【本編完結】ワケあり事務官?は、堅物騎士団長に徹底的に溺愛されている

卯崎瑛珠

文字の大きさ
上 下
74 / 75
第四章 別離?? 決意!? 溺愛!!

番外編1 (帝国裏話)実はみんな、皇帝のことが大好きです。

しおりを挟む


 帝国軍の訓練場で、巨体の二人が相まみえていた。

「俺が行く」
「いや俺だね」

 海軍少将のアーモスと、同じく海軍少将のボジェクだ。
 海軍大将ヨナターンが、訓練場と見学席を仕切っている木枠の上から、だらりと両手を場内に入れる格好でそれを眺めている。
 
「おーい、怪我したらどっちも連れてかねーかんなー」
「うぐ」
「くそ」

 海の向こうの小国であるメレランドから帰国したヨナターンが「ついに皇帝陛下の妹君殿下を発見した。苦しい環境下にあり、急ぎ迎えに戻らねばならない」とその任務に帯同する人員を募集したら――海軍のほぼ全員が手を上げた。

「陛下の妹君を助けるのだ!」
「俺が!」
「いや俺が!」
「俺だ!」

 軍船に乗れる人数は限られているし、かつ小国にそれほど圧を与えてもいけない。
 少数精鋭がいいんだけどねえ、とぼやくヨナターンに、「我こそが精鋭」と誰も譲らない。
 ちっとも決まらないので、アーモスかボジェク、どちらかに決まったらもう命令しろ、とヨナターンが投げたら……こうなった。

「穏便に決めろ」
「大将、んな無茶な」
「そっすよー」
「ばーかやろーが。こんな状況これからずっと出てくるんだぞ? そのたんびに勝負してみろ、毎日怪我だらけじゃねえか」
「「うぐ」」
 
 訓練場で向かい合う二人を、その部下たちが固唾を飲んで見守っている。
 自分も妹君殿下を迎えに行きたい。あわよくば、少将対決を拝みたい。

「うあー? なんすかこれ」

 そこへのほほんとやってきたのが、オリヴェルとヤンだ。

「おう。やっぱお前らか」
「は」「うっす」

 ヨナターンからすると、アレクセイがこの二人を選ぶのは分かり切っていた。
 オリヴェルの実力は折り紙付きで、軍医の資格も持っている。
 対してヤンは、人懐っこい外見とは裏腹に、残忍さも併せ持つ貴重な人材だ。

「オリヴェルは良いけど、ヤンか~」

 そんな本音を隠して、ヨナターンはヤンにちゃちゃを入れる。いつものことだ。
 
「はい、閣下。力不足は重々承知しております」
「お前潜入苦手だろ~? すぐ顔に出るしな。ま、そのぐらいの方が殿下にはいいかもな。素直なお方だから」
「うひー!」
「そうなのですか」
 オリヴェルが、腕を組んで眉を顰めると、ヨナターンはそれを煽るかのように
「おう。めちゃくちゃ可愛いぞ」
 と付け加えた。
「それは、急がねばなりませんね」
「さすがオリヴェルだなあ」
「え? なんでです?」
「……年頃の可愛いらしい方なのでしたら、一刻も早くお迎えに上がりたいところです。騎士団でかくまうとはいえ、身分が明らかでないままなのですから。協力者の手の届かない場所で、手籠てごめにされてしまうやも」
「うげえ、そりゃそうすね!」
「つうわけでヤン。お前一番重要任務」
「ぎょわ! がんばるっすー!」

 むん、と力こぶを作って笑って見せる若手に苦笑しつつ、ヨナターンは頭をぐしゃぐしゃ撫でてやる。

「がんばれ、犬コロ」
「あ! それ悪口っすからね」
 
 ヤンがぶつくさ言いつつ髪の毛を直していると――

「何の騒ぎだ、ヨナターン」
「! 陛下!」
「「!!」」

 ざ、と慌てて騎士礼をする軍人たちに、顎だけをわずかに動かして応える皇帝ラドスラフは、珍しくラフな姿で、後ろにマクシム大佐を帯同させている。

「妹君殿下を、誰が迎えに行くかで揉めています」

 タハハと軽く笑うヨナターンに、全員がぎょっとするが、意外にも皇帝は片眉を下げた。

「ふむ……苦労をかけるな」

 ざわ! とどよめくのも無理はない。
 いつも威厳たっぷりで、話しかけづらい雰囲気満載の皇帝が、自分たちに直接ねぎらいの声を掛けるなどと! という感じなのだ。

「陛下! 是非自分が!」
「おいこらアーモス! ずるいぞ!」

 二人の少将が我先にと争いながら場内をこちらに向かってくるのを見て、ラドスラフは
「まるで大型犬だな」
 硬くて冷たい一言を発してその歩みを止めさせてから
「ならば、余が選んでやる……キーラとの初対面を想定して挨拶してみろ」
 と、腕を組んで仁王立ちになった。
 
