【本編完結】公爵令嬢は転生者で薔薇魔女ですが、普通に恋がしたいのです

卯崎瑛珠

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最終章 薔薇魔女のキセキ

番外編2 溺愛は、任務の後で 後

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「ルス!」
 レオナが駆け寄ると、ルスラーンは呆れ顔と喜ぶ顔の半々だ。
「レオナ……無茶をして」
「無茶なんてしていませんわ!」
「はあ。体調は? ケガは?」
「この通り、元気ですわ!」

 ルスラーンは、レオナの両手を握って、色々確かめるようにその顔を覗きこんでいる。
 レオナは、久しぶりに会えたことが嬉しく、今までの疲労は全て吹っ飛んでしまった。
 その様子をほほえましく見守っていたヴァジームが
「おいおい、まずは父親をねぎらったらどうじゃい」
 と声を掛けると
「うっせー。殺しても死なねえ英雄だろ」
 ルスラーンはレオナから離れず、つれなく言い捨てた。
「わし、すねる」
「ふふ。お父様ったら」
「!?」
「ふふーん! どうじゃ! お父様呼びじゃぞ!」
「はあ!? 親父、なんっ、は!?」
「はいはい。ルス様。それどころではありません」

 びし、と遮るのはヒューゴー。ついでに、レオナと繋いでいた手も叩き切る勢いで、二人の間に割って入った。

「うぐ」
「さっさと片づけるためにも、作戦を聞いてください」
「作戦? まさかレオナ」
「えへ」
「……すげえ嫌な予感しかしねえけど、聞く」

 テオが、ヒューゴーの背後でものすごく頷いていた――

 
 獣粉が届くまでは、結界を維持するため、交替で見回ることになった。
 ルスラーンはレオナを呼び寄せ、その手を取ってエスコートする。
 暗くなった森を二人でゆっくりと歩きながら、久しぶりに会えた愛しい人とつなぐ手は、温かい。
 
「レオナ……ありがとう」
「ううん」
「その……」
「うん?」
「……あー」
 
 ルスラーンはレオナを見つめると、こめかみをかいてから、黙って抱きしめる。
 
「会えなくて、すまなかった」
「そうね! ちょっと怒ってたわ」

 腕の中で少し愚痴るくらい、とレオナは思って言ってみた。結構ドキドキしているのは、内緒である。

「そうだよな。毎日シモンに脅されてた」
「シモンさん?」
「うん。『レオナ様はお優しいから、心変わりをされても言えないだけかもしれませんよ』とか、『ディートヘルム様が近々いらっしゃいますしねえ』とか」
「へ、へえ」

 
 ――シモン! いじめすぎ! 仕事辛いのかな!?

 
「その度に、ブルザーク滅ぼそうかなって思ってた」


 ――やめて! できちゃうかもしれないから!


「心変わりなんて、しないわよ……たぶん」
「たぶんかよ」
「だって、寂しかったし」

 ルスラーンは、レオナの額に自分の額をくっつけた。
 
「……悪かった……やっぱ滅ぼすか」
「こらこら」
「はいはい。そこまで。いい加減にしやがれですよ。真面目に巡回しろや黒ポンコツ」
「ヒューったら!」
「おい! それ、頼むからやめてくれ」
「汚名返上したければ、働きで見せつけやがれ」
「うぐ。おま、言い過ぎだろ!」
「まだ俺の主人じゃないですから。では、頼みましたよ」
「へっ」
「んもう!」
「失礼いたしました」
 
 結婚の申し込みができていないのに、周りにどんどん扱われていくことに、戸惑いを隠せないルスラーン。
 
「あのさあレオナ。まさか……これまじで閣下だけか」
「そ、ういうことね」
「そうか。うし」
 
 ギラリ、とその紫の目が闇夜に光った。
 
 ――ブルザークの代わりに、スタンピード滅ぼす。

 ルスラーンの独り言に、ぞっとしつつもちょっとときめいた、レオナであった。
 
 
 
 ※ ※ ※



 翌々日の早朝。
 準備は整い、獣粉を待つだけとなり、皆がそわそわしている。
「落ち着け。今のうち、交替で休め」
 ヴァジームは定期的に辺境騎士団全体を見回って、声を掛けている。
 レオナはそれに付き添って、けがをした者や、具合の悪そうな者を見つけては回復魔法をかけていく。

 恐怖と、焦燥と、鼓舞が入り混じる、独特の空気。
 浮足立つ者。恐怖で震える者。暴れたい欲望に囚われる者。

「戦いになると、これがもっと酷くなるぞい。覚悟してくれ」

 ヴァジームがレオナを振り返る。

「できれば経験など、したくないものよの」
「本当に」
「ま、奈落戦争を上回ることはないじゃろう」
「そうだと良いのですが」
 
 レオナの嫌な予感は、止まらない。

「レオナ様!」
 それを打ち破るかのように、テオが明るい笑顔で駆けてきた。
「テオ、どうしたの?」
「届きましたよ!」
「!」
「しかも、運んできたのは……さ、行きましょう!」
 テオに強引に手を引かれて、半ば走る形でついていくと、黒塗りの物物しい馬車が見えた。そしてその傍らには――
 
「レオナさん!」
「ジン!?」

 結婚して、今はブルザークのフェンツロバー家(ペトラの実家)で研究に勤しんでいるはずの、ジンライだ。
 
「へへ。たくさん持ってきましたよ! これ、ペトラが開発した高速馬車です!」
「え! すごい!」
「まだ一台しかないんですけどね。車輪に工夫がしてあって、魔道具で強化した馬がそのままの速度で走れるように……」
「こら、ジンてば。それより!」

 さすが職人、を語りだしたら止まらない。テオが呆れ顔で止めてくれた。
 
「あ、ごめん! えっと、ヴァジーム様とルスラーンさん、います?」
「もちろんよ。えっと」
「おーい、呼んできたぞー」
 
 ヒューゴーが連れてきてくれた。

「おお! 届いたか」
「ジン君じゃないか! 久しぶり、ありがとう」
「はい! 突然ですみませんが、お二人! 俺に武器、預けてくださいませんか!」
「「?」」
「あの、やっと親方に認めてもらって! 砥げるようになったんです。雷槍と漆黒のクレイモア!」
「「!!」」

 さすが親子。瓜二つの反応をした後に顔を見合わせ、
「「取ってくる!」」
 と走っていった。
 ジンライは、笑いながら適当な場所を見つけて、道具を広げだす。
 ヒューゴーもしれっと自分の『烈火の剣』を渡している。
 
「なにか、手伝うことある?」
「レオナさん、また火をお願いしていいですか?」
「ふふ、もちろん!」

 ブルザークのタウンハウスで、一緒に魔道鍋を作ったことを思いだす。

「あ、それからテオにはこれ」
「ん?」
 ジンライがテオに渡すナイフは『疾風迅雷』。雷神の加護付きナイフだという。テオはこれで、リンジーから託された『黒蝶』との二刀流になる。最強じゃあるまいか、とレオナは密かに戦慄した。

「うわあ……すごい力を感じるよ……ありがとう!」
「うん! トール様も、テオにならって言ってくれてさ」
「あとでお礼にお酒届けなくちゃ」
「はは、うん!」
 
 そしてジンライは、その場で武器を調整して見せた。鮮やかで自信に満ち溢れた仕事っぷりに、レオナは嬉しくなる。
 
「うん、これで良くなりました。クレイモアはいいですが、雷槍は結構傷んでいましたね」
「ライデン(ジンライの亡き父)が触って以来じゃよ。ブラックドラゴン戦以降は、使っておらなんだ」
「そうだったんですか!」
「ライデンも良い息子に恵まれた。これで、守れるぞ。感謝する」
「あうう、雷槍の悪魔にそう言ってもらえるなんて……」
「おい、面と向かって悪口言うてないか?」

 あはははは! と全員で笑って。

「さ、配置につくぞい! 無理はするな!」

 ――いざ、戦場へ。



 ※ ※ ※


 
「合図は、テオが」
 ヒューゴーが硬い表情で告げる。

 レオナの側にはルスラーンとヒューゴー。
 陣営の後ろにジンライが結界の魔道具を展開し、辺境騎士団の怪我人を収容する場所を確保してくれた。ブルザークから、大量の薬草やポーションも持ってきてくれていた。(ラースさんが持っていけってうるさくて! とジンライは苦笑い。)

 速さのあるテオとスイが結界内に入り、獣粉を振りまきながら魔獣を誘導するという非常に危険な役割を買ってでた。
 ヴァジームは辺境騎士団とともに、漏れ出た魔獣の討伐を指揮する。
 とにかく魔獣を討伐しきることが大事、ということで、王国騎士団が到着を待たず、できるだけ数を減らす作戦だ。
 
「うし。レオナはヒューゴーの後ろに」

 ルスラーンが、すらりと背中の漆黒のクレイモアを抜く。ジンライの手入れのお陰で、黒くきらめいている。

「張り切りすぎたら、最後まで持たないぞ。ちゃんと交替しろ……してください」
「分かってる」
「はあ。レオナ様は、決して前に出ないでくださいね」
「分かったわ!」

 ヒューゴーの溜息が深い。こいつら絶対言うこと聞かねえ、の空気は若干漏れ出ている。

「いってきます!」
「いきます」

 テオとスイが結界内に入り、ほどなくして。
 ――黒い大量の魔獣たちが、レオナが空間隔離で作った討伐箇所へと誘われてきた。結界で覆っていた魔素溜まりの一か所を緩めて、のように集める作戦が功を奏し、順調にうぞうぞと向かってくる。
 
「大きい!」
 ヒューゴーが叫ぶ。
「しかも、強いぞ」
 既に一匹目と切り結んだルスラーンも、怒鳴る。

 ヒューゴーがレオナを背後に庇いつつ、驚愕している。自身の記憶と照らし合わせて、その異常さを把握したようだ。
 
「こ、こんなの……俺の知っているスタンピードじゃない!」

 烈火の剣を構え、拳が白くなるほどその柄を握りしめる侍従の肩を、レオナは優しく撫でる。

「大丈夫よヒューゴー。終わらせましょう……ファイアストーム!」
「はい! 陽炎っ」
 
 レオナの魔法で強化されたヒューゴーの陽炎が、遮断回廊を駆け巡っていく――次々と焼かれていく魔獣。煙がもうもうと、上空へ立ち昇る。

「うおらあ!」
 巨大な黒い両手剣をおもちゃのように振り回す、ダークロードスレイヤー。その覇気にはさすがの魔獣も恐れおののいているかのように見える。
「来い! 全滅させてやる!」
 
 魔獣を斬りまくるその一帯に、次々に積みあがっていく死骸が空を覆うかのようで、異様な光景だ。

「あれ、片づけないとですね」
「焼くわ。ファイアストーム」
「っ」
 
 レオナの無尽蔵な魔力の真骨頂。
 ラザールが見たら絶句するであろう複合魔法の数々で、空中に七色が散っている。

「これ、まじで二人で終わらすんじゃね?」

 ヒューゴーの呟きが、大気に霧散した。


 
「あ!」
 一方、スイはひらりひらりと魔素溜まりの中心へと到達していた。
「テオ! 人がいる!」
「な!」
 その叫びに、テオも急いで向かうと……

「血起こしだったのか!」

 魔法陣の上で事切れた、腕にも陣を彫った神官服を着た中年男性。
 その陣からまた、うぞうぞと魔獣が無尽蔵に生まれている。

「くそ、これを止めないと」
「えっと、やり方は」
「スイ危ない!」
「!」
 
 テオが二刀流でざくざくと斬る数体の魔獣は、体も爪も牙も大きい。
 二人はその身に獣粉が染みついている。長居は危険だった。

「あーもう! やっぱり師匠連れてくるんだったー!」
 
 

 ※ ※ ※


「いえっくし」
 その頃、王都郊外で結界を張りつつ、リンジーは盛大なくしゃみをしていた。
「あー、誰か噂しとんな? さてはテオやな」
 幸い、ここはまだ静かだ。
「やっぱ行っとくべきやったかなー。でもなー。師団長ってこういう時しんどいわなー」
 もう好き勝手出来ないこの身を、少しだけ後悔している。
 
 でも、レオナとともに生きると決めたから。

「また、みんなで会おうや」

 青空に、祈った――


 
 ※ ※ ※ 
 

 
 いったん戻ってきたテオとスイがもたらした情報は、辺境騎士団に戦慄をもたらした。
 ヴァジームの予想通り、これは人為的なものだったという確信。ならば、それをすぐに止めるため、魔法陣を封じなければならない。
 
「ラジ様を連れていくしかないわね」
 
 ラザールは『シール(魔封じ)』が得意だ。
 
「発生源を封じないと、いつかジリ貧になります。分かっているなら早く行くべきです」
「うらっ! 焦るな! っし、待とう!」
「そうよヒューゴー。大丈夫だから。薔薇魔女の、加護を!」
 レオナが叫び
「ユグドラシルの、加護を!」
 ルスラーンも叫ぶ。
「うはは、最強夫婦」
「「まだ夫婦じゃない」」
「ははは!」
 
 ヒューゴーの焦りも分かる。十三年前の置き土産だ。早く解決したいだろう。
 レオナは、その気持ちを思い、強く願う。――皆に、イゾラの加護を! と。
 あたり一面が、七色の光に包まれた。
 
「っ!」
「ま、魔獣が……」
「すごい」

 ヒューゴー、テオ、スイが見たものは、勢いの衰えていく魔獣の姿だ。

「ふう、これで少しは安心した?」
 さすがにレオナの額に、汗が噴き出る。
「レオナ様……」
「焦ってはだめよ。あなたは父親になるのだから」
「……はい」
「まじか! いいな!」
 漆黒のクレイモアを振るいながら、ルスラーンが笑う。ニーズヘッグを発動しつつ、まだ余裕の様子だ。
「はあ。いい加減、そっちはまだなんすか。さっさとレオナ様の子供、抱かせてくださいよ」
「!」
「ちょっと、ヒュー!?」
「そんなんっ」

 ぶおん、と不穏な音がして、漆黒の大剣が空気を揺るがす。

「俺が! いちばん! 思ってんだよっ!」

 ――ちょ!

 ぼわ! と一気にレオナの放つ魔法の火力が上がった。
 
 ――ちょっと待ってこここ子づくりとかってえええええっとそれってつつつつまりーーーーー!!
 ――え? え? ルスとあんなことやこんなこと(想像と妄想、主に妄想)するって、そういうこと!? あばばば! あばばばばば!!

「っむりーーーーーーー!!」

 むりーっ、むりーっ、むりー……

 レオナのやまびこが、黒竜山にこだました。

「は!?」

 『恥ずかしくて』がすっぽ抜けたレオナの叫びで、ルスラーンは盛大な勘違いをした。
 俺と子作りは無理、つまり、やっぱり結婚できない、ということかと。

「……(ブチッ)」
 
 そして、キレた。

「え」
「うわ」
「やば」
「え? ルス?」

 ダークロードスレイヤー、子作りを拒否られて理性を失いバーサーカーに、とか。
 ――後世には決して語り継げない真実も、ある。
 

 
「うわ、なんじゃあ?」
 ヴァジームの目線の先で、黒い魔力がとぐろを巻くように上空へ立ち上っていた。
「あやつ、キレよった……うはは。これは本当に、終わらせてしまうかもしらんのー」


 
 ――ルスが、キレてる……!

「ヒュー……ど、どしよ」
「あー、レオナ様……あれじゃあまるで完全拒否、でしたからねえ」
 呆れ声のヒューゴーに、
「相当傷ついたと思いますよ」
 テオが震えている。あまりの戦闘力に、恐怖すら覚えているのだろう。
「あれが噂のバーサーカー! すごいですね、レオナ様の旦那様」
 スイは相変わらず少しズレている。

 ルスラーンの周りの空気が歪んで、膨大な魔力の中、漆黒の竜騎士が暴れまくっている。
 みるみる魔獣の数が減り、獲物が減るやずんずんと中へと進んで行ってしまい、後に残るは焼け野原、だ。
 
「えっととりあえず僕、シールしてきます。今ならいけそうなんで」
「じゃ、わたし、補助します。あ、レオナ様」
 スイが笑顔で
「女性のベッドでの技術なら、わたしがいくらでも教えますから! ね!」
「ひゃう!?」
 爆弾を、落としていった……

「あー、と。ま、大丈夫でしょう」
「そ、そうかしら」

 漆黒の悪魔が、次々と死骸を積み上げていくのを、まるで映画を見るかのように、二人で並んで見ていた――

 

 ※ ※ ※



「いやまじで終わらせるとかってー」
「……ありえんが、事実だな」

 シールが功を奏し魔獣の発生が収まり、ルスラーンが破竹の勢いで暴れまわり……ついでにヒューゴーとテオ、スイも殲滅に加わり、数が減ったところで辺境騎士団も掃討に加わり――で、結局王国騎士団が到着した頃には、ほとんど終わっていた。

 テオが持ち帰った神官衣と法具は、あとでイゾラ聖教会に照会しようということで落ち着き(おそらくは権威が衰えていることを恨んだ、幹部の私怨か何かだろうとの推測)、ルスラーンは正気に戻った後で自己嫌悪に陥り、ジンライの救護テントから出てこなくなった。

 ヒューゴーから話を聞いたジョエルは一通り爆笑した後、真顔になって
「いや他人事としては面白いけど、自分となるとシャレにならないからー。えっとちょっと待ってねー」
 と通信魔道具を起動。
 
「あ、閣下ー? あのねー、ルスが結婚させてくれないからってぶち切れて、一人でスタンピード全滅させちゃったよー。これほんとの話ねー」
『は!?』
「だからもう婚約ってことでいいよね。ジーマさんにサインもらっとくからー」
『うぐぐ』
「じゃないと、まじで今度王都が滅ぶ」
『っわかった……ただし』
「はいはい。ちゃんと挨拶に行かせるからー。あともう我慢しすぎて頭やばいみたいだからー。婚前交渉は見逃してあげてねーご褒美ご褒美」
『ぐおあ!? ジョエッ』
「じゃ」

 ――今、なんて?

「はい。もうレオナもさ、遠慮しなくていいよー。幸せになっといでー」
「くく。ジョエル、強硬手段にも程があるな」
「早く終わらせてくれたし。ご褒美ご褒美ー!」
「……そうだな……レオナ嬢、言葉が足りないと、永遠にすれ違ってしまうこともある」
「! ラジ様」
「ルスの任務、ジャンに調整させよう。しばらくここでゆっくりして来ると良い」
「ありがたく存じますわ」
「うーし。後のことは任せてー! いったいったー!」
「はい!」

 
 
 ※ ※ ※



 撤収後、皆で落ち着いたダイモン伯爵邸。
 
 功労者としてねぎらわれたテオは、上等な客室をあてがわれて、逆に落ち着かない気分でいた。
 そこへスイが気を利かせて、ナイトティーを淹れて持ってきてくれ、二人で飲む静かな夜に、ようやくホッと一息つく。
 
「スイ、色々ありがとね。すごく助かった」
「ううん。テオが無事なら、いいの」
「……お茶もありがと」
「ううん。おいしい?」
「うん。おいしいね。花の香りがする」
「よかった。大好きよ、テオ。無事で本当によかった」
「っ、あの、スイ?」
「いいの。言いたいだけだから」
「いやそうじゃなくて、えっとそれはその、同僚としてだよね?」

 スイは、目をぱちくりさせてから
「違う。私、テオとの子供が欲しい」
 と言いきった。
「え」
「ふふ。勝手に思ってるだけ――わたしは、リサ様みたいにかわいくないし」
「あの……僕でいいの?」
「テオがいいし、テオじゃないと嫌」
「そ、か。ありがと。僕てっきりその、今まで同僚としてだと思ってた。ごめんね。スイはかわいいよ。ちゃんとスイのこと、考えるから」
「! 嬉しい!」

 がばり、とスイがテオに抱き着いて、ソファの上へ横倒しになる。
 スイは、テオの体の上に乗り上げて、嬉しそうにその顔を覗きこんできた。

「わわ!」
「テオ、大好き!」
「ちょちょ、まってまって!」
「ふふふ」
「わー! ちょ、んぐ!? んー! んんー!」
「んふふふふ」

 ――この後ふたりがどうなったのかは、ご想像にお任せします。


 
 ※ ※ ※



「んああーやっと帰って来たー! シャルー? シャールー?」
「んもう! 今何時だとおもっ」
「シャルーーーー!」

 残念ながら、真夜中である。
 無理やり馬を駆って帰ってきたジョエルは、シャルリーヌのもとへようやく帰って来られた。
 ぷんすかしながらも、迎えに起きてきてくれた愛しい妻を、勢いで抱きしめて持ち上げ、さらに深いキスをする。

「ちゅーーーーー」
「んぐ! んー、んー!」
「あーシャルだー、いい匂いー」

 遠慮なくその胸に頬をぐりぐりとしてくる夫に、シャルリーヌは痛くない拳骨をぽかぽかと落とす。
 
「エル、汗臭い!」
「え、だめ?」
「……だめじゃないけど……」
「んふふ。ごめん、我慢できなかった。お風呂入ってくるね」
 
 すとん、と抱っこから降ろされたシャルリーヌは、ジョエルの騎士服の裾をきゅ、と握った。
 
「……あとで入れば」
「! あーのねー、僕……止まんないよ?」
「知らない!」

 ぱ、と手を離して寝室へ向かうシャルリーヌを、ジョエルはニコニコと追いかける。
 
「やっと、僕のものだ」
 

 ――翌朝どころか昼を過ぎても、シャルリーヌは部屋から出て来られず、ジョエルは久しぶりの休暇を取った。

 

 ※ ※ ※



 同時刻、アーレンツ邸にて。

「あら。お早いお戻りで」

 ブリジットはまだ起きていて、書類の整理をしていた。
 
「……ただいまブリジット」
「おかえりなさい」
「早いと、だめか」
「え? 嬉しいに決まっていますよ」
「そ……か」
「なにか?」
「いやその、全然帰って来られなくてだな、その、すまない」
「何をおっしゃいます。そんなの、分かっていますよ」
「そうか」
「さ、お風呂へどうぞ」
「うむ」

 ブリジットは、微笑んで言う。
「……寝室で待ってるから。ラジ。早く来てね」
「! わかった」


 ――翌日、ラザールも久しぶりの休暇を取った。

 

 ※ ※ ※ 
 


「ってことで大変だった……」
「お疲れ様」
「マリー、またお腹の音聞いてもいいか?」
「いいわよ」

 ヒューゴーは、ようやくポーの墓参りができた、と笑顔で帰ってきた。
 幸せな自分を責める時もあるのだ、と打ち明ける彼の顔を、マリーは好きだと思う。

「はあ。大好きだ。マリーもこの子も」
「……名前何にしようかしら」
「そうだなあ。レオナ様に考えてもらうのも、いいかもなあ」
「そうね」
「ああ、帰って来る場所があるっていいな……」
「私は、あなたの家に、なれてる?」

 がばり、とヒューゴーは起き上がる。

「あ?」
「私は、たまたまレオナ様のおそばにいたから、貴方に選ばれたと」
「何言ってんの? 俺、ひとめぼれだけど」
「え」
「マリーが来た時、すげえ可愛いなって。で、リンジーが口説くっつうから全力で喧嘩して止めた……って話してないっけ?」
「(ボン!)」

 マリーが、真っ赤になった。

「まじか……伝わってなかったとか……今俺、すげえ反省した。そっか、始まりもああだったもんな……」
「そ、そう」
「マリー。愛してる。ずっと俺の妻でいて欲しい」
「ふふふ。私も……あ!」
「ん!?」
「た、いへん、いた、いたたた、いたたたた」
「うおまじか! えっとえっと、産婆さん! 呼んでくるっ!」


 ――その後数十時間頑張ったマリーから、元気な女の子が無事に産まれて。
 ヒューゴーが泣きじゃくって、二、三日まるで役に立たなかったのは、また別のお話。
 

 
 ※ ※ ※



 コンコン。
 
「ルス?」

 ルスラーンの私室をノックしてみるレオナは、全員から背中を押されて、夜にも関わらず男性の部屋を訪問する、という非常識な行いをしている。
 ヴァジームは「いつでも署名するぞい」と笑って婚約届をルスラーンに渡した。
 が、本人はそれを受け取りはしたものの、「疲れているから」とすぐに部屋に戻ってしまった。

「あの……」
「……」

 細く開いた扉の隙間から、疲れ切ったルスラーンの憂い顔。

「話、させて?」
「明日にしないか。夜も遅いし、その」
「だめ。今!」
「……わかった」

 しぶしぶ開けてくれた部屋は、ルスラーンが王都に出るまでずっと使っていた部屋だという。
 
「ソファに」

 促されて腰かけると、ルスラーンはかなり離れたところに一人掛けの椅子を動かして、座った。

「ルス、遠い」
「いや、あのな……」
「あのね。勘違いなの!」
「あ?」
「無理って言ったのは、恥ずかしくて無理ってこと! 私、ルスとそういうことするの、想像したことがなくって、その、改めて考えたらすごく恥ずかしくなっちゃったの!」
「……嫌、ではない?」
「嫌なわけないでしょ! もう!」

 キョトン、としたルスラーンの顔が幼くて、レオナは思わず微笑む。

「え、ちょっとまて。ということは、俺は勘違いでぶち切れて」
「スタンピードを全滅させましたね。伝説です」
「うわまじかー」
「まじですね。語り継がれます」

 頭を抱える、ダークロードスレイヤー。

「あのさ、レオナ」
「はい」

 す、とルスラーンが立ち上がって、机の引き出しを開けると、何かを取り出した。
 そしてソファに座るレオナの足元に跪いて、その箱を開けてみせる。

「これ、母親の形見なんだ。受け取ってくれないか。――俺の生涯の伴侶として。つまり、結婚してくれないか」

 大きなアメジストの、凝った装飾の指輪がそこにあった。

「俺が産まれた記念に作ったんだそうだ」
「まあ! 素敵……あなたと同じ色だわ」
「うん。ごめんな、情けない男で」
「ねえ、ルス」
「ん?」

 ひざ元で、ぎゅ、とレオナは拳を握りしめる。

「私、あなたのこと、愛しているわ」
「!」
「だから、もっと、その――信じて?」

 涙が落ちる。
 周りがどんな気持ちでいようと、レオナはずっとルスラーンだけを好きなのだ。
 なのに、こうして信じてもらえないことがあると悲しい、と正直に告げた。
 
「信じる。信じるし、俺ももっと愛していると伝える」
「約束よ?」
「約束だ」
「では。んんん。レオナ・ローゼンは、ルスラーン・ダイモンの結婚の申し込みを、お受けいたします」

 レオナは、指輪を付けて欲しい、と手を差し出した。
 その甲にキスをしてから、左手の薬指にす、としてくれる。

「ふふ。少しだけ大きいわ」
「そうか。ジン君に直してもらおうか」
「まあ! 素敵だわ。そうしましょう――あ、そうだ、ジョエル兄様がね、お父様に通信していて」
「え? ああ……」
「ご褒美で婚前交渉のお許しを得ていたのだけれど、婚前交渉って何のことかしら?」
「……」

 ルスラーンが、がばっと立ち上がって、頭を抱え、ぐるぐると部屋の中を歩きだした。

「ルス? あのほら、結婚後の何かを決めるってことかしら?」
「あー、ちょっと待て。はあ? え? まさか、その、閣下は許可したのかそれ?」
「そう、みたい?」
「……うぐぐぐぐぎぎぎぎ」
「なんかすごい音してるけど、大丈夫?」
「大丈夫じゃねえ」

 ルスラーンが、強い瞳で天を仰いだ。
 
「へ?」
「よし。もういいか。俺はすげえ我慢した。我慢しすぎたからこう、おかしくなるんだな」
「あの?」
「もう我慢しねえ。レオナ。するぞ」
「えーと、なにを?」
「婚前交渉」
「はあ」
「今、はいって言ったな」
「……」
「言ったな!」
「えっと……きゃ!」
 がばり、といわゆるお姫様抱っこをされて、その後丁寧にベッドの上に横たえられて。

 逃がさねえから。
 覆いかぶさりながらルスラーンが耳元で熱く言い、レオナの全身から力が抜けた。
 食べられてしまいそうなぐらい、深いキスの後……


 ――翌日昼過ぎ、スイがレオナの様子を見に訪れると、「腹筋すご」「嵐……嵐だわ……」とぽやーと言った後で、また気絶するように寝たので、しばらくそっとされた。

 
 -----------------------------

 

 お読み頂き、ありがとうございました!
 さて、シリアスで始まったこの番外編ですが、オチはこうでした。
 えええ、そんなんで倒しちゃうの!? と笑っていただければ幸いです。
 みんなの溺愛時間、いろいろ想像して楽しんでいただけましたでしょうか。
 R15なので、ここまでで精いっぱいでございます。笑

 また一区切りで完結としておきますが、ネタはまだまだございますので、またの更新をお楽しみにお待ちくださいね。
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