天弓のシュカ ~勇者の生まれ変わりの少年は、世界を救うために七色の魔竜を巡る旅に出る~

卯崎瑛珠

文字の大きさ
上 下
5 / 51
一章 白鷹と少年は、出会う

第5話 白鷹と少年と、おっさん

しおりを挟む


 凱旋がいせん帰国をするハンスの胸中は、複雑だった。

 ブレスを吐き出し、戦闘力のほとんどを削られていた雷竜は、普通の冒険者ならそれでも手こずっただろう。だが、仮にも一国の騎士団長が愛用している剣だ。ヨルゲンの『蒼海』によって既に傷ついていた鱗を問題なく貫くことができ、弱った竜は為す術なく倒された。

「このような……っ」

 お膳立てされた戦果を到底受け止められなかったハンスに「王国を納得させるため」「報酬代わりに、貸しとして欲しい」とふたりの冒険者は言い捨て、あっという間に去っていってしまう。

「……あれは、きっと……いや、何も言うまい」

 姿形も、年齢も全く違うはずのシュカと名乗った少年は――かつて少年だった自分が憧れた勇者に、なぜかぴたりと重なる。そんな自身の勘を、ハンスは信じている。

「再び世界を救うために、舞い戻ってくださったのだな」
 

 いつか助けが必要になった時のために、蓄えよう。財も力も、名声も。


 そう割り切って、ハンスは久しぶりに晴れた青空を、馬上から仰いだ。
 
 ――眩しすぎたのか、目が潤んで仕方がなかった。



 ◇

 

 今から二十年前。
 いつの間にか生まれた『魔王』が、その力をあからさまに行使し始めた世界に恐れを抱いた人間たちは、勇者を探す。
 剣技に優れ、魔力が豊富で、使命感と正義感に溢れた者こそが、世界を救うのだと。

 ひとり、才能にあふれる十五歳の少年が、とある小さな村から旅立った。
 魔物を倒しながら世界を旅し、腕を磨き、仲間に恵まれ――四年かけて魔王の住む城へとたどり着き、そして命からがら倒すことに成功した。

 人々はその知らせに、喜んだ。世界は、平和になったかに思われた。
 
 
 ところが、その後いくらも経たずに、勇者は世界の核と言われている『キーストーン』を破壊する。
 

 これにより大気中の魔素が大幅に乱れ、魔王という絶対悪がなくなった代わりに、世界各地に魔竜や魔物が溢れるに至った。
 
 旅や交易が困難なものになり、命や経済が脅かされた人間たちは、勇者を恨むようになる。なぜなら、キーストーンの管理者かつ研究者である『魔導士世界教会連合魔教連』が、全世界に向かって「キーストーンの破壊は、勇者の悪行である」と発信したからだ。

 それから、十五年――


「ずっとね、違和感があったんだ」

 ガタガタと揺れる古い荷馬車の荷台。
 刈り取られた麦穂にまみれないよう、一番後ろに小さく座るふたりの冒険者がいる。
 乗ってくかい? とグレーン王国国境で明るく声を掛けてくれた、麦農家だという老人の厚意に甘え、楽でゆったりとした旅路を楽しんでいた。

「違和感?」
「うん。僕は、僕じゃない、て」

 そう語る銀髪黒目の少年の右肩の上で、白い鷹がつんつんと近くにある麦の実をつついている。

「なるほどねぇ」

 荷台の縁に右肘を乗せて頬杖を突くヨルゲンは、自身の乗る荷馬車の車輪が辿ってきたわだちをぼんやりと見ている。

「そいや、前に『自分は勇者だ』て思ったのも、十五歳の時って言ってたなあ」
「そんなの、覚えてたんだ」
「物覚えは、良い方だぞ?」
「女癖は悪いけどね」
「おいこら」
「ふ、ふ」
「俺、もう三十六だぞ? しかもうだつの上がらねぇおっさん冒険者だしな。誰も相手にしてくんねっての」
「おっさん……ぶ、ふ、ふ」

 ヨルゲンは、ごつ、と拳でシュカの眉間を軽く叩く。

「なあレイ……」
「シュカだってば」
「シュカ。なんで世界の核、壊した?」
「……さあ……ね」
「そいつと、関係あんだろ」

 顎をしゃくって指す先には、白い鷹のキースがいる。羽繕いをすると、その首元にきらめく小さな石が並んでいるのがチラチラ見える。黒、茶――そしていつの間にか、紫が増えている。

「武器になる鷹なんざ、聞いたことねぇ」
「まだ、内緒かな」
「そうかよ」

 まだ、ということは、話す気がある。
 それだけ分かれば、ヨルゲンには十分だった。

「んでこれ、どこに向かってんだ?」
「精霊国アネモス」
「うっげー」

 大きく口を開けて舌を出すおっさん冒険者は、心底嫌だという顔をしている。

 シュカが、どうしたの? とばかりに首を傾げると、苦笑しながら
「苦手なんだよ、ああいういかにも伝統! なとこ」
 あーあ、と大きく上に伸びをする。
 
 それを、羽繕いを終えたキースが不思議そうに眺めている。
 
「グレーンのが良い?」
「まさか。相変わらずのえげつねえ守銭奴しゅせんど国王。大嫌いだね」
「ふ、ふ。一応ゲンさんから見たら、なのに」
「あのなあ。知ってんだろ? あーだこーだあって絶縁したの」
「そう言いつつ、雷竜が気になるから帰国したんでしょ?」
「まさか、それ見越してグレーンに来たってのか。俺と会うために」
「うん」
「っかー、動きを読まれるたぁ……この俺もヤキが回ったもんだぜ」
「ゲンさんって、単純だもん」
「タンジュン」
「あ!?」
「あ、こらキース」
「鷹が、喋った!」
「ゲン、ダマレ」
「えっ、はい! ……えぇ……」

 眉尻を下げるシュカ、ぷいっと顔を逸らすキース、そして
「ちょっと待て、俺のが下……?」
 当惑しきりの、ヨルゲン。

 ガタガタ揺れる荷馬車は、順調に精霊国の国境にさしかかろうとしていた。
 
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。 彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。 そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。 洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。 さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。 持ち前のサバイバル能力で見敵必殺! 赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。 そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。 人々との出会い。 そして貴族や平民との格差社会。 ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。 牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。 うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい! そんな人のための物語。 5/6_18:00完結!

職種がら目立つの自重してた幕末の人斬りが、異世界行ったらとんでもない事となりました

飼猫タマ
ファンタジー
幕末最強の人斬りが、異世界転移。 令和日本人なら、誰しも知ってる異世界お約束を何も知らなくて、毎度、悪戦苦闘。 しかし、並々ならぬ人斬りスキルで、逆境を力技で捩じ伏せちゃう物語。 『骨から始まる異世界転生』の続き。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...