「ご機嫌麗しゅう存じます殿下!」
 と顔全体で笑って素晴らしい騎士礼を見せるアーモスと、
「キーラちゃん、はじめまして!」
 とにこりとして地面に片膝を突き、両腕を広げるボジェク。

 ちなみにアーモスは独身、ボジェクは三人の子持ちである。

「ボジェク」
「は!」
「キーラは帝国に慣れていない。そのような対応の方が良いかもしれん。頼む」
「はっ! 誠心誠意、務めさせて頂きます!」
 
 一方アーモスは
「ぐおおおおお! そうか、礼儀より愛嬌であったかああああ!!」
 と、訓練場の土の上に両手両膝を突いてまで悔しがった。

 それを見た皇帝は
「憂うなアーモス。貴様の騎士礼は手本になる。皆の者、今のような形を心掛けよ」
 と慰めた。
 もちろん、輝く瞳でがばりと立ち上がったアーモスは、たちまち感激している。
「陛下ぁ!」
「うおー! 俺も褒められたい!」

 皇帝とともにあっても明るい雰囲気のままであることに、ヨナターンは嬉しく思うと同時に、気を引き締めるための号令をかける。
 
「ボジェク! すぐさま人員を選定し、出港準備を整える! アーモス! 必要に応じて補欠人員も選定せよ!」
「「はっ!」」

 少将の返事に合わせ、全員が騎士礼をすると、ラドスラフは満足げに頷き去っていった。
 ――早くキーラに会わせてやりたい、とヨナターンは思いを馳せる。こんなにも皆が貴女を待っているよ、と。

 

 ◇ ◇ ◇


 
「ヨ、ヨ、ヨナさん!」
「ん~?」
「なんか人がすごいいっぱい!」
 
 ヨナターン自慢の海軍旗艦船。最新鋭の魔道具を駆使した、武力も速度も誇れる帝国随一の船だ。もちろん客室も豪華。
 甲板から身を乗り出すキーラに、船にいる全員が温かい微笑みを向けている。
 
 ブルザーク帝国の軍船が入れる港町は、活気にあふれていた。
 皇帝陛下の妹君の凱旋帰国を一目見ようと、帝国全土から帝国民が集まっているのだ。
 
 キーラはロランとともに帰ってきたわけだが、動きやすいからといつもの事務官姿である自分に、少しの申し訳なさを感じる。

「みんなキーラが来るのを楽しみに待ってたからなあ」
「ヨナさん! 私、こ、こんな服装で」
「別にいーだろ? キーラらしくて」
「そうだね、キーラらしいよ!」

 ヨナターンとロランが頷くので、じゃ、いっか! と安心する。私らしくでいいのね? と。

 そうして、笑顔で「みんなありがとう!」と気さくに手を振る皇帝の妹が、下町や皇都で帝国民と直接会話を交わすことに、大いに驚かれることになった。
 そんな飾らないキーラが、帝国民の間で人気になるのは、必然だろう。
 

 一方その頃皇城では――


「無事に着いたとのことです」
 マクシムが通信魔道具から顔を上げると、皇帝の間へ向かう足取りが、急に重くなるラドスラフ。
「……」
「残念ながら、謁見予定が夕方まで詰まっておりますよ」
 護衛であるマクシムの頭の中には、皇帝の予定が完璧に叩き込まれている。
 
「分かっている。どうせ半日はかかる――だが即位してから初めてだ」
「は」
「公務が億劫などと……」
「! 楽しみですね」
「……ああ」

 気心の知れたマクシムだからこそ出た、皇帝の本音だった。
 マクシムは内心驚愕したことをひた隠し、同時に情の深さを再認識し、嬉しく思う。

 やがて、その「妹大事、甥っ子可愛い」という皇帝のダダ漏れな態度でもって、『血塗られた皇帝』から『絆の皇帝』へと、その名が変えられていく。その道をともに歩ける、喜びとともに。


「さあキリル。今日はどこに隠れるか……」
「えっとね……ラース、あそこは? 温室の裏!」
「ほう?」
「いこ、いこ!」

 
 はしゃぐ男の子に手を引かれ、小走りする皇帝は、笑顔だ。


「こーらー! ラース兄、キリルー! どーこに、隠れたあーーーーーー!」



 温室の影でクスクス笑う、赤髪の二人の男子が、キーラに見つかって一緒に説教される毎日が、近いうちにやってくるのだ。――
 


 -----------------------------
 

 お読み頂き、ありがとうございました。
 帝国のみんな、可愛いです。
 独りで頑張ってきた皇帝ですが、やっと少し気を抜けるようになりましたよ。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

処理中です...