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第三章 疑惑!? 騒動! 解決!!
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しおりを挟む「ちょっと無茶ぶりすぎない?」
ヤンが休みでも、副団長室でお茶を淹れながら、ロランの愚痴を聞く時間は続いていた。
「なにがですか」
「整えろって、一体何すりゃ良いんだろうね」
ソファの正面に座る彼が、焼き菓子を食べながらモゴモゴ言っている。
「具体的には?」
「なにもない。帝国を受け入れる準備をしろ、てだけ」
「団長も、予算とか何も聞かされていないみたいですよ」
「えー? じゃあ皆の武器防具新調していいかすら、分からないんだね」
「ええ。なので逆にこうしたいって書いちゃいませんか? って言って、要望書を作って出したところです」
「さーすが! キーラすごいね」
「いえ。すごいのは団長です。私の意見、聞いてくださるので」
「そっか」
ロランがにこにこしてくれたので、ほっこりした気持ちで二人でお茶を楽しんでいると、急に強いノック音が響いた。
「副団長!」
「どうした!?」
ロランが急いで立ち上がって扉を開けると、そこには
「ロラン~! 会いに来ちゃったあ~!」
とまたしても王女様のご登場だ。
許しもなくずかずかと副団長室に入るや否や、ティーカップを持って呆然としている私を目にし
「この私がやってきたのに、挨拶もないの?」
と冷ややかに言われた。
慌ててカップを置いて立ち上がり、深く礼をするが
「無礼ね。――解雇よ」
と言われた。
かいこ?
「殿下。いきなり来られてそれは、あまりにも横暴すぎます」
ロランがすかさず言うと
「こんな平民に慈悲をかけるなんて、優しいのね~ロラン。でもダメ。私がダメって言ったら、ダメだから」
と言い切る王女。
「しかし」
「ロラン。私の命令が聞けないの?」
「……ブルザーク帝国の海軍大将が近々来られることは、ご存じですか」
ロランはそれには答えずに、まっすぐに王女の顔を見る。
「もちろんよ! 一緒に晩さん会と、夜会、出るんだから。ね!」
「無理です」
「……え?」
「たった今事務官を解雇されたでしょう。受け入れ準備にどれだけの仕事があるか、ご存じないのですか」
「ろ、ロラン?」
「お茶を飲みながら打合せをしていたのに、その邪魔をし。さらに膨大な事務仕事も私にやれとおっしゃった。ですよね」
「あの……」
「残念ながら、お相手する時間はございません。お引き取りを」
「いやよ!」
「ならば、私が出ていく」
「ちょ、まっ」
「キーラ」
振り返るロランの顔は、とても言い表せないぐらいに、苦しそうで。
「すまないが、ことの顛末を団長に説明の上、判断を仰いでくれ」
「かしこまりました」
ロランはそう言い放つと、毅然とした態度で部屋を出ていく。王女を置き去りに。
私は、黙ってティーカップを片付け始め……人が近づいてきたなと思ったら。
パシィン! といきなり頬を張られた。その衝撃で手に持っていたカップが床に落ち、ガシャンと割れた。
涙ぐむ王女が、目の前で震えている。その背後に痛々しい顔をする騎士団員が、二名。
――あ、今日一緒に剣を磨いた人たちだ。
「忌々しい! あんたのせいよ!」
怒りとか悲しみとかより、可哀想な人だな、と思った。
自分のワガママでしか、生きていない。それはなんて不幸なことだろう。周りもそれを良しとしているということは、この人は、一生こうなんだ。
「……」
私は無言で片づけを終えて、失礼いたします、と告げて部屋を出た。
なんかギャアギャア叫んでいたけど、耳に入らなかったし、知らない。
レナートは、何て言うだろう? 悲しむ顔を見たくはないな、と、それだけ思って、とぼとぼ団長室に向かった。
◇ ◇ ◇
団長室に戻ると、レナートが渋い顔で書面を見ていた。
私は、先ほどの件をどう言おうか迷った挙句、正直にあったままを言おうと決意して、息を吸い込んだ。
「キーラ、すまないが明日は職人を呼んで、皆の鞘の新調を手配……どうした?」
決意したけれど、言葉が何も出てこない。
悔しい。せっかく、頑張ってきたのに。
これからもっと団員のみんなと仲良くなって、もっともっと働きやすくなるように、お手伝いできたらなって、思ってたのに。
いろいろなことを考えたり、工夫したりして、楽しかったのに。
ロザンナさんともメリンダさんとも、仲良くなって……あんたはもうあたしらの娘も同然だよって言ってもらえたりして。
なのにあんなわがままな一言で、私は――ここでの人生も、終わっちゃったんだ。
ぼたぼたと、涙があふれてきた。止められなかった。
私、リマニで牢獄に入った時でさえ、泣かなかったのに。
なんでこんなに涙があふれるんだろう。
「キーラ、どうした」
気が付いたら、レナートの心配そうな顔が目の前にあった。
「ごべんださい」
「キーラ?」
「おーじょさまが、わたし、かいこだって。うぐっうぐっ」
「なんだと!?」
「わたしが、ぶれいだって。うぐ、めいれい、だって」
「まさか、ロランのところに来たのか。お茶の時間に」
こくり、と頷くと、レナートの体中から熱気が溢れ出た。こめかみに青筋が浮いている。――今までに見たことがないくらいに、怒っている。
「キーラは何も悪くない」
「ごべんださいーーーー」
「悪くない。謝らなくていい」
レナートが、ぎゅ、と抱きしめてくれた。
「そんなことを言われる筋合いはない。キーラは大切なんだ。失うわけにはいかない」
「うああああん!」
優しく頭を撫でてくれた。
それでも涙が止まらなくて。
「安心しろ。大丈夫だ。解雇なんてさせない」
「ほんど?」
「ああ。こう見えて俺は団長だぞ。騎士団で一番偉いんだぞ。知らなかったのか?」
レナートの声は、あくまでも優しくて温かい。
「でも、王女……」
「キーラ。俺を信じろ」
「! はい」
「よし。でも悔しかっただろう。たくさん泣くと良い」
「!!」
――その言葉に甘えてぎゅっと抱き着いて、たくさん泣いた。
レナートの騎士服の胸の部分に、私の涙と鼻水で私の顔型みたいなのができて、二人でそれを見て、笑った。
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お読み頂き、ありがとうございました!
書きながら、私もうるうるしておりました。
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