64 / 75
第四章 別離?? 決意!? 溺愛!!
62
しおりを挟むレナートとボジェクが演習場に降り立つ。
私の心臓は、壊れそうなくらいにバクバクしている。緊張に耐えられなくて、ロザンナの二の腕に抱きついたら「なあに、大丈夫さ」と手の甲をポンポンされた。
「ねえヤンは」
「ん? っこらしょ」
私がロザンナに抱きついたので、ヤンは私の隣に移動してくれた。
「どっちが勝つと思う? やっぱりボジェク?」
「団長が本気出したところ、見たことないからなあ。分からない」
「そっか……」
「でも団長、相当強いよ」
思わず振り返ったら、珍しく真剣な目で前を見ていた。凛々しいヤンの横顔は――違和感たっぷりで戸惑う。
「強いかどうかって、見て分かるの?」
「だいたいね。おー、同じ武器選ぶかあ」
レナートも剣ではなく、長い槍を持っている。
「同じ武器の方が良いの?」
「んー? そうとは限らないけど、少将とやるなら――やっぱり槍選ぶかなあ」
「なん……」
で? という質問は、
「では、御前試合の最終試合を行う! 元メレランド騎士団団長、レナート! ブルザーク帝国海軍少将、ボジェク!」
というヨナターンの声に打ち消された。
「では、双方構え……」
ボジェクはにやりと笑い、レナートはいつも通り眉間にしわ。
「はじめ!」
ピィン、と音が聞こえるくらいに張り詰めた空気。
レナートもボジェクも、槍を構えた姿勢のまま、一歩も動かない。
ごくり、と唾を飲み下す音まで聞こえそうなくらいの静寂を、最初に破ったのはボジェクだ。
ざ! と鉄の靴が砂を蹴る音まで鮮明に聞こえる。
「っせい!」
ぶおん、とやはり不穏な音を鳴らして、長槍がしなる。
「っ」
紙一重で、レナートは上体を反らせて避ける。
が、ボジェクは続けざま突く、突く、ぐるりと位置を変えてまた突く。
レナートは右に左に半身を翻し、時にはしゃがんだり、仰け反ったりして避ける一方だ。
演習場全体を使って、レナートは逃げ回っているように見える。
「おらあっ!」
ボジェクは、頭上でぐるりと槍を回したかと思うと、深く踏み込んで、突いた。
レナートはその強力な攻撃の風圧で体勢を崩したように見えた。
が、地面に槍ごと手を突いて器用に身体を回転させ、ボジェクが踏み込んでいる方の脚の――
「しいっ」
膝を、刃先の腹で、打った。
バシィンッ!
「やるじゃねえかあ!」
ぶわ、とボジェクの殺気が溢れ、私はその邪悪さに思わず目をつぶりかけたのに、レナートは口角を上げて笑っている。
「あー、バレた」
「ヤン?」
「少将の古傷。昔、デカい魔獣に脚、食いちぎられそうになったんすよ」
サラッとすごいこと言う!
レナートは、槍を持ち直したかと思うと、下半身を重点的に狙いはじめ、ボジェクの動きも鈍ってきた。
「疲れた……?」
「疲れと痛みっすね。意外と団長、性格ねちこい!」
「へ!?」
「同じ箇所ばっか。ほらまた」
パシン!
と軽い音がするのは、ボジェクの膝に当たるレナートの槍の音だと気づいた。
二人とも、この闘いに熱中している。
そして観客たちも夢中で、食い入るように観ている。
私はなんだか、胸が締め付けられた。
穏やかで、無愛想で。眉間に皺を寄せて書類を睨んだり。温かいお茶を飲んでふっと笑ったりするレナートしか、知らなかった。
私全然、知らなかったよ、レナート。
――貴方もそうやって戦う人なんだね。そうだよね、騎士だもんね。
「あ」
ヤンの声で顔を上げると、ぶお、と再びボジェクの槍が唸った。
連撃が、レナートを襲っている。
キキッ、シルシル、ゴキャンッドコンッ。
キキッ、シュルシッ、ガンッガガンッ。
聞いたこともない音が、私の鼓膜を叩く。
乱れたレナートの薄茶色の髪が、ただただ揺れ動くのを観ている。
バシィンッ!
「ひゅっ」
レナートがボジェクの連撃の隙をついて、膝を強く打ったかと思うと後ろに回り込み、槍の持ち手でその太い首を締めるように羽交い締めにした。
が、ボジェクは。
「うがァァァ!」
咆哮したかと思うと自身の槍を投げ捨て、レナートの両拳の上から拳ごと槍を握り締め、
――ボッ、メキャ
折った。
「ふは!」
後ろに飛びずさり、よろめきながら、レナートは笑う。
ざん、と鉄靴の後ろ足で砂を蹴って、かろうじて体勢を整える彼は、折れた槍を空に掲げ、
「まいったあ!」
大声で、まるで勝ちどきみたいに叫んだ。
その顔は、今までにないぐらいに充実していて。
私は、嬉しいのに、知らない人を観ているみたいで……切なくなった――
◇ ◇ ◇
御前試合は、大好評のうちに幕を閉じた。
アルソス国王も王太子も、ヨナターンも、賞賛の言葉を騎士たち、軍人たちに掛けていて……全員の表情が満たされているのを見て、安心できた。
あんなことがあって皆暗かったけれど、少しは憂いや後悔を消化できたかな、と思う。
レナートは、騎士団員たちはもちろんのこと、帝国軍人たちからも大絶賛で、ボジェクに「酒だ、飲むぞー!」と肩をがっちり掴まれて誘われていて、タウンハウスには帰れそうになかった。
代わりにロランが
「僕は興味無いから」
と送ってくれることになり、ロザンナとメリンダに別れを告げて、帰ってきた。
「さて。どしたの? キーラ」
「……」
帰りに軽食を買って、交互にシャワーを済ませた後。
タウンハウスのキッチンで、お湯を沸かす私のところにやってきたロランが、木の椅子を引き寄せてどかりと足を組んで座る。
「僕で良かったら、聞くよ。もちろん秘密は守る。こう見えて、銀狐って呼ばれる策略家だからね」
「……詐欺師って言われてたよ」
「うわ! まいったなあ」
「ロラン……私、レナートのこと、何も知らなかった」
「うん」
優しいロランの顔を見たら、なんだか全部……
「忘れてあげるから、全部吐いちゃいなよ」
溢れちゃった。
そして、子どもみたいに号泣して、涙が止まらなくて、ロランが「特別だよ、僕のお姫様」て綺麗な顔で笑いながら、部屋に横抱きのまま連れて行ってくれて。
ベッドの脇で手を握ってくれたので――眠りについた。
無理矢理笑った私が、困ったように笑うレナートに、別れを告げる。
そんな、悲しい夢を見た。
-----------------------------
お読み頂き、ありがとうございました。
「きゃー、強いー! かっこいいー!」
とはならないヒロインの、葛藤でした。
0
お気に入りに追加
256
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!
雨宮羽那
恋愛
いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。
◇◇◇◇
私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。
元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!
気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?
元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!
だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。
◇◇◇◇
※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。
※アルファポリス先行公開。
※表紙はAIにより作成したものです。
踏み台令嬢はへこたれない
三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」
公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。
春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。
そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?
これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。
「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」
ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。
なろうでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる