【本編完結】ワケあり事務官?は、堅物騎士団長に徹底的に溺愛されている

卯崎瑛珠

文字の大きさ
上 下
28 / 75
第三章 疑惑!? 騒動! 解決!!

28

しおりを挟む



「ちょっと無茶ぶりすぎない?」

 ヤンが休みでも、副団長室でお茶を淹れながら、ロランの愚痴を聞く時間は続いていた。

「なにがですか」
「整えろって、一体何すりゃ良いんだろうね」

 ソファの正面に座る彼が、焼き菓子を食べながらモゴモゴ言っている。

「具体的には?」
「なにもない。帝国を受け入れる準備をしろ、てだけ」
「団長も、予算とか何も聞かされていないみたいですよ」
「えー? じゃあ皆の武器防具新調していいかすら、分からないんだね」
「ええ。なので逆にこうしたいって書いちゃいませんか? って言って、要望書を作って出したところです」
「さーすが! キーラすごいね」
「いえ。すごいのは団長です。私の意見、聞いてくださるので」
「そっか」

 ロランがにこにこしてくれたので、ほっこりした気持ちで二人でお茶を楽しんでいると、急に強いノック音が響いた。
 
「副団長!」
「どうした!?」
 ロランが急いで立ち上がって扉を開けると、そこには
「ロラン~! 会いに来ちゃったあ~!」
 とまたしても王女様のご登場だ。

 許しもなくずかずかと副団長室に入るや否や、ティーカップを持って呆然としている私を目にし
「この私がやってきたのに、挨拶もないの?」
 と冷ややかに言われた。
 慌ててカップを置いて立ち上がり、深く礼をするが
「無礼ね。――解雇よ」
 と言われた。

  かいこ?

「殿下。いきなり来られてそれは、あまりにも横暴すぎます」
 ロランがすかさず言うと
「こんな平民に慈悲をかけるなんて、優しいのね~ロラン。でもダメ。私がダメって言ったら、ダメだから」
 と言い切る王女。
「しかし」
「ロラン。私の命令が聞けないの?」
「……ブルザーク帝国の海軍大将が近々来られることは、ご存じですか」

 ロランはそれには答えずに、まっすぐに王女の顔を見る。

「もちろんよ! 一緒に晩さん会と、夜会、出るんだから。ね!」
「無理です」
「……え?」
「たった今事務官を解雇されたでしょう。受け入れ準備にどれだけの仕事があるか、ご存じないのですか」
「ろ、ロラン?」
「お茶を飲みながら打合せをしていたのに、その邪魔をし。さらに膨大な事務仕事も私にやれとおっしゃった。ですよね」
「あの……」
「残念ながら、お相手する時間はございません。お引き取りを」
「いやよ!」
「ならば、私が出ていく」
「ちょ、まっ」
「キーラ」

 振り返るロランの顔は、とても言い表せないぐらいに、苦しそうで。

「すまないが、ことの顛末を団長に説明の上、判断を仰いでくれ」
「かしこまりました」

 ロランはそう言い放つと、毅然とした態度で部屋を出ていく。王女を置き去りに。
 
 私は、黙ってティーカップを片付け始め……人が近づいてきたなと思ったら。

 パシィン! といきなり頬を張られた。その衝撃で手に持っていたカップが床に落ち、ガシャンと割れた。

 涙ぐむ王女が、目の前で震えている。その背後に痛々しい顔をする騎士団員が、二名。
 ――あ、今日一緒に剣を磨いた人たちだ。
 
「忌々しい! あんたのせいよ!」
 
 怒りとか悲しみとかより、可哀想な人だな、と思った。
 自分のワガママでしか、生きていない。それはなんて不幸なことだろう。周りもそれを良しとしているということは、この人は、一生こうなんだ。
 
「……」
 私は無言で片づけを終えて、失礼いたします、と告げて部屋を出た。

 なんかギャアギャア叫んでいたけど、耳に入らなかったし、知らない。
 レナートは、何て言うだろう? 悲しむ顔を見たくはないな、と、それだけ思って、とぼとぼ団長室に向かった。

 
 
 ◇ ◇ ◇
 


 団長室に戻ると、レナートが渋い顔で書面を見ていた。
 私は、先ほどの件をどう言おうか迷った挙句、正直にあったままを言おうと決意して、息を吸い込んだ。

「キーラ、すまないが明日は職人を呼んで、皆の鞘の新調を手配……どうした?」

 決意したけれど、言葉が何も出てこない。
 悔しい。せっかく、頑張ってきたのに。
 これからもっと団員のみんなと仲良くなって、もっともっと働きやすくなるように、お手伝いできたらなって、思ってたのに。
 いろいろなことを考えたり、工夫したりして、楽しかったのに。
 ロザンナさんともメリンダさんとも、仲良くなって……あんたはもうあたしらの娘も同然だよって言ってもらえたりして。
 
 なのにあんなわがままな一言で、私は――ここでの人生も、終わっちゃったんだ。

 ぼたぼたと、涙があふれてきた。止められなかった。
 私、リマニで牢獄に入った時でさえ、泣かなかったのに。
 なんでこんなに涙があふれるんだろう。

「キーラ、どうした」

 気が付いたら、レナートの心配そうな顔が目の前にあった。
 
「ごべんださい」
「キーラ?」
「おーじょさまが、わたし、かいこだって。うぐっうぐっ」
「なんだと!?」
「わたしが、ぶれいだって。うぐ、めいれい、だって」
「まさか、ロランのところに来たのか。お茶の時間に」

 こくり、と頷くと、レナートの体中から熱気が溢れ出た。こめかみに青筋が浮いている。――今までに見たことがないくらいに、怒っている。

「キーラは何も悪くない」
「ごべんださいーーーー」
「悪くない。謝らなくていい」

 レナートが、ぎゅ、と抱きしめてくれた。

「そんなことを言われる筋合いはない。キーラは大切なんだ。失うわけにはいかない」
「うああああん!」
 
 優しく頭を撫でてくれた。
 それでも涙が止まらなくて。

「安心しろ。大丈夫だ。解雇なんてさせない」
「ほんど?」
「ああ。こう見えて俺は団長だぞ。騎士団で一番偉いんだぞ。知らなかったのか?」

 レナートの声は、あくまでも優しくて温かい。

「でも、王女……」
「キーラ。俺を信じろ」
「! はい」
「よし。でも悔しかっただろう。たくさん泣くと良い」
「!!」

 ――その言葉に甘えてぎゅっと抱き着いて、たくさん泣いた。
 レナートの騎士服の胸の部分に、私の涙と鼻水で私の顔型みたいなのができて、二人でそれを見て、笑った。
 



-----------------------------


お読み頂き、ありがとうございました!
書きながら、私もうるうるしておりました。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

処理中です...