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第三章 疑惑!? 騒動! 解決!!
閑話 デートじゃなくて、買い出しです
しおりを挟む「お礼のお品物って、どういったものが良いんでしょうね」
たっぷり寝た舞踏会の翌日。
軽くパンを食べてから、ロザンナ、メリンダ、アメリへのお礼の品を買いに来たレナートと私。
王都の街中は相変わらず人混みでごった返していて、田舎の港町とは違うなあと改めて実感した。
「ううむ……今まで女性に贈り物をしたことがなかったからな」
考え込むレナートの言葉が、少し引っかかった。
――私、鞄もらいましたけど? あ、私は女性に入っていないってこと!?
「だからキーラにその鞄を買う時は、悩んだが、色が良かったから……どうした?」
「ありがとうございます!」
「ああ。こちらこそ。使ってくれていて、嬉しい」
私の悪い癖だ、瞬間で頭がかーっとしちゃうの。
レナートはゆっくり優しく話してくれるから、信じてちゃんと最後まで聞こう。
「すごく気に入ってます」
今も、肩から掛けている。革も柔らかくて使いやすい。ブラウスにベスト、パンツ、ブーツと、斜め掛け鞄。
あれもしかして私って……
「うん。くく。少年みたいだな」
「ですよね!」
「ふむ。帽子も買うか」
帽子なんか被ったら余計に!
「俺が安心する。ほら、ちょうど帽子屋だ」
「……誘導してませんか?」
「してないぞ」
レナートは、つばの広い薄茶色のキャスケットを買ってくれた。ほぼ顔も隠れるくらいのものだ。
店を出るときに
「ありがとな、ぼうや~」
なんて店主に声を掛けられて、ショックを受ける。
「!? ぼう、や……」
「くっくっく。今日はベストを着ているからな」
「あ、胸?」
「ごほ、ごほごほ!」
レナートが真っ赤になったから、ま、いっか。
いたずらっぽく笑ってみたら、じろって睨んできた。
最初に言ってきたのはそっちじゃない?
早速帽子をかぶって、視線を遮ってみる。――レナートがさりげなく帽子の後ろを引いてつばを上げて、顔を見えやすくしてきた。私が根負けして笑顔を返すと、レナートも微笑む。
「そういえば、裁縫のついでに、刺繍も習い始めました」
「……ほう」
「大変ですね、あれ。絵柄考えて、ちくちく。ほんと大変」
「そうだな。尊敬する」
「レースも編んだり」
「レースは、編むものなのか? 手で?」
「そう! 編むんですよ!」
レナートが驚いている。
「……はあ、女性のドレスというのは本当に大変だな」
「ねー。工房の人たち、すごいですね」
「行ってみるか」
「えっ」
「大丈夫だ。小物なら、それほど高くはないはずだぞ。確か一番有名なところが……」
「お詳しいですね」
「ああ。よく巡回しているからな。高級な工房は危ないのだ。貴金属も多いし、ドレスも高級だからな」
「……なるほど」
私はてっきり、やんごとなき女性のために調べていたと……いやいやそりゃそうだよね! 騎士団長だもんね! もう、一体なんなんだろうこの気持ち。
「お、ここだ」
「ふあああ!」
立派な店構え。いかにも高級店! 無縁だ。私にはとことん無縁な場所だ。入るのにはかなりの勇気がいる。
看板には『アトリエ・ミュゲ』と書いてあり、近くのショーウインドウにはタキシードとドレスが飾ってある。
「ミュゲ?」
「お花の名前ですのよ。ほら扉のところ。ね?」
私の声に、道の反対から歩いてきたと思われる、小さなメガネをかけた小柄なマダムが笑顔で答えた。
指さされた方を見ると、小さな鈴のような花が連なる絵が描いてある。
「へええ」
「ふふ。ようこそいらっしゃいました、騎士団長様」
「マダム・ミュゲ」
「ちょうど買い物から戻ったところでしたのよ。どうぞ中へ」
「ありがとう」
手に大きな紙袋を持っていたので、持ちますよ、と言ったら
「まあ、ありがとう。可愛いお嬢様なのに、その恰好はもったいないわね」
と即座に見破られ? た。
「ふむ。なにか手ごろな街歩きの服はあるだろうか」
「もちろんですわ。こちらにどうぞ」
「えっ。団長!」
「……今は騎士服を着ていない」
「レナート様、その」
「嫌か? 一着ぐらい、その、持っていた方がだな」
ひえええ。
そうかもしれないけれど、きっとここ、高いよ!
「キーラが着たくないのなら、無理は言わない」
「……」
しきりに態度だけで遠慮していると、
「まあ。奥ゆかして可愛らしいお方。こちら、どうかしら?」
とマダムが持ってきたのが、ゴールドベージュ地で、腰に白いリボン(オーガンジーという素材だそうだ。透けてキラキラして、綺麗)がついたワンピース。丈は長めで、歩くとひらひらする不思議な裾の形。
「これはね、形はとっても簡素なのだけれど、袖と裾の動きにこだわっているのよ」
袖は七分だけれど、ゆるやかに揺れるレース。しかも光を反射してキラキラする。かといって邪魔にはならなそう。
「どう? これなら着てみたくならないかしら?」
いたずらっぽく笑うマダムの圧に押されて、試着してみることになった。
「あの……」
試着室のカーテンを開けるときに、ものすごくドキドキするのは、なんでだろう。
恐る恐る、出ていくと。
「!」
あ、レナートの目が、まんまる。
「まあ! 思った通りだわ。その髪のお色が映えるし、形も体型に合っているわね。こちらの靴も履いてみてね。踵は低いから大丈夫よ」
ワンピースと同色のパンプスを差し出された。マダムの言う通り、踵が低くて柔らかくて、歩きやすそう。でもこの色って汚れないかな?
「ふむ……イヤリングが欲しいな」
「はい、こちらに」
「ひょわっ」
マダムが、ささっと耳に付けてくれるのは、揺れる金色のミュゲの連なったもの。
「ついでに、これもね!」
イヤリングとお揃いのペンダントと、金色バレッタで、ささっと髪をまとめてパチン。
「うん。いいな」
「お鞄も合わせてみましょうね」
「あの! その鞄は!」
「ふふ。大丈夫。赤とゴールドベージュは、合うのよ? このままだとワンピースには合わないから、こうして……」
マダムは鮮やかな手つきで肩ひもを一番短くして、バックルの脇にゴールドの大きめの花飾り(コサージュというのだそう)をつけてくれた。
「ね。これで、手で持ってごらんなさい」
促されて素直に持って、姿見を振り返る――えっ、これ、だれ!?
「気に入った?」
「ええ……かわいい、です……」
「ね! それだったら、そのお鞄もワンピースで使えるから」
「嬉しいです! ありがとうございます」
レナートを振り返ったら、固まっていた。
「あの、レナート様?」
「か」
「「か?」」
マダムと二人で、その顔を見ると、ぼばん! と赤くなってから、きっぱりと言ったのが。
「可愛い」
「!」
「んまあ! ふふふ!」
「んんん! そのまま頂こう」
レナートのセリフに、マダムはいたずらっぽく
「あら、中身は別売りですわよ?」
と返してきて、二人して真っ赤になって、マダムと工房の人たちにものすごく笑われた。
そして、お世話になった人にちょっとした贈り物を探しているのです、と言ったら
「我が工房のハンカチはちょっと有名なんですのよ」
マダムがウインク。
どうやら、滅多に市場に出ない『金糸』という糸を使っているらしく、刺繍の細かさも自慢の技術、なのだそうだ。
「アトリエ・ミュゲのハンカチを持っているのは、自慢できましてよ!」
ふふん、と誇るマダムがとっても可愛くて。柄違いのレースのハンカチを四枚買った。
ロザンナさん、メリンダさん、アメリさん、そして私。
綺麗なリボンで包んでくれて、さらに、ミュゲの香水まで振ってくれた。さわやかで優しくて、とっても良い匂い!
そうしたら「その香り、キーラに似合うな……」とレナート、またしても衝動買い。
「これ以上いたら、全部買っちゃいます!」
「そ、そうかもしれん」
「まあ! ありがたいですが、今日はここまでにしておきましょうね」
「「はい」」
マダム、完全にもてあそんでいる!
「騎士団長様。お買い上げ誠にありがとうございました。可愛いレディ・キーラ。また是非いらしてね!」
手を振ってお別れをする。素敵なマダムで、また来たいと思っちゃったな、とレナートの顔を見上げたら。
「キーラ。気に入ったなら、また買いに来よう」
「えっ、でもお高い」
「……どうせ俺は金を使うアテがない。キーラが可愛くなると、俺も嬉しい」
「!!」
常識の範囲内でお願いします、と返したら。
「ふむ……ならば、事務官の給料日に、とかどうだ」
なんて真面目に提案された。
「俺からの、メイドの給料だ。ならば、受け取ってくれるか」
「うーん、それなら、はい。でも! 買いすぎは! だめ!」
「ははは。分かった」
「だめですからね!」
「分かった、と言った」
歩きながらレナートが肘を差し出してくれて、私はこの素敵なワンピースに背中を押されて、それに手を添えた。
――後日、ハンカチをロザンナさんにお礼ですって渡したら、アトリエ・ミュゲのハンカチは王都の女性たちの憧れ、らしい。自慢できるよ! だって。良かった!
おまけにレナートと一緒に買いに行って、などと報告したら、
「キーラ……給料日ごとのデートを約束させられているよ?」
ってニヤニヤ言われた。
「デートじゃないです、買い出しです!」
あくまで、お給料ですから!
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お読み頂き、ありがとうございました。
レナート、まさかの貢ぎ体質!?笑
明日はまた続きを更新いたしますので、お楽しみに!
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