【本編完結】ワケあり事務官?は、堅物騎士団長に徹底的に溺愛されている

卯崎瑛珠

文字の大きさ
上 下
40 / 75
第三章 疑惑!? 騒動! 解決!!

39

しおりを挟む


 私に今できるのは、書類仕事だけ。
 団長室で淡々と提出されている書類を確認する。
 写しを作らなければならないものを時系列に並べて、名前と名簿を照合。内容を見て、レナートに聞くまでもないような申請は、あらかじめ却下候補としてまとめておく。

 幸い、団長室は本部の最も奥。
 バタバタ走り回る騎士団員たちの気配も、扉をぴっちりと閉めればここまでは届かない。

「ふう。ヤンさんがいたらなあ」

 思わず独り言がこぼれた。
 ヤンは確かに事務仕事は苦手だけれど、いるだけで守られているという安心感と、周囲への牽制けんせいになっていた。
 家庭の事情であれば仕方がないが、信頼できる人が一人でも側にいてくれたら、と思ってしまう。
 
 ずっと胸がドキドキしている。
 あのボイドの手。私は見てはいけないものを見てしまったのではないだろうか?
 レナートに言ってもいいのだろうか?
 
「呼んだ?」
「へ!?」

 にか、と笑う人懐っこい笑顔が、団長室の扉前に立っている。いつのまに!

「ヤンさん!?」

 がたん、と立ち上がって、近づく。
 彼も、こちらに歩いてきてくれた。
 
「ごめん、キーラ。ただいま!」
「ヤンさんだあ!」
 
 思わずひしっと抱き着いた。
 気が緩んで、目がうるうるしてしまった。
 
「わあ、大歓迎だな! なんか騒いでいるもんなあ。何があった?」

 ヤンが頭をぽんぽんしてくれる。

「あのね、色々あったの! 聞いてくれる!?」
「うん。……俺が殺されなかったらねー。ひえええ、すごい殺気!」
「へ!?」

 顔を上げると――

「長い休暇だったな、ヤン」
「はい。ご迷惑をおかけしてすみませんでした。ただいま戻りました」
「あ、団長……」

 レナートが眉間のしわを深くして、大きな溜息をつく。

「抱き合うなら、せめて扉を閉めてからにしてくれ」

 後ろ手で扉を閉めて、つかつかと執務机に向かうその背中が、張りつめている。
 
「いやいや! ほら、手見てくださいって、手! 俺、無実ですって!」
「……あ」

 言われてようやく気が付いた。私、ヤンに思いっきり抱き着いている。
 ヤンは、両手を挙げて主張したけれど、レナートは悲しそうに「もう俺は用済みか」とぼそり。

 ――用済み?

「うええ!? キーラ、ほらなんとか」
「団長、今なんて?」
「なんでもない。仕事が溜まっている。書類をくれ」
「……はい」

 私がヤンから離れて、書類の束を持っていこうとしたら、ヤンは吐きそうな顔をしていた。

「ヤンさん?」
「うわあもー、戻って早々死にそう……」
「えっと、私何か」
「いい、いい! もう俺に構わないで!」

 がばり、と机に突っ伏すヤンの脇に、そっと検算して欲しい書類を置いておいた。

 
 
 ◇ ◇ ◇


 
「ロラン様も交えて、話を聞いて欲しいです」
 
 お昼過ぎ、決意を固めた私はそう切り出した。
 もやもや考えていても仕方がないし、少なくともレナート、ロラン、ヤンには話してみようと思ったからだ。

「……わかった」
「んじゃ、呼んできます」

 ヤンがさっと立ち上がり、団長室を出て行く。

「私は、お茶の用意をしますね」

 ロランのお茶はここで、にしてもらおう。
 キッチンスペースに向かいながら、思い出す。
 
「あ、そういえば、カップ……」

 王女に叩かれた時に割ってしまった、お気に入りの花柄。
 レナートを振り返ると、書類から目を離さないままの姿勢で
「ヤンと買いに行けばいいだろう。経費申請してくれ」
 と言われた。
 
 ――冷たい声。

「あの」
「……」

 ――私なにかしちゃったのかな……それとも、忙しいからイライラしているの?
 

 コンコン。

 ノック音がして、それ以上聞けなかった。


「はあ。すまない。まだ見つからない……」
 ロランは見るからに憔悴しきっていた。
 責任を感じて、アーチーを探しに王都中を歩き回っていたのだそうだ。
「収監書もなくなっているぞ」
 レナートの冷たい声が、ロランの心臓も貫いたようだ。
「なんだって!? くそ……なんだ、なにが起きているんだ……」
「どこに置いた?」
「不備を修正して、レナートの机の中に!」

 私は、レナートの袖机と、ロランの手前にお茶を出してからレナートの脇に立つ。
 ヤンは、自分の机でティーカップを眺めている。
 
「収監書がないってことは、そもそも侵入してないってことになりますねえ」
 
 ヤンのどこかのんびりした言葉に、私は耳を疑った。

「え!?」
「その通りだ」

 レナートが渋い顔で同意し、ロランが頭を抱えた。

「あんなに、見た人がいるのに!?」
「その事実を証明する書類なのだ。アーチーの拇印ぼいんを取った、公的なものだ。アーチーは、腐っても元騎士。準男爵の地位はまだ失っていないだろう」
「じゅんだんしゃく?」
 私の問いに、
「男爵の下の地位だよ。平民じゃない。つまりは、気を遣わないといけない。ですよね?」
 ヤンが答え、
「その通りだ」
 レナートが頷く。

 ――あんなのが! 貴族!

 
「本当にここは、腐っているんだよ。キーラ」
 忌々しそうに吐き出すロランの言葉を、この場の誰も否定しなかった。
 
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

【完結】望んだのは、私ではなくあなたです

灰銀猫
恋愛
婚約者が中々決まらなかったジゼルは父親らに地味な者同士ちょうどいいと言われ、同じ境遇のフィルマンと学園入学前に婚約した。 それから3年。成長期を経たフィルマンは背が伸びて好青年に育ち人気者になり、順調だと思えた二人の関係が変わってしまった。フィルマンに思う相手が出来たのだ。 その令嬢は三年前に伯爵家に引き取られた庶子で、物怖じしない可憐な姿は多くの令息を虜にした。その後令嬢は第二王子と恋仲になり、王子は婚約者に解消を願い出て、二人は真実の愛と持て囃される。 この二人の騒動は政略で婚約を結んだ者たちに大きな動揺を与えた。多感な時期もあって婚約を考え直したいと思う者が続出したのだ。 フィルマンもまた一人になって考えたいと言い出し、婚約の解消を望んでいるのだと思ったジゼルは白紙を提案。フィルマンはそれに二もなく同意して二人の関係は呆気なく終わりを告げた。 それから2年。ジゼルは結婚を諦め、第三王子妃付きの文官となっていた。そんな中、仕事で隣国に行っていたフィルマンが帰って来て、復縁を申し出るが…… ご都合主義の創作物ですので、広いお心でお読みください。 他サイトでも掲載しています。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

処理中です...