な彫り細工の上に、緑色に輝く大きな石がはめられている。
「うわぁ……いやいや、借りるだけで良い。こんな貴重な宝物もらえないよ」
シュカの目には、石から溢れ出る大量の魔素も見えた。
「もらえ。そしたらカルラ、やっと外に出られる」
『うむ。精霊王のところにやっと帰れる。助かった』
気づけば、ジャムゥの頭の横でふわふわと浮いている、半分透けた緑色の小人がいる。背中には大きな鳥のような翼があり、耳は小さな翼で、釣り目がちの少女のような見た目だ。伝承の通りなら、風の精霊カルラ本人だろう。
「なんでそんなことに……」
「制約で、話せない」
「うーん。僕はまあ、良いけど……ゲンさんになんて説明しよう」
「ゲンさん?」
「剣聖ヨルゲン」
「……幻惑で見た目を変える」
「剣聖相手に? 常時?」
「無理か……」
「無理だよ」
ふたりは話に夢中になっていたため、気配を殺して近づいてきた存在には全く気づいていなかった。
「幻惑魔法で誤魔化すような、んなこまけえことするようになったのか? ああん? 魔王よ」
振り返ると、ビキビキとこめかみに青筋を浮かべたヨルゲンが、腕を組んで仁王立ちしていた。
――覇気で周辺の生き物が一斉に逃げ出し、風の精霊カルラさえもヒュンッと気配を消した。
「あーっと、ゲンさん、落ち着いて」
「落ち着けるか。魔王だぞ?」
「えーっとそのー、……今は、ジャムゥっていうんだよ」
「ああ!?」
「ジャムゥだ。剣聖の左腕をもぎ取ってしまい、申し訳なかった」
「おいごら」
「しかしさすが無窮の賢者の治癒魔法だ。元通りとは驚いた」
「てめえ喧嘩売ってんのか? やんのかごら?」
「わー! ゲンさん、落ち着いて! ジャムゥ、ちょっと黙って」
「やるとは?」
「殺す!」
「わーーーーーーっ!!」
今にも殴りかかりそうなヨルゲンを体を張って止めるシュカの近くに、慌てた様子でファロが走り込んできた。
ヨルゲンは催眠を自力で解いたのかもしれないが、カルラが姿を消したことでファロのも解けたのか、とシュカは複雑な気持ちになる。
「ケガ人ですか!? 自分、薬持ってますよ」
塗り薬を鞄から取り出しながら、シュカの隣に両膝を突いて座ると、投げ出されたジャムゥの足を見た。ローブの裾から、傷だらけの脛が見えている。しかも靴を履いていない。
「……ひどいですね……ちょっと沁みますよ」
ファロは慣れた手つきで水筒の蓋を取り、水をかける。
「おい、ファロ! そいつは」
「誰か知りませんが、こんなひどいケガ、放っておけません。早くしないと、足が腐ります」
「っ」
ヨルゲンが渋い顔のままファロの肩口から手元を覗きこむと、大きな獣に何度も噛みつかれたと思われる両足首が見えた。傷の深いところでは、ちらちらと白いものまで見えている。
「……なんだよこれ」
「言えない」
「今お前を殺そうと思えば、簡単だな」
「その通りだ」
「はああ~」
額に手を当てて大きく息を吐く剣聖を見上げて、魔王は淡々と語る。
「ジャムゥには、心がなかった」
「あ?」
「ただ壊せ、殺せ、と鳴り響く命令に、従っていた」
びくり、と一瞬ファロの手が止まったが、また動き出した。
薬を塗り、清潔な布を巻き始めている。
「どういうことだ」
「わからない。気づいたらここにいて、心ができていた。今は、痛い。悲しい。嬉しい。が、わかる」
「痛いは分かるが、悲しいと嬉しいはなんだ」
「ジャムゥは、剣聖が冷たいから悲しい。その子が手当してくれて、嬉しい」
シュカもまた、絶句するヨルゲンを仰ぎ見た。
「ゲンさん。ジャムゥも一緒に、魔竜巡礼をしなくちゃいけないみたい」
「ああ!? ってことは……元勇者と魔王が一緒に旅するってことじゃねえか!」
「そうだね」
「えっ」
ファロが文字通り飛び上がって、ジャムゥから手を離す。両膝立ちをしていたのに、もう立って戦闘態勢を取っているのはさすがだな、とシュカはのほほんとそれも見上げた。
「ま、おう……この人が? 死んだはず、じゃ……」
「ジャムゥは、ここにいる」
「え、ジャムゥ?」
「そうだ。今、ジャムゥは魔王じゃない。ジャムゥだ」
ファロとジャムゥの会話を、
「だあああああもう! ジャムゥジャムゥうっせんだよ! 自分のことは俺って言え!」
ヨルゲンが遮った。
きょとんと首を傾げて、ジャムゥは
「オレ? わかった」
と素直に言うことを聞く。
「あと何をすれば、一緒に行って良い?」
「うぐ」
言葉に詰まったヨルゲンの代わりに、シュカが
「人はもう、殺さない。町は壊さない。なるべく、人と関わらない。約束できる?」
と問うと、ジャムゥはすぐさま頷き、
「オレ、約束。風の制約、つけろ」
左手のひらを見せつけるように掲げた。指輪にある石が、明滅を繰り返している。
「なら、僕のさっきの言葉だけ、君に与える」
シュカはジャムゥの耳元で、ジャムゥの正しい名前を囁いた。
――ジャムゥ・クータスタ
ひと際大きく石が光ると、暗くなって沈黙した。シュカは、ジャムゥの手のひらから指輪を受け取り、左小指にはめる。
「うん。ゲンさん、これで大丈夫だよ」
「あああー! ぜんっぜん大丈夫な気がしねえ! けど、分かったよ!」
ぱあっと明るい顔になったジャムゥだったが、
「よかった。うわ、足、すごく痛い」
と眉間にしわを寄せて青白い顔になり――ばたりと上体を後ろに倒して気絶した。
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お読み頂き、ありがとうございます!
無窮は永遠という意味です。
勇者、剣聖、巫女、賢者の四人パーティでした。
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