11 / 51
二章 緑風、吹き抜ける
第11話 草原へ
しおりを挟む「え……?」
メイは戸惑った顔のまま、へたりと両膝を下に着け、その間に腰を下ろす姿勢で座っている。
ひょんひょんと鳴る風の檻は、変わらず宙に浮いていた。メイと目が合わないことから、向こうからこちらは見えていないと推測できる。
「緑竜様。試練は合格じゃないの? 解放してあげて」
『それなんだがな。その檻は我でも解くことができぬ』
「え」
「ああ!?」
「そんなっ!」
がくがくと唇を震わせるメイが、真っ青な顔で
「っごめんなさい」
と深く頭を下げた。
「どういうことだ?」
ヨルゲンがファロから手を離して詰め寄ると、メイはたちまち涙ぐむ。
「ゲンさんの声、怖いもんね。大丈夫だよ、怒ってない。心配なだけ」
「おいぃ!」
すると躊躇いつつも、風の巫女はすまなそうに眉根を寄せて言う。
「……あのね……カルラにお願いしちゃったの。もう帰りたくない、って」
「カルラ……って」
絶句するファロに代わって、緑竜が事も無げに告げた。
『精霊王に宿る、風の精霊だなぁ』
「よりにもよって、親玉じゃねーか!」
「どうしたら、良いんですか!」
ばっと顔を上げるファロの肩を、ヨルゲンはすかさずぽんと叩く。
「あきらめるな。何か手はあるはずだ」
『その通り。精霊石を持つ者よ』
「教えてくださいっ!」
「ふむ……風の檻ってことは、開錠には『風の指輪』がいるよね?」
顎に手を当てて何かを考えていたシュカが、緑竜に向かって無遠慮に言葉を投げつけた。内心相当怒っている様子だ。
「今、どこにあるの?」
『はっは。さすがよく知っているな。さあてどこだろうか』
「それもまた、試練?」
『試練というか、邂逅だな』
はあ、と大きく息を吐いてから、銀髪の少年は巫女を見上げた。
「風の精霊カルラが好きな場所は、どこ?」
「え、と、パチチ草原」
「わかった。ゲンさん、ファロ、行くよ」
「おう」
「えっ」
胸の前で手のひらにぱん、と拳を打ちつけて同意する剣聖と、戸惑う黒フクロウ。
「パチチ草原で、カルラに会う」
シュカの有無を言わさぬ語気に、ファロは思わずごくりと喉を鳴らす。
その肩を後ろからまたぽんと叩くヨルゲンが
「あいつが、一番こえぇんだよ」
ニカ、と楽しそうに笑った。
◇
パチチ草原に入るには、管理人である花の狩人プーワイ家の許可が必要だ、とファロが焦る。
だがシュカは
「キース。悪いけどウルラに伝言頼める?」
とあっさり正式な手順を打ち破ることを決めた。
鞄から持ち歩き用の小さなインク壺、そしてナイフケースの端に差していた羽根ペンを取り出して、ささっと紐とじされた紙の束の中の一枚に走り書きをする。
キースの足に破った紙片を巻き付けると、
「キッ」
白鷹は小さく鳴き、あっという間にばさりとシュカの肩から爪を離し、精霊王の愛鳥でありアネモスの象徴である白フクロウの元へと飛んでいった。
それから一行は、緑竜に別れを告げて谷底から上がり、それぞれの馬にまたがる。
「で、どっちだ?」
ファロを振り返るヨルゲンは、黒フクロウ面の下で口元がぽかんと開いているのを見て、笑った。
「おーい。案内。頼むぜ」
「え? は、はい!」
ヨルゲンに促されて馬首を東へ向けるファロは、馬の腹を軽く鐙で蹴る。
彼が、決意の固まらないまま流されているであろうことは、シュカも分かっていた。
「ファロ。戸惑いも分かるけど、風の檻は人間を入れられるような物じゃないんだ。急ごう」
「!」
ファロへの説明は、それだけで十分だった。――瞬間で馬の足が速まる。
しばらく走っていると、頭上を照らしていた太陽が大きな雲に遮られ、視界がふっと暗くなった。
「おーおー、暗雲立ち込めてるねえ~」
「……いや、緑竜の援護だよ」
馬上で声を張り上げるヨルゲンの耳に、シュカの呟きは届かないが、それでも吐き出さずにはいられなかった。
「いったい何との邂逅を画策したんだ……」
今回の件は、明らかにこちらの動きを悟られ、誘われたに違いない。
それが精霊王ガルーダによるものか、緑竜の意思なのか定かではないが。
ざわつく胸騒ぎを抑えるように、何度も唾液を飲み込む。
いつも肩で慰めてくれるキースがいない。それがこんなにも心細くなるとは、思ってもみなかった。
「慎重に……じゃないと……」
肩に、自然と力が入る。
十五歳になったばかりのこの器は、まだ成熟していない。
逆に剣聖であるヨルゲンは、自身では衰えていると自嘲しているが、今が最も強いのではないかと雷竜戦で感じていた。
グレーン王国騎士団長へ戦果を譲って正解だった、とシュカは確信している。ソロで魔竜を倒せるなどという存在が、この世界でどう扱われるか――
「もう少しで、入り口です!」
そんな思考の波を、ファロの声がかき消した。
「なんだあ、ありゃ」
ヨルゲンがそう漏らすのも無理はない。
黒い雲が、眼前の場所の上でだけ円形に晴れているのだ。
「パチチ草原は、精霊に祈りを捧げるための、神聖な場所なのです」
鞍から少し腰を浮かせて前傾姿勢を取っていたファロが、腰も速度も落とした。
自然と追従していたふたりの速度も落ち、やがて一行は入り口と思われる場所で馬を止める。
「ふーん。なーんか……神聖とは真逆のやつがいる気がすんな~」
どうどう、と馬を落ち着かせる間延びした声とは裏腹に、剣聖から立ち昇るのは紛れもなく覇気だった。
馬たちは、首元を叩いても落ち着くことなく、何度も嘶いたり、首を振ったりしている。
ぴりりと走る異様で緊迫した空気を、肌で感じているからだろう。
その証拠に、カカ、と馬首をそろえたシュカが、
「さすがゲンさん」
見たこともないぐらいに厳しい顔をしていた。
「……油断ならない気配を感じるね」
「だな。ファロ。悪いが守ってやれる余裕はねえ。危なかったら逃げろ。ためらうな。良いな」
「え」
ヨルゲンは言い捨てると馬から降り、首や肩をぐるぐる回しはじめた。いつもの飄々とした雰囲気はない。
同時に下馬したシュカもまた、ぶつぶつと防御や強化魔法を唱え、あたりにキラキラと小さな魔法陣をいくつも浮かべていた。
「す、ごい……」
魔法を重ねがけするためには、非常に高度な魔法体系の知識と、膨大な魔力量が必要だ。
そのことを知っているファロは、シュカの度量に恐れおののき、またヨルゲンの禍々しいほどの覇気に気圧されていた。
出会い頭に「元勇者」と軽口を叩いた自分を、今から戻ってぶん殴ってやりたい。
生まれて初めて感じる畏怖で足元が震え、それ以上に
「自分も、できる限りのことをっ」
腹の底から湧いてくる高揚感に抗えず、無意識に抜刀した。
シュカとヨルゲンはそんな少年を見て軽く肩を竦めると、草原の方へと向き直る。
「うし。ま、なるようにならぁな」
「行こう」
「はい!」
-----------------------------
お読み頂き、ありがとうございます!
カルラは、ガルーダの別名です。同じやんけ、ということですね。
2
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。
彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。
そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。
洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。
さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。
持ち前のサバイバル能力で見敵必殺!
赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。
そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。
人々との出会い。
そして貴族や平民との格差社会。
ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。
牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。
うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい!
そんな人のための物語。
5/6_18:00完結!

職種がら目立つの自重してた幕末の人斬りが、異世界行ったらとんでもない事となりました
飼猫タマ
ファンタジー
幕末最強の人斬りが、異世界転移。
令和日本人なら、誰しも知ってる異世界お約束を何も知らなくて、毎度、悪戦苦闘。
しかし、並々ならぬ人斬りスキルで、逆境を力技で捩じ伏せちゃう物語。
『骨から始まる異世界転生』の続き。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる