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第三章 疑惑!? 騒動! 解決!!
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しおりを挟む私に今できるのは、書類仕事だけ。
団長室で淡々と提出されている書類を確認する。
写しを作らなければならないものを時系列に並べて、名前と名簿を照合。内容を見て、レナートに聞くまでもないような申請は、あらかじめ却下候補としてまとめておく。
幸い、団長室は本部の最も奥。
バタバタ走り回る騎士団員たちの気配も、扉をぴっちりと閉めればここまでは届かない。
「ふう。ヤンさんがいたらなあ」
思わず独り言がこぼれた。
ヤンは確かに事務仕事は苦手だけれど、いるだけで守られているという安心感と、周囲への牽制になっていた。
家庭の事情であれば仕方がないが、信頼できる人が一人でも側にいてくれたら、と思ってしまう。
ずっと胸がドキドキしている。
あのボイドの手。私は見てはいけないものを見てしまったのではないだろうか?
レナートに言ってもいいのだろうか?
「呼んだ?」
「へ!?」
にか、と笑う人懐っこい笑顔が、団長室の扉前に立っている。いつのまに!
「ヤンさん!?」
がたん、と立ち上がって、近づく。
彼も、こちらに歩いてきてくれた。
「ごめん、キーラ。ただいま!」
「ヤンさんだあ!」
思わずひしっと抱き着いた。
気が緩んで、目がうるうるしてしまった。
「わあ、大歓迎だな! なんか騒いでいるもんなあ。何があった?」
ヤンが頭をぽんぽんしてくれる。
「あのね、色々あったの! 聞いてくれる!?」
「うん。……俺が殺されなかったらねー。ひえええ、すごい殺気!」
「へ!?」
顔を上げると――
「長い休暇だったな、ヤン」
「はい。ご迷惑をおかけしてすみませんでした。ただいま戻りました」
「あ、団長……」
レナートが眉間のしわを深くして、大きな溜息をつく。
「抱き合うなら、せめて扉を閉めてからにしてくれ」
後ろ手で扉を閉めて、つかつかと執務机に向かうその背中が、張りつめている。
「いやいや! ほら、手見てくださいって、手! 俺、無実ですって!」
「……あ」
言われてようやく気が付いた。私、ヤンに思いっきり抱き着いている。
ヤンは、両手を挙げて主張したけれど、レナートは悲しそうに「もう俺は用済みか」とぼそり。
――用済み?
「うええ!? キーラ、ほらなんとか」
「団長、今なんて?」
「なんでもない。仕事が溜まっている。書類をくれ」
「……はい」
私がヤンから離れて、書類の束を持っていこうとしたら、ヤンは吐きそうな顔をしていた。
「ヤンさん?」
「うわあもー、戻って早々死にそう……」
「えっと、私何か」
「いい、いい! もう俺に構わないで!」
がばり、と机に突っ伏すヤンの脇に、そっと検算して欲しい書類を置いておいた。
◇ ◇ ◇
「ロラン様も交えて、話を聞いて欲しいです」
お昼過ぎ、決意を固めた私はそう切り出した。
もやもや考えていても仕方がないし、少なくともレナート、ロラン、ヤンには話してみようと思ったからだ。
「……わかった」
「んじゃ、呼んできます」
ヤンがさっと立ち上がり、団長室を出て行く。
「私は、お茶の用意をしますね」
ロランのお茶はここで、にしてもらおう。
キッチンスペースに向かいながら、思い出す。
「あ、そういえば、カップ……」
王女に叩かれた時に割ってしまった、お気に入りの花柄。
レナートを振り返ると、書類から目を離さないままの姿勢で
「ヤンと買いに行けばいいだろう。経費申請してくれ」
と言われた。
――冷たい声。
「あの」
「……」
――私なにかしちゃったのかな……それとも、忙しいからイライラしているの?
コンコン。
ノック音がして、それ以上聞けなかった。
「はあ。すまない。まだ見つからない……」
ロランは見るからに憔悴しきっていた。
責任を感じて、アーチーを探しに王都中を歩き回っていたのだそうだ。
「収監書もなくなっているぞ」
レナートの冷たい声が、ロランの心臓も貫いたようだ。
「なんだって!? くそ……なんだ、なにが起きているんだ……」
「どこに置いた?」
「不備を修正して、レナートの机の中に!」
私は、レナートの袖机と、ロランの手前にお茶を出してからレナートの脇に立つ。
ヤンは、自分の机でティーカップを眺めている。
「収監書がないってことは、そもそも侵入してないってことになりますねえ」
ヤンのどこかのんびりした言葉に、私は耳を疑った。
「え!?」
「その通りだ」
レナートが渋い顔で同意し、ロランが頭を抱えた。
「あんなに、見た人がいるのに!?」
「その事実を証明する書類なのだ。アーチーの拇印を取った、公的なものだ。アーチーは、腐っても元騎士。準男爵の地位はまだ失っていないだろう」
「じゅんだんしゃく?」
私の問いに、
「男爵の下の地位だよ。平民じゃない。つまりは、気を遣わないといけない。ですよね?」
ヤンが答え、
「その通りだ」
レナートが頷く。
――あんなのが! 貴族!
「本当にここは、腐っているんだよ。キーラ」
忌々しそうに吐き出すロランの言葉を、この場の誰も否定しなかった。
